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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
空を求めて

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空を向いた言葉



「なあ、あのシャナって奴さ……」

 カツンカツンと、暗闇の中ひたすら石段を登る。シャナが作った帰り道は、ひたすら上へと続く螺旋階段だった。

 シャナの部屋まで、僕らが自分の足で降りていったのだけでも七十階以上、そしてそこから十秒以上落下していたということは、百階分以上はあるだろう。

 建材の位置を入れ替えて作られた階段。それは急造にもかかわらずしっかりとしていて、まるで初めから組み込まれていたかのように精密に組まれていた。

 

 口を開いて話し出したモスクは、悩んだようにしばし黙る。

 相づちを打たずにそのまま歩き続けたためか、ただ二人の足音だけが続いていた。


 振り返っても、風は来ない。空間自体は先ほどの部屋に繋がっているはずだが、気温がそう上がってはいないということはシャナが意図的に制限しているのだろう。

 その心配りには、頭が下がる。

 

 悩み、そして答えが出たようでやがてモスクはまた口を開いた。

「あのシャナって奴さ、辛くないって言ったけど本当なのかな」

 ぽつりと呟いた言葉。疑問の体をとってはいるが、それは好奇心とか野次馬根性とか、そういうものではないだろう。

「あの何も無い部屋の中で、周りには自分の意のままに動く人形だけ。退屈ではあるでしょうね」


 意のままに動く人形……というのは想像だが、そう間違ってはいまい。シャナの動作に人形は影響を受けていた。そして、シャナの指示通りに動いていた。指示通りにしか動かないのであれば、それはただの自分の分身だ。一人二役で会話をしようにも、それすら出来ないだろう。あの人工生物を僕が見た限りでは、声を出す機能はなさそうだった。

 ついでにいえば、あの分霊体とやらは人工生物を参考に作っているのだろう。声を出す機能が生きていないから、あんな不気味な声が響いていたのだ。

 そして、外部からの影響は無い。ずっと続く白い光に包まれた空間。時間や季節の影響も無く、温度も高い方で常に一定だろう。定期的に排出しているそうだからそのときは温度が下がるかもしれないが、それも長くは続かないだろうし。


 紅茶を作り出したことや、自分の体を作り出して見せたことからいえば、多分今まで味わったことのある料理や着たことのある服は再現できるのだろう。

 だがそれも、生きてきた中での経験が有限な以上、種類に限りはある。

 それに、やはり意外性は無い。実際は何かの秘術で変化をさせているのかもしれないが、僕が魔法で紅茶を作るとしたら予想外の味は絶対に作れない。良い意味でも悪い意味でも、思い通りにしかならないのだ。


 そして、これは予想だが、あの様子では『他動性』というものがない。

 本体の乾いた体は、物質である以上普通の動作をするだろう。

 けれど、あの僕らに見せていた綺麗な体は、魔法で作られている。であるならば、通常の物理的な動きに縛られてはいないのだ。

 もちろん、物理的な影響を受けるように作れば問題ないだろう。僕が何かを再現すると勝手にそうなってしまうというのも悩みではあるが、それは今はいい。


 シャナの体は、動きに重さが感じられなかった。動きというか、おそらくあの体は重さ自体を再現してはいないのだ。そしてそれは重さに限らないだろう。風の影響や重さの影響を受けないとすれば、あの体では髪の毛一本が風にそよぐのも意識して行わなければならない。


 自分の体も、周りの生物の動きも全て自らが制御している部屋。自分しかいない狭い世界。

 そこで果てしなく続く一人だけのごっこあそび。退屈でなければそして辛くなければ何というのだろう。


 だが、それでも彼女は自らその辛さを否定した。

「でも、彼女は最後に言っていたじゃないですか。『これが、王族の責務だから』と」

 だから、辛くない、と。

「四百年前に、公から存在を消されてるくせに、まだ王族のつもりなのかよ」

 僕の言葉に、モスクは吐き捨てるようにそう返した。それは、馬鹿にしているわけでもなさそうだ。

 だから、僕もその言葉には素直に頷いた。

「まあ、そうですよね」

 歩きながら、頷いた僕を意外そうにモスクは見返す。僕もだが、肉眼ではほとんど見えないだろうに、やはり日の下にいるときと同じような動作をしてしまうのはどうしてだろうか。

