正義の宣誓
「安心しろ。法と正義に則り、貴様には一定の権利がある」
睨みながらも、僕に向けてそう言葉を吐く。オラヴと同じようなことを言っているが、信用は出来るだろうか。
「……それは、どういった?」
「逆らわんかぎり、力尽くでの拘束はない。釈明の時間も与えよう。故に、心して答えろ」
力尽くでの拘束がない……とは言っているが、僕の左手の状況はどういうことだろうか。
握って開いて、確認してみれば内出血に亀裂骨折もあった。これは、力尽くではないと、そう言うつもりなのだろうか。
だが、ここで逆らうのも得策ではないだろう。相手は聖騎士、立場的には僕の遙か上だ。騎士階級以上という爵位持ちで構成されているという事を聞いた気もする。どうでもよかったので覚えておらず、それは確かではないが。
「承知しました。それで、何を聞きたいと?」
「去年、王城で不審な死体が見つかったのは知っているな」
「……さて、そういったやんごとなき方のことには疎いもので」
去年に見つかった不審な死体。
まあ、明らかに僕が作り上げたあれだろう。コックス・ザブロックの死体。ついでに、使用人ドリーの死体もあるか。
知らぬ存ぜぬを貫くのが吉かな。そう思った僕は、きっぱりと否定した。
そこを今は追求する気はないのか、ウェイトは無視をするように続きを口にする。
「伯爵位の貴族、ベンジャミン・ザブロック卿の弟君の死体だ。明らかに何者かに殺害され、直後にその使用人もその場で不可解な死を遂げている」
「怖い話ですね」
「その後、大規模な捜査が行われたが結果は芳しくない。爵位が彼に渡ることを恐れたベンジャミン卿の奥方、レグリス様が魔法使いに殺害を依頼したとも考えられたが、その形跡はなかった。そして、その事件が起こる少し前からベンジャミン卿のお嬢様として迎えられたルル様にも、同様に何も見つからなかった」
滔々と事件後の概要を語るウェイトは、そこで言葉を切る。唾でも吐きそうなほど苦い顔に変わった。実際に吐かなかったのは、道場内ということで気を遣ったのだろうか。
「以後、王都にいた魔法使いを調べてもそれが可能だと考えられる者はおらず、事件は迷宮入り。解決を見ることはなく、その後起きたことといえば警備の強化がなされただけに留まった。だが、不十分な捜査だったのだろう」
足下に落ちていた建材を拾い上げる。接着用のモルタルのようなものが剥がれただけのそれは、ブロック状の塊として残っている。
それを、ウェイトは握り締める。砕け、粉状になり落ちた。
「我は騙されん。不可解な事象が起きたとき、必ずそれを起こした者がいる。実行した者がいるはずだ。容易に手の届かない高所に吊される。何もないところで溺死する。そんなこと、対策をとったのみで素通りできる事態ではないのだ。そして」
足下に散らばる小さな石を、ウェイトは踏みしめた。軽い音がして、その石ころも砕けた。
「そんな者を、許すわけにはいかない。殺されたコックス様は殺されるべき者だったのかもしれん。だが、その前には必ず手続きが必要だ。法に則り、裁きを下す。そうしなければ、人の世は成り立たん。我ら人の上に立つ者が、そのような無法を許すわけにはいかない」
「…………」
長い演説のような言葉。言っていることは正しいと思う。だが、その続きがもう読めた僕は、内心苦い気持ちで一杯だった。
どうやってごまかそうか。
腕をだらりと下げたウェイトは、僕を真正面から見つめる。憎しみというより、責務が目に満ちている。だが、少し過剰な気がする。
「お待ちかねだろう。それでは質問だ。コックス様、及び使用人ドリーの殺害。貴様だな?」
「私は、知りません」
ごまかす必要もないか。今の話でも、僕がやったという証拠はないのだ。ならば否認すれば事は済む。
「信用出来んな」
「そう言われましても」
僕は肩を竦めて、目を逸らす。ここで、僕がやっていない証拠をあげつらっても無駄だろう。多分逆効果だ。
いや、一応僕に不利な材料も提供しておかなければ不自然か。しらを切りすぎるのもまずい。
「副都イラインよりザブロック邸に、ルルお嬢様をお届けしたのは私です。けれど、私はその後少しだけ遊行し、王都を去りましたので」
「貴様の目撃情報もあった。それがそうだと言いたいのだろう。……まあ、いい」
敵意が抜ける。視界が少し広くなった気がする。無意識に警戒のため注目していたのだろう。……つまり、それほどの相手だったのか。
「参考までに貴様にも聞いておこう。魔法使いの知り合いに、犯行を行えるような人物はいるか?」
「……いいえ、そもそも魔法使いで知っている人も少ないので……」
危機は去ったか。これには正直に答えよう。知っている魔法使いは四人だけで、心当たりももちろんない。
「それなら、魔法使いでなくともいい。瞬時に人を吊り下げられる者、心当たりは?」
「申し訳ありませんが」
「そうか」
残念そうに目を伏せる。彼に悪いことをしたとは思わないが、それでも何か罪悪感のような刺激された。
だからといって、名乗り出ることもないが。
「では、終わりだ。帰るがいい」
シッシッと追い払うように手を払う。その表情は、最初に見たときの柔和な顔に戻っていた。
「……それでは」
モスクに目配せし、念動力で通気口の瓦礫をどける。ぽっかりと空いた穴は、まだ移動には使えそうだ。
「ああ、そうだ。レイトンは元気か?」
「え?」
帰ろうとしたそのとき、意外な名前がウェイトの口から出る。レイトン? あの金髪?
