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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
四色の雪

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370/937

嘘のような本当の話

今は三日の深夜七十六時半くらい(言い訳)




 その後、僕は広場に出た。彼女のいる広場に。


「全部買います。いただけますか?」

 僕は花売りの仕事を再開した少女に話しかける。改めてみれば、その目は必死な現状を装ってはいるが、やはり違う。その目は獲物を探す目だ。人の持ち物仕草から、品定めをする目つき。貧民街で幾度となく見たことがある目。


 一般の街であれば、こんなにも異質なのか。僕が彼女の所行を知っているからこそ思えることだろうが、多分その目は貧民街に類するところ以外でしていい目ではないのだ。

 

 僕の申し出にその目は丸く開かれ、本当に驚きに満ちていたが。

「お兄さん? さっきはいらないって……」

「ええ。ですが、その花を見たら気が変わりました。おいくらですか」

「待ってね、……一輪半鉄貨だから、ええと……」

 少女はその数を数えて指を折る。合計二十三輪あるから、鉄貨でいうなら十一枚半。鉄貨十枚で銅貨一枚だから、銅貨と鉄貨と半鉄貨それぞれ一枚だ。

 だが、少女は悩みながら数え続ける。おそらく、かけ算が出来ないのだ。

 それでもやがて数え終わる。顔を上げて微笑んだのは、素の表情だろう。

「ええと、鉄貨十一枚半、かな?」

「はい。では、細かいのは面倒なので銅貨と合わせてでいいですかね」

 僕は背嚢の底から適当に硬貨をそれぞれ取り出す。三枚の硬貨を受け取った少女は、一瞬口を開けて呆けたように見えた。

「……」

 それから手の中の硬貨を見つめ、少しだけ顔を近づけてまじまじと見る。


 やがて我に返ったらしい。

「あ、ありがとうございます!」

 ペコリと頭を下げた少女は、本当に人を殺して食べるような少女には見えない。

 だが実際は、夜には人を誘い、寝台で刺す悪女だ。本当に、演技が上手い。

 

 僕が手早く花の束を布に包み背嚢に入れると、やはり少女は興味を持ってくれた。

「お兄さん、その花何に使うんですか? 女の人にでも……?」

 少しにやにやとしながら尋ねてきた。雪割草が綺麗でないとは言わないが、女性に差し出すのにはもう少し派手な花の方があうと思う。好みにもよると思うけれど。

「いえ。薬に使うんですよ。知らないんですか?」

「え? そんな花が薬になるはずがないじゃないですか。お兄さん、ちょっと変」

 唇をとがらせて少女は反駁する。

 だが、その心のどこかに引っかかったのか。一瞬黙って少女は俯く。ほんのわずかな逡巡、かな? そして顔を上げると、満面の笑みを作った。

「そんなこと出来るんなら、私だって大金持ちになっちゃうかも! ねえ、お兄さん」

 それから笑顔を緩めて、僕に問いかける。少しだけ穏やかな雰囲気が流れた気がする。


「あたしにもそれ、作れるかな?」



 呟くように吐き出されたその言葉。おずおずとした仕草。

 ……どちらだろう。僕は、僕の心に響きかけたその少女の姿を見て内心戸惑う。

 本音にも見える。演技にも見える。やはりこういった化かし合いでは、彼女の方が上手(うわて)なのだろうか。


 いや。

 僕は内心の疑心を顔に出さないよう、打ち消しながら答える。

 そうだ。この場では、今回は、本音と思わなければ。そうしなければ後には続かない。


 てれてれとした仕草で僕の答えを待つ彼女。今が彼女を信じなければ。

「覚えれば簡単ですよ。大金持ちは難しいかもしれませんが、それだけで生活も出来るでしょうね。鍋と竈があったら教えてあげてもいいんですけど」

「それって、家に上げてってことですか?」

 僕の言葉に、少女はどきりと震えた。そこまで言ってはいないが、そうとってくれたのならそれでもかまわない。

 

