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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
姫様の休日

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霧を晴らして



 ゆっくりと起き上がったマリーヤ。

「おはようございます」

 僕が声をかけても状況を理解できていないようで、マリーヤは瞬きを繰り返しながら周囲を見渡す。

 雑然とした部屋の中。よくわからないものは大量に置いてある。やはり、そういった知識のない人間には威圧感があるのだろうか。そしてきっと、この部屋においては、知っているものも威圧感を帯びる。

 マリーヤは、壁の棚に置かれた大量の薬瓶を見て、その身を固くし動きを止めた。


 それからはじめて僕の姿を認めたようで、闘志を取り戻したように僕を睨む。

「き、貴様! このようなところで……」

「このようなって……あたしのお気に入りの部屋なのにー……」

 僕への警戒の言葉に、エウリューケが落ち込んだようにうなだれる。よくわからない器具と薬瓶が大量に置かれ、碌な照明も無いこの部屋がお気に入りというのも僕にはあまり理解できない。

「私に何をした……!」

「何を、と言われましても……そうですね……治療を施して、今完了したところです」

 この部屋で危害を加えたつもりはない。他にしたことといえば、その身を拉致したくらいだ。だがそれは、本人にもわかっているだろう。

「治療? 訳の分からないことを! この悪魔め! 嘘を吐き誤魔化すつもりか。レヴィン様のお言葉の通り、卑劣な奴だな!!」

 ……言動があまり変わってはいない。脳は完全に治っているはずだが、それでもやはりレヴィンを様付けしその言葉を信じ切っている。

 どうしたものかとエウリューケを見れば、それだけで何かに気が付いたかのように口をパカリと開き笑顔を作った。


「カラス君、その子は認知力を回復した段階なのさ! 認知の歪みの方はまだ全然だし、こんなもんかも!」

「あー、ああ、そういうことですか」

 理解した。レヴィンの言葉を無条件で信じるという段階は過ぎているが、それでもそのレヴィンの言葉を疑う機会がまだなかった。そういうことだろう。


 ならば次に必要なのは弁明か。普通の人を説得するのと、何ら変わりのない行為だ。

 話すべきことを脳内でまとめて、マリーヤの方を向く。

「えっと、マリーヤ様を殺したり、傷つける意図はありません。そうしたければもうやってますので」

「雪原を泳ぐ白海豚は、弱りはぐれた獲物を執拗に叩くという。お前が、そのような輩でないと何故言い切れる」

「人が苦しんでいる顔はちょっと苦手、というのは信じて……いただけませんね」

 人が苦しむ顔は見たくない。それは本音だ。相手の立場によって意図は違えど、誰であれ苦痛に歪む顔など見たくもない。恐怖の顔は別だけど。

「では、そんなマリーヤ様にいくつか質問があるのですが」

「黙れ! 嬲るなら一思いに殺せ! さもなくば、慈悲の短剣を渡すがいい!!」

「まあまあ、とりあえず落ち着いて、教えてほしいんです」

 といっても、話になるだろうか。未だ牙を剥いている野犬のような印象の彼女に、話が通じるだろうか。

 ……とりあえず、まずは吠えてもらおう。

「何を……!」

「レヴィンは僕について、何と言っていましたか?」

 レヴィンの名前を出すと、マリーヤの顔が幾分か緩む。わかりやすい。

「は、今更ご自身の評判が気になると!? ええ、ええ、では教えて差し上げましょう、貴様の卑劣な行為について、いくらでも……!」

「どうぞ」

 前置きを切り捨てるように、僕は催促を繰り返す。そういうのはいらない。

「レヴィン様はお嘆きでしたわ! 自身の勇名を求めるあまり、他人の功績を横取りするみじめな輩について! みじめな輩、なんて、お怒りになるかしら?」

 僕を指して言ったと、マリーヤは挑発の言葉を投げかける。その程度ではもう怒らないのに。

「いいえ。あいつには色々と突っかかってこられてるので、今更その程度では……」

「リドニックでも聞き及んでおりましたよ、大地を揺るがす巨竜に果敢に立ち向かい、鱗を砕き、その巨体を貫く一撃を放った魔法使い。その凄まじい英雄譚。震えましたとも。その力がリドニックと共にあれば、どれだけ民は救われることかと」

