集うは首都で
定期投稿遅れて申し訳ありません。二十四日深夜分です。
朝起きると、雪のせいだろう窓から差し込む強い光がまず目に付いた。
窓の小ささに比して光量が多く、外が真っ白で何も見えない。
……これは、僕は木戸を閉めずに寝てしまったのだろうか。不用心にもほどがあった。
僕の頭すら通らない小さな窓だから、誰が入ってくることもないだろうけど。
外から鳥の鳴き声や人の声はしない。室内であっても息が白くなるこの気温の中では、井戸端会議もしたくないのだろう。とても静かな朝だった。
「ほほー!」
前言撤回。決着が付いたか勝負が盛り上がっているのだろう。窓の外からスティーブンと子供たちの声が聞こえてきた。
昨日約束していた相撲だろう。早起きなのは良いことだ。相撲を取りに行くわけではないが、僕もそろそろ起きなければ。
階下から何かを煮る料理の匂いが漂ってくる。朝食の時間だ。
僕はいつもの外套に袖を通し、階段を降りていった。
取り立てて言うこともない食事。スティーブンはもう食べてから出ていったらしく、食堂には僕一人だったが、さして問題はない。
昨日と同じような粥だったが、酸味があり昨日よりも根菜の種類が増えている。それを食べて、僕はようやく昨日覚えた既視感にたどり着いた。
「あ、これ……」
「どうされました?」
思わず声を上げた僕に、女将さんが振り返る。本当に、丁寧な感じでエッセンの街の宿とは違う。
僕は笑顔を作り、答える。
「いえ、前食べたことあるなぁと思いまして」
「そうですかー? 私が子供の頃から食べている料理なので、結構ありふれているものですからね」
「確か、二日酔いとかに効くとかなんとか聞いたことあります」
もう一口啜れば、やはりあのとき食べた味だ。道で倒れていたレシッドに声をかけたところ連れて行かれた店。そういえば、あのときの店主も『自分がいた地方ではよく食べられていた』と言っていたっけ。
「ふふふ、まあ、そういう意味で作ることもありますねー。地方や家庭によっても味が違うので、その作った人は私と同じ出身かしら」
「すいませんが、一度しか行ったことないお店でしたので、店主の素性までは。イラインの小さな食堂でした」
「そうですかー。遠い街で活躍されてるなんて、その男性も頑張っているんですねー」
ふふ、と笑って女将さんは頭を下げる。それから調理場に消えていった。
しかし、二日酔いに効く料理か。
僕は二日酔いになったことはないし、なっても魔力があるから大事には至らない。
けれどもやはり、そういったものがよく食べられるということは、この国はアルコールの消費が多いのだろうか。そう思った。
「さて」
借りていた部屋に戻り、僕は装備を調える。
装備といってもいつもと変わらない、外套と背嚢だけなのだが。
荷物をすべて持ち、それから部屋の中を改めてみてまわる。地味に、背嚢の中に入っている薬は劇薬にもなる。たとえば強心剤など、毒として使われているわけではないが飲み干せば軽く死ねる薬もある。
一事が万事。忘れ物で人が死ぬこともあるし、面倒ごとが起きる恐れもある。
なので、一応宿に泊まったときには毎度やっている習慣だった。
僕が入ってきたときと同じように部屋を整えて、扉を開く。
料金は先払いだったから、これで鍵を返せば出て行く手続きは終了だ。
階段を降りていくと、編み物をしながらカウンターに座るササメと目が合った。
編み棒が通った毛糸の塊を机にそっと置いてから、元気よく立ち上がる。
「お、お帰りで!?」
「はい。ありがとうございました。僕はこれで」
鍵を差し出せば、それを両手でササメは受け取った。
ササメはその鍵を握りしめて、もう一度頭を下げて出て行こうとする僕を呼び止める。
「ちょ、ち、ちょっと待ってください、一応、お帰りになられませるお客さんはお母さんと二人で見送ることに」
「あ、いえ。そんな手間をかけさせるわけには。それに……」
「私が怒られちゃうんですよぅ、お客さん、ちょっと待っててください!」
それからパタパタと、廊下の奥へ走っていく。小声で『まったく、皆さん早すぎるんです!』と文句を言いながらなのはご愛敬だろう。
『皆さん』、それは、スティーブンも含めての言葉だろう。スティーブンの泊まっていた部屋の扉は開け放たれており、中に何の荷物も見えなかったのだから。
スティーブンはもう宿を引き払っているのだ。その連れのようだった僕に、見送りなど、そんなことをする必要もないのに。
やがて、女将さんを伴いササメが改めて姿を見せる。
「どうもお待たせしてー。すいません、わざわざ。こんな小さな宿の慣習に付き合っていただきありがとうございます」
「ああ、いえ、こちらこそ申し訳ないです、仕事の手を止めちゃったようで」
「気にしないでくださいな-」
「では、僕はこれで」
本当に、見送りだけ。これで義理は果たしただろう。僕はまたもう一度頭を下げて、踵を返す。
それに応えて、二人も頭を下げた。
