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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
四色の雪

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綺麗な雪には





 雪原を跳ねて飛ぶ。

 目指す北壁までの距離はグーゼルの感覚のみなのでよくわからない。その吹雪の手前、防衛に使っている砦は、雪で足場が悪いことを考えても僕らの足ならば半日もかからず着くという話だ。行くことはないが仮に、一般人が徒歩で行くならば十日ほど。犬ぞりを使えば一日で充分らしい。

「ぬおぉぉぉぉ……寒いいぃぃぃ……」

 しかし、やはり北に向かうにつれて寒さが増す。まだそう街から離れていないのに、がくんと気温が下がっているらしい。走りながらではあるが、一人文句を言っている老人がいた。

 いつもの鎧姿に毛皮を纏っているが、やはり防寒に優れたこの地方の鎧でないと寒冷地には厳しい。


「おいおい。吹雪の中の寒さはんなもんじゃねえぞ」

「そそそんなこと言ったってささ寒いもんは寒いんじゃあぁぁ」

 声が震えている。本当に寒いのだろう。耳まで真っ赤にして、走りながらなのに歯の根が合っていないことがよくわかった。

「どこかで一度休憩しますか? 暖をとってからにしたほうが……」

 そう僕は提案する。慣れているグーゼルにそういうものの影響を受けない僕。それに比べて、毛皮を羽織っているとはいえスティーブンには辛いだろう。

 だが、グーゼルは僕を横目に見ながら首を振った。

「いや、雲行きが怪しい。早いところ砦までいかねえと厳しいと思う」

「雲行き……? そうでもなさそうですけど……」

 そう言われて空を見上げても、僕の目には晴天しか見えない。所々雲はあるが、雪雲という感じではない。

 どこの雲のことを言っているのだろうか。

 僕が雲を探し見回すと、その仕草を見てグーゼルは笑った。

「いやいや、わかるだろ? 肌に触れる空気の感じからしてもうすぐ降るぜぃ」

「はあ、そういうものですか」

 現地の人の感覚では、ということだろうか。まあ、それを言われると僕は弱いんだけれど。


「ひぃ……ひぃ……」

「それで、スティーブン殿は……」

 呼びかけようと振り返ると、スティーブンが思ったより遅れていた。

 いや、遅れているわけではないのだが、それでも数歩だけ離れた位置で必死についてきていた。

「……速度、落とします?」

「いやいやぁ、ジジイ、ついてこれるだろ? 若いもんなぁ……?」

 ニマニマと笑いながら、グーゼルはスティーブンを挑発する。

 比較対象が道標くらいしかないからわかりづらいが、それでもその道標が後ろに向けて飛んでゆく以上、相当な速さだろうに。

「ぬぅ、……無論、じゃ、わい……!! むしろ、お主らこそこんなもんかの、う……」

 息も絶え絶え、という雰囲気で、スティーブンは挑発に返した。

 重たい鎧に、上がっている息。これ以上の速さは無理だろうに、その意地は立派なものだ。


「……じゃあ、手は貸しませんけど」

 本人がいらないと言っているのだから、助けはいらないのだろう。そこまで言って手を借りるのは、多分格好悪いし。

「それで、スティーブン殿。北壁とやらを越える手段に心当たりはあるんですか?」

 先ほどのグーゼルの話では、壊さないと越えられない壁。そして壊すために何かをすると、グーゼルは困るらしい。

「……ない! ……でたとこ勝負じゃ!」

「あたしも無理だと思うけどなぁ……」

 グーゼルも頭を抱える。そもそも、何を困るのだろうか。

「壊すと何かあるんですか?」

「そりゃ、行ってみりゃわかるけど……。簡単に言うとな、膨れるんだよ」

「膨れる」

 グーゼルの言葉を繰り返しながら僕は想像する。

 風が吹き荒れ雪が舞う、吹雪の中にある白い壁。ぬちゃっとしているそれを、叩くと膨らむ……。


 お餅?

