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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
副都イライン

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修行の一歩前



 僕がグスタフさんに注文した本、それは、法術の教本として使われている聖典だった。


「『治療師達が修行するときに本とか使ってないか』って、我ながら良い思いつきだよね」

 そう自画自賛する言葉は、誰の耳にも入っていなかった。


 分厚い装丁の本を開く。紙の質は悪く、ざらざらしてインクの乗りも悪そうだが、量産品ならきっとこんな物だろう。フラウに読み聞かせていた英雄譚の本よりは良い紙を使っている。

 中身は手書きで写された写本だ。おそらく意図していない物だろう、文字が行ごとに平行でなく行間が不揃いなのが印象的だ。


 扉にはただ一文、『奇跡の祈りは隣人のために』と書いてあった。これは宗教の教えなのだろうか。

 読み進めていく。言い回しが古めかしくわからない部分も多々あるが、大体意味は読み取れる。

 本文は、奇跡を起こし人を助けつつ旅をする、聖人の物語だった。



 ……思っていたのと違う。

 いや、グスタフさんに「治療師の修行のために使われている本」と注文したのだ。きっと、これを使って治療師はみな法術を学んでいるのだろう。

 しかし、これは教本と言うよりも聖書に近い。まさしく聖典だ。

 


 治療の術を学ぶのであれば、もっとこう、体系的な物が書かれているべきではないだろうか。

 一応、流し読みではあるが最後まで目を通す。そこには一切、修行法や原理については書かれていなかった。


 どういうことだ。

 地球にいた頃、魔術の本の中には一見それとわからないように暗号で書かれている物があると聞いたことがある。これもその類いだろうか。

 といっても、暗号の解析など僕に出来るわけがない。

 僕は途方に暮れた。


 気を取り直し、とりあえず、流し読みではなく物語を読んでみる。

 中は、簡単に想像出来る『聖人』の話だ。読んでいっても、次の展開が容易に想像出来る内容で、正直、つまらない。



 神の意思で、人々を救済する奇跡を起こす。

 そんな聖人が、行く先々で法術を使い病を癒やし、作業を助けるのだ。

 法術がそこかしこで使われているというのはわかる。

聖人は、病の人を見ると手をかざし、祈りの言葉を唱える。すると、たちどころに病は消え失せ人々は元気になる。

 神殿を作ろうとしても人が集まらないという現場では、集まった人それぞれが三人分働けるように、その体を強化した。


 今の治療師が使っている法術も、同じ物だろう。僕が治療を受けたのは一度きりだが、そのときの祈りの文言とほぼ同じ物も出てくる。

 病の症状によって、祈りの文句は異なってもいた。

 咳が止まらない患者には清められた空気を吸わせ、熱があれば熱を放散するように。


 もしかしてこれは、単なる事例集なのか。

 『聖人は、この症状の時にはこういう奇跡を使いましたよ』と、紹介している事例集。

 そう考えるとしっくりくる。

 


 しかし、ならば、なおさら疑問も出てくる。

 治療師達は、この法術をどうやって使えるようにしているのだろうか。

 まさか、ただ祈りの文句を唱えればそれが使えるということでは無いだろう。


 試しにやってみる。

 掛ける対象は、僕だ。試せるのが僕しかいないので、仕方あるまい。


 目を閉じ、自分の胸に手を当てる。聖典の中でこんな使われ方はしていないが、この格好は気分の問題だ。

「我が名カラスが神の名において命ず かの者に活力を与える《賦活》」


 ……当然のように、何も起こらない。

 魔力を込めて、再度行っても何もならない。

 

 予想は出来ていたが、唱えれば使えるような物ではなかった。




 法術の勉強をしたいと本を買い求めたが、ここで行き詰まってしまった。

 本を手放し、毛布の上に寝転がる。

 久しぶりに細かい文字を読んで、目が疲れた。


 目を強く閉じると、筋肉が収縮してゴーッと鳴って聞こえた。改めて目を開くと、天井がいくらかくっきり見える気がする。


「あー、もう、やっぱ力技しかないかなー」

 無意識に口から言葉が出た。


 病を治すには、やはりリコにやったような力技しかないのだろうか。

 病原体を直接探し、直接潰す。単純ながら、効果は高い。しかし、支払うコストも高い。

 実際、三日熱の治療では魔力を使い果たしてしまったのだ。テレットさんのように、簡単には治せなかった。

 テレットさんが凄腕で、魔力が僕の何倍も潤沢な可能性はある。僕は魔力が足りず使えないだけで、テレットさんはその溢れる魔力で法術を使っているのかも知れない。

 

 だから、僕には無理なのかもしれない。


 瞼越しに冷風を作り目を冷やすと、ひんやりとしてとても気持ちが良かった。

 


 そう、僕には無理なのかも知れない。けれど、それで諦めたくはない。

 僕の三日熱が治ったときの、あの興奮は本物だ。

 

