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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
副都イライン

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ブリーフィング

 


 僕は留置所から出て歩き出す。

 もう日は昇り、町人達も道にちらほら出てきていた。


 歩いて帰るのに支障は無い。道は覚えていないが、方角はわかる。何とかなるだろう。

 もしも道に迷ったとしても、空を飛んでいけばいい。


 人とすれ違いながら、歩みを進める。

 僕を疑う者などいなかった。

 よく見ればうす汚れてはいるが、見た目は普通の子供だ。僕を見て、たった今衛兵の詰め所で大暴れしてきたなどと思う者は皆無だろう。

 ただ、衛兵達の惨状が発覚すれば、騒ぎにはなるかもしれない。

 そのときまでにここを離れなければいけない。

 そして、何事もなく帰れたのなら、それでグスタフさんとの計画は成功と言っても良くなるだろう。


 この突飛な計画が、成功してくれれば良いのだが。






「素直に捕まるって、どういうことでしょうか」

 その提案に、僕は最初素直に乗れなかった。

 もしかして、グスタフさんに売られるのだろうか。


 いや、それはきっとない。

 たしかに、利益になるとすればグスタフさんは躊躇なく僕を売る。そういう人だと思う。

 しかし、僕はグスタフさんに評価されているようだし、さらにグスタフさんが、僕の抵抗を考えていないとも思えない。もしも告知をするのであれば、僕を拘束して自由を奪ってから告げるだろう。


