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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
姫様の休日

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321/937

行ってきます


 マリーヤを伴い、エウリューケと共に石ころ屋に戻る。

 グスタフさんは、僕らを待っていたかのように出迎えた。



「それで、お前が直接行くってか?」

「ええ。エウリューケさんでもいいと思うんですが、仕事があると思うので」

 僕の言葉に応え、バチーンとエウリューケがウインクする。仕草が何というかうるさい。

「それに、ちょうどいいんです。今度は北の方に行こうかな、なんて思ってましたから」

「ちょうどいい、ねぇ……」

 目を細め、グスタフさんは僕の言葉を反芻する。

 自分のためというより人の影響で行動することを、少し残念に思っているような、そんな感じだ。

 僕もちょっと引っかかるものはあるが、それでもこういった性分らしい。もう諦めた方が良いだろう。


 グスタフさんが僕の斜め後ろに立っているマリーヤに目を留める。

「……何が何だかわかんねえって顔だが」

「ええ。青髪の女性に手を握られ、景色が変わって、そこは見慣れぬ店。皴を刻んだ店主に見覚えも無く、(かたき)の少年が故郷の国に赴く話を聞かされる。何一つわからない現状でございますとも」

 唇を僅かに歪ませ、マリーヤは苦笑した。

「もっとも、霞が晴れた今、少しだけましになったというところでしょうか。本当はずっとあの日から曖昧なままだったのかもしれません」

「お前の事情は調べがついてる。親父は縛り首じゃなく、斬首。そんな屈辱を受けて、お前はよく耐えたな」

「燻る復讐心を煽り立てようとでも? そんなことをしようとも、今となっては復讐はもうする気はありませんよ。いえ、本当はあの日、もう完了していたのです」

「気づいてんならもう何も言わん」

 グスタフさんはそういうと、小さく畳まれた紙を一枚マリーヤに差し出す。うっすらと透けて見えるそれは、地図だろうか。

「これは?」

「エウリューケの魔力が尽きても困るんでな。そこまで誰にも見つからずに一人で行け。案内役が待ってる」

「どちらへの案内でしょうか? 暗く寂しいあの世への? 私にはふさわしい場所かもしれませんが」

 クフフ、とマリーヤは唇を綻ばせた。黒い横髪が揺れて、目にかかるのを払いのけながら。

「んなわけねえだろ。国境沿いまでのだ。まずありえねえとは思うが、神器が消えた事が知れりゃあお前の痕跡を辿って騎士団が動くかもしんねえ。それまでに、お前を誰の目にも触れずに移動させる」

「私に手助けを? 意味が分かりかねます。そんなことして貴方に何の得が」

「戦争は儲かるが客が減る。長期的に見れば、俺らにゃあ起こってほしくねえ事態なんでな。取れるべき手はとっておかなきゃなんねえ」

 水筒から水を一口飲み、グスタフさんは溜息を吐いた。


「前国王。お前らから見りゃあ暗愚だったかもしれねえが、俺らから見りゃあよくやっていた。十五万の民のうち、五万人を殺したとお前らは言うが、それは下から見た時の話だ。前国王からすれば、五万の民を犠牲にして十万の民を助けていた」

「それこそ、五万のうちに入らなかった者の意見でしょう」

 右腕で左腕を握り締める。マリーヤの高価そうな衣装に皴が寄った。

 グスタフさんはその様子に片目を瞑る。申し訳なさそうに。

「別にそこらへんに理解は求めねえよ。上手くやれば、殺す民は一万で済んだかもしれねえしな。ただ、今の王は一人も殺せない。だから、十五万を殺しちまう」

「私が、王に一万の民を殺す術を教えろと申すのでしょうか」

「今のところただ一人、目が開いているお前がな」

 グスタフさんがエウリューケに目で合図をする。エウリューケはぴょこんと小さく跳ねると、軋む扉を開けて外を示した。

 それから、エウリューケから目を離したグスタフさんが、マリーヤに顎で指図する。

「行け。俺が投資してやるのはここまでだ」

「……感謝を示したいのですが、あいにく持ち合わせがございません」

「お前からの報酬は後払いだ。神器も使わせて、国を治めさせて戦争の要因を消せ。それが無理なら出来る限り引き延ばせ。そのために尽力すりゃあ、取り立ては無しにしてやる」