「レヴィンは、自分がそれをやったと?」

「ええ、とても、言い辛そうに。お可哀そうに」

 さすがに、大っぴらには言っていなかったのか。

「何故誇らないとその真意を聞いてみれば、ここイラインや現地クラリセンでは貴方がやったことになってしまっているというではありませんか。だから、それを口にすればレヴィン様は不当に白い目で見られてしまうと。ああ、おいたわしや」

 よよよ、と泣き真似をするようにマリーヤは目に指先を添える。これもきっと、僕への挑発だろう。


「……馬鹿なのかな?」

「聞き捨てなりませんわ!!」

 エウリューケがポツリと呟いた言葉に、マリーヤが食って掛かった。沸点が低い。

「貴方にレヴィン様の何が分かると仰るのでしょうか!?」

「わかんないけど、あんたが間違えてることはわかるのよー」

 やれやれ、とエウリューケは首を振る。

「それに、じゃあキミはレヴィンの何を知っているのかね? そしてだよ、それを信じるのまでは良いとして、カラス君にここまで言ってるんだ。そのレヴィンが嘘をついていないという証拠でもあったのかね?」

「……レヴィン様がそう言っていたのです。……間違いはないでしょう……」

 畳みかけるように続けられたエウリューケの質問に、若干辿々しくなった答え。

「あと、言い辛そうにしていたって言ったよねー。じゃあその話、金髪くそ野郎に振ったの誰?」

「……それは……」

 そしてその質問で、答えは止まった。

 止まったということは、マリーヤもおかしいと思ったのだろう。多分、レヴィンからこの話を出したのだ。言い辛いという話なのに、何故か。


 吐いた唾は飲み込めない。その代わりに、喉を鳴らして口内の唾を飲み込み、マリーヤは続ける。

「しかし、見事な魔法を使っておられました! 卑劣な手で砕かれた腕の先に、代わりにつけられた金属の腕。そこから放たれる砲撃は、固い大甲虫の鎧すら突き破って……!」

「大甲虫と竜は比べられるもんじゃにゃいのよ。その程度なら、あたしにだって出来るわい」

 ふん、とエウリューケは鼻を鳴らす。

「それにー、それは奴にも出来るかもしれないって話であって、奴がやったという証拠でもねーな」

「…………!」

 だからといって、奴が嘘をついているという証拠でもないが、確かにその通りか。

 じゃあ、こちらはどうだろう。

「ちなみに、『卑劣な手で腕を砕いた』という件は?」

「それは……、貴様が神聖な決闘に魔道具を使ったと……」

「僕は魔法使いですけど」

 指先に火を点す。いや、実際は闘気も使えるし、あの時は魔法を使ってもいなかったからこれは根拠にならないのだが。

「で、その妄信なさっているレヴィン様は、魔道具を使われたから負けた、と仰ったんですね」

「自分が吹っ掛けといて、負けて言い訳とかだせー」

 けらけらとエウリューケは笑う。今度は、マリーヤは言い返さなかった。



 ここまで喋り、何か思うところがあったのだろう。マリーヤはしばし黙る。

「まあ、その辺り色々と考えてみてください。実際は奴の言っていることの方が正しいかもしれないし、嘘しか言っていないかもしれない。その辺りは、僕が言っても無駄でしょう」

