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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
四色の雪

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死体と亡霊





 彼女を追い、僕も路地に入る。

 この国での路地裏は明るい。雪の反射のせいだろう、影が薄いのだ。

 そして建物を覆う雪は裾野が広がっており、そのために一応建物同士の間隔を開けている。なので路地裏は、他の街とは違い単なる物陰に近い雰囲気だった。


 少女は一応人目に付きたくないのだろうか。

 きょろきょろと周囲を気にし、何度もその角を曲がる。姿を隠した僕には影響はないが、それでも結構な警戒心だった。無音で建物から落ちてきた雪の塊にすらさりげなく反応していたのだから。


 そしてやがて、一つの家に辿り着く。

 ……家?

 僕はその扉を開けて入っていく少女を見て、何度か目を瞬いた。


 扉が閉まり、聞こえてくる声。

「ただいま」

 と、そう彼女は言った。


 これはもしや、本当に失礼なことをしていたのだろうか。雪に覆われたその家を眺めてみても、周りには桶や台車などの生活用品が置いてある。それも盗んだ品とかそういうものではなく、なんとなく統一された雰囲気で。

 空き家に勝手に住み着いた、という印象はない。ここできちんと生活している家だ。

 

 同居人もいるのだろう。

 中からは少女の楽しそうな声が聞こえてくる。ハイロとリコが同じ住居を使っていたのだから、同居人がいるというだけで孤児かどうか判別が付くわけでもないのだが。


 少女は孤児とかそういうものではなく、普通の犯罪者だったのだろうか。

 この街で普通に生活している困窮した少女が、スリを働いていた。と、そういうことなのだろうか。


 ……きっとそうなのだろう。

 中から料理の音がする。規則的とまでは言わないが、それなりにリズムよくまな板を叩く音。煙突から立ち上ってくる煙は竈のものだ。この匂いは白樺の薪かな。

 彼女は暮らしている。見れば、積もった雪でわかりづらくなっているが、入り口付近の雪が少しだけ払いのければうっすらと足跡がある。それは大きさと形からして、おそらく成人男性のものだ。

 父親かもしれない。母親についてはわからないが、その場合、親子少なくとも二人で暮らしている以上、彼女は孤児ではない。貧しいとしても、ただの生活困窮者だ。


 それで罪の重さが変わるわけではない。それに、親がいないよりはだいぶマシだ。中から聞こえてきた声からすれば、少女から見て悪い親ではないのだから。

 だが、僕の同族意識からだろう。本当に、少しだけ残念な気がした。残念なことなど何一つないのに。



 さて、この国で普通に暮らしている少女であればもう用事はない。

 手癖の悪い少女だが、同じ街でそれをずっと繰り返せばいつかはボロが出るだろう。これから監視をして、少し手を出して失敗させるのもよさそうだが、それも面倒くさい。

 衛兵に届け出ようにも、ずっと暮らしているのであれば彼女の方が信用されるだろう。僕が罪を擦り付けようとしていると言われれば、疑われるのは僕だ。


 スリの検挙は僕の仕事ではなく衛兵の仕事だし、放っておいてもいいかな。

 そうは思った。


 だが、一つ気になることが残っている。

 普通に暮らしている。困窮はしているが、それでも普通に生活している。


 それならばそれでいい。

 しかし、ならばおかしなことが残っている。


 先ほどの血の臭い。あれは何だろうか。



 そして、やはり無視できないものがもう一つある。

 少女は先ほどから明るく話している。

 だが、何故だろう。

 それに応える声が、一切聞こえてこないのだ。まるで少女の一人芝居のように。


 

 血の臭いに少女の一人芝居。

 その、何の関係もないはずの二つの事象が、僕の頭の中で妙な形に結ばれる。


 ちょうどいいことに、かまくらの上部にある明かり取りの窓が開いている。

 今回は、好奇心ではない。怖いもの見たさ、と言った方が正しいかもしれない。

 だが、それも正確ではない気がした。僕は自分でも、何故覗こうと思ったのかわからない。

 そして窓から中の様子を見下ろして、一瞬何が起こっているのかわからなかった。



 奥の……玄関入り口近くの台所で、ちょうど彼女は出来上がったスープを皿に移していた。

 それは普通の光景だ。腕まくりをし、こしらえた料理の味を想像しているのだろう、楽しそうに中の具を皿に掻き出していた。

 そこは問題ではない。問題は、僕が覗き込んだ窓の下。

 