「まあ、法外な報酬ですこと」

 フフフと笑い、マリーヤは僕の方を見た。

「では、カラス様。リドニックでお会い出来るかしら。まるで針と針の先が触れ合うような偶然ですが、期待するとしましょう」

「ご無事で国に帰れるよう、祈ってます」

 僕の言葉に笑顔で返し、それからエウリューケに向けて深々とお辞儀をして、マリーヤは身を翻す。

 後ろ姿が午前の日向に消えていくのを僕は見送った。


 それにしても、と僕は思う。

 マリーヤの表情が晴れやかになった。それも《魅了》を解いてから、ようやく表情が動くようになった気さえする。レヴィンは本当に、災いしか残していかなかったようだ。

 


「お前もすぐに発つのか?」

「いえ。遅れても困るとは思いますが、マリーヤさんが行った以上僕が急ぐこともないでしょう。のんびりと、適当な時に出ます」

 前回は、思い立ったその場でこの街を発った。だが、今回はあてどない旅ではない。行く必要性も理解しているし、すぐに戻ってくることもないだろう。

 今度は、自らを追い詰める必要はない。

「その前に、いくつか実験も必要ですし」

「実験?」

 僕の口から出された言葉が意外だったようで、グスタフさんは眉を上げた。

「ははーん、エウリューケちゃんの可憐な頭脳にはぴーんと来ちゃったもんね! あれでしょ、あれでしょ!? レヴィンと同じように女の子たちを手籠めにしていくじっ……」

「というのは一切なく」

「可憐な私がまず狙われてしまうキャー、逃げてあたしー!」

 僕の否定に全く耳を貸すことなく、言葉を続けながらエウリューケはカウンターの奥に身を寄せる。今回は冗談だとわかるからいいや。多分、冗談だ。

「流石に一度見ただけで再現は出来ないので、治療の予備実験を。それが済み、メルティ・アレクペロフを治療してから出ていきます」

「だが、《魅了》済みの奴はこの街にはいないだろ」

「《魅了》でなくとも、自然治癒しない部分の損傷を回復させられれば何とかなるので。痴呆や振戦の病の者を適当に選んで治してみようかと」

 勿論、失敗してもいろんな意味で問題がないものを選ばなくてはならないが。

「……それくらい、何とかなってないかや?」

「僕には難しかったんです。損傷の修復は出来ても、新生といった動きはさせられなかった。多分、《再生》の法術は細胞の強制的な造成と成形といったことをするんでしょうね。そちらは僕にはわかりませんが」

 僕がしていたのは、治療というよりも修理だった。効果はあったが多分、片手落ちだった。

「ほうほう、そんなところ……かや?」

 《再生》を使ったはずのエウリューケも首を傾げる。まあ、まだ検証途中といったところなのだろう。

 


「とまあそんなわけで。その時が来たら適当に姿を消しますので、鍵は預けておきます」

 グスタフさんに、再度家の鍵を渡す。今度こそ、僕は好きな時に帰ってこよう。

「あー、まあ、元気でな」

「ええ、グスタフさんも」

「あたしもねー!」

 存在を誇示するように、エウリューケが手を大きく振る。その様が、少し微笑ましかった。



 店を出る。少ししたらまたこの街を出よう。

 今度は、まず北へ。

 レヴィンの後始末をするためではある。けれど、それよりも少しだけ気になったこと。

 四色の雪、結局最後の一つは聞けていない。その色を確かめるために、旅行に出かけよう。



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