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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
空を求めて

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穴鼠の通り道

 


 熱風が吹き荒れる。

 まるでオーブンの中にいるかのような灼熱感。

 一応モスクも穴の形か何かで対策をしているのだろう。直接風が入ってくるようなことはないが、それでも熱い。いや、これは暑い。


「さっきから吹いていた生温い風……の正体ですか?」

 正体というわけでもないが、多分同一のものだろう。あれが強まると、こうなる。

「おう。俺もどこの誰が吹かしてるか知らねえけど、さっきの本だと『王族の責務』ってなってたから人間だろうな。夏の暑い時期以外……つってもそれもほとんどないんだけど、この街を寒さから守ってる」

「ってことは……」

 思い浮かべる光景は、この街の部屋に必ずついていた通気口。そこから吹いてくる温かい風。この街のライフラインであり、そしてそれが……。

「通気口の風とも同一のものなんですね」

「そ、らしい。あれを確実に繋げるために、建物自体が繋がってる。熱を逃がさないために、石を密集させてる。連結暖炉構造とかそんな風に書いてあった」

 暖炉で建物全体を温める……というと、北海道あたりで使われてた……えっと、ペチカとかそんな名前だった気がするが、あれと同じか。

 つまり、この街全体がオーブンなのだ。なるほど、先ほど焼かれると思ったが、本当に焼く用途に使えそうだ。というか、加減を間違えると本当に焼け死ぬだろう。そんな事故が起きていないから続けているのだろうが、先人の知恵とはすごいものだ。


「そんで、手狭になると上に積み上げて階層を増やしていく。その結果がこの底の見えない建物だよ」

「なるほど……だいたいわかりましたが……」

 となると、もう一つわからないことがある。

「でしたら、廃棄階層というのは何です? 廃棄するくらいならそこに住めば良いのに」

 増やす理由がない。既にある階を使わないのに、どうして増やしていくのだろうか。

「あれはまあ、崩れないため、らしいな。そっちはこの本の方が詳しいんだけど……」

 モスクはまた違う本を取り出す。それは、僕が初めてモスクを見たときに読んでいた本だ。

「応力……とかいうものの本らしいんだけど、簡単に言えば柱の作り方だな。階層のどこに補強していけば崩れないで済むのか、どういうところなら穴を開けて良いのかって話が書いてある。この本の解読はさすがに俺にも疲れたよ」

 ぱらぱらと捲られる本に描かれている図形。それを見れば確かに、建材にかかる力の方向とその割合などが細かく解説されているように見えた。ただ、古代文字というのだろうか? 所々読めないところがある。

「階層を増やすと、上からの重みとかいろいろ変化するらしい。その変化に対応するために……、お前も見ただろ? 階層の途中に柱や壁を増やしたりしちまうから住めなくなる。そんな階層がところどころに増えていくんだ。つっても、そうしなくても下の方に行くともう不便だから住むやつもいない。さっき見たような馬鹿しか住まなくなるんだけどな」

「馬鹿って……」

 下の方に住んでいるからと言ってそこまで馬鹿にすることはないと思うが。

 僕がその理由を尋ねようと口を開こうとすると、眼鏡の位置を直したモスクが先んじて口を開いた。

「だって馬鹿なんだぜ、あいつら。せっかく廃棄階層から本が見つかっても、重たいし使えないからってんで持ってこねえし。もしくは燃やして燃料にしちまうし。本当馬鹿だよ」

 パカリと口を開けてモスクは笑う。嘲りでもなく、心底おかしいと思うように。

「知識は力だ。特に俺らみたいな奴らにとって、知っていること出来ることは何よりも重要だ。なのに、街に出て残飯漁ってその日暮らし? 心底馬鹿だろ」

「……ああ、それで」

 先ほど『気狂い』と声をかけてきた少年たちを笑っているようなモスクの顔。なるほど、彼らにとっては、モスクは紛れもなく気狂いだ。

 彼らにとって不必要なものに興味を持ち、訳のわからないことを信じ行動を続けている。

 そしてこの分なら、モスクのほうから歩み寄りもしていないのだろう。それは仕方のないことではあるとも思うが、それでも、何かもったいない気がした。


「それに、浅いところだとたまに衛兵が来るからって、廃棄階層を挟んだ下で暮らしているのも馬鹿だ。あんなところだから、その日暮らしも大変なのにさ」

「ここは、それを上回る利点があると?」

「おう。何でだと思う?」

 眼鏡を中指で押さえながら、逆に尋ねられる。何だろうか、本当に話に聞く教師のような感じだ。

 しかし、質問に関しても少し考えなければ。何故だろう?

