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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
四色の雪

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375/937

銃というもの



 いくつもの階段を下がり、廊下の角を曲がり、やがて城の隅にある離れに近づいていく。

「元は錬金術士が研究のために使っていた炉があるんですが、今となってはその辺りがヴォロディア様の工房になってしまっておりまして……」

 歩きながらもマリーヤはまた溜め息を吐く。

 その言葉が呟かれた直後、また官吏が廊下の角から現れる。小声だが、独り言のようなマリーヤの言葉に違和感を覚えたのだろう。廊下の端に避けて会釈したマリーヤに、わずかに首を傾げながら通り過ぎていった。


 正直、銃などよりもその錬金術師とやらの研究の方が気になる。

「その錬金術師の方々は、どのような仕事をされていたんですか?」

 城の中にあるということは国費で何かをしていたんだろう。言葉の意味通りにとれば、金属を精錬する術士。鍛冶師と役割が被っていないだろうか。まさか、この世界においても賢者の石を作り出すという意味での錬金術というものがあるのだろうか。

「何の意味もない研究……とまでは言いませんが、無為な研究です。水煉瓦の再現をするというお題目を唱えて、様々な物質を炉で溶かして混ぜ合わせておりました」

「水煉瓦?」

 僕は聞き返す。質問ばかりだ。

「水煉瓦というのは……ああ、ご存じ有りませんでしたか。たしかに、エッセンでは……いえ、リドニックでも限られた場所にしか存在しませんからね」

 そう言いつつ、少しだけ得意げな顔でマリーヤは壁を軽く叩いた。

「この城の素材です」

「……どうりで見たことがない素材だと思いましたが、これが」

「溶けず割れず光を通す。王家の資料によれば、遙か昔、妖精たちによってもたらされたと言われる不壊の建材です。まあ妖精などおりませんので、おおかた一代の天才が作り上げた素材を、神秘性をつけるために王族が利用したというところでしょうか」

「はあ……」

 また昔の王族か。シャナの話といい、神話や伝説のいい加減さがよくわかる。

 王族が利用し、独占した。研究が続いたということは、資料まで破棄してしまったのだろう。

 この素材の作り方が残っていれば、それこそこの国の特産となっただろうに。

 ……その場合は、情報目当てに攻められ、ただちにどこかの国の属国になるだけか。それならば、破棄した方がいい資料だったかもしれない。

 

「では、補修とかも出来ないと」

 建材が作り直せない。ならば別の場所を壊して持ってくるか、それとも違う素材で作らなければならない。

「そうなりますでしょうね。しかし私の知る限り、壊れたという話は聞きませんので今のところ問題は起きておりません。過去には姫のために寝室を増やしたいと思った王がいたそうですが、力自慢の男が大槌を使って叩いても傷一つ付かなかったとか」

「……改築が出来ないとは、優れた素材か不便な素材かわかりませんね」

「城としては満点の出来でしょう。矢は通じず、戦火にも焼かれず、門扉と城壁にとりついた敵さえ防げば攻城槌さえ役に立たない。……もっとも、この国自体が天然の要塞と言っても過言ではありませんし、建国以来攻め込まれたこともないので無用の長物ですが」

 嘲笑うようにマリーヤはそう吐き捨てる。

 おそらく、攻め込まれたことがないというその言葉の後に、『今のところは』と付くのだろう。今までこの国は、適度に弱かったから守られてきたのだ。


 これ以上弱くなり、北方の魔物を防げなくなれば。もしくはこれ以上強くなり、南の大国の脅威となれば。もはや守られることもなくなる。

 

 ヴォロディアは変わろうとしている。そして、弱くなる気はない。

 独立独歩の道を選ぶために銃を作るのだから。

 

 ……銃の出来によれば、もうこの国は危ない。

 ヴォロディアの意図はどうあれ、その銃がこちらに向くと思えばエッセンもムジカルも無視できなくなるだろう。

 国防のために準備をすることで国難を招く。本末転倒で皮肉なことだし、嫌な話だ。周囲の影響で、対策に正しい結果が得られないなど。


 


「マリーヤもやっぱり気になったか! 今から試射だ。見ていけよ」

 到着した離れでは数人の鍛治師らしき人物と一緒に、ヴォロディアが短く切った丸太を並べて的の準備をしていた。その手に握られているのは……拳銃?

 開発中というところと、まだ実用化されている銃がなさそうなところから、原始的な筒にくくりつけるタイプかと思っていたが違うらしい。


 近くに並べて置いてある試作品を見てみれば、簡素な拳銃といった感じの鉄の塊だった。

 

 準備している助手らしき鍛冶師の動作を見れば、銃口から粉状の火薬を流し込み、棒で押し固めている。形を見る限り、それに火縄で点火する、といった感じか。

 四つほど並んでいるが、それぞれ銃身の長さや太さなどが違っている。

 試作品。火縄銃を全て金属製にして、銃身を短くカットしたような形。ライフリングもなく、照準器もついていない。


 だが、確かにそれは銃だった。


「やってくれ」

「はい」

 ヴォロディアに声をかけられた鍛冶師は、焼けた火箸を火縄の先に押しつけて点火する。

 そして丸太から十歩ほどの距離に立ち、静かに銃を構える。

 鍛冶師はゴクリと唾を飲む。その行為に、その場の空気も重く静かに飲み込まれた。


 銃に両手を添えて、右目を見開き、的と銃身を目を一直線に並べる。

 少しだけ腰を落とし、衝撃に備えて。


 引き金が引かれ、留め具が落ち、火縄が銃身の後ろに落ちる。

 カチンという音。それから一瞬の後、ガキンという微かな音と、破裂音が響いた。


 