 一瞬、理解が追いつかなかった。


 そこにいたのは、椅子に腰掛けて窓の外を見つめている男性。

 だが、その目はもはや瞳孔が完全に開き、ただ中空を向いている。

 半開きの唇は青みを帯び、そして致命傷はそこだろう、腹部に大きな血の染みが出来ていた。


 ……! 死体!?


 僕は驚き少しだけ窓から飛び退くように離れた。

 死体を恐れたわけではない。その不可解さを恐れたのだ。


 先ほどまで、少女は楽しそうに誰かに話しかけていた。

 今もまさに、親しげに男性の椅子の向きを変えている。


 何故死体を前に、彼女は平然としているのだろうか?

 いや、平常心を保っているのはいい。けれど、何故彼女は、死体に対して何の手当も施さずに普通に接しているのだろうか。


 いや、それよりもまず、なにより不思議で不気味なことがある。

 僕は深呼吸をし、もう一度死体を改めてみた。しかし、何も変わらない。


 何故その死体は、片手は肘から、片脚は膝から綺麗に切り取られているのだろうか?



 近くで見なければ詳細にはわからないが、その手足から血が溢れた様子はない。つまり、そこを切り取ったのは、死んだ後ということ。

 何故そんなことを?


 そう思った僕の目に、スープを啜る少女が留まった。

 より正確に言えば、そのスープの中に入った具に目が留まった。


 美味しそうな匂いだ。酸味があるような味付けではなく、具に米のような穀物も入っていないのは、この国の料理よりもミールマンとかそちらの料理に近い。

 好みの問題だが、僕はそちらの方が好きだ。

 いや、その好みは今は問題ではない。


 僕は見た目と匂いである程度肉の種類が判別できる。食べることが出来れば、知っている肉ならばほぼ確実にわかる。姿形に味まで変えられていなければ。

 けれど、僕はその肉を知らない。

 今まさに、少女が咀嚼している肉を、僕は匂いや見た目で判断できないのだ。



 まさか。

 そう思い、台所にだけ魔力圏を伸ばす。

 そこにある材料を判別する。具として使われた、まだ若干凍っている根菜。出汁をとったのだろう、香草と別の根菜を乾燥させたものの束。

 そしてもう一つ、あってほしくない。いいや、けしてあってはならないものがそこに転がっていた。


 煮た出汁殻の中にある、割れた骨。

 それは豚や牛のような太さではない。そして、よく知っている形の骨だ。


「うわ……」

 忌避感から、思わず声が出る。

 割られているのは、人間の脚の骨。膝蓋骨や趾骨、足根骨などの骨は衝撃を与えて砕かれており、脛骨と腓骨は髄液がよく出るように割られていた。


 先ほどのような短時間の料理では、そんなに出汁は出ないだろう。鰹節などの手を加えてある出汁ならば短時間で出るが、豚骨などは何時間も煮込まなければいけないはずだ。


 しかし、彼女の食べているスープに入っていた肉。

 その由来を確信して、僕は唾を飲み込む。食欲からのものではない。戦慄からだ。



 見ている間に、スープはなくなっていく。一心不乱に、そのスープの一滴までも残さないように啜るその姿は、およそ礼儀にかなっているとは言い難い。

「ごちそうさまでした」

 やがて皿を空にすると、男性にしなだれかかりながら、そう彼女は言った。


 腹ごしらえも終わり、一息ついてから彼女はまた立ち上がる。

 花を売りに、そして獲物を探しに行くのだろうか。殆ど休む間もなく彼女は籠を抱えた。


「さあて、一つくらいは売らないと、せっかくの稼ぎも使えないし……」

 少女は嘆くように言った。まるで死体に言い聞かせるように。

「じゃあ、行ってきます。また夜には帰ってくるからね」

 ずりずりと、少女は男性の椅子を窓際に押しやる。また、僕の見ている窓の方に男性の体が向いた。男性は、僕を見ていた。



 少女が出て行くのを確認して、僕は家の中に侵入する。

 小さく単純な鍵だ。魔法を使えば簡単に解錠できる。


