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責任なら




「メルティ様がリドニックに帰る? 何を馬鹿な」

 呆然としていたソーニャが、我に返ったように反駁する。

 どんな精神状態であっても、やはりメルティが第一らしい。その辺りは、本当に尊敬すべきだと思う。その仕事熱心ぶりが、この状況を生んだともいえるのだが。

「では、ソーニャ様はどうなさるべきだと思いますか? 帰らない、という選択を取った場合、この後はどうなると」

「それは……」

 その先の展望が無い。その沈黙は、そう言っているも同然だ。

「このままイラインで保護され、安穏と過ごすのでしょうか? その保護が、いつまで続くかわからないのに」

「しかし、戻ったところでどうにもならない。姫様を見れば、奴らはここぞとばかりに憎き姫様を……」

 言葉を止めて、ハッと気づく。もう、嘘をついていたことを否定は出来ない。

「反乱軍は、姫様を狙うだろう。そんなことをしても、それこそ姫様が身罷られるだけだ」

「そうですね。このまま帰ったらそうなるでしょう」

 僕とて、このまま帰れとは言わない。そんな無駄なことは。

「ですのでやはり、一旦事態を終結させてから帰るべきですね。神器を革命軍へ渡し、民の暮らしが安定して、もはや厳しい気候のみが民の敵になってから」

「……つまり」

 薄々言いたいことはわかったらしい。多分、それもソーニャには納得できないことなんだろうけれど。


「メルティ様がお帰りになられたところで何にもなりませんよ。何も、国にとっては何も変わらない」

「変わらないようになってから、帰れというのか」

「ええ。思い切り、民の敵になって頂きましょう。そして石を投げられ、罵られ、蔑まれてなお民のために尽くして頂きましょう」

 想像したのか、メルティが息を飲む。今まで優しい世界で生きてきた彼女が、それに耐えられるだろうか。

「そうして、罪滅ぼしなさいませ。苦しむ民衆が救われるには、その苦しみが取り除かれるか、もしくは」

 先ほど僕がメルティの言葉を継いだように、今度はメルティが僕の言葉を継ぐ。

「……私が、皆の苦しみを一身に背負えと」

「はい。これからの人生、憎まれて人のためになるのならば、いつか目を閉じるその日まで民のために身を捧げられるのであれば、それで責任を取ったと言えるのではないでしょうか」

 苦しい日々を乗り切るのに必要な原動力。一番その力になるのは、苦しみを押し付けられる相手だ。

 民衆にとって、苦しい生活の原因が天候などというどうもならない相手であるよりは、一個人であった方がマシだろう。『こんな国で生活しているから』よりも、『あの女のせいで』苦しいというほうが、よっぽどマシだ。


 勿論、そんなもの長くは続かない。いずれは、酒の席や日々の語らいの中で、メルティの名前が出ることも少なくなるだろう。いずれは忘れ去られるかもしれない。

 そうなったら、そのときは、もう責任が果たされたと言っていいのではないだろうか。


 正直、改めて考えてもメルティは何もしていない。

 国が荒れたのは、恐らく王の失政。そこから生じた民の怨嗟はソーニャが遮り、周囲の人間は誰もメルティに本音を話さなかった。

 メルティの罪は、知ろうとしなかったこと。自分の身分を考えず、どんな仕事をするべきか知らなかったこと。その口に入る菓子がどこから来ているのか。それに興味を持てば、解決したかもしれないのに。


 とにかく、良いことはしていないが悪いこともしていない。それに、彼女は苦しんでいた。

 ソーニャは言っていた。イラインに来てから沈んでいたと。

 それは、自由がなくなったからではない。彼女は、知ったのだ。エリノアの血を見て、自分が知らなかったことを。騎士の話を聞いて、自分が知らなければいけなかったことを。

 塞ぎこんでいたのだ。自らの責任に押しつぶされそうになって。誰にも知られずに、一人苦しんでいた。今まで信用出来ていた親しい側近も嘘をついていた。それを知って、誰にも相談できず一人で。


 今日のはしゃぎようは、それから解放されるという喜びもあったのだろう。

 人の心の内が読めない僕ではあるが、何となくそう思えた。


 

「石を……」

 僕の提案を、メルティは必死に反芻しようとする。しかし、実際に自らが行動するのはやはり抵抗があるのだろう。表情が、震える手が、それを物語っていた。

 まあ、仕方がない。死ぬのではなく、人から憎まれて生活をしろと言ったのだ。それに似た生活を迷いなく行っている集団を知っている僕ですら、彼らの真似はなかなか出来ない。

「僕がしたのは提案なので、するかどうかはお任せします。もはや国という縛りはなくなった。メルティ様が、選ぶべきなので」

 さりげなく、ソーニャを視線で牽制する。メルティの選択を今まで遮っていたのはソーニャだった。

 情報を制限し、思考を妨げ、行動を抑制する。メルティは人為的に作られた魔法使い病患者だ。

 その魔法使い病を治すべく立ち上がろうとした彼女を、邪魔させるわけにはいかないだろう。


 まあ、思考を妨げているのはそれだけではないだろうが。

 グスタフさんのところにいって、その解決策を手に