 ならば、乗ろう。

「それもいいかもしれません。そうですね。一応人目に付かないところの方がいいです」

「へー……」

 少女の視線が、隠してはいるが僕の背嚢に向く。これは期待薄だろうか。いや、まだわからない。

 しかし、僕も多分初めてのことだから少し緊張しているが、もしも少女を買うとしたらこんな感じなのだろうか。買う気も一切ないけど。


 少女の腹も決まったらしい。

「んー、でも私お父さんと二人で暮らしているんだ。寝てるお父さんが起きないように、ならいいけど」

「少し台所借りるくらいでしたら平気でしょう?」

 その『お父さん』は、もう二度と目を覚ますことはないのだから。

「わかった、ちょっと汚いけど我慢してね」

 ふふ、と笑うと少女は僕の手を引き歩き出す。

 声を上げなくなった彼女のことなど誰も気にしない。そのおかげで、手を引かれている僕にも視線が集まることはなかった。

 

 


「ここが私のうち」

 それだけ言って、少女は一瞬黙る。これからの嘘を考えているのだろうか。玄関の周囲を確認して、それから僕を見てニッと笑った。

「ちょっと待ってて、中片付けるから」

「わかりました」

 おとなしく僕は家の外で待つ。

 中から聞こえてくるのは、椅子を引きずる音。そして、少女の小さなかけ声。男性の死体を移動させているのだろう。あとは食器を少し整理する音か。

 時間にして三分から四分くらい。もともと隠すことまで想定しているのだろうか、素早い証拠隠滅だった。


 少しだけ息を荒くして、少女は扉をそっと開く。

 中の血の臭いは先ほどよりも薄い。……多分先ほどの臭いはその直前に男性の足先を解体したからだろう。それよりも濃い、香水のような花の匂いに隠されていた。


「おまたせ。さ、上がって」

「おじゃまします」

 何気に、女性の部屋に上がるのは初めてかもしれない。

 ……いや、ヘレナの部屋があったか。女性の部屋に上がるというのはもっと何か違う気がするんだけど、僕はいつもこんな感じか。内心苦笑する。

 いや、今回はそもそも少女の部屋ではないのだからいいのか。


「お父さん、やっぱり寝ているから静かにね。起こすと凄い怒るんだよ」

「気をつけないとですね」

 はは、と僕は笑い飛ばす。そろそろ演技も疲れてきた。

 それは少女も同様らしい。笑顔が消える。僕の表情に合わせたのだろうか。少女の顔から笑顔が抜けた。

 そして、淡々と口を開く。

「それで、お兄さん。何が目的なの?」

「……目的、とは?」

「だってお兄さん、女を買うなんてしたことないでしょ? 雰囲気でわかるよ」

 ど直球、ではないが鋭い。いや、これでも必死にやってたのに。


「……まあ、そうですね。ですがそもそも、僕はここに調薬の実践に来ただけなので」

「嘘つき」

「嘘じゃありませんよ。解毒薬なんですけど」

「……」

 不満そうに、意味が分からない、というふうに少女は僕を見る。

 それでも、客商売には慣れているのだろう。作り笑顔で僕の手元に興味を寄せたふうな演技をした。

「じゃあ、そこまで言うならやってもらおうかな……解毒薬? 本当に作れるの?」

「はい。肝の働きを活発にするというのが主な機序なんですが、劇的でない分色々な毒に効くんです。まあ、この使い方までは覚える必要ありませんけどね」


 まだ半信半疑なのか、それとも頭から信じていないのか……。

 いやだから、今はそういうことを考えてはいけないのだ。



 隅に置かれていた鍋……これは綺麗だから調理に使ってはないかな。その鍋に雪を入れ、竈に乗せる。

 乾燥しているのだろうか。木屑の山に焚きつけの細い薪を入れて火打ち石を叩けば、すぐに火が点いた。それを組んだ太めの薪に近づけ、火を大きくする。気づかれない程度に魔法で補助したが、多分ばれてはいないだろう。


「まず、先ほどの花を煮ます。紫の濃い色が出るまで。沸騰させてもいいです。細かくした方が早く出ますが後の処理が大変なので、そのままがおすすめですね」

 溶けた水に花をそのまま入れる。本当は茎は除いた方がいいだろうが、最後の匂いが違うだけで効能に変わりはない。それに、悪い匂いでもないし。

「これくらいになったら……」


 僕の口にしているのは、グスタフさん直伝の本草学の一部。

 ネルグに咲いていた同じ花を使った薬の作り方だ。


 ザバリと花を取り出す。もう熱が加わり萎んでいるため、元の形がわからない。

「出来るだけ酒精の強い蒸留酒を加えてよく混ぜます」

 本当はアルコール単体を使うのだろう。けれど、グスタフさんもそうしていたし匂いの強いものでなければかまわない。手持ちの小瓶に入っていた酒を注ぎ入れながら、かき混ぜる。色が変わった。