「またのご利用をお待ちしております」
「ますぅ」
丁寧なお辞儀と、ややおざなりな感じもするお辞儀。二人は少し違っていたが、それでも親子だからだろう。とても、感じは似ていた。
二人に見送られ外へ出れば、温かな空気から一転して、刺すような空気が体を覆う。
日陰は雪のせいで青みを帯びた景色。
寒い国だとは思っていたが、やはり朝は格別らしい。僕はもう一度体の周囲の温度を調節してから歩き出した。
一応、声はかけるべきだろうか。
先ほどスティーブンの声が響いていた辺りを覗けば、もう相撲はやめたらしい。
「もうちょっと右足の力を抜いてみい。体が崩れる重みを使って、前に出るんじゃ」
「こうー?」
「そうじゃのうてのう……」
いや、見た目は相撲なのだが、明らかに目的が違っている。
身を低くして構えたスティーブンに、何度も子供がぶつかる。そして弾き返されるそのたびにスティーブンの指摘が入り、それを子供も受け取りなんとか試してみる。
どちらが言い出したかはわからないが、多分、指導をしているのだ。月野流の。
多分、ぶちかましの練習だろう。
服で少し膨らんでいるから緩和されているとはいえ、やはり子供と大人だ。小さな子供が何度も老人にぶつかる姿は、少し微笑ましかった。
やがて、見ている僕にスティーブンが気づく。
「おお、カラス殿。その様子では宿を引き払ってきたんじゃな。では、行くとするかのう」
「えー?」
スティーブンの声に動きを止めた子供が、僕に向けて苦い顔をする。
いや、明らかに悪者になっているんだけど。そういうつもりではないのに。
「いえ、私はこれで失礼します。スティーブン殿はどうぞ指導を続けてあげてください。多分、一番楽しい時間ですから」
「そうだぞじいちゃん! 楽しい時間なんだぞ!」
子供も僕に追随する。多分、意味がわかってはいないのだろうけれど。
人が何かの練習をして楽しみを感じるのは、自らの上達を感じたときが多い。
それが起こるのは、練習を続けてコツを掴んだとき、練習時間以外でふとその動作が上手く出来たとき、そして練習を開始してすぐのときだ。
今練習を始めたばかり。試行錯誤の最中だろうが、それなりに自分なりに感覚が作られている今は、一番楽しい時間だろう。
その邪魔をしては、それから先の成長の妨げになりかねない。鉄は熱いうちに打てというが、今鉄は最大限に熱せられているのだ。
「ぬぅ……」
スティーブンは唸る。曲がりなりにも長年門下生を指導してきた実績があるのだ。そんなようなことに思い当たったのだろう。
「どうせ、お互い行き先は首都でしょう。行き会うのも簡単ですし、またすぐお会いできますよ」
「まあ、お主の姿は目立つしのう」
スティーブンの視線は、僕の外套に向かっている。いやたしかに、寒さの厳しいこの国で、裏地に毛皮も入っていない薄い外套は目立つけれど。それに、雪に紛れるために白系統が多いこの国の服で、黒いというのもある。
だが、それを言ってはお互い様だ。
「スティーブン殿も同じでしょう。凍り付くような寒さの中、内部に何の工夫もない金属の鎧を着るのは厳しいと思います」
スティーブンの鎧も目立つ。日差し自体は強い中、きらきらと輝く金属鎧は目立つ。
それに、冷たい。布の服を一枚かませてあるから素肌には触れていないようだが、鎖帷子とその上に金属の鎧を纏うなど、この寒さの中本来ならば凍傷で大変なことになる。
一応闘気でその辺りはどうにかしているのだと思うが、それはそれなりに無駄なことだ。
「ハハハ、お互い見つけやすそうじゃな!」
「ええ。多分に」
お互いの服を目で何度も往復し、スティーブンは笑う。
そこまで言ってはいるが、首都はそれなりに人も多い。そう簡単な話でもないことをわかっているだろうに。
「わかった。二三日中には儂も首都に入るし、それから会うとするかの」
「会えたら、ですけどね」
積極的に会いたいわけではない。むしろ、会うとしたら多分僕の方が先に見つけるだろう。
「じゃ、儂は今日一日指導してやるとするわい! ここが、リドニック最初の月野流青空道場じゃ」
「やったー!」
元気よさげに子供は叫ぶ。一日くらいで、とは思わない。この年頃の子供は、一日で見違えるほどの成長をする。
「頑張ってくださいね」
だから僕は否定もせず、にこやかにそう返した。
スティーブンの指導の声を背に、僕は街の外を目指し、歩き出す。
いや、見つからないわけがないのだ。
その道ばたに立てかけられている旗。そこにある、『天下無双月野流』の文字。
どうせスティーブンは首都でも宣伝活動を行うのだろう。その目立つ動作を、見つけられないわけがない。
首都で僕に何をさせたいのかはわからない。
実際には何か企んでいるのかすらわからない。
僕は少しだけため息をつく。
スティーブンに、まだ見ぬリドニックの新しい指導者。
少しだけ面倒な話がありそうだ。僕は観光に来ただけなのに。
街の外の新雪に埋もれないよう、僕は魔法で補助をしながら歩き出した。