 丸太が宙を舞う。

 いや、舞うというのは言い過ぎか。その丸太の上の端をぎりぎり捉えた丸い弾丸はその衝撃で丸太を弾く。

 落ちた丸太は上半分が削られるように割られ、当たったのが生物であれば相当な衝撃だろうことを想像させた。



「ちゃんと狙ったか?」

 ヴォロディアは囃し立てるようにそう鍛冶師に問いかける。嘲笑いとかそういうものではなく、単なる冗談だろう。事実、それに対し不快な感情を見せることなく鍛冶師は火縄を足下の雪を使って消火していた。

「はい。ですがまだ命中精度に難がありますな」

「初めの頃は飛ばなかったんだ。それを考えりゃ上出来だろ。……それに、威力も申し分ない」

 納得したヴォロディアの褒め言葉を聞き、ゆっくりと鍛冶師が笑顔を作り頷く。

「では、次にいきます」

 そして二つ目の銃を取り、また同じように火縄に火をつけた。

 今度は銃身が少し細く短い。弾丸に使っている金属球は先ほどと同じものだが、それはいいのだろうか。


 やがて同じように撃つ。カキンという金属が軋む音。それから今度は弾丸が丸太には命中はせず、水煉瓦に当たる音が後ろの方から聞こえた。

「命中精度はやはり短いと悪くなるのでしょうか。もう一度やりますかな?」

「いや。これは却下だ。次やってくれ」

「はい」

 次も同じように構え、撃つ。見た目には何も変わらず、だが今回は丸太の中央がひしゃげたように変形して後退した。



 ……一応形にはなっているようだ。

 なるほど、マリーヤが言っていたとおり。火薬を使い、鉄の弾丸を撃ち出す装置。まさにその通りだろう。

 大人の胴体ほどのある丸太が損傷した。威力的には申し分ない。恐らく、当たれば頭は西瓜のように弾ける。鉄の鎧を貫くことは難しいかもしれないが、至近距離なら可能かもしれない。

 だが、やはり足りない。

 馬鹿にしているわけではない。しかし、『豆鉄砲』という比喩表現が浮かんだ。


 その銃は、普通の動物に対しては有効だろう。

 轟音とともに肉が弾け、衝撃に襲われる。不可視に近い速度で飛んでくる、視認しづらい小さな弾丸。それは、普通の動物に対しては有効だ。狩りにだって使えるかもしれない。


 だが、ヴォロディアが想定している相手は魔物のはずだ。


 闘気や魔力を帯びた化け物。闘気を帯びた爪は鉄を裂き、その牙は岩を砕く。そんな相手。

 レヴィン自身が使っていた魔法であれば、それはたしかに有効だったかもしれない。

 徹甲砲弾とやらは大蛇の体を貫くだろう。スタングレネードとやらは雪海豚を行動不能にするだろう。指鉄砲からの機関銃のような攻撃でも、バーンなどなら多分ひとたまりもない。

 この銃は未完成だ。

 鉄を溶かす灼熱にも焼かれない肌に、傷を負わせられるとは思えない。

 掠りでもすれば干からび死に至る猛毒を持つ小さな毒鳥に、当たる精度ではない。



 それに、まだ問題はある。

 先ほどから聞こえている音。

 発砲音ではない。火縄のストッパーが外れる音でもない。

 