 ならば、どんな意図があるというのか。

 反応を確かめようと、グスタフさんをじっと見る。

 その視線を意に介さず、グスタフさんは諭すように言う。


「言葉の通りだ。衛兵が来たら、そこで大人しく付いていってくれ」

「ですからそれは……」

「あいつらに、火消しをさせてやるんだよ」

 グスタフさんはとても悪い顔で笑った。


「まあ、まずはお前のすることを聞け。詳細と説明はそのあとで聞かせてやる」

「……わかりました」

 引き受けるかどうかもわからないが、聞いてはみよう。



「まず、あいつらが来るのは近い日の早朝だ。前日にはわかるだろうから、期日はちゃんと知らせてやるよ」

「はあ」

「で、衛兵どもが来たら、お前は裏に隠れていろ。そこに、俺が衛兵を誘導する」

「裏って言うと……あの瓦礫の山ですか?」

「そうだ。ただあそこにいればいい」


 グスタフさんは広げた紙の端で、羽根ペンの試し書きを始める。線の太さが気に入らなかったのか、棚からナイフを取り出し、ペン先を削り始めた。


「あとは流れで、おそらく留置所に連れて行かれるだろう。留置所じゃないかもしれないが、衛兵どもが集まっていればそこでいい。そこまで、抵抗せずに付いていけ」


 削りかすを机から払う。そしてもういちど渦巻きを描くと、今度はしっくりきたようで、頷きまたインクの瓶に戻した。


「そこではどんなことをされるんですか?」

 いきなり棒打ちの刑などとされれば、堪ったもんじゃない。

「まあ、善良(・・)な衛兵の目もあるだろうから、まずは何処かの部屋に留置されるだろうな」

 それはまるで、善良ではない衛兵がいるという言い方だった。


「そこからが重要だ。一応簡単な見取り図を描く」

 そう言うと、定規もテンプレートも無しに、器用に直線を組み合わせて綺麗な見取り図を紙に書き始めた。

 そして描きながら、そこの解説を加えていく。


「大人数が集まれるような大部屋や大きな通路がこの辺り。大体のやつらの溜まり場がここ。窓はこの方向で、大きさは……」

 まるで立て板に水のようだった。実際に見ているかの如く、丁寧な説明がなされていく。聞き漏らさないように、集中して覚えていかなければならなそうだ。


「おそらく、留置されるのはこの部屋か、この部屋か……可能性も低いが、地下のこの部屋というのもあり得る」

「この部屋の位置が、そんなに重要なんですか?」

「ああ、もちろんだ」

 顔を上げ、頬を緩める。間違いない、楽しんでいる。


「留置されたら、おそらくハマンともう一人、バールというんだがその二人がお前に会いに来るだろう。丁寧な挨拶にな」

「それはまた、受けたくないですね」

 本心だ。

「だろうな。だから、その二人が揃った時点で、無抵抗な子供のフリをやめていい」

「抵抗してもいいんですね」

「ああ、思う存分暴れろ。ただし、殺すなよ」

 それはわかっている。僕は頷いた。

「どちらか一人、まあ、バールが良いだろうな。そいつは逃がしてやれ」

「逃がすんですか」

「ああ。他の衛兵を集めさせるんだ」

 またわからない部分が出てきた。

「あいつが逃げて、武装兵を集めさせればすぐに建物内でお前は包囲されるだろう。さっき言った、広場辺りでな」

 地図を指さし、指で円を描きながら示す。

「そいつらを全員、ぶちのめしてこい。出来るだけ派手にやれ」

「やれと言われればやりますけど、そんなことしていいんでしょうか」


 それこそ、『善良な衛兵達が凶悪な貧民街の住人に被害を受ける』という話になってしまう。


「いいんだよ。なんせ、さっきのバール他、何人かは善良じゃねえんだ。そこを利用してやる」

 クツクツと笑い声が響く。悪巧み、という表現が似合っていた。

「ぶちのめしたら、そこからは普通に帰ってこい。怪しまれないように歩いてくれば、もうやることは終わりだ」


 ええと、整理すると。

「つまり、大人しく捕まって留置所に入ったら、バールとハマン含め衛兵達を壊滅させて帰ってくれば良いんですね」

「そのとおりだ。簡単だろ?」

「出来なくはないでしょうが、強い人がいれば別ですね……」

「それも心配はねえさ」

 自信たっぷりにグスタフさんは頷いた。

「やつらにレシッドを拘束するほどの戦力はねえ。奴らは闘気も魔力もろくに使えねえんだ。レシッド以上のお前なら、簡単に殲滅出来るだろうよ」

 インク瓶に蓋をして、羽根ペンを水の入った瓶で洗う。水はすぐに真っ黒になった。


「やることはわかりました。それで」

 でも、わからないことは沢山ある。

「この一連の行動は、何故行うんでしょうか」

 その言葉に、ああ、と何か納得したようにしてグスタフさんは話を続ける。

「言ったろ? やつらに、この一連の噂の火消しをさせるんだよ」

「衛兵達が、自発的にやるんですか?」

「衛兵達、というか、バールとその息のかかった連中だな」


「レシッドは、お前に叩きのめされた後、自分の存在を噂から消し去った」

「それは、自分の名声を守るためだと」

 悪い評判は次の仕事に差し障るから、という理由だったはずだ。

「それを、バールにもやらせる」

 グスタフさんは、羽根ペンの先を布で拭う。年季の入った古布に、まだ黒い染みがついた。


「お前が衛兵達をぶちのめして、それから何もしなければ事件のあらましが世間に伝わる。『この詰め所の衛兵達は、子供に全滅させられるほどの弱っちいやつらばっかだ』ってな」

「事実になりますけど」

「そう、だがそれは都合が悪い。だから、その噂を消し去るんだ。事件そのものがなかったということにしてな。汚職や賄賂を裏でやっている、善良ではないバールならその発想が簡単に出るだろう」

「でもそれだけでは」

 前の二件には、何の影響もない。


「それだけじゃ、何もならんな。だから、こっちからも少し手助けをする。『例の襲撃事件の犯人が、今衛兵達に連行されていった』という噂を流してやるんだ。まあ事実だし、衛兵達の姿も目撃はされる。すぐに話題になるだろうな」


「なるほど」

 つまり、『襲撃事件の犯人が連行されていったらしいが、処罰された様子もないし、その犯人の様子もわからない』という状況を作る訳か。

 そして、さらに『その襲撃犯は小さな子供で、それに衛兵達は簡単に負けてしまった』


「一連の事件を繋げて、『小さな子供が何件も襲撃事件を起こし、さらに衛兵達を全滅させて脱走した』というあり得ない物に変えてやるんだよ」

「殆ど本当のことになりますけど」

「だがそれでも、その事実があってほしくない奴らはそれに縋るだろう。あり得ないから、それは起こっていない。そう落着させる」

 そして、そうなるように俺が多少裏で手を回すが、と付け足した。



 どちらともなく水をグイッと飲み、一息吐く。

「まあ、ここまで話したが、やるかやらないかはお前が決めろ。別に逃げても構わんぞ。戦わないのなら、それでいい」


 そう言うが、おそらく僕の答えは予想がついているだろう。

 この老人は、老獪で、聡い。僕の浅い思慮など簡単に見透かしている。

 そしてきっと、この計画はグスタフさんにも利益があるのだろう。それが何かは今の僕にはわからないが、そのためにグスタフさんは計画を僕に打ち明けたのだ。

 だから、きっと成功する。


「だが、この捜索自体はハマンがバールに賄賂を渡してやらせるものだ。奴らは刎頸の仲だからな。賄賂を渡して融通を利かせるのはいつものことだ。だから、逃げてもまた続く。おそらく、まだ何回も」


「そこまで言わなくても、大丈夫です」

 奴らが好き勝手に改変した噂を、奴らの手で消させてやるのだ。

 いい気味だ。やらない理由がない。


「やりますので、この見取り図もらっていきますね」

 僕も、楽しんでやるとしよう。







 そして、計画は進められた。あとは、帰って首尾を聞くだけだ。

 成功することを祈る。






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