「もはやシャナ様のことを知っている者は市井にはおらず、仮に中央に暮らす王族が知っていたとしても存在を否定するでしょう。彼女は、別に自由に生きてもいいんですよ」


 気持ち大きめに、僕はそう声に出した。

 モスクに対して作られた赤蛭の障壁がまだ生きているということは、そんなことをせずとも、下には聞こえているだろうが。


「仮に役目を忘れて何処かへ行っても、誰も咎める者はいない。ただ、自分を除いては」

「……そんなの、ただの馬鹿じゃねえか。そんなの気にしないでどっか行っちまえば……」

「そうすると、この街の人たちが焼け死んじゃいますけどね」

 意識して、半笑いで僕は言う。モスクはむっとしたような顔で立ち止まった。

「あの人に苦労をさせてるのは、俺たちって言いてえのか」

「いいえ。そうとも言えません」


 そうとも言えるが、そうとも言えない。

 先ほど言ったとおり、別にシャナがどうしようと勝手なのだ。仮にシャナが熱を解放しこの街の住民が全滅したところで、その命は四百年前にシャナが救った命だ。

 彼女が地下深くに落ちなかったら、という仮定の話を実現させるだけに過ぎない。もちろんそれ以降の移住者もいるだろうからそう言い切ることも出来ないが。

 焼け死んだ原因を誰かが求めることは出来るだろうが、その原因をシャナに求めることは出来ない。彼女は存在していないのだから。


 だから、これは彼女が勝手にやっていることなのだ。

 やってもいいし、やらなくてもいいこと。ただ、王族として生まれたから、育ったからやっているだけのこと。

 街の住民が彼女の恩恵に与っているとはいえ、彼女にやれといったわけでもなく、そして今となっては彼女個人に感謝もしていない。彼女がやらなかったとしてもそれを責める権利は無い。そうなった場合、焼け死んだことへの恨み節くらいは言ってもいいと思うけれど。



 ただ、『王族の責務』として彼女はこの仕事を生涯を掛けて行っている。

 精霊化などという秘術を使い、存在まで掛けて。


 もはや消えた義務を遂行し続けるその様は、悪く言えば愚かだ。

 せずともよい苦役を進んで行うその様は、ただのお人好しの愚か者だ。

 だが、よくいえば、彼女は無私の境地に至っている。賞賛も褒美も求めず、ただひたすら民のために尽くしている。


 どう捉えても、何も変わらない。

 彼女はずっとあの焦熱地獄を維持し続けるだろうし、定期的な排熱は今後千年は行われる

 僕個人がどう捉えようとも変わらない。

 そして、僕はシャナに悪い感情を持ってはいない。彼女に何か被害を被ったこともなければ、危害を受けたことも……、笑い女の初登場は驚いたが、それはいいや。

 

 ならば、良い方にとっておけばいい。

「彼女は、勝手に民のために尽くしているんです。ミールマンの住民は、それに対して責任を感じることはない」

「じゃあ、やっぱりただの馬鹿じゃん」

「立派な方ですよ。本当は、語り継いでいかなければいけないくらいの」


 勝手な推測だが、多分、本人も本心ではそれを望んでいるのだろう。

 意識していないだけで。僕らに昔話を聞かせてそれを人に話すよう仕向けようとしたのは、自分が忘れ去られてしまうことへの不満もあったのだろうと思う。

 それこそ、悪い方にとっている気もするけど。


 そして、やはり辛いとも思っている。

 だが、認めたくないのだ。だからこそ、モスクが『辛くないか』と聞いた途端に話を打ち切ったのだと思う。

 本人がそう言っていないし、確証も無く外野の僕が勝手にそう言い切ってしまうのもまずいと思うので口には出さないが。



 『彼女は辛くないのだろうか』

 モスクが口にその疑問を出したのは、彼もシャナの『辛くない』が嘘だと思っているからだろう。それは嘘だろうと、僕の口から言って欲しかったくらいのことは考えているかもしれない。