 やはり、習得はしたい。

 けれど、方法はさっぱりわからない。


 四肢を投げ出し天井を見つめる。

 考えても、さっぱりわからない。



 諦めはついた。自力では駄目だ。

 そう、自力では。





「ごめんくださーい」

 次の日、僕は石ころ屋に来ていた。

「……なんでお前がここにいる……」

 呆れたようにグスタフさんは目を伏せると、ガクリと肩を落とした。


「大丈夫です、誰にも姿を見られていませんから」

 そう言いつつ、透明化魔法で体を点滅させるとグスタフさんは目を見開き驚く。

「……そんなことまで出来るのか!?」

「森で暮らす子供の嗜みですよ」

 グスタフさんの驚く顔を見るのは楽しいものだ。



 気を取り直し、溜め息を吐いて、グスタフさんは僕をジッと見る。

「それで、何の用だ」

「また相談がありまして」

 笑顔でそう言うと、グスタフさんは片眉を寄せ、脱力して頬杖をついた。

「聞いてやるよ」


 早速僕は荷物入れ袋から、昨日買った聖典を取り出しグスタフさんに見せる。

「昨日届いた治療師達の聖典なんですが……」

「ああ」

「これを治療師達はどう使っているのか教えてもらえませんか?」

 そう聞くと、一転して困った顔になった。

「そいつは……難しいな」

「難しい、といいますと?」

「治療師達の修行自体、広まっていねえんだ。外部にも情報はほとんど漏れない。俺も知らねえ」

 珍しく渋い顔を見せると、弱気な言葉を吐く。この姿を見ているのも面白いが、それよりも修行法のほうが問題だ。

「扱ったことのねぇ類いの情報だからな……、魔力が使えるのならどこかに所属して修行しているだろうし、魔力が使えねえのならそもそも要らねえ情報だ」

「調べることって出来ませんか……?」

「それも難しい」

 即答だった。

「奴らは集められて教育を受けているが、そこは部外者は入れない。仲間意識も強いから、禁じられている情報漏洩をするやつもいない」

 目線を泳がせながら、「少なくとも、今まで一人も見たことがないな」と付け足す。

 グスタフさんがそう言うのなら、それほどに固く秘密は守られているんだろう。


 僕は両手で聖典の表紙をもう一度示す。

「グスタフさんは、聖典に書かれていることをご存じですか?」

 グスタフさんは力なく頷いた。

「ああ。一応読んだことはあるが……人助けする聖人の物語だったな」

「これで、法術が使えるようになるとは思えないんですよ」

 読んだことがあるのならば、わかるはずだ。

「これが補助的に使われている、ってことは?」

 グスタフさんは推測を話し出す。

「この聖典は、補助?」

「普通、ギルドの中の技術継承なんてほとんど口伝で行われるもんだ。治療師達もそうなんじゃねえのか」

「先輩達から新人への指導をして、ってことでしょうか」

「ああ」


 もしそうであるならば、その先輩方の指導を聞かなければあの聖典は役に立たない。

 

 そこでもう一つ疑問が湧き起こる。


「すこし話がずれますが、魔術師達の修行はどういったものなんでしょうか」

 そういえば、ニクスキーさんは法術も魔術も同じ物だと言っていた。ならば、修行法が似通っていてもいいはずだ。

「……それも同じようなもんだな」

 しかし、期待していた修行法は、こちらもわからない、と。


「魔術も法術も、魔術ギルドと教会の連中が独占しているようなもんだ。鍛冶の技術みたいなもんで、広まることはない」

「……そうですか」

「そもそも、魔法が使える連中はどっちかに大体所属してるんだ。広める必要もねえからな」

「僕が貧民街の住民でなければ……」

「どっちかに入っても良かったろうな」

 ニクスキーさんの話だと、僕がそのギルドや教会に入ることは難しいらしい。

 手詰まりか。




「まあ、法術の修行法なんざ、お前なら何とかなるだろう」

 一転して、能天気にグスタフさんは言い放つ。

「何とかなるって……今までの話はいったい……?」

 意外そうにグスタフさんは目を開いた。

「簡単だろう? お前なら実際、見てこれるんだから」


「あ!」

「なんだ、気付いていなかったのか?」

 そうだ、僕がここまでどうやって来たと思っているんだ。

「その、姿を隠す魔法で、見てくればいいじゃねえか」

「いや、でも、闘気を扱える警備員とかいたら……」

 それの言葉を、グスタフさんは鼻で笑い飛ばす。

「ねえな。お前も含めて、魔力の使える奴らは闘気が使えない。つまり、治療師達は例外なく使えない。治療師ではないよそ者は、教団に所属出来ない」

「外注している可能性も」

「そんな事をしているんだったら、俺が内部情報を知れないなんてことは無い」

 自信満々にそう言った。

 なるほど、確かにそれならばグスタフさんの息のかかった人が容易に潜入出来るはずだ。


「バールは治療師を買収しているようですが」

 その名前を聞くと、グスタフさんは露骨に渋い顔をした。

「……残念ながら、俺にはその手は使えない」

 それでも、言葉の中にはその気配を入れない。だが、明らかに嫌っていることはわかる。昨日その話を聞いたから起きている先入観からかもしれないが、今までとは違いハッキリと感じられた。


「奴らには必要だった。だから、奴らは長年掛けて、多額の金を支払ってようやく治療師を育成した。そして俺は今まで必要なかったから、そんな手間も時間も掛けていない」

「しても良いけど時間がかかる、ってことでしょうか」

「ああ。儲けも得もない裏工作に、そんなに労力は掛けられねえよ」

 嫌いな人物の話題だからか、イライラしているようにも見える。机を指で叩く。

「そんな賄賂だの渡すよりは、手っ取り早くお前が見てくればいい。その方がずっと簡単だ」

「まあ、そうですね」



 これ以上、機嫌を損ねたくはない。

 大人しく教育の行われている治療院の場所を聞くと、僕はそのメモ書きを手に街へ向かった。 




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[気になる点] 魔力の使える奴らは闘気が使えない? 闘気と魔力の切り替えができるやつってそんなに希少やったんか
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