「変な色……」

 色がまた濃くなり、そして青っぽくなる。しかしそう見えるだけで、実際には分離しているだけだ。上の層にアルコール混じりの薬液、下の層にアルコール以外の酒が。

「後は簡単です。上の層を取り出して……」

 手近な皿に鍋から薬液を注ぎ込む。比重の関係だろう、軽く傾けると上の分離した層が鍋に残った。


「この青紫色の液体を半分くらいになるまで煮詰めて完成です。小瓶に入れるか、丸黍の粉に混ぜて丸めてから乾燥させれば持ち運びは容易でしょう」

「そんな、簡単に?」

 興味ありげに少女は驚く。

 その目は、微動だにしていなかったが。

「ええ。簡単でしょう? 僕にこれを教えた方も言っていました。『治療師のせいで、こんな簡単な薬まで失伝しつつある』って」

「これが解毒薬……かぁ……」

「薬師ギルドや魔術ギルドへは流石に無理ですけど、これだけでも探索ギルドに売りに行けばそれなりのお金にはなるでしょう。大量に作って持っていってもいいですしね」

 一口に満たない量で充分効果はある薬だ。その量で分ければ、大体五つ分。今買った花で作った分でも、探索ギルドで銅貨五枚にはなる。


 探索ギルドで売買できるのは、探索者が探索で得た物品だ。しかしこれも、屁理屈かもしれないが『探索で得た物資を加工したもの』だ。その道理であれば買い取るはずだし、そういった探索に役立ちそうなものであれば、道理を曲げても探索ギルドで充分買い取ってもらえるだろう。