驚き振り返ると、またウェイトと真正面から目が合った。
「え、ええ。多分今も」
「そうか。貴様と一緒にこの街に来ているのか?」
「……いいえ?」
何故そう思ったのだろうか。一瞬それがわからず、言葉に詰まる。だが、そんなことを考えている暇はないらしい。
次の瞬間、僕の顔の横に剣が突き立てられる。
今度は笑顔のまま。感知するような前兆はなく。音もなかった。
正直、止められなかったら躱しきれなかったかもしれない。
石に深々と突き刺さった剣。さすがにこれは致命傷になり得るだろう。
「もう一つ用事があった。貴様にも、奴にも、だ」
汗が噴き出る。これは、全力で対処しなければまずい相手だ。モスクを巻き込まないようにしながらで、どれだけ戦えるだろうか。
「レイトンさんに、伝言でも?」
「先ほど我が口にした事件。概要をもう一度言おうか」
体が警報を発している。今帯びている目の光は責務ではない。もっと個人的な別の何かだ。
「王城で明らかに何者かが作り上げた変死体が見つかり、その結果警備が強化された」
「先ほど聞きましたが、それが何か」
腰の山刀の位置を確かめ、それとなく足の位置を調整する。剣が抜かれて僕に当たるまでに、なんとか出来るように。
「少し前に、副都イラインで同様の事件が起きたのは知っているな。貴様も、副都にいたのだから」
「え、ええと、どれでしょうか。事件など、よく起こりますので」
「とある姫君が副都に入ったその日、三つほど損壊の激しい遺体が見つかった。緑の黴で全身が崩れた死体が二つ、細切れにされた上に黒焦げになった死体が一つ。そしてその結果、今衛兵が増員されている。……おや、何かに似ているな?」
レヴィン一行の話か。いや、それはきっと箇条書きにしたから似ているだけであって……。
「たまたまでしょう」
「そうかな? そうかもしれないな。しかし、貴様も知っているだろう? 『過剰に派手な事件を起こし、事態を好転させる』そういった手口を好んで使う、義賊を気取った集団を」
「義賊……ですか」
そう名乗りはしていないはずだ。しかし、ウェイトが言っている集団。それは明らかに僕の知っている彼らだろう。
そして、それは確かだった。次にウェイトの口から出た名前。それは、やはり。
「これ以上惚けるな、石ころ屋。貴様らの蛮行を、これ以上我らが許しておけると思うか」
「……重ねて言います。たまたまでしょう」
正直、ここまで聞いても僕としてはそうとしか言いようがない。王城での死体と副都での死体。それらに僕が関わっていたのは事実だが、それぞれは何の関係もない死体だ。
だがやはり、ウェイトはそう思わないらしい。剣の柄を握る手に力がこもる。
「……いつまでも、逃げられると思うなよ。証拠はない、だがそれは、『今は』という但し書き付きだ」
「心当たりもないことに、頷くことは出来ませんね」
パラと、僕が先ほど動かした瓦礫から石ころが落ちてくる。
ウェイトが剣を引き抜く。それから、僕を見て鼻を鳴らした。
「行け。これ以上、我らの目を汚すことは許さん。ああ、それとそこのガキ」
ウェイトが今気が付いたかのようにモスクに目を向ける。
「先ほど言ったのは本当のことだ。貴様には今のところ武の素養はない。虚勢を張るのはほどほどにしろ」
「……、あ、はい……!」
それきり、ウェイトはくるりと体を翻す。そして、何の気なしに歩き出した。
「……では、失礼します」
そのウェイトの後ろ姿に一応声を掛けてから、モスクに通気口の中に入るよう促す。
少し震えながらもモスクはよじ登り、僕はそれを確認してから通気口に入った。
振り返り穴から見下ろせば、もはや僕らに興味もないようで、ウェイトも連れの男も練武場の奥にいる。
穴の下に目を向ければ、先ほどウェイトが切り裂いた石ころが、真っ二つになって転がっていた。
 