 衛兵の巡回があるというのはたしかに不便なことだろう。見つかれば追い出される……というような感じだろうし。

 そうすれば住む場所を失う。失うことよりも大きな利点。とすれば、得るものがあるということだが……。

「階段を上る距離が短いから、街に行きやすい……とか」

「半分正解。街に行きやすいってのはそうだな。でも、俺は階段は使わない」

 そう言ってモスクは上を指さす。いや、これは上を指しているのではない。

 先ほどの熱風から少し温度が上がったような微風を吹き出し続けている通気口。そちらだ。

「この通気口、さっき全部繋がってるって言ったよな」

「これを通行に使ってるってことですか」

「察しが良いじゃん。そ、これを使えば街の各所に簡単にいくことが出来る。廃棄階層を挟んでも繋がってはいるんだけど、それでも大部分は塞いじまう。無駄だし。だから、余計な回り道が必要になるしそもそもあいつら通気口を通る発想すらないんだし」

 後半は半笑いになりながらだ。今度はもう、嘲りが入っている。

「ま、ここだって大人とかだと厳しいんだけどな……そうだ」

 ぽんとモスクは手を叩いた。そしてすくっと立ち上がると、もう一度通気口を指す。

「この街は初めてだって話だったな。案内してやろう。穴蔵鼠の世界へようこそ」

 ニイっと笑うその顔は、年相応の少年の顔だった。



 通気口の中は思ったより綺麗だった。頻繁に通っているからだろう、蜘蛛の巣などは無く、埃すら先ほどの穴倉よりも少ない。

「ここが、商店のゴミが集まるところだ」

 中腰になってぎりぎりくらいの細さの通気口。その中を四つん這いで進んでいく。曲がりくねり、合流したり分岐したりの穴を辿っていくと、入り組んだ路地の袋小路といった場所に出た。

 乱雑にゴミが積まれている山。見れば、魚の骨や果物の皮、腐りかけた野菜など、生ゴミが主だった。

 多分、これが食料……にはならないんだろうな。

 チチュチチュとモスクは唇をすぼめて鳴らす。そうすると、上手いこと騙されたのか、果物の皮の下から鼠が飛び出してきた。

「ほっ!!」

 モスクがそこに飛びつく。潰さんばかりの勢いで捕らえられたその鼠が、モスクの掌の中で悲痛な声を上げていた。

 握りしめられ、骨が砕けたのか、鼠が細い息を吐く。それきり動かなくなったようで、モスクがしっぽを持ち上げてももはや抵抗はしなくなった。

「食うか?」

「いえ、今はお腹すいていないので」

 まだ昼前に食べたスープがお腹の中に残っている。僕が断ると、ただモスクは眉を上げてその鼠を腰のポケットに押し込む。すぐに食べないと言うことは、自分のためではなく単純に僕への気遣いだったのか。悪いことをした。


「とまあ、ここが俺の食料調達場所だ」

「良い場所ですね」

 罠を作る必要もなく、餌が自動的に補給される。獲物も尽きることはない。森の中で狩りをするのとどちらが楽だろうか。……同じようなものかな。

 僕が感心していると、モスクはまた今出てきた通気口を示す。

「んじゃ、次行くぞ」

 そういって、壁をまたよじ登っていく。

「はい」

 僕もその後に続き登る。ミールマン探検隊はまだ続くのだ。



 次に降りたのは、路地の袋小路という感じでもなく、路地の途中だ。ただ、人目につかない場所なのだろう。どちらを向いても、何かの入り口などはなく、突き当たりは曲がり角だ。

「ここは?」

「こっち来りゃわかる」

 僕が尋ねると、モスクは先導するため歩き出し、右に曲がる。そこから少し奥に見えるのは、くみ上げ式の井戸だった。

「そこの井戸の上にも通気口はあるんだが、さすがにそこから出ると色々とまずいから、こっち使ってんだ。人がいない時を狙って使えよ」

「使うときはそうします」

 貧民街ではどうだったか。たしか、普通に使える井戸があった。この街ではそんな気遣いも必要なのか。

 ところ変わればルールも変わるとは思うが、やはりちゃんとした貧民街という感じの場所があったイラインの方が、僕には住みやすそうだ。


「んじゃ、次は……」

 手早く紹介も終わり、モスクはそこで言葉を止める。それから、悩むように首を傾げ、僕の方を向いた。

「お前も興味あるかなぁ……? いや、使うは使うから案内した方が良いかな」

「……どこにです?」

 案内するかどうかを悩むとは、どんなところだろうか。僕には見せたくないところ? いや、純粋に不必要かと思っているのか。

「水場の近くといったら、あれだろ」

「あれ?」

 若干湿気の多い空気の中、僕の戸惑いの声が響いた。





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