「私、探索者じゃないけど……」

「登録すればいいじゃないですか。手数料も審査もありませんし、申し込みをすれば誰でもなれますしね」

 性別や技能ですら制限はされていない。戦う必要すらないのだから。唯一引っかかりそうなところといえば年齢だが、見た目は僕と同じか少し下くらいなので問題はあるまい。

 需要だってもちろんある。

 高価な薬品ならばまだしも、気休め程度のものだ。探索ギルドが外注して揃えるならばもっと高価なものにするだろうし、そうすると色つき以外の者は気やすく使えなくなる。

 安価で薬を持ち込む者は、邪魔になることなどないだろう。

 充分、少女の食い扶持になる。



 使った鍋と食器を竈の横にあった貯めた水で軽くすすぎ片付ける。

 これで大体の用事は済んだ。後は、ここまでの僕の態度が正しかったかどうか、だ。


「さて、僕はこれで帰ります。今教えた薬品の作り方は好きにしてください。薬師ギルドで活躍しても一向にかまいませんしね」

「え?」

 また驚きの声を上げて、少女は僕を見つめる。だが、僕は最初から言っている。『調薬の実践に来ただけだ』と。

 少女を買う気も、ましてや中の死体をどうこうする気も今はない


「どうして? なんでそんなことを?」

「ちょっとした善意ですよ。ちょっとした」

 グスタフさんならば善意ではない。だが、僕なりに真似するならそんな感じか。

「では。お元気で。どこかでまたお会いしましょう」

 本心だ。僕は彼女がここで死ぬようなことにならないことを祈る。


 僕は扉に手をかけ、開こうとした。





 だが、やはり失敗だったか。

「……っ!!」

 小さく聞こえる少女の荒い吐息。台所に置いてあった包丁が僕の背中に突き立てられる。

 犯人は明白だった。

 勢いに押され、扉に手をつく。僕の演技は上手いだろうか。

 ずるずるとへたり込むように膝をついた僕の後ろから、上から声が降り注ぐ。

「ばっかじゃないの? 私に背中見せるなんて」

 少し笑いながら、少女はそう吐き捨てた。


「……何故、でしょうか……」

 屈んだまま、僕はそう尋ねる。もう彼女の未来は決まっている。だが一応、確認しておきたかった。

「はは、まだ息があるの!? しぶといなぁ」

 少女は僕に歩み寄り、扉の閂をかける。僕が最後の力を振り絞って逃げないように、だろう。ならばこの包丁を更に深く突き立てればいいのに。

「お兄さんはやっぱり嘘ばっかり。薬の作り方を教える? これで帰る? 騙されるわけないでしょう」

「嘘なんかじゃ……」

「いや、嘘でしょ。さっきお金を受け取ったとき、お兄さんの指からあの人の匂いがした。この部屋でも、お兄さんの匂いがした。この部屋、入ったことあるんでしょ?」

 確信を持ったその言葉。ああ、そちらは僕の失敗だったか。

 それにやはり、彼女は最初からそのつもりで僕を家に招いたのだ。

「ここに入ったのは確認のため? それとも衛兵が来るまで私をここに足止めするため? 嘘の話で喜ばせれば、簡単に騙されると思った?」

「僕は、言葉の通りに……」

「いい加減にして!」

 僕の背中に突き立てられた包丁を、少女は蹴った。本当ならば、もう僕の体なら貫通していてもおかしくない。


 だが、その僕への攻撃の激しさから一転して、急に少女は静かになった。

「……嘘はもういい加減にして。私たちは捕まるわけにはいかないの。私はクーの命をもらったんだから。クーの分まで生きなくちゃいけないのよ」

「別に僕は、通報する気もないんですけど」

「だったら、なんで……」

 泣きそうな声。その理由はわからなかった。

「……でも、ありがとう。お兄さんの命も、ちゃんともらうよ。ちゃんとその体は、無駄にしないから」

 本心からだろう感謝の言葉。そこから続いていた言葉は、やはり僕の期待通りのものではない。



 もういいだろう。

 僕は立ち上がり、念動力で押さえていた背中の包丁を払いのける。

 元々、刺さっていなかった。


「お兄さん? え? なんで?」

「質問ばかりですね」

 包丁を手の先で弄ぶ。知っていれば、そして闘気も魔力もない少女ならばこんなものがあっても怖くはない。

「そうですね。答えましょう。僕は全部知っていました」

 奥の部屋、掛け布団で覆われた寝台に目を向ける。それだけで少女は多分察した。

「手口から実際に起きたことまで、正直ほとんどが推測ですけれど。でも、貴方がそこに寝ている男性を殺したことも、そして、食糧にしていたことも」


 一歩踏み出す。少女はそれに合わせるように一歩下がった。


「僕からもお聞きしましょうか。何故、そこの男性を殺したんです?」

「……そうしないと生きていけないからに決まってるでしょ」

「そうしなくても充分生活は出来るじゃないですか。先ほど街中で、男性の腰から財布を抜いた手際は見事でした」

「そんなとこから……!」


 少女がまた一歩下がる。台所から出ていく勢いだ。


 それから勇気を絞り出すように、下がらないように力を込めて吠える。

「その格好、この国の人じゃないでしょ、なら、知らないはずよ! この国がどんな状況だったか!!」

「まあ、実際に見てはいませんね。でも、大体聞いています。食べ物じゃないものまで囓るくらいにみんなが飢えていたと」

「その通り、だから私は目の前の肉を手に入れるために殺した、食べた! それの何が悪いっていうの!?」

「僕は、今の話をしています」

 

 少しだけ語気を強くしてしまうが、別に彼女に説教したいわけではない。

 一息吐いて、呼吸を整える。


「僕はこの街に来るまで、いくつか街を通ってきました。そこではみんな、貧しいながらも普通に生活していた」

「そんな恵まれている奴らのことなんか……!」

「でも、まあ人によって事情があるのもわかります。特に多分、家族の有る無しは大きい」


 ササメの言葉を思い出す。以前よりは生活は楽になったと言っていた。

 探索ギルド職員の言葉を思い出す。皆の暮らし向きに希望が見えてきたと、そう言っていた。


 でも彼女には、頼れる存在がいなかった。だから、少しだけ猶予を作った。

「だから今回、僕は少しだけ貴方を試しました」

「試した……って……」

「話にしか聞いていませんが、革命前のこの国で貴方に罪を犯さず暮らす方法はなかったんでしょう。でも今は違う。だから僕は、誰も傷つけずに盗まずに生きられる食い扶持を紹介した」

