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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
戦う理由

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389/937

必要なもの

 



 勝手知ったる他人の城。

 スティーブンと北壁に行った次の日、僕は王城へと足を踏み入れていた。

 用向きは簡単である。革命軍の要人三名の居場所を知るためだ。


 以前マリーヤに聞いた革命軍の幹部達。その中心となっていた人物はマリーヤやヴォロディア含め総勢二十五名。

 簡単に聞いた話では、革命行動中に二人が死亡。十人が市井に戻り、一人が革命成功後に自殺している。そして、現在国政に携わっているのは十二人。

 国政に関わっていない者は、今は良いだろう。この首都にいない者もいるし、名声だけで何が出来るものでもない。機会があれば、ということで。

 そして、現在国政に関わり、城で働いている十二人のうち、昨日遭遇したそれらしき人物は六人。ヴォロディアとマリーヤを入れれば総勢八人になるが、残り四人と遭遇できていない。


 革命前から城勤めをしていた、税や戸籍管理をする官吏。同じく元から官吏だった、武官の査定をしていた者。そして革命後から城勤めになった、穀物の管理官に庭園の管理官。

 前者二人は今それなりに高い位置にいて、後者二人は下っ端らしい。一昨日、名前と役職を頼りに探したが見つからなかった。


 一人で探すのも面倒になってきた。

 そのためマリーヤに聞いてみようと思い、ヴォロディアの執務室まで来たのだ。

 中にヴォロディア王はいない。先ほど工房の方に歩いて行くのを見たので、銃の視察だろう。少しだけ、一昨日より肩を落としていたのは疲れているのだろうか。


 マリーヤ自体どこにいるかはわからないが、それでもここで待っていればそのうち現れるだろう。そんな気楽な考えで、僕はその扉の横に立った。


 やがて、胸の前に薄い資料を抱きかかえたマリーヤが落ち着いた足取りで歩いてくる。

 その唇の端はわずかに上がっており、鼻歌でも歌いそうな上機嫌な感じがした。


 その仕草を見て、一瞬躊躇する。

 どうしようか。

 声をかけようかと思っていたが、驚かすのも悪い。疲れていた一昨日のほうがなんとなく話しかけやすかった気がする。上機嫌の人間に話しかけるのは、少しだけやりづらいのは僕だけだろうか。