「あー、想像してるのとは多分違ぇと思うぞ」

「どんな物を想像していると思ったんですか」

 失敬な。僕も流石に、調理済みの食べ物が雪から生えているとは思っていない。

 むっとして答えた僕に、取りなすようにグーゼルは言った。

「そうじゃなくてさー。とにかくありゃあ直接見ないとわかんねぇんだよ。手やら足やら顔やら……本当、おぞましい限りだしな」

「……それはそれは」

 手やら足やら顔? またなにやらわかりづらい表現をする。

 まさか、人型だったりするのだろうか。怒らせると膨らむ。いや、だとすると壁という表現は使わないし、そもそもそう言えばいい。


 結局のところ、直接見ないといけないということか。

「ま、すぐにわかるしー……」

 ズサァ、と雪を削りながらグーゼルと僕が立ち止まり、それから一歩遅れてスティーブンも止まる。

「ひとまず、雪をやり過ごすぞ。……浄華雲(じょうかぐも)が広がってきやがった」


 目の前には、黒く重たい石で作られているであろう砦。

 そして青空だったはずの空には、まるで彼岸花や薔薇のように赤い、真紅の雲が広がっていた。





 三人で、砦の中に入る。

 白いこの国で黒い建材を使うというのは、この砦が隠れることを想定していないからだろう。

 まるで、石造りの城を横に薄く広げたようなその砦の内部。そこは長年使用されていたからだろう煤と、包帯に染みこませて使う脂の臭いが充満している。

「こういうところがいくつもあるんですか?」

「そうだな。この長い砦の延長線上にいくつもな。ここにも今衛兵が駐屯してるけど……」

 グーゼルは言葉を止めて、上を見る。天井を透かしてみるようなその動作に僕もそちらを確認すると、上部の見張り部屋というべき場所で何人か動いていた。

「ちょっくら挨拶してくる。お前らはここにいていいぞ。誰か来たら、あたしの客だって言いな」

 それだけ言い残し、のしのしと階段を上がっていくグーゼル。

「……ですって」

「たす、かる……」

 振り返れば、疲れを隠せないスティーブン。階段を上るのも辛いのだろう。両膝に手を当てて、肩で息をしていた。




「どうぞ」

 僕はスティーブンに、以前メルティたちに差し出したのと同じ飴を差し出す。小指の先ほどの小さな飴。スティーブンはそれを摘まんで受け取ると、顔の前まで持って行ってしげしげと眺めた。

「……これは?」

「疲労回復効果のある飴です。味はあまりないですけど、気休めにどうぞ」

「ふむふむ」

 それをおとなしくスティーブンは口に含んだ。

 それからころころと口の中で転がし、力なく笑う。

「甘い……」

 それがどういう感情かはわからないが、一応不快ではないらしい。壁際に背中を押しつけ、ずりずりと崩れ落ちながら、確かに笑っていた。


 僕は外を見る。

 もう、雪が降りそうな程重たくなった赤い雲。やり過ごさなければいけないというのはどうしてだろう。蛍火雲の時は何もなかったはずだが、やはり色によって何か違うのだろうか。

「スティーブン殿はご存じですか?」

「何をじゃ?」

「浄華雲から降ってくる雪について、です」

「名前すら聞いたことないのう……」

 力なくスティーブンはそう言う。まあ、あまり期待はしていなかったけど。

 

 しかし、いつまで待てばいいのだろうか。

 僕も一息吐いて外を眺める。今にも降ってきそうな空。

 そう、少しだけ気分が盛り下がってきていた僕の心の声が天に届いたのだろうか。

 見ている前に、一粒雪が舞い降りる。

 これは、本降りになるまで少しかかるだろうか。だが、その雪は赤く、まるで花びらがおちてきているような……。



「へえ……」

 僕はまた感嘆の息を吐く。以前の蛍火雲は幻想的な光景だったが、今度のは鮮烈な光景、とでも言えばいいのだろうか。

 雪が舞う。まるで、小さな赤い花の花弁をひらひらと落とすように。

 本物の雪……といってもいいのかわからないが、本物の雪と同じように音もなく、匂いもなく降ってくる。

 

 色は血の色に近い。だが、やはりとても綺麗だ。

 スティーブンに付き合ってここまできてよかった。と、そう思えるほどに。




「……?」

 早く本降りにならないかと思って眺めているその光景に、一つ発見をする。

 誰か、走ってきていた。それも、荷車を引いて。

 その走ってきた人物はグーゼルと同じく道士服を着ているおかっぱの人物。……どこでだろうか、見たことのあるような気がする人物だ。ヴォロディアとグーゼルの口論の時にいたのかな。


 息を切らし、駆け込んでくる男性。その男性は荷車ごと屋内まで入ってくると、一息吐いてそれから僕とスティーブンを見てぎょっとした顔をした。

「何だ!? 貴様ら!! ここは庶民が入ってきて良いところではないぞ!?」

「承知しとるよ。儂らはグーゼルの客じゃ」

「り、淋璃姫(りんりひめ)さまの!?」

 壁際でぐったりとしながらスティーブンが答えると、男性は驚いたように叫ぶ。それからなんとなく居住まいを正して、それでもやはり怪しい人物を見るように僕らを何度も視線で舐めるように見た。


