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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
白雪の国

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密かな悪事

 



 少し事態を甘く見ていたらしい。


 考えてみれば、猫の手も借りたいほどの事態なのだ。非常事態なのはわかりきっていた。

 そして同じように猫の手を借りたかったクラリセンのときとは違うと思ったが、あのときとも今は違う。あのときは、色付き九名がいて、その上で人員を集めていたのだ。包囲の隙間をなくすために。


 いや、言い訳をするならば、僕は色付きが参加するほどの事態だとは思っていなかった。それに参加するほどの事態だったとしても、もう既にいると思っていた。大規模な作戦がもう決定しているのだ。事前に、必要な人員には声を掛けているだろう。そう思っていた。


 だが、違っていた。


「町長により急に決定されたんです。雪海豚の死体が手に入った今が好機だと」

「死体を……? 何に使うんですか?」

 死体が手に入ったから作戦を行う。ならば作戦に必要なのだろうが、何だろう、囮?

「奴らの群れをおびき寄せるために、雪原に置きます。奴らは狩りなどの非常事態でもなければ群れで行動し、そして仲間を認識しているので……」

 やはりか。

「群れで行動しているのに、よく死体が手に入りましたね」

 群れで行動する魔物の死体。そのうちの一体を討伐した。

 ならば、そのままその群れを叩いてしまえばいいのに。また、狩りの最中などという臨戦態勢な所を返り討ちできる猛者がいるならば、(新たな色付き)など必要ないだろう。そういった意味を含んだ言葉を、職員は正確に読み取ったようだ。

「先ほど、半死の状態で一頭だけ街の近くに現れまして。何者かにより内臓が潰された一頭を、たまたま見つけた探索者がギルドに持ち込みました」

「……なるほど」


 少しだけ気まずくなったが、顔には出すまい。

 僕の攻撃は、内臓に損傷を与えていた、らしい。


「それで、急に作戦が決まったと」

 僕のまとめに、職員は頷いた。

 今日決まった、本当に急な話だった。好機だと思った、ということは被害自体は前からあったのだろうが、死体が手に入らなかったからやらなかった。


 いやしかし、死体が手に入るのが稀だとしても、一日二日延びたところで影響は少ないだろう。人員を集める期間はまだあるはずだ。

 死体を使うのに時間制限でもあるのだろうか。そうは思ったが、この寒さもある。死体の新鮮さなどはそうそう損なわれるものではあるまい。



「しかし、急な作戦、ということに何か問題でもありましたか? 町長も何も考えずに決定するわけではないでしょう。勝算があるのでは?」

 僕がそう聞くが、職員は静かに首を横に振った。

「いえ、確かにそう考えたというのもわかります。お二人の騎士が指揮する十名ほどの衛兵、この街で昔から活動していた五名の狩人、それから二十ほどの探索者。確認されている雪海豚の群れの総数は二十頭ほど。数の上では勝っています」

「数の上では、というのは他では問題があるということでは……」

「ええ。問題だらけですとも。まず、その群れの総数二十頭は、確かではありません。雪中を行動するところから調査もやや難しく、恐らく間違いではありませんけれど正確とも言い切れません。二つの群れを混同している恐れもあります」

「…………」

「そして、ここ何年もの悪政はご存じですね。そのせいで、有力な探索者はこの近辺で活動してはおりません。私が言うのもなんですが、資金もないところに彼らは集いませんので」

「だから、色付きが必要だった、と」


 なるほど。ざっと見回してみるが、胸や腹に付いているその蜥蜴に目が付いているものはない。屈強な男たちで、戦うことも出来るのだろう。けれど、その働きはまだ認められているわけではないのだ。