 まあ、いい。

 幸運にも周囲に人影は見えない。マリーヤが入っていった後、普通に訪ねればいいか。

 そう考えた僕は、マリーヤが扉を閉めた数秒後、静かに扉を叩いた。



「失礼します」

「は……い……ああ、カラス様。ごきげんよう」

 やはり余裕があるのか、マリーヤは社交辞令の笑みを浮かべてわずかに頭を下げる。顔に、一昨日のような陰はない。

「今日は姿を見せてここまで来たのですか? 警備の者を叱っておかなければなりませんね」

「いえ、今ここで姿を隠すのをやめました。驚かせたくなかったので」

「フフ。そういった気遣いは大事でございますよ。秘密など、暴かれたい者はそうそうおりませんので」

 マリーヤはパサリと資料を机の上に置いた。

 そう、パサリと音を立てて。

「……大分減りましたね」

「確証はございませんが、カラス様のおかげでございましょう。お礼を申し上げます。ヴォロディア王を、机に導いていただけまして」

「僕にそこまでの力はありませんよ」

 机の上の、書類の山が減っている。一昨日見たときの半分以下。ヴォロディアの手元以外は机の天板が見えなかったのに、今は新たに書類を置く隙間すらある。

 高さも減った。肘の高さまであった書類の山は、山自体はいくつか残っているものの、全て十数枚程度の薄いものに変わっていた。


「昨日、かなり減らさせました。わがまま姫よりも素直で、とても扱いやすくなっておりますよ」

 ふふふ、とマリーヤは笑う。今結構凄いことを言った気がするが、あまり気にしない方がいいだろう。

「……それで、今日はどのような用件で? まさか、顛末を確認しに参ったわけではないでしょう」

「え、ええ。そうなんですけれど、一昨日会えなかった方々がいらっしゃいまして、所在を確認できたらなぁ、と」

 何故だろう。マリーヤに威圧感がある。本人にその気はなさそうだし、きっと僕が感じているだけなんだろうけれど。

 僕は続けて、会えなかった四名の名前をマリーヤに告げた。


 その名前を口にしていく度、マリーヤの顔が少し曇る。

「……サルマン様、ラスカー様、そのお二人は現在蟄居されています。邸宅の方にいらっしゃいますので、この城にはおりません」

「蟄居?」

 刑罰として、自宅謹慎を受けている? 何か失敗でもしたのだろうか。

 どちらも要職についている。そうそう仕事を止めることが出来るものでもないと思うが。

「ええ。そして、後の二人はもうこの世におりません」

「……つまり」

 端的に発されたその言葉。マリーヤは、一切の感情を見せなかった。

「職務上の立場を利用し、横領や恐喝などの罪を重ねたため、既に絞首刑を受けておられます。先の二人も、王の裁可が下ればそうなる予定ですね」

 言葉の最後、表情が少し緩む。やっとマリーヤの感情が見えた気がする。しかし、少しだけ嬉しそうに見えたのは気のせいだろうか。


「なので、そちらの方々についてはカラス様が気にすることはございません。レヴィンに関してはともかく、彼らは私たちの国に潜む犯罪者です。お手を借りるまでもなく、私たちの手でどうにかするのが筋でしょう」

「まあ、そうかもしれませんが……」

「王の裁可が必要な二人は少しばかり時間がかかりそうですが、それでも私は上手くやります。ここまではしていただいたのです。心配せずとも、あとはお任せください」

 罪人は自分たちの手でなんとかする。それは、別に悪いことではない。任せてしまってもいいのだろう。

 だけれども、何故、何故僕はマリーヤの笑顔に少しだけ不安になったのだろう。




 そして、不安ともまた違う。

 温かなこの部屋。なのに、僕の体を寒気が覆った。


「楽しそうな話し中に悪いけれど、お邪魔するよ」


 !?