 しかし、また知らない単語だ。

 淋璃姫? グーゼルの異名だろうか。


「<淋璃姫>というのはグーゼルさんのことでしょうか」

「あ、ああ、それは……」

淋漓(りんり)と溢れる力で魔物を叩きのめし、その様は瑠璃の如く……ってあたしほめられすぎじゃんね」

 男性の言葉を継ぐように、階段から下りてきたグーゼルが解説を加える。だがその顔は、少し引きつっていた。

 その引きつった笑顔でつかつかと男性に歩み寄り、そしてその顔にずいと顔を近づける。

「あたしのことその名前で呼ぶなってぇ、何度言ったらわかんのかなぁ?」

「す、すい、すいませ……」

 おかっぱの男性が、息を詰まらせながら涙目で謝る。なんというか、可哀想な光景だった。

 文句をひとこと言っただけで落ち着いたのか、グーゼルは男性から目を離し、後ろの荷車を見た。

「つーか、アブラムなんでここにいるんだ? お前の休暇はあたしとおんなじだろ」

「すす、少し、備品の補充がありまして……」

「備品ー?」

 歩み寄ろうとするグーゼルを、アブラムと呼ばれた男性は引き留める。

「いえ、隊長のお手を煩わせるようなものではありません! 私が運び込んでおきますので……」

「あー、まあ、いいけどさぁ……、休むときは休めよ」

「そ、それでしたら隊長も、何故ここに?」

「あたしは野暮用だよ。ちょっとこいつら案内してんだ」

 グーゼルは僕とスティーブンを指す。それから僕らに向けられたアブラムの視線は、やはり先ほどと同じ不審者向けの目だった。

 だが、何故だろう。少しだけほっとしているようにも見える。……まるで、グーゼルに後ろの荷物を確認されたくなかったような。


 ……見てみようか。

 僕はそっと魔力を這わせる。

 後ろの荷車の中身。それを確認するだけだ。確認して何をするわけでもないが。


 しかし、そこで僕の動きがぴたりと止まる。

 止めるような出来事があったわけではない。だが魔力の展開を止めてしまった。

 何故だろう、僕はそれ以上探る気になれない。この好奇心は、満たしてはいけない気がする。


 そして、何故だろう。何故、僕の脳裏にあのとき殺した少女の顔が浮かぶのだろうか。



「っ……! やっぱ降ってきやがったか」

 脳裏に浮かびかけた光景が、グーゼルの舌打ちと声で掻き消される。

 その声に外を見れば、先ほどの赤い雪が、花吹雪のように乱れ舞っていた。

 

 内心の動揺を、努めて消す。

 そうだ。もう終わったことだ。今更何を悔やんでも仕方がない。

 それよりも、今は目の前の光景を楽しまなければ。僕は生きている。あの少女と違って。



 僕は一歩踏み出し、その雪を触ろうとする。

 雪面に降り積もった雪は赤い。その辺りは蛍火雲の時と変わらないのだろう。まるで秋の川が紅に染まるように、雪面が赤く染まっていく。

 ならば、その雪もやはり溶ければ赤いのだろうか。それとも蛍火雲のときのように、普通の水なのだろうか。それが気になった。


「……おい?」

 そんな僕の様子を見て、グーゼルが僕に声をかける。

 僕は、砦の入り口から手を出しながら、振り返った。

「?」


「バカ! 危ねえ!!」


 端的に口にされたその言葉。

 その言葉の意味が理解できず、一瞬戸惑う。だが、次の瞬間意味がわかった。


(あつ)っ!!」

 僕は驚いて手を引く。雪に触れた場所。たしかに、そこには雪が落ちた。

 だが、その感覚は雪ではない。

 引いた手の甲を見る。違う、これは熱いのではないのだ。そこに落ちて溶けた雪は水に変わる。だが、その水は普通の水ではない。見る間に乾き、蒸発して消えてゆく。

 そして残ったのは、火傷したように爛れた、僕の肌だった。


「あーあ、バカ、浄華雲の雪に手を出すバカがいるかよ」

 駆け寄ってきたグーゼルが、僕の手を見て苦言を呈す。

「すいません」

 それに謝りながらその傷口を確認すれば、それは火傷ではなかった。熱いと勘違いしてしまうほどの……。

「……これは、冷たい……雪? ですか?」

「ああ。触ると凍傷になるくらい冷たいだろ。そうか、そういやお前この国初めてだもんな。悪い悪い。注意してなかったあたしも悪かったよ」

「いえ。不勉強な僕が悪かったんです」


 謝りながら、治療する。

 その凍傷を見ながら、僕は安堵の息を吐く。危なかった。迂闊に手を出すべきではなかったのだ。

 それから、反省しなければ。

 雪だから僕の障壁を通ってきたというのはわかる。だが、その雪は僕の肌に冷たさを感じさせるほどの温度変化を引き起こした。

 魔力が満ちている今ならば、浴びたところでそう大したことはあるまい。ある程度の怪我で済むし、もう今ならば障壁で当たらずに出歩くことは可能だ。

 しかしそれは、生身では一粒で致命傷となり得る雪。

 そんなものがあるというのを知らなかった。それは、僕の怠慢だ。



 綺麗な薔薇には棘があるというけれど、綺麗な雪にも棘があることを知った。

 本当に僕は、まだまだ知らないことばかりだ。


 傷は治した。痛みもない。けれど、痛みが引いた気がしない。

 本当に、見てるだけなら綺麗なのに。

 僕はそれから雪がやむまで、外の景色を見つめていた。




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[気になる点] >雪だから僕の障壁を通ってきたというのはわかる いつの間に障壁を張ったんだ!? それと雪だから通ってきたというのは? 障壁は空気が入ってこないと呼吸に困るから、一定質量を超える物質…
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