 扉を開けば、中から濃厚な血の臭いが漂ってきていた。



 台所には、材料の切れ端が転がる。根菜類は根元も残ってはいないが皮は剥いているようで、人参や蕪の皮が丸めて麻袋に入れてあった。

 洗い物はしないのだろうか。先ほど食べた食器類はそのまま台所に持ってきただけで放置されている。そして多分、以前男性が使った分の食器も。

 そして鍋には、件の骨。


 拾い上げて触ってみても、やはりこれは人間のものだ。

 確認するまでもなく、そこで死んでいる男性のものだろう。


 不思議なものだ。豚骨や牛骨ならば美味しそうな匂いを放っているというのに。

 傾向は違うが似たようなこの骨の匂いは、僕には美味しそうには思えない。

 豚骨などの臭いを嫌う人もいるというが、僕は人骨が嫌いなのだろうか。 



 やたらと綺麗に片付いている部屋を歩き、男性に歩み寄る。

 後ろ姿だけ見れば、まるで眠っているような姿。

 だが、やはり違う。横から見れば、彼の片手片脚は失われ、息一つしていないのだから。


 その腹部にある傷は、動脈に達している。

 多分、噴き出したのだろう。であれば、犯行はこの椅子で行われたわけではない。

 目測だが、八畳ほどの部屋。その隅に置かれた一人分の寝台に目を向ければ、やはりそこだろう。掛け布団の下には、真っ黒に染まった染みが見えた。


 男性の指を握り、手を折り曲げる。

 四肢の死後硬直は始まりつつある、というところか。顎の方を確認すれば、もうそちらは動かない。

 ……死後硬直が遅い。多分、この寒さのせいだ。

 出かけているときには閉めるのが普通の木戸。上部にあるそれが開け放たれているのは、多分その()()を保存するという意図があるのだろう。

 凍えるほどではないが、この部屋の中は寒い。天然の氷温庫だ。



 目を閉じ、目の前にいる男性に黙祷を捧げる。

 この男性の素性は知らない。この男性が善人か悪人かもわからない。

 どこかで死んだ、会ったこともない男性が死んだ。ただそれだけのはずなのに。差し出す花もお供えもないが、それくらいはしてもいいと思えた。


 彼の死に特別なことは何もない。

 ただ遺体が損壊していただけ。しかもその損壊は、いくらでも見ている。

 野生動物に食い荒らされた死体は何度も見ていた。クラリセンでは、食べられている姿だって見ている。

 人の手によって壊された死体だって、見ていないわけではない。


 この死体で何か一つ変わったことがあるとするならば、食べられていた。

 僕と同じ、人間に。

 ただ、それだけだ。


 なのに、痛ましい以上に嫌悪感が湧く。

 動物を殺し、肉を食べる。それは僕もしていることなのに。そう、あのときクラリセンで覚えた以上の嫌悪感が募る。

 人間が人間を食べている。それが僕には、少し嫌なことに思えた。



 だが不思議なことに、それをした彼女に対する嫌悪感は湧かない。

 僕が見ていた限りで、彼女はきちんと礼を示していた。嘲りではなく、多分、本当に心の底から。

 『いただきます』と『ごちそうさま』を、心から言っていたのだ。個人ではまた違うが、少なくともエッセンでは、食べ物にそう言う習慣はないのに。

 そういった嗜好ならば、僕もきっと彼女に嫌悪を感じた。楽しんで人を殺し、その肉を食らう。であるならば、彼女は人間の敵だ。

 けれど、彼女の食べ方を見ればそうではない。

 調味はしていたし、美味しい程度に楽しめるよう手を加えてはいただろう。けれど。彼女は食べている最中、楽しむというより必死だった。

 必死に、その肉を自分の中に取り入れようとしていた。敬意を込めて、礼の言葉を口にした。



 だから僕は彼女に対し、嫌悪よりも悲しいと思った。


 彼女は本当に、人間を食糧としてみているのだろう。

 嗜好のためではなく、命を繋ぐための食事。

 きっと、そうして生きてきたのだろう。好んで犯罪に手を染めていると先ほど思ったが、きっとそうではない。