 発砲のたびに銃身から鳴っている音。それは、危険な兆候だ。


 まずい。

「やめさせてください」

 マリーヤに対し僕は声をかける。マリーヤ以外には聞こえていないが、それをマリーヤも心得ているようで身体的な反応は瞬きだけだった。

「ヴォロディア様」

 だが、とりあえず聞き入れてはくれたようで、ヴォロディアに向けて声をかける。その言葉に、鍛冶師も手を止めこちらを見ていた。

「その銃、危険ではないでしょうか。火薬の爆発に対し、耐えられるものでしょうか?」

「ったりめーだろ。やってみるか?」

 マリーヤに口添えし口に出させた質問に、ヴォロディアは嫌そうに答える。そして、先程撃った最初の銃を手に取った。

「いえ、そうではなく……」

 止める言葉。だが、ヴォロディアは聞き入れることなく火薬を詰めていく。そして銃弾を込めて、火縄に火を点けた。


 そして、狙って、という動作もなくただ丸太に向けて発砲。

 破裂音と、一度目と比べてやや大きな軋む音が聞こえた。

 銃弾は丸太には当たらず後方に飛んでいったが。


 したり顔でヴォロディアはマリーヤを見る。快活な笑みだった。

「な? こいつらの腕を信用しろって」

「いえ、そちらも問題なのですが、一番の問題は最後の銃なんです。溶接の具合を今一度……」

「……お前が銃製造に反対なのは知ってるけどよ。工房にまで来て文句つけるのは違うだろ」

 一転して笑みを止め、唇を尖らせる。それからヴォロディアはもうマリーヤの方を気にせず、鍛冶師の方を向いた。

「ああ、悪い、続けてくれ」

「は、はあ……」

 マリーヤの剣幕に鍛冶師の方は何か思うところがあるのだろう。だが結局はヴォロディアの言葉に従い、もう一度狙いを定めた。

 僕はその火薬を結露させる。これは撃たれてはまずい。微かな音だからだろうか、誰も気付かないなんてないはずなのに。

 彼らの造りが粗悪とは言わない。けれど、まだ作成の精度が甘いのだ。どれも見えない内部の方に、小さなひび割れがある程度には。



 マリーヤがそんなことを知れるわけもないのでこんな迂遠な止め方しか出来ないのが口惜しいが、止まるならばいい。

「……あれ?」

 火縄は下りる。けれど、火薬に熱が伝わろうとも燃焼はしない。したら困る。

 何度か銃身を叩いて、鍛冶師は申し訳なさそうにヴォロディアに振り返った。

「……申し訳ありません。火薬が湿気てしまっているようで……。冷却用の水が内部に残っていたのかな。中が乾くまで今しばらくお待ちを……」

 マリーヤはほっと息を吐く。僕も少しだけ。

 だが、やはりヴォロディアは不満げに唇を引き締めた。

「まあいいが……。今月中には完成品を作れよ」

「はい。たしかに」

 威圧されたのだろう。少しだけ萎縮した鍛冶師は、申し訳なさそうに頭を下げた。




 

 まだ納得できていないようで不満げなヴォロディアを執務室に押し込み、見張り役の官吏を呼んでからマリーヤは執務室を離れた。勿論、僕を伴って。


 今いるのは、マリーヤに与えられている部屋。ソーニャの部屋と同じように、最低限の家具しかない簡素な部屋だった。

「それで、先ほどの口上はどういった意味だったのでしょうか」

 扉を閉めて外に誰かの耳がないことを確認して、マリーヤは口を開く。

 大体わかってはいるだろうに。

「……先ほど最後に撃とうとしていた銃、恐らく撃つと暴発します。恐らく他の銃も危ないでしょう。撃つたびに軋む音がしていました。他の銃も、何度も撃てばいつか弾ける。撃った人物の手や命を奪いながら」

「……!」

 元々色がなかったマリーヤの顔が更に青くなる。

「やはり、僕も銃には反対ですね。もう少し精度の良い銃ならもしかしたら、と思いましたが」

 先ほど僕が考えていた、強くても弱くても国が危ないという話。あれは、攻め込まれないためには現状維持しかない、ということではない。もう一つ選択肢があるのだ。まあ、それは今は言うまい。

「あれでは魔物に対抗は出来ない。レヴィンは、自分の銃を基準に考えていたのでしょう。そしてそれを、ヴォロディア様に伝えてしまった」

「……」

 きっと、そういうことなのだろう。奴にとっては、銃弾は魔物の命も奪えるものだった。


「私からも一つお聞きしたいのですが、銃に使う火薬なども輸入品でしょうか?」

「……いえ、あれもリドニックで製造しております。レヴィンは昔農民の真似事をやっていたとかで、肥料にもなる火薬の原料を作る技術を持っていたとか……。今にして思えば、貴族の令息がそんなことをするはずがないのですけれど」

 だからか。

 いや、駄目な情報かな。火薬の出入りを制限すれば銃も無力化できると思ったのだけれど。



 突然。ガランガランと鐘が鳴る。

 城全体が揺れるように、どこから響いているかは判別が付かず、僕は驚き飛び上がるほどだった。

「……何です? これ」

「そうだ、そういえば今日は演説日だったのですね。ああ、もう」

 マリーヤは頭を抱えながら身支度を調える。誰かを出迎えるような、そんな雰囲気で。

「もう一つの頭痛の原因でございます。カラス殿はこの街初日にも関わらず、こんなにも色々と遭遇するなど。何かツキのようなものがあるのかもしれませんね」

 苦笑しながら、マリーヤは扉を開く。本当に嫌そうな顔で。

「……何があるんですか?」

「喧嘩を止めに。いえ、顔を合わせるといつも喧嘩ばかりですからね。あの方々はきっと、魂の炎の上と下からとられたのでしょう。ああ、本当にやだ」

 

 パタパタとマリーヤは出ていく。

 それに合わせて、一応僕も。


 後を追っていけば、着いたのは城の正門前。

 氷で出来た門を越えた城の真ん前で、二つの集団が向かい合っている。


 僕が見たのは、その衝突の寸前。

 その集団の一つ、ヴォロディアが率いる城側の集団が一歩踏み出す。それに応えて、城の外の道士服のようなものを身につけた集団が身構えた姿だった。


 今度は何だ。



新キャラですけど、リドニック編で頻出する名前ありはこれくらいで終わるはず……。

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