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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
白雪の国

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宣伝相撲

 


「……では、僕はこの辺で」

「え?」

 街に入ってしばらくしても、シロイは僕と別れる様子がない。僕の方から切り出すべきだったか。

 そう思い、適当な場所でそう言ったが、シロイは僕の言葉に驚いた様子で口を開けた。

「いや、僕の方が驚いているんですけど」

 だから、むしろ何で一緒に行動しようとしているのだろうか。もう街に入った以上、シロイは鍛冶屋に向かうべきだろうに。

 しかし、シロイは咳払いをしてから笑顔を作る。

「ここで会ったのも何かの縁、しばらく一緒に歩かんか? 儂、強いぞ」

 胸を張り、金属の鎧をカン、と叩く。僕の内心の疑問には答えず、また先ほどのようなことを言う。

 見たことがないので剣を握ったときの強さなどを否定は出来ない。だがそれでもやはり、僕の考えはさっきまでと一緒だ。

「いえ、お互い用事もあることですし、ここで別れましょう。鍛冶屋はそちらのようです。それでは」

 遠くの方で、金属を金槌で叩く音が響いている。静かな街なのに耳を澄まさなければいけないのが不思議だが、それでも聞こえはするのだ。つまり、存在はしているのだろう。

 そちらの方を指さして、僕は適当に見回す。僕は道を聞きたいのだ。商店か、探索ギルドでもいい。そういったものは何処にあるのだろうか。


 僕は歩き出す。

 だがその肩に、冷たい金属が乗せられた。いや、これは鎧の手の部分だ。

「待って、待ってくれんか、あの少々、力を借りたいことが、な?」

 笑いながら、そして冷や汗だろうか、額から汗を流しながらそうシロイは言う。

「……何でしょうか」

 それを見返しながら手を外す。だが、その否定の態度はシロイには伝わらないらしい。

 あせあせと、頼み事をするように口を急がせた。


「その、剣がないのもそうなんじゃが、路銀も落としてしまって、な、な?」

「流石に僕がお金まで出す義理は無いんですが……」

 義理が無いどころか、恩もまだ返してもらってないというのに。

 だが、僕の言葉にシロイは手を合わせて頭を下げる。

「頼むぅ! 元手さえあれば稼げるんじゃ! 今日中に返すし、稼いだ金も半分出すから、なぁ!?」

 僕の手を両手で握り、上目遣いになりながら大きな声でそうねだる。

 というか、本当に声が大きい。そう多くはないが、往来の人の目がこちらに集まっている。

 かわいそうな老人を見る目と、それを冷たくあしらう子供を見る目。それが狙いなら、結構腹立たしいのだが。

「……失礼ですけど、小賢しいのは嫌いなので」

「う、あ……!」

 僕が周囲に注意を向けながらそう答えると、シロイも今気が付いたかのような動作で周りを見る。さて、一応無意識にやった、という反応だが。

 ……仕方ない。ならば、条件付きでやってもいいか。


「……では、入り用なのはどれほどでしょうか」

「お、おう、すまん! 銀貨一枚あれば充分じゃ! 金貨も一枚あれば言うことはない」

「わかりました。では、一枚ずつ。その代わり、そちらの旗をお預かりします」

 僕が指さした先は、シロイの持っている旗だ。『天下無双 月野流』その名前に恥じない行動を取ってもらおう。

「なんでじゃ」

「貸した金と、売り上げの半分。頂けなかった場合はその旗を使って喧伝しましょう。『月野流の方は約束を守らない』と」

「儂は守るに決まっとるじゃろが」 

「ええ。僕も約束は守ります。ちゃんと、お金と引き替えに渡しましょう」

 守られなかったら最悪、今度クリスかバーン辺りに会ったら文句言ってやる。旗も見せれば少しは信じてもらえるだろうし、金もきっと回収できるだろう。

 クリスも知らない、ということであれば、もっと大問題だし。


 僕の言葉に、不満げにシロイは頷く。納得出来てはいなさそうだが、僕は頼まれている側なのだ。それくらいはしてもいいだろう。

 旗と金貨銀貨の交換。見た目は不平等極まりない取引だが、それが名を背負っているとすれば公平でもあるだろう。


「じゃあ、早速始めようかの……」

 道の端に寄りながら、シロイはそう呟いた。何をするのだろう。そう思いながらも見ていると、持っていた荷物を置き、脇に袋の口を広げて置く。それから僕を見た。

「すまんが、旗は渡したが少し頼みがあるんじゃ」

「何でしょうか」

「見えるように掲げておいてくれんかの。必要なんじゃよ」

 シロイは鎧の上部を脱ぎ、袖無しの鎖帷子を露出させた。それから寒いのだろう、一度震えると、腕をぐるぐると回す。準備体操だろうか。

 そして、縄を取り出し地面に置く。直径が二歩ほどの円が出来た。……何をするかわかった気がする。