 彼女は、そうでもしなければ生きてこられなかったのだ。


 この男性は、寝台で殺されている。

 寝込みを襲われた、とかそういうわけではないだろう。掛け布団に傷はない。その場合は、掛け布団を剥がさず上から刺す。小柄な少女と成人男性。凶器を持っていようが、揉み合いになってしまえば勝敗は明白だろう。起こさないため、動作は最小限にする。

 魔法を使わない鍵開けは、単純な鍵であれば僕も出来なくはないし彼女もきっと出来ると思う。

 しかし、男性の食器が放置されていたこと。そしてこの部屋に寝台は一人用のものが一つだけ。それに加えて、彼女の職業。

 色々な偏見も含まれているとは思う。けれどきっと、少女は男性に招き入れられたのだ。その上で、刺した。


 多分、それが手口なのだろう。

 招かれ、『仕事』をし、油断したところを刺す。そして、食事をする。


 人間はそれなりに食いでのある食糧だ。

 何かで読んだことがある。六十キログラムの成人男性で、およそ四十食分の食材になると。

 そしてその食事が行われるのは、遭難や漂流などの緊急事態のとき。そして、飢饉の時だ。


 リドニックの以前について思い当たる。

 二万の民が飢えで死んだ。壁の木材を囓るほどに皆が飢えた。そう、マリーヤが言っていた。


 ならば、彼女の習慣はそのせいもあるかもしれない。

 飢えに苦しみ盗むものもなくなり、もう死ぬとなったとき、目の前には食べられる肉があった。

 そうなれば、僕も食べるかもしれない。僕は魔法という武器があるからそうはならないだろうが、それでも、魔法がなければ。


 もちろん、今彼女がしているのはとんでもない罪だ。

 人を殺し、その肉を食む。最初にその選択をしたのは彼女だ。


 けれど、目の前にその選択肢が現れるほど追い詰めたのは、他ならない前リドニック王だ。

 だから、僕の心情的には、彼女を責める気にはなれない。

 僕か僕の親しい友人に手を出されでもしなければ、許してしまうかもしれない。

 むしろその前リドニック王に怒りが湧いてくる。そこまで国民を追い詰めて、なおメルティには安穏とした暮らしをさせていたのだ。いや、メルティに罪はないし、娘がかわいいのもわかる。

 

 そのときの事情をよく知らない僕が口を出す問題ではないだろう。

 だが、仕方なく悪事を行わなければいけない状態に民を追いやる。それは施政者として絶対にやってはいけないことだ。



 僕は顔を上げ、振り返る。

 決めた。

 僕は彼女の味方にはなれない。人間を殺して人間を食べる、人間の敵の味方になることは僕の本能が許さない。

 それに、そんな人間はこの社会の秩序を乱していく。社会を機械にたとえるならば、彼女は不揃いな歯車ではなく、歯車を取り除いていく者だ。一応は社会に所属する僕が、放置することも出来ない。


 ではあるが。

 僕がこの殺された人間の縁者だったりするのであれば、報復をするのもいいだろう。だが、そうではない。名前も声も知らない他人。僕にこの男性の復讐をする道理はない。

 それに、彼女の食い扶持を積極的に奪う気にもなれない。彼女が人を食べていたのは、社会の要請といってもいい。彼女は仕方なくやっていたのだ。ただそれを続けてしまっているだけで。


 僕が考える彼女の罪は、今もまだ不必要な殺人をしていること。

 今後はわからないが、今現在安定しつつあるこの国で、まだ革命前と同じことをしつつあることだ。



 僕は衛兵ではない。僕に彼女を裁くことは出来ない。


 だから、少しだけ僕なりに背伸びをしよう。

 上手く出来るかどうかはわからないが、僕なりに、グスタフさんの真似をしてみよう。


 扉をそっと開けて外へ出る。

 殺人はもうさせない。その結果彼女がどうなるかは、彼女次第だ。





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