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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
四色の雪

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まだ残っている




「ええと、すいません。迷惑をかけちゃったみたいで……」

「いいんですよ、こちらこそごめんなさい。うちの娘が勝手に、ねえ?」

 にこにこと、少女の母親が笑う。


 彼女は厨房で食材の下拵えをしていたのだけれど、野菜の収穫にいった娘がいつもと比べて遅いと不審に思ったらしい。様子を見に出てきたところ、畑で雪を見ている僕と、泥一つついてない野菜を一応雪で拭っている娘を発見したのだ。


 元気のいい少女と同じような印象を受けるが、白い肌に茶色のウェーブの髪の毛がかかり、少しだけ落ち着いてみえる。

 三十代前半くらいの若い女性。そんな母親は、先ほど少女を静かに叱っていた。

 「お客さんに仕事を手伝わせるとは何事ですか」と笑顔で静かに注意していたが、親子の間では何かあるのだろう。そんなに怖くはないのに、今少女は二つずつ、急ぎせっせと赤蕪を箱の中に放り込んでいた。


 僕が雪を珍しがったから、と弁護はしたが、効果のほどはわからない。

 彼女が一応僕のためにしたことなのだ。叱るのはやめてほしいが。

 客に怒りは見せないのか、それとももう本当に怒っていないのか。それはわからないが、それでも笑顔で母親は僕を見る。

「料理はすぐに出来ますけれど、食事はどうします?」

「あ、はい。お願いします」

「ではー、食堂にどうぞ。仕上げだけしたらすぐにお持ちしますね」

「じゃあその前に手伝っていってもいいでしょうか?」

 僕は少女を指さす。すべては一度に持って行けないようで、残り半分ではあるが野菜の山が残っている。

 母親は困ったように眉を顰めて首を横に振った。

「いえ、そんなことはさせられませんよ。うちの娘が持ってきますので、大丈夫です」

「しかし、遅れたのは私のせいなので……」

「いいんですよ。全部あの子のせいなんですから」


 パタパタと、少女が小走りでまた畑に出てくる。食堂に赤蕪を置き、空になった箱を片手に急いでいた。

「ササメ、それを置いたらちゃんと元通り篝火を点けておいてね。それから、食堂にお茶をお持ちして」

「はーい」

「では、お客さん……カラスさんでしたね、食堂へどうぞ」

「……すみません、ありがとうございます」

 僕は頭を下げる。

 何というか、客が少ないからだろうか。他の宿では見られなかった丁寧な接客に、僕も少し感心しながら。


 だが、それなら一つ罪滅ぼしに手伝うことはある。そうだ、お礼にそれくらいしてもいいだろう。

「でしたら火ぐらいは私が。良い景色を見せていただいたお礼に」


 まだ畑は変わらず光り輝き続けている。いや、雪が降り続いていることでよりいっそう光は強くなっている。まるで地面全体が発光しているように。

 だが本来であればもっと強くなっているはずだ、という印象を抱いたということは、多分時間に比例して発光は弱まっていくのだろう。

 しかし、何がどうやって光っているのかわからない。溶けたものは光も収まり、普通の水となっていた。本当に、不思議なものだ。


「そんなお手間をとらせるわけには……」

「手間なんかじゃないです」

 客に働かせはしない。その心意気は立派だし、本当は僕もそれを邪魔してはいけないのだろう。

 だが少しだけ心苦しい。だから、少しだけ僕も働かせてほしかった。


 母親……多分女将さんが反論する前に僕は火を点ける。

 壁に見上げるような高さで設置された四カ所の薪。それはさきほど少女が強引に消したのでまだ十分残っている。さすがに燃料まで足す気はないし、その必要もないだろう。


 パチパチと薪が燃える音にだろうか、それとも熱を感じたのだろうか。明るい畑に目立たない篝火。僕が火を点けたそこを、ふと女将さんは見上げた。

「え? 魔術師……いえ、魔法使いの方でしたか……?」

 おそるおそる、という感じで呟くように僕に尋ねる。その反応が少女に少し似ていて、僕は小さく噴き出した。




 食堂で座っていた僕とスティーブンは、紅茶を啜りながら話に花を咲かせる。

「凄かったのう。儂も初めて見たが、街全体が光っておったわ」

「いや、本当に来てよかったですよ」

 スティーブンの興奮した様子に僕は同意した。僕の言葉もお世辞ではない。

「しかし、カラス殿はたしかこの国には雪を見に来たんじゃろ? これで目的も果たしてしまったな」

 一転して、スティーブンは残念そうな顔を作りそう言った。それにも僕は同意する。

「ええ。一部はそうですね」

 確かに、その通りだ。僕はこの国に雪を見に来た。それは確かだ。

 しかし、一つ抜けている。僕はこの国に、四色の雪を見に来たのだ。


「ですが、僕が見たのは橙だけです。あとは赤と、もう一色あるとか」

 白と赤と橙、それとメルティが口籠もり結局口に出さなかった最後の色がある。せっかくだし、それをすべて見ていかなければ。

 橙だけでも不思議な光景だったのだ。赤、となっただけでも想像もつかない。