 とってきた花を使って薬を作り、売る。誰も傷つかずに彼女はお金を得ることが出来たはずだ。

「僕は貴方にここまで、一つも嘘はついていません。衛兵を呼んでいないのも本当だし、薬の作り方も本物です。僕の知識の中では、本当に薬を探索ギルドに売ることも出来る。ついでに言えば、貴方を買うとは一言も言っていない」

 最後のはまあ、方便も混じってはいるが。

「……っ」

「僕を信用してくれればよかった。会ったばかりの僕を信用するのは難しいかもしれませんので、そこまでいかずとも、どれか一つでも確かめようとしてくれればよかった。犯罪に手を染めずとも生きられる方法を探してくれるのであれば。でも貴方は最後まで、僕を『嘘つき』扱いしていた」


 僕は演出はしたが、嘘を吐いていない。

 嘘を吐いたのは、全て彼女だ。


「そして僕を……いやまあ実際に刺さってはいませんが、刺した。貴方はそういった道よりも、犯罪を選んだ」

「……だって」

「貴方のする犯罪は、貴方個人のために人間を減らしていく。人間全体の敵です。……本当はこういうの、僕の役目でもないと思うんですけどね」

 多分、レイトンやニクスキーさん、エウリューケの仕事なのだろう。石ころ屋の商売敵を消す。秩序を乱す犯罪者を、人知れず消す。それが石ころ屋の業務でもある。

「でも人間として、人間の敵を見逃すわけにはいかない」

 

 少女は尻餅をつき、僕を見上げる。その顔は恐怖に引きつっていた。

「ばけ、化け物……嫌……!?」

「では今度こそ、さようなら。どこかで生きた貴方とお会いしたかったです」

 

 その頭に白熱した火の玉を押しつける。

 当たった瞬間から少女の息は止まり、その頭部から灰に変わっていく。


 足先まで砕けた彼女の体はもはや砂状になり、吹き散らせばただの埃だ。

 彼女が何人食べたかはわからないが、それすらも全て無意味になるように。



 あとは、男性をそのままにしておくわけにはいかないだろう。

 発見されるようにしなければ。それも、僕とは関係のないときに。


 男性の部屋をあさり備品を整理し、最後の準備を整える。

 部屋の中央に蝋燭を立て、その根本付近に導火線となるように油を染みこませた布を巻き付ける。

 その導火線の先は、不自然でない程度にばらして置いた毛布などの布類。少ないが本などの紙類。そして寝台だ。

 

 即席の時限発火装置。

 全て男性宅のものだから、上手く全て燃えれば何の証拠も残らないだろう。

 

 あとは結果を待つだけだ。

 僕は姿を消し、玄関から出る。それからまっすぐに、街の外へと歩き始めた。




 街からだいぶ離れてから。

 振り返れば黒煙が見える。


 今回僕は、自分勝手なルールで手を貸し、その手を振り払った彼女を断罪した。

 けして、誇れる仕事ではない。

 名前も知らない少女を殺した。僕は殺人を犯したのだ。

 

 本当は、殺した相手をきちんと食べていた彼女の方がまともなのかもしれない。

 奪ったその命も全部もらう。責任をとる彼女の方が、僕よりも善人に近いのかもしれない。

 黒煙の先の青い空を見上げる。

 偶然立ち寄った街で、偶然出会った少女を殺した。

 それが、僕がこの国に来て最初に体験した、嫌なことだった。



 僕のお腹が鳴る。

 ……次の街で、僕も何か食べようかな。


 少女の見せた最後の恐怖の顔。

 その顔をもう一度思い出し、それを振り切るように、僕は走り出した。




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― 新着の感想 ―
もう一度、許してあげても良かったのでは、と思ってしまいました。全て話して、説得して。それでも人を殺して生きてゆくことを選ぶほど、堕ちてはいない少女だった気がします。
残念やけど痛みを感じることも無く逝かせたし、誰が好き好んで殺人をするか、というところもあり…やるせない
いやぁもう色々意見言ってる人達がいるので何も言う気は無かったのですが必要の無いエピソードですね~胸糞だし・・・・。
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