 本当のことならば、僕は素直に自分がやったと言うだろう。レヴィンの言う通り、功績を奪い取っているのならそれでもやはり僕は自分がやったと言うだろう。水掛け論だ。

 しかし、マリーヤは黙っている。それはもう、内心決着がついているということだ。

 きっと洗脳は、もう解けている。


「もしも、もしもです」

「ええ」

「レヴィン様が嘘をついていたとしたら、それは何のために……」

「僕は口に出したくもないくっだらない理由ですね。助け舟を出すなら……恩師曰く、『小物は自分のすることを、他の誰かもすると思っている』らしいですよ」

「そう、ですか」

 沈んだマリーヤの顔。横道にそれた復讐譚の終わりとしては、いい顔だろう。こんな余計なことを考えなければ、彼女の目的は何の障害も無く達成できただろうに。


 そうだ。彼女の目的の一つ。一応連絡しておかなければ。

「そういえば、神器、多分そのうちリドニックが所有することになると思います。詳細は言えませんが」

 僕の言葉に、マリーヤは弾かれるように顔を上げる。

「……本当でしょうか?」

「はい。僕には一切かかわりが無いことなので、よくわかりませんけど」

「ウィヒヒヒヒヒ」

 視界の端でエウリューケが笑う。一応惚けているだけだ。慣れないことをしているのは自覚しているから、笑わないでほしい。


 安心したように、マリーヤは微笑んだ。

「……助かった。新王も、神器を実際に見て頂ければ必要性に気づくはず」

「気づく? どういうことです?」

「新王は、そんなものに興味が無いのですよ。そんなものに頼らずとも、国を守れるはずだ、戦えるはずだ、と」

「俄かには信じがたい話ですが」

 国には神器が必要。それはこの世界の不文律だったはずだ。それを持たない弱い国は、すぐに滅びてしまうと。まさか、現政権はそれすら知らない者が上に……。


「ああ、治療、というのは本当だったようですね。まるで、頭の霧が晴れたようです」

 気分が良い、ということを全身で表すように、マリーヤは伸びをする。

「このぶんなら、私を傷つける意図はないという言葉も、信用できそうです」

 頷き、マリーヤは僕の言葉をそう繰り返す。憑き物が落ちたような顔だった。


「カラス……様。いえ、貴方自身をまだ信用したわけではありません。けれど、一つ頼みが」

「……帰りたい、というのであればご自由にどうぞ」

 そこに続く言葉を予想し、そう答える。僕の立場は、このメルティの館でこの女官と話した時から何一つ変わってはいない。お菓子は捨てるものじゃない。食べるものだ。

 彼女は、勝手に行方不明になったのだし。

「それこそ理解に苦しみますが。このままメルティ様を私が狙いに行くとは思わないんでしょうか」

「別に狙ってもらっても構いませんが。騎士団の警護している館の中で、貴方に対して警戒しているでしょうソーニャの目を盗み、殺害できるのであれば」

「信頼しているのですね」

「いいえ。守る理由がなくなったので」

 僕の言葉に、マリーヤは目を丸くした。


 それに、きっとマリーヤがメルティを狙う理由も薄くなっただろう。

「マリーヤ様の頭の霧が晴れたように、今度はメルティ様の霧も晴れます。彼女は、次は失敗を頑張って取り戻すことでしょう。彼女は、貴女が言うようにリドニックでは何もしなかった。でもこれからは、リドニックのために何かをする。多分」

 喉元過ぎれば忘れてしまうかもしれない。けれど、彼女は魔法使い病を治そうとした。自身の現状を理解しようとせず、失敗を上塗りした、ヘレナと違って。

「部外者なので許してあげてとは言えませんし、言いませんけど。少しだけ猶予期間でもあげてみてはどうでしょうか」

 猶予期間のあと、復讐心が残っていれば行動に移してもいい。しかし復讐心は、時がたてば消えてしまうものだとも思う。

「……それもいいかもしれません。そうですね、少なくとも、今はそうしようと思います。それよりも私は、リドニックに帰らなければ」

 マリーヤの決意した目に光が入る。

 晴れた頭で、思考力が戻った。そういうことだろうか。 

「じゃあ……」


「難しい話も終わりだねー! じゃあ、みんなで腹ごしらえでもしましょうぜー!」

 突然、マリーヤの横に寸胴が置かれる。中には、今でも煮立っているお湯と、大量の白い卵。

「えっと、こんな空気でしたか……?」

「…………」

 ぺカーという効果音が付きそうに笑うエウリューケに、今までの真面目な空気が全部壊された気がした。



 


ようやく、旅に出せる

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 領地に洗脳された人が大量に残ってたりしないんですかね?親とか
[一言] エウリューケの情緒がヤバイのは元からなのもありそうだけど自分で脳味噌とか弄ってそう
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