 目を閉じ、紅茶を一口啜る。正直、シャナが作ったものよりも味は数段劣っていた。お腹に落ちていく感触がある分、こちらの方が美味しい気もするけど。

「じゃあ、まだ続行するんじゃな?」

「元より首都には行く気ですしね。一年中降っているらしいですし、道々見れるとは思いますけど……」

「えー、なに、お客さん雪なんて見に来たんですか?」

 ゴトリと僕とスティーブンの前にスープの皿が置かれる。昼のイルカもそうだったが、やはりこの国でも一品料理なのか。

 ササメ、と呼ばれていた少女は、料理をのせていたお盆で顔を下半分隠して僕を見た。


「はい。知り合いから雪の色を聞いて、少し見てみたくなりまして」

「たまに泊まっていくお客さんが驚いているんで珍しいのはわかりますけど-、それだけのためにわざわざ? お客さん変わってますねぇ」

「それくらいしか楽しみがないんですよ。良い景色と、食事、それくらいしか」

 僕は目の前のスプーンを手に取る。

 目の前には、赤いスープ。中に入っているのは、米と、先ほどの赤蕪、あとは何の動物かわからないが脂肉の角切りだった。

「ならば、やはり月野流の門を叩くべきじゃな。鍛えるのは楽しいぞぃ」

「それは遠慮しておきます」

 スープ……というよりも粥だが、それを一口食べると酸味が口の中に広がる。

 汁部分にも赤蕪を摺り下ろして入れているようだ。この具はちょっと違うが、……どこかで食べた気がする。


「雪が見たいんなら、お客さん、一泊といわずにずっといればいいじゃないですか」

「知り合いがいるので、首都にも行きたいんですよ」

「でも、急がないんでしょ? ね? 泊まっていってくださいよぅ」

 ササメは食堂を見回し示しながら、そう言う。そこに含まれた意味はわかった。

「……この街に来る人って少ないんですか?」

「そうなんです! お客さんもたまにしか来ないから本当暇で暇で!!」

 僕の言葉にササメは元気よく同意した。それもまあわかる。僕はこの宿に来て、僕ら以外の客を一人も見ていないのだ。

「それに、首都なんか行くもんじゃないですよ。酷いらしいじゃないですか、今」

「酷い? 何がです?」

 僕もスティーブンも、その言葉に反応する。ササメは、頬を膨らませながら目を横に泳がせながら続けた。

「なんか、新政府の人が近々王制を廃止したいらしいじゃないですか? ……そのせいで新政府の一番偉い人と前の王様の時代の官僚たちが仲悪いらしくて、治安が最悪とか前来たお客さんが言ってました」

「……それは大変ですね」


 王制の廃止。新王が立ったということまでは聞いているが、新王はその玉座すらも壊してしまうというのか。それに、治安の悪化も聞いていなかった。

 マリーヤはうまく立ち回れているだろうか。

 

「でしたら、知り合いの様子が気になりますので尚更行かないと」

「うー、仕方ないですか」

 ササメは唸る。いや、唸られても困る。

「まったく、上の人たちもちゃんとしてほしいですね。そのせいで客が逃げるし」

 客、というのは僕のことを指しているのだろう。

「……やはり、生活は厳しいんでしょうか?」

「そうですねー。税は軽くなったので私たちもなんとか生活できているんですが、その代わり街に駐屯してる衛兵さんとか騎士さんは減っちゃったし、トントンってとこでしょうか。まあ、もっと前は逆に衛兵さんとかがずっと見回ってて怖かったんですけど」

 やはり、良くなっているところも悪くなっているところもある、のだろうか。


「と、話し込んでるとお母さんに怒られちゃうので私は戻りまーす。食器はそちらの返却口に置いておいてくださればいいのです。それでは、ごゆっくり」

 ぺこりとササメは頭を下げた。こちらの返答も聞かないように、丁寧な機械的な口調で案内を口にしながら。


 ててー、という効果音がつきそうな早足で、ササメは調理場に入っていく。

 それを見送り、スティーブンは鼻を鳴らした。

「革命の後じゃし仕方ないとはいえ、首都の統制もとれんのか新政府は」

「本当は一丸になって働くのが良いとは思うんですが、やはりそう理想通りにはいきませんよね」

 新体制側と旧体制側の軋轢。まあ、あって当然のものだとは思うけれど。

 

 けれど、僕にはその様が少しだけ違って見える気がする。

 人の前に立って声高々に不満を叫んだという新体制のリーダー。それに賛同したマリーヤすら言っていた。彼に国を守ることは出来ないだろう、と。

 

「ま、それなりに信頼できる人が現体制にいらっしゃいますし、あんまり心配はないと思いますけど」

「それがカラス殿の知り合いか。ほほ、そこまで言われると少し会ってみたくなるのう」

「本当に付いてくる気ですか」

 本当に、この老人はなぜ僕に付いてくるのか。たまたま行き先が一緒だった、というだけではあるまい。

 多分、別の目的がある。そう、何の根拠もないがそう思った。


「明日午前中にはこの街を出たいと思いますので、そのつもりで。遅れれば置いていきます」

 積極的に犬ぞりを使う気もないし。

「年寄りの朝は早いんじゃ。心配いらんわい」

 ガハハーと笑うスティーブンと動作を合わせるように、僕も粥を一口また啜る。

 

 さて、他の雪はどこで見られるだろうか。

 そんなことを考えながら、僕はひたすら粥をお腹に納めていった。




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