「ご存じの通り、魔物の相手をするのは常人では難しい。ですが、闘気や魔力を使えるような方が、その、騎士の方お二人だけでして……」

「多分そちらにいらっしゃる方も闘気を扱えますよ」

 勇気づけるように、職員にしか見えないようにシロイを指さす。使えるところを見てはいないが、月野流だ。多分使える。使えなかったら申し訳ないが。

 僕の言葉に、微かに笑顔を作るように職員は唇を結び頷く。

「ああ、先ほど賭け野試合をなさっていたとかで連れてこられた方でしたが、そうでしたか。それは心強いですね、少し」

「でも、それでも三人だけですか……」

「はい。衛兵の方々も戦えないわけではありませんが、それでも魔物の群れとの混戦では少し不安要素があります」

 いや、混戦にしなければいいのだろうけれど。狩人もいるのだ、その辺りはお手の物だろう。


 しかしまあわかった。実質これは三人とその他大勢、それと二十頭の魔物の戦いなのだ。



 ……それでも、それだけならばそんなにきつくもない気がするけれど。

 三人しかいない、しかし、三人もいる。

「しかし、三人もいれば充分では? あの程度の魔物、群れになったとしてもそんなに脅威ではないと思うんですけれど」

「と、とんでもない!」

 大きな声で、職員はいきり立つ。その声に少しだけ探索者の目が集まったが、咳払いをして座りなおすと、また無関心に皆の目は離れた。

 少しだけ声を潜めて、職員は続けた。

「い、いえ、脅威です。しかしそれだけではなく、もう一つ問題があるじゃないですか。雪海豚の半死体が見つかったんですよ!?」

「ええ、それは先ほどもお聞きしました、それが何か……」

「その雪海豚を殺害しかけた何者かが、現在南の雪原にいるんです! しかも、食べられた形跡はなかった。捕食のためではなく、ただ傷つけたんです!」

「……あ、はい。すいません」


 ようやく僕も察する。僕はその死体を作ったのが僕だと知っているから察せなかった、というのは言い訳だろう。

 昔、僕は同じ手を意図的に使っているのだから。


「何者かが、雪海豚を偶然傷つけた、というのであればまだマシです。偶然雪鯨に衝突したとか、そういうのであれば問題はありません。しかし、面白半分に傷つけたということも考えられる。この近辺でそれをするだけの知恵があり、それが出来るといえば、雪鯱(ゆきしゃち)白煙羅(しろえんら)か、とにかくそれに近い脅威がいるんです、騎士二人など、歯が立つわけがない……」

 まくし立てるように言葉を切らず、職員はそう言い切って顔を伏せた。

 いや、その犯人を知っている僕からしたら少し心苦しいのだが。


「……ええと、多分それはですね……」

「ですから、お願いします、ご参加ください」

 深刻そうな顔で職員は頭を下げる。いや、本当に申し訳ないのだが、それは僕で……。

「そこまでは……」

「報酬の問題でしたら問題はありません。貧しい街ではありますが、それなりに資金が出てはいます。失政以前と同じとは申しませんが、金貨一枚程度であればご用意できます……! いえ、他の方との兼ね合いもありますので、それが限界なんですが……」

 値上げ交渉などする気もないが、それをする前にあっさりと限界を喋る職員。顔色に嘘は見えないし、本当なのだろう。

「いえ、その雪海豚は……」

 僕が殺したのだと、そう言いたい。だが。

「どうしても、全滅の憂き目は避けたいのです。ようやく皆の暮らし向きも希望が見えてきたのに、大量の死者が出てはこの流れも止まってしまいます」

 僕の言葉に拒否を感じたのだろう。こんこんと話し続ける職員に全て遮られてしまう。話題も、どんどんと言い出しづらい方向になっていった。


「もう時刻に余裕もありません。鵲を飛ばしても、近くにいる色付きに伝わるまで待つことは出来ません」

「『探索ギルドの人員が揃わないので、延期します』とかそういうのは出来ないんでしょうか」

「もしそうなれば、町長は探索者抜きで強行するでしょう。言いづらいことですが、深く考えることもなく、この好機に全てを賭けてしまう……」

「……そうしても、利点は探索者が全滅しないことだけですか」

 衛兵が全滅。いや、そもそも多分雪鯨や白煙羅とやらの仕業ではないのでそんなことは起こらないのだが、ギルド視点ではそうなる恐れを捨てきれない、と。


 いや、だから、……この流れならいけるだろうか。

「いえ、あの全滅はしないと思います」

「勿論、その他の脅威に遭遇しない可能性もあります。いや、その可能性の方が大きい」

 僕の言葉に理解を示すように頷きながら職員はそう言う。それもあるんだけれど。

「その脅威というか、雪海豚を半殺しにしたのは私なので……」

「え……?」

 騒ぎにさせて申し訳ないが、それは僕のせいだ。

 ようやく受け取ってもらえた言葉に、職員は無言で口を開けた。

「すみません、先ほど襲われていた方を助けるために、追い払いました。多分そのせいでこの街近くに姿を見せたのかと……」

「そ、そうなんですか……?」

 椅子に崩れ落ちるように、職員の体の力が抜ける。そこまで緊迫させていたというのは本当に申し訳ない。


「本当ですか? 本当に……?」

 何度も尋ねる職員に、僕は頷いて答える。

「よかったぁ……」

 職員は、仕事中ということを忘れているような様子で安堵の息を吐いた。

「あ、いえ、すいません。そうでしたか。いや、障害がないのは何よりです、そうでしたか、でしたら少しだけ問題は消えますね」

 表情を取り繕った職員は、誤魔化すように何度も頷く。僕もようやく伝えられて少しだけ気が抜けた。

 しかし、職員はまだ納得していないようで、もう一度厳しい表情で僕を見る。

「ですが、やはりご参加頂けませんか? 新たな脅威はないにしても、やはり戦力不足は否めません」

「僕に多額の報酬を出さずに問題が解決できるのであれば、その方がいいのでは?」


 僕は思わずそう尋ねる。

 ギルドとしては多分その方がいいと思う。細かい規則は知らないが、多分街の方からは探索ギルドに一律の報酬を支払っている。先ほどの、『出ている』という言い方であれば先払いだ。人数や質など考慮できまい。

 ならば、関わる人数は少ない方がいい。一人当たりの報酬が高くなるか、ギルドの取り分が多くなるかもわからないが、探索者への報酬が先に伝えられるとすれば残りはギルドの取り分だ。その取り分は、多い方がいい。


