治療師の考え方
紹介された治療院は、治療師の人数も多く大きな建物だ。ただし、作りは以前僕が治して貰った治療院と同じような作りだった。
外見は青いコンクリートで、一枚板。トレードマークのようなものだろうか。
中も同じだ。待合室があり、その奥に治療室がある。
しかし、グスタフさんのメモによると、大部屋があるらしい。地図を頼りに、透明化魔法を使い探し回る。一般の人が入れないようになっている所を探せば良いだけだが。
患者達は楽しそうに歓談している。待合室をそれなりに埋めて、大声で笑い合っていた。
寄って話を聞いてみれば、それぞれ最近調子が悪くなった体の部位を自慢し合っている。腰が痛いと笑う者がいれば、そこに最近手が痺れると老婆が言い返す。耳が遠くなってきたと、人の話を聞き返し続ける者もいた。
何が楽しいのか、わからなかった。
衝立の向こうに、治療師達の待機所のような場所があった。水場と……トイレだろうか、小部屋がある。
そしてそこから繋がる廊下の先に、目指す大部屋があった。
「昼休憩の前に、午前の講談やりますのでそのつもりでー」
そう、気の弱そうな男性が声を張り上げている。この講座を聴きに来たのだ。タイミングが良かったらしい。
といっても時間までは少しあるようで、治療師達は休憩室に集まり果実などを摘まんでいく。
「だからぁ、あの人は吐き気もあったでしょ? そこは《賦活》じゃ駄目なんだってばぁ」
怒られている治療師もいた。髪の毛を後ろでまとめた長身の女性に、癖毛のショートカットの女性が怒られている。
「え、でも、三章二節で聖者コヤシバは吐き気のある患者に対して」
「まだ体内に毒があるのに、それを吸収させちゃうと後々駄目でしょうが。まずは《中和》か《抜去》してから……」
法術の使い方の指導だろうか。昨日チラリとみた法術の名前が端々に出てきた。
「……はじまりますのでみなさん集合して下さいー!」
指導も聞いてみたかったが、これから法術の講談だ。
さて、どんな授業なのだろうか。
「で、あるので、短期間に複数折れるような脆弱な骨に対しては、<集積>か<鈍麻>を長期間にわたり使い、……」
中身は、聖典の解説だった。聖人が起こした奇跡の事例を、実際に最近見た患者の症状に合わせて説明していく。
皆が聖典を机に置き、それを読みながら解説を聞く。まるで大学か何かの講義のようだ。
正直、拍子抜けだ。
これでは、僕が普通に本を読むのと大して変わらない。
そしてこれでは、僕には法術を使える気がしない。
「……聖フォルテは、一年に一度だけ使えば骨折の起こりづらくなるような奇跡を開発したとされていますが……この章では……」
教授の授業を聞いてメモを取る。そういうところまでただの授業だった。
メモを取っている人の中にも温度差がある。
というよりも、聖典の見た目が違うのだ。
メモを大量に書きつつ熱心に聞いているのは先程の癖毛の女性で、聖典の文字以外の余白にはまだ白い部分が残っている。しかし、長髪の女性を筆頭に、あまりメモを取っていない治療師の聖典は、もう書き込みや下線傍線でいっぱいだった。
おそらく、この授業は同じ事を何度も繰り返しているのだろう。
聖典の初めから最後まで、その解釈と解説を繰り返す。そうして、勉強しているのだ。
ということは、この癖毛の女性はこの中では新参者だということか。
もしかして、彼女を見ていれば、実習まで見れるかも知れない。
そう考えた僕は、今日は彼女を見ていることに決めた。
昼休みが終わると、彼女ヨシノは、彼女の指導に当たっているらしいネイトと一緒に待機を始めた。
昼休み直後はあまり患者が来ず、二人とも暇そうにしている。
まずはどちらかが法術を使う姿を見たいのだが、その機会が中々訪れない。
二十分ほど待ち、ようやくそのときが訪れた。
「転んで膝を擦りむいてしまって……」
そう、母親らしき女性に連れられて男の子がやってきた。成人直前だろうか十三,十四歳ほどの体格の良い男の子だった。
「あ、じゃあまずは傷口を」
そう言いながら、膝に手をかざそうとしたヨシノを、ネイトが肩を叩いて止めた。
「周りに打ち身があるようですが、どういった姿勢で転びました?」
そして、そう男の子に尋ねた。言葉を止められたヨシノは、ネイトを見ながら口をパクパクさせていた。
「……」
男の子は小さく頷くと、母親の方を向いた。母親は答える。
「ええと、たしか、膝をつくように前のめりに倒れました」
ネイトは母親から目を離すと、もう一度男の子の方を見て「さわるよ」と一声かけた。
男の子は無言で見つめ返すと、そっと膝を前に押し出す。
「ここ、痛い? ここは?」
ネイトは膝を触りつつ、男の子に尋ねる。男の子はその問いに、首を縦や横に振って答えた。
「じゃあ、骨に異常は無いみたいだから、洗浄してからちゃっちゃと治しちゃってぇ」
診察が終わる。そしてヨシノを見て、指示を出した。
「ぅえ、え? はい!?」
ネイトを見ていたヨシノは、突然かけられた声に素っ頓狂な叫び声で返した。そして、膝に手をかざすと、祈りの言葉を唱える。
「我が名ヨシノが神の名において命ずる 障るものよ清らかとなれ《清浄》」
「重ねて命ず 傷つきしもの平らとなれ《治癒》」
一つの文句を唱え終えるたびにその効果が現れるようで、弾かれるように土は落ち、傷は伸びた肌に覆われるように塞がっていった。
「ありがとうございました」
母親は頭を下げ、お礼の言葉を述べる。男の子もそれに続いて会釈した。
「ぉお大事にして下さいね!」
ヨシノは元気よくそう言うと、こちらも軽い会釈をした。
背後から、その様子をネイトはじっと見ていた。
「さて、今の治療の問題はわかるかなぁ」
そう背後からネイトが声をかけると、ヨシノは振り返り、申し訳なさそうに答えた。
「ええと、患者の訴えだけで擦り傷だけだと判断してました……」
「そう、その通りぃ。受傷機転によっても色々変わるからね。患者の訴えなんて話半分で良いんだよ」
申し訳なさそうに、ヨシノは目を伏せる。しかし、励ますような声色でネイトは続けた。
「まあ、ああいう奴らにはそんな対応でも良いとは思うけどねぇ。今のは、まともな患者に対する予行練習だから」
いきなり毒を吐いたネイトを見て、ヨシノは固まった。正直、僕も固まった。
「あ、ちなみに今の子、筋も痛めているっぽいからまた来るかもよ。来てもまた黙りだろうから、今度は適当にあしらっていいよ」
「ええ!? じゃあ、足りなかったってことですか」
「うん。膝を曲げた状態で膝下が後ろにずらせたから、ありゃあ筋が切れてるね。顔を顰めてたから痛いんだろうよ」
「じゃあ、何で」
「あの子、痛いなんて一言でも言ったぁ?」
ネイトは顔を歪める。片目を閉じて、口の端を伸ばした。
「気にすることはないよ。あの子は一言も痛いなんて、ましてや怪我をしているとも言ってないんだ。母親の訴え通り、擦り傷を治しただけで充分だ」
「え、ええ、……はい……」
先輩の言葉に逆らえないのか、ヨシノは返事を返す。その返事は小さくて、納得自体はいっていないようだった。
……せっかく間近で法術が見れたというのに、他のことが衝撃的であまり観察が出来なかった………
次の患者に期待だ。