「さあさあお立ち会い! 天下無双の月野流、挑戦する勇気ある者はおるか!!」

 叫んだ声は空気を揺らした。バーンやクリスと同じく、やはり鍛えられているのだろうか。いくつかの家屋の屋根から、雪が滑り落ちた。


 先ほど僕らを見ていた者たちから入れ替わってはいるが、それでも十数人以上が僕らを見る。僕ら、というよりはやはりシロイだけだが。

「儂に挑戦する者は鉄貨一枚! ここから儂を追い出せば、銀貨一枚をくれてやるわ!」

 出された銀貨にどよめきが起こる。視線がシロイの指先に集まった。


 僕は一応納得する。賭け相撲か。いや、相撲などこの世界にはないだろうからただの押し合いだろうけど。

 ……やはりそれで儲けられるとは思えない。

 だが、その自信満々なシロイの仕草は、勝てると確信している動きだった。


「さらに!」

 空いた左手でシロイは金貨を掲げる。そちらのほうには、さらに熱を帯びた視線が集まった。

「我こそは、と思う者は銅貨一枚掛けて挑戦するがよい! 勝てば金貨一枚じゃ! この老いぼれに勝てる者は、この中におらんじゃろうがな!」


 厚着の若者、中でも血気盛んな者たちがその挑発の言葉に一歩踏み出す。

 数人だが、空気が動いた。


 そのうちの一人が、ポケットの中から鉄貨を取り出す。

「じじい、本当のはなしだな!?」

「勿論、この老いぼれに勝てれば、の話じゃよ」

 髭をしごきながら、禿げ頭の巨漢を相手にうそぶく。


 見た目だけ見れば、結果は明白なものだ。鍛えてはいるようだが枯れた老人と、血気盛んな若者。双方ともに筋肉質ではあるが、体重差では倍ほどはあるだろう。

 張り手一発でシロイが負ける。当然そう予想が出来る取り組みだが。 


「面白え。怪我しても知らねえぞ」

「ほっほ」

 男が鉄貨を袋に投げ入れる。その動作を見て、シロイは笑った。


 取り囲まれた輪の中で、男がシロイを睨み付ける。そして、男は動いた。

 前屈みで飛びかかるような動き。多分、両手でシロイを普通に突き飛ばそうとしたのだろう。体重の差と、込められた衝撃の強さは、闘気が込められていなくともなかなかのものだ。

「よっ」


 当たれば、の話だが。


 しゃがんで避けたシロイ。その体にけつまずき、男が前方に跳ねる。一回転して地面に激突し、打ち付けた背中を押さえて呻いた。

 おお、と観衆から声が上がる。見事な動作だ。闘気も魔力も使わず、巨漢を制してしまった。

「ふざけ……!」

 力比べと思った男は文句を言おうとしたのだろう。しかし、シロイが観衆から称賛されている今、何か言えば自らの株が下がる。そう思ったらしい。背中の雪を払って、苦々しげにシロイを睨んだ。


「……もう一度だ!」

「おお、いいぞい。鉄貨かの? 銅貨かの?」

「銅貨だ!」

 追加の挑戦金の催促に、迷わず男は答える。それから袋に銅貨を投げ入れた。

 今度は飛びかからない。じりじりと近づくと、鎖帷子の裾と頚元を掴む。力比べならば負けない、そう思ったのだろう。

 しかし、シロイはにやりと笑う。

 そして持たれたその腕を手首の部分で握り返すと、押し返す動作を見せた。

「ぬぎぎ……」

 笑いを消したシロイが、力を込めて押し返そうとするが、押し返せない。そういう動きで、苦しんだように呻く。

 その重心を見ていれば、明らかに力を込めてはいないのだが。


 男がふと微笑む。勝機を見いだしたらしい。

「ふ、ふ……」

「ぬぐぅぅぅぅ…………」

 だが、それも間違いかもしれないと自覚したのだろう。全力を振り絞っている様子のシロイに、徐々に押されていく。

 腕を折り曲げられ、押し返される。

「うりゃあああ!」

 やがて、シロイの咆哮とともに、男が白い雪の上に転がされた。


 決着。双方ともに力を出し切り、僅差でシロイの勝ち。そう見える勝ち方。


 なるほど、上手い。

 そして、少しばかり僕の中でのシロイの腕前を上方修正しなければなるまい。

 これは、罠。

 もう少しで勝てるかもしれない。自分にも勝機はあるかもしれない。対戦相手にも、観戦者にもそう思わせる勝ち方。

 その証拠に、顔を赤くする演技をしていてもシロイは汗一つかいていない。


 なるほど、すぐに返してもらえそうだ。

 僕は納得し、成り行きを見守る。



 結局、挑戦者がいなくなるまで。

 四人の若者から巻き上げた貨幣は合わせて、銀貨二枚以上になる。


「天下無双月野流のス……、シロイ! 無敗の名は伊達じゃないわい!」

 シロイのちょっと口籠ったような宣伝文句が、青空に響き渡っていた。



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― 新着の感想 ―
[一言] ]_・)天下無双月野流の開祖じゃね?(笑)
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