 だが、職員は首を振った。

「多分、厳しいです。いえ、討伐隊を信用していないわけではないです。ですが、厳しい戦いになる」

 まあ、さっきの話ではそうなるかもしれない。だが、出来ないわけではないし、彼らも納得ずくで参加するのだ。いくら厳しかろうが文句は言えまい。先ほどの賭け相撲の参加者が銅貨を差し出したように、彼らも命を差し出しているのだ。利益が出ることを期待して。

「貴方へ報酬を出せば、その分ギルドの利益は少なくなるでしょう。雪海豚の死体作成者が上へと伝われば、間違いなく色付きへの依頼はなくなる。ですが、……」


 周囲を確認して、話を聞いてる人がいないかをみる。それから職員は、さらに声を潜めた。もはや、耳では殆ど聞き取れない。だが、盗聴対策だろう。唇は読ませることもしないように動かさない。声自体は出しているので、本当に僕にしか聞こえない話だ。


「私からの個人的な依頼と思ってください。万が一にも、ここで被害を出したくはないんです」

「……そういうの、規則的には大丈夫なんですか?」

 僕の質問に、職員は表情を固める。

 ギルドの意思に反して、職員がギルドの資金で個人的に依頼を出す。それはつまり、個人的な資金流用だ。職員の中での取り決めは知らないが、表情を硬くしたということは多分問題なんだろう。


「大丈夫ではないでしょう。ですが、私に、色付きの方に依頼を出す余裕はありません。仕方がないんです」

 暗い顔で、職員は頷く。だが、恥とかそういう色は見えない。

「こちらはご存じないでしょう。以前、雪鯨が街近くに現れたときは、探索者を加えない衛兵と騎士たちだけで討伐が行われました。町長の指示で」

 僕は無言で言葉の続きを待つ。

「その時は、衛兵五名が死傷しました。そして怪我人も多数出た。そのうちの二人は、後遺症に苦しみながらこの街でまだ暮らしています」

 職員は言葉を切り、僕に向けて笑顔を作る。

「初対面の方に相談する事じゃありません。ましてや色付きといえども探索者に。ですが、この街出身の私として、もう一度その愚を犯させるわけにはいきません。ですから、私の独断です。なに、仮に何処かからバレて処罰されるとしても、他の街に一時的に飛ばされる程度です。どうか、お願いできませんでしょうか……」


 依頼ではない、嘆願だった。


 その気持ちにほだされたわけではない。だが、一つだけ気になることがあった。

 僕の唇が、質問を口にする。

「……町長は、そのときと同じ方なんですね」

「代替わりなどはしておりません。革命の少し前くらいまでは、賢明な方だったのですが、……いえ、それは今は関係ありませんね」


 僕の確認の言葉に、思った通りの言葉を返される。

 それで再確認する。……これは多分、僕が関わるべき事だ。

 疑わしいだけ、だがこの場合、疑わしいだけで充分だ。


「どうでしょうか。勿論、この討伐作戦が終わり次第、私の話を公にしていただいても結構です」

 職員は覚悟している顔を僕に見せた。どうなるにせよ、その覚悟は不要なのに。

 そして、革命直前の町長の変化。僕が加わる理由には、それだけで充分だ。

「……わかりました。参加しましょう」

 僕は目を閉じ息を吐く。こんな末端まで影響があるというのは、本当に腹が立つ事だ。いや、まだそう決まったわけじゃないけど。

「ほ、本当ですか?」

 職員は声を出し、喜ぶ。もう声は潜めていなかった。

「ええ。()()()()()()()()()()()()、お力になれるかどうかはわかりませんが」


 職員は無言で頭を下げる。

 それに、町長のことなど関係もなかった。僕が招いた事態であれば、僕が関わらなければ。

 まさかイルカに一発蹴りを入れただけで街に影響が出るとは思わなかった。

 だがまあ、いいだろう。ここで被害を出さずに終えれば、全ては元通りだ。


 僕のせいで、被害が出るのは心苦しい。

 そう、僕は職員の言葉に心動かされたわけではない。

 僕は僕の失敗を糊塗するために、この作戦に手を貸そう。

 ここに至るまでに、寄り道はしてきた。そこに少しだけ寄り道が加わったところで、構うまい。今日一日くらい構うまい。


 シロイに参加を伝えると、その老人は、飛び上がらんばかりに喜んでいた。




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― 新着の感想 ―
ダメだろこのギルド員
[一言] レヴィン……! 首都でもないのにこんな所の町長にまで影響が?? ギルド職員のカラス君に口を挟ませない弾丸トークで笑ってしまった。必死なのはわかるけど!w 一言「それ、自分です」が言えない必…
[良い点]  話の流れ、ゆったりとしてとうとう面白い。 歴史スペクタル。楽しく読んでいます。感謝しています。   >僕は僕の失敗を糊塗するために、この作戦に手を貸そう。  こういう書き方いいな。凄い。…
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