 一切気がつかなかった。いや、誰かが歩いてきていたとは知っていたと思う。この扉を開くとも、わかっていたはずだ。

 しかし、体が反応しなかった。気配は察知していたのに、察知できていなかった。

 扉の方を見ていたはずのマリーヤもそれは同じようで、僕と同じように、驚きその声の方を向いた。


 そこに立っていたのは金髪の男。この国らしい青白いフワフワのコートを着て、防寒具としての帽子まで被っている。

 ぱたりと扉を閉めたその男は、まるでこの部屋の主のように僕らに悠々と歩み寄ってきた。

「……また、突然現れますね。レイトンさん」

「ヒヒヒ。きみは一応気がついていただろう? じゃ、突然じゃないよね」

「貴方は……?」

 初対面だろう、マリーヤが首を傾げる。衛兵を呼ぶため叫ばなかったのは、僕の反応を見てのことだろう。

「初めまして。マリーヤ・アシモフさんで合っているかな? ぼくはレイトン・ドルグワント。別に覚えなくても良いよ。すぐ帰るから」

 人当たりの良い笑顔を浮かべて、レイトンはマリーヤに頭を下げる。それから、自らの懐を探った。

「今日は単なる届け物さ。下っ端工作員に任せても良かったんだけど、たまたまこっちに来る用事があったからね。ま、持ち逃げとかも考えるとこれが確実なんだけど」

 マリーヤに向けて、何の気なしに布で包まれた塊が差し出される。

 持ち逃げされると困る、この国への届け物。それだけ聞いて中身を察した僕は、ようやくこの男が現れた訳を納得した。

「……これは……」

「この国の神器、〈災い避け〉。確かに届けたよ。あとは適当に宝物庫辺りから()()してね」

「……ありがとうございます。これで、これで……」

 マリーヤはレイトンと、ついでとばかりに僕に頭を下げる。これに関しては、僕はメルティのところから回収しただけなんだけど。


「でも、直接届けるんなら、カラス君が持ってくればよかったね」

「グスタフさんが、僕には任せませんよ」

 信頼できない……というわけではないと思う。そう信じたい。

 しかし、僕が以前待機を命じられたように、そういったことへはなるべく関わらせてもらえない。今回のも多分そうだろう。


 神器を包んでいた布を丁寧に整え、それからマリーヤは顔を上げる。

「しかし、ここまでどうやって? カラス様のように姿を隠してこられるのでしょうか」

「いいや。あんなことは出来ないさ。警備の人の目を盗んで影に隠れながらここまで来ただけ。かくれんぼしながら歩いてきただけ。単純なものだよ」

 ヒヒヒ、と笑いながらレイトンはそう答えた。

 そう単純なものではないだろうに。警備の目に、通常死角は出来ないはずだ。


「ぼくの用事はこれだけだから、もう帰るけど、何か助力することはある?」

「いいえ、ございません。神器が戻ってきた。もう、この国が倒れる心配はございませんとも」

 ほおずりでもしそうな優しい目で、マリーヤは包みを見る。

 その仕草を、レイトンは鼻で笑ったように見えた。

「そ。ならいいけど」

 それから僕の方を見て、レイトンはにやりと笑う。

 なんとなく、嘲るように見えた。

「ウェイトとプロンデ。この国に入っているのは知っているかな」

「……察しはついています。お会いしたことはないですが」

 ついてきているだろうとは思う。ミールマンを出る前に感じていたあの視線は、そう言う意味だと思っている。

「ヒヒヒ。今回は失敗したね。たまには苦労しなよ」

「今回は、ですか」

 何が、とは言わない。けれど、多分この男は知っているのだろう。

 途中立ち寄った街で、僕がした殺人を。

 しかし、何をどうしろとも言わない。相変わらず、曖昧な表現をする。


 くるりと踵を返し、レイトンは扉に手をかける。それから、やや上を見て思い返すように呟いた。

「……あの女の子は、助けてほしかったと思うよ」

「どういう意味でしょうか」

 僕の言葉は無視して、レイトンは振り返る。それからまたニコリと笑った。

「死んだ人の声なんて、誰も聞けないのさ。じゃ、またね。カラス君にマリーヤ嬢。少しの間この街には滞在するから、何かあったらまた声かけてよ」

「……ごきげんよう、またお会いいたしましょう」

 レイトンの挨拶に、マリーヤは丁寧にお辞儀を返す。客人にするような、丁寧な仕草だった。

 本当は、僕と同じくあの男も招かれざる客人なのに。


 パタリと扉が閉まる。

 その向こうで、レイトンの気配は掻き消えた。

 まるで、何もいなかったかのように。


「……では、僕も失礼します」

「カラス様はこの後どうするんでしょうか」

「そうですね……」

 マリーヤに聞かれて、僕は考える。

 ここに来た大きな目的。レヴィンの影響はもうかなり小さくなっているだろう。残りの二人も、マリーヤがなんとかしてくれる。

 スティーブンはもう北壁へは行かないだろう。案内人としての僕はもう不要だ。


 さて、そうするともうやることがなくなってしまった。

 雪を見るために待つのもいいが、それは待つことであってやることではない。

 あとは、美味しい料理でも、と思ってもこの国の料理は全体的にあまり僕の口には合わない。昨日食べた焼き魚は美味しかったけれど。


「何にも思いつかないので、適当に出歩いて適当に出て行きます。一応挨拶には来ると思いますので、そのときにまた」

「……そうですか」

 マリーヤの手助けも、必要ないだろう。銃に関しては強制的にやめさせることは出来ない。民主化については必要ならすればいいし、出来ないならしなければいい。僕が選ぶことではない。


 本当に、僕は何をしたいのだろうか。

 人生の目標なんて大層なものはいらない。しかし、目先のすることもない。

 マリーヤを見ると、不思議そうにマリーヤは僕を見つめ返す。

 そんなマリーヤが、少しだけ羨ましく思えた。




出ていく(いかない)

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