この国で一番
予期せず一日開けてしまいましたが(ペース乱れてすいません)
丁度いいので今日(19日深夜)を起点にまた隔日更新でなるべく頑張ります。
「いっつもいつもごくろうさん! よくもまあ毎回毎回難癖つけてきやがってよぉ!」
十人ほどいる道士服の一団を掻き分けて、そして腰まである針金のような長い髪の毛もグシグシと掻き毟りながら、一人が衛兵の前に歩み出る。まるでライオンのように、迫力のある人物だった
「それでぇ? 今日はどうして入れてくんないんですかねぇぇ?」
体を横に曲げて、前に一人進み出た衛兵の顔を覗き込みながら、その人物が凄む。それに怯んだように衛兵は一歩下がるが、それでもグッと足に力を込めて、体勢を整えた。
だが、彼では力不足なのだろう。
それを察したヴォロディアが後ろから叫ぶ。
「何度来られても俺たちの答えは変わらん! 貴様ら前王に仕え、現体制に不満を唱える危険分子は王城に入れるわけにはいかない!」
そのヴォロディアの言葉が気に入らなかったようで、片目を見開き道士服の人物が更に大きな声を上げた。
「あんたに意見しに来たんじゃねーし。そんな暇でもねーし。これでもあたしらには報告とか色々とあるんですけど仕事邪魔しないでくれますぅ?」
「グーゼル、お前らに命じたのは官舎での待機だったはずだ。それが勝手に北伐に出て、報告のために戻ってきた? 抗命者の言い分を信じられるわけがないだろ」
「あたしはお前に仕えてるんじゃねーしぃ! あたしらは国王陛下の命で北伐に出てるんだ! 横からしゃしゃって出てきてんじゃねえよぉぉ!」
「今の王は俺だ! ともかく、不穏な動きをする貴様らをこの城に入れられるかよ!」
グーゼル、という女性だろうか。よく見てみれば、体型も女性っぽい気がするが……大きな体や化粧っ気のない肌にぎらぎらとして好戦的そうな目がそうは見せてない。
どうやら、そのグーゼル率いる部隊を王城に入れる入れないで争っているらしい。
ヴォロディアとグーゼル。マリーヤが言っていた『あの二人』というのはこの二人のことだろう。犬猿の仲、という言葉が合いそうなくらい、見た目で既に険悪な様子だった。
「ケッ! そうですかい。じゃ、いいや。お前じゃ話になんねえから、マリーヤ呼んできやがれ!」
雪を蹴飛ばしながら、グーゼルはそう叫ぶ。その言葉の通りに、もうヴォロディアの相手は諦めたのだろう。目の端でマリーヤを捉えた結果、ヴォロディアを完全に無視してこちらを向いた。
「お、呼ばなくても来た! マリーヤ、相変わらず目敏いねぇ。報告があってきたんだけど……」
「ええ。わかっております。わかっておりますとも」
息を切らして駆け寄ったマリーヤが、膝に手を当て腰を折る。息を整えているその様を、労うものは誰もいない。
「そこの王様じゃ話になんなくてよぅ。しゃーねえから今日は帰るけど、これだけ頼むわ」
「助かります、ありがとうございます」
十数枚の紙が乱雑に綴じられた束を、荒れた息で受け取るマリーヤ。なんとなく可哀想な気がした。あとで何か薬でも差し入れしよう。
「一応今回も、軽微な損傷だけで済んでる。物資なんかはまたいつもの通りに頼むわぁ」
「了解しました。精査した後、ご返答いたします」
「おうよ」
カラカラとグーゼルは笑う。ヴォロディアとは険悪でも、マリーヤとは違うのか。
そんな様も、ヴォロディアには気に入らない様子だったが。
「……んじゃ、みんなによろしくな」
「ええ。次の定例報告では……」
ちらりとマリーヤはヴォロディアを見る。ヴォロディアはその視線の意味を理解しているのかいないのか、ただ鼻を鳴らした。
「慣例だからって、あたしらが帰還したときに鐘鳴らすのがいけねぇんだってよ。そろそろやめねえ? あれ」
「お前らの監視のためにも、やめるわけにはいかんな」
ヴォロディアが横から入ってきたのが、グーゼルの癇に障ったらしい。少しだけ額に血管を浮かせて、グーゼルがヴォロディアを見る。
「見てろよ。レヴィンが残した新兵器がもうすぐ出来上がる。この国にあれが配備されれば、お前らも不要となるだろう」
だが、その言葉が可笑しかったのか、グーゼルは噴き出した。
「あのガキが残した新兵器ぃ? お前まだあんなの続けてたのかよ。あんな玩具で戦えるもんかよバッカじゃねえ!?」
「……んだと?」
今度はヴォロディアがいきり立ち、一歩前に出る。だが、その仕草も涼しい顔でグーゼルはせせら笑う。
「ご自慢の玩具を馬鹿にされて怒っちまったのかい、王様ぁ。いいよいいよ、あたしらがいらなくなる。結構なことだねぃ。でもよぅ……」
グーゼルからも一歩踏み出す。顔を突き出し覗き込んで。もう彼らの顔の間は、殆ど隙間がない。ヴォロディアの目には、グーゼルの目しか映っていないだろう。
「あんたは何を考えてんだ? 魔物には通じねえだろうその銃とやらで、誰を何処に立たせるんだ?」
「言ってもお前らには理解できねえだろう。俺やレヴィン、上に立つ奴の考えはな」
「ハハハハ、上に立つ、ときた。あたしらだって、ずっとこの国を守ってきたってのにねぇ」
ヴォロディアから顔を離し、なんておかしなことを言うんだろう、という雰囲気でグーゼルはマリーヤを見た。マリーヤは、複雑な顔で返していたが。
「あーあ。今日はいいや。帰る。マリーヤ、あとはよろしく頼んだ」
「はい、確かに」
グーゼルが踵を返し正門から離れていくと、道士服を着た集団もぞろぞろとついていく。
部下達だろうその集団も、ヴォロディアに友好的ではないらしい。睨み付けていく者までいた。
それを見送ったマリーヤの手元に残された紙の束。見える文字と先ほどの言葉から察するに、部隊の経費や損害の報告書だろう。北の魔物の様子についても含まれているかもしれない。
その紙の束を見て、ヴォロディアは鼻を鳴らした。
「……俺は確認しねえからな。お前らで勝手にやっとけよ」
「わかりました。確かに」
まだ駄々をこねるように告げられた言葉に反論せず、マリーヤは頭を下げる。正直、その方が彼女にとっても助かるのだろう。先ほどの喧嘩を見るに、読んだところでヴォロディアはまともにその内容を飲むとも思えない。
衛兵達を引き連れ、ヴォロディアは城の中に入っていく。
その衛兵達も、たまに振り返り道士服の集団を見ていた。そちらも、友好的な顔ではない。
なんというか、嫌な顔だった。
「……今のは?」
周囲に誰もいなくなったことを確認して、僕はマリーヤに尋ねる。遠くに門の守衛はいるが、声が届くことはないだろう。
「この国の北に魔物の巣があることはご存じですね」
「ソーニャ様からも聞いております」
消えぬ吹雪があり、そこから魔物が湧き続けているという。その向こうには妖精の国があるというおとぎ話もあるが、魔物が出てきている以上ありえない話だ。
「北伐、というのはその魔物達に関してでしょうか」
「ええ、そうです。この国の北に防衛戦を張り、魔物の群れを監視し、防衛に出て殲滅する。持ち回りで騎士団が行っている仕事ですが、彼女らはそれ専門の部隊です。今日はその隊長であるグーゼル・オパーリンが休暇を兼ねてこの街まで戻り定例報告に来る日だったのですが、すっかり忘れておりました」
「十日に一度、ということですか」
ヴォロディアの演説が十日に一度だったはずだ。そして、『今日は演説日』とマリーヤが言っていたということは、そこに合わせて帰ってくるのだろう。
……いや、合わせているのはヴォロディアかな。
「そうですね。七日の駐屯の後三日休みになるのですが、その休みの中で報告に来るのです。いえ、多分カラス殿が言いたいのはそういうことではないのでしょうね」
ふふ、とマリーヤは微かに笑う。笑うしかない、という諦観の笑みで。
「元々、ヴォロディア様は演説日を彼女の帰還日に合わせて行っているのですよ。腐敗とは微塵も縁が見えず、この国のために戦い続ける彼女は導師とも呼ばれ、民の尊敬を集めておりますから」
「ああ、導師とは彼女のことでしたか」
「ご存じでしたか?」
僕は頷く。……頷いてもマリーヤには見えないが。だが、子供の言葉に上がるほどだったか。
「とある街で子供が『最強』という言葉に反応して出しておりました。そうですか、そんなに」
僕が褒めると、マリーヤは自らを褒められたかのように嬉しそうに笑った。
「我が国最強と言ってもいい強者ですよ。そしてご自身の強さも有りながら、その武術を伝えた部下を従える統率力も持ち合わせている。彼女が仙術と名付けたその特異な武術は無二のもの。カラス殿でも、容易には真似できないでしょう」
「僕も武術は苦手ですので、否定はしません」
その得意げな様子に少しだけ微笑ましく感じながら僕は返す。
しかし、微笑ましいのはそこまでだったらしい。マリーヤの顔に少しだけ陰りが見えた。
「……彼女がいたからこそ、この国は存続できた。カラス殿。私はわかりません。仮に銃が本当に使えるものだったとして、彼女らがいなくなることは、本当にこの国のためになるんでしょうか。彼女たちはいなくなったほうが良い存在なのでしょうか」
「さて、それは僕にはどうにも……」
それは僕にもわからない。
銃のことはこの際考えないとしても、彼女らがいなくなる日は、魔物に対して他に対抗手段が出来た日だ。もしくは魔物を殲滅した日。または守らなくても良くなった日。
その対抗手段にもよるだろうし、場合によるだろう。
だが確かに、銃によって彼女らが必要なくなる日は、来ない方がいいと僕は思う。
その銃を持つ者が誰か、ヴォロディアは考えていないのだから。
まあ、そこも僕が考えることではないだろう。今の王は、自分で言っていたとおりヴォロディアだ。彼が決めるのならば、それはこの国の方針だ。僕が口出しできることではない。
だがやはりそのために。彼の意思を守るためにも、この国から奴の影響は取り除いておかなければ。
「……では、私はこれで。後は予定どおり今日の夜決行します」
「案内などは……」
「いりません。適当に見て回ります。居眠りしている方がいれば、起こして回ります」
「ふふ、そうですか。では、お頼み申し上げます。彼らの目を開かせてあげられるのは、悔しいことに貴方しか出来ないのですから」
僕がどこにいるかもわかっていないだろうに、マリーヤは頭を下げる。そんなことしなくてもいいのに。
思わず、僕は口に出してしまう。その疲れた姿は、けして彼女が無能だったからではない。
「……もう少し、マリーヤ様はご自身を信用した方が良いと思いますよ」
「それは、どういう意味でしょうか?」
「私だけではありません。マリーヤ様にも出来ることです」
僕の言葉を、マリーヤは笑い飛ばす。お世辞と思ったのだろうか。
僕は、世辞が苦手なのに。
「帰ってきてから今まで、私に出来たことなど何もありません。ただ寒さをしのぎながら、上へ下へと書類を運び、小言を言い続けてきただけでございます。まったく、何を根拠にそんなことを……」
「グスタフさんは出来ない人に仕事を振る人ではありませんので」
僕の言葉にマリーヤは目を丸くし、それからまた微笑んだ。
「あの店の店主ですか……信用されているんですね」
「この世で一番信頼できる大人です」
能力もあるし、自らも他人も区別しない責任感もある。何より、ただ生きるだけだった僕に生活の術をくれた。信用しないはずがない。
「……塞室の扉は仕掛け扉になっております。夕の四の鐘が鳴る頃、掃除の係の者が一度入室いたしますので、参考にしてください」
「ありがとうございます」
それだけ言って、雪に足跡をつけないよう僕は飛び立つ。
城をぐるりと回って、居眠りをしている者を見つけては脳を覗いて、そんなことをしている間に夕の四の鐘が鳴る。
仕掛けは、金色の壁に突き出た指先ほどの石をいくつか動かすものだった。
ヴォロディアが室内にいるときにそれをやれば、流石に不自然だということはわかる。
ならば、誰かが入るときに一緒に入ろう。そう思いながら動作を確認し、それからまた城を巡りながら僕は待つ。
夕餉を終えたヴォロディアが、何人かの侍従を伴い部屋へと消える。
開いた扉。最後尾が入った後閉まるまでのわずかな隙間。僕はその隙に、内部へと滑り込んだ。