 だが、言わない。

 この場所で彼女の言葉が嘘だと言うのは、彼女に向けて直接侮辱しているに等しい。

 それに、言う気もない。

 強がりか誇りかは、それを良いように言うか悪いように言うかによって違うのだろう。ならば、僕は彼女のその行為を誇りという。

 彼女が弱音を吐かないのは、その誇り高さ故からだ。その誇りを汚すわけにはいかない。


 だからまあ、掛けられるのは気遣いの言葉だけだ。

「……見せてあげたいですね、青空」

「無理だろ。表層でも無い限り、屋根が必ずあるからな。通陽口からなら見えるかもしれねえけど、それでも地上近くまで出てこれなきゃ、なぁ……」

 彼女は言っていた。上に行けるようになるには時間がかかる、と。そして時間を掛ければその分上に階層が積まれていってしまう、と。

 ならば、彼女は上層へは至れない。いつかはこの街の表層に追いつけるかもしれないが、それは遠い未来の話だ。それよりは多分、精霊化の完了の方が早い。

「本当に、この街は空が狭い」


 この街に来て、すぐに思ったこと。

 空が狭い。両側に高い建物が並ぶせいで、往来でも空が遠い。建物は温かいのに、日の光が当たらずその分寒く感じるほどに。


「……うん」

 突然、モスクの足取りが力強くなる。

「やっぱさ、辛くないわけがないよな」

 言ってしまったか。まあ、別にいいんだけども。それに、これは少し良い兆候かもしれない。

 僕は、煽るように口を挟む。

「差し入れも出来ませんし。何か付け届けでも出来たら良いんですけどね」

 全てが焼けてしまうためそれも無理だが。暇を潰すための書物すら、持ち込んだだけで炭になってしまう。

「いや、今度、俺がお礼を届けて見せる」

 モスクは一段飛ばしで、階段を駆け上がるように登っていく。その声に、決意のようなものが見える。

 振り返るその顔には笑顔があった。


「そもそもさ、無駄が多くね? この建物」

 突然、何を言うのか。

「熱を逃さない無駄の無い構造だとお伺いしましたが……?」

「それもあったと俺は思っていた。本にも書いてあったしな。けど、今ちょっと違う気がすんだよ」

 モスクが考えを述べていく。上からではない、横からの意見は何だか新鮮だった。


「というと?」

「この、縦に延びてく建物さ、シャナさんから逃げるため、ってのもあんじゃねえか?」

「……ああ」

 そういえばそうともとれるか。シャナが上に登るのに合わせて、階層が増えていく。まるで、シャナを上に出さないようにするために。

「言わなかったけど、笑い女の噂ってのは時代によって違うんだ。だんだんと上に登っているらしい」

「笑い女の正体を調べられないために、ということですか」

 街を使ってまでの隠蔽工作。そうだったら、本当に不憫な話だ。

「遭遇しないように、上に積まれていってる。だから、廃棄階層なんてもんが出来てくんだよ。考えてもみろって。上部二十階層程度と、あと飛ばし飛ばしで合計十層くらいの階層しか使われてないんだぜ? 老朽化とか、補強のためって言ったって、下百階以上を使わないなんて本当無駄なんだよ」

「……たしかに、無駄かもしれません。でも、それをどうするんです?」

「この街の構造を作り替える。空を、近づける」


 モスクはそう言い切る。恥ずかしいのか、僕の顔は見なかったが。


「今はまだ無理だよ。でもいつか、下の階まで無駄なく使える構造に作り替えられたら、それも通陽口に依存しない作りでさ、上から光をたっぷり取り込めるようにすればさ、そうすれば空くらいいくらでも見れるんじゃねえの?」

「何年かかると思ってるんですか」

 地下百階以上の改築工事。それも、個人の敷地まで含めてのだろう。

「知らね。この街の全体像もわかってないしな。でも多分、俺が死ぬまでには出来るんじゃねえの?」

「問題が多すぎますね」

 まず、身分。孤児の身ではそんな大事業、夢のまた夢だ。そして、資金。お金が無ければ何も出来ない。他にも知識や技術も全く足りてはいないだろう。

「でも、足がかりはある」

 僕の内心に答えるよう、モスクが背負っている袋を示す。焦熱鬼の髪の毛の束が、重そうに歪んだ。

「これ、金になるんだろ?」

「ええ。それは間違いなく」

 僕は頷き肯定する。それを言い切れるのは、僕がこの世界で一番信頼している店があるからだ。


「その金でまずあの穴蔵を卒業だ。そしたら、仕事を探しつつ人脈を作って、どっかで勉強して、出来ることは山ほどあるだろ」

「……そうですね」

 少し心と声が弾む。

 本当に、多分これがグスタフさんがあの日感じた喜びだろう。前を向くと宣言した者の言葉は、どうしてこんなに眩しく見えるのだろうか。


 出口が見えた。といってもおそらく、その先は僕らが落とされた地下七十五階だろうけれど。暗闇の先に井戸が見える気がする。

 モスクが伸びをする。ようやく、窮屈な穴から抜け出たように。

「シャナさんも言ってたしな。俺らは何処へでも行けるんだよ。世話になってる恩を誰も知らねえけど、俺は忘れたくねえし。それに、あの穴蔵にも正直飽き飽きしてたんだ」

 何の気なしにモスクが服を払う。

「俺も、あんな小さな空じゃなくて、大きな空が見てえ。手を伸ばしても届きそうにねえんだもん」

「……じゃあ、頑張らなくちゃですね」

 僕の頬が緩む。

 それに合わせたように、モスクに張られた障壁が消えてゆく。

 

 僕が拳で開けた穴をくぐる。

 後ろの方から、笑い声が微かに聞こえた気がした。





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― 新着の感想 ―
石ころの、可能性ですね。誰にも見向きもされず、時折り誰かの気分しだいで蹴飛ばされる。そんな子供たちが世界を変えてゆく。グスタフさんは、そんな未来を見たくて石ころ屋をはじめたのかなぁと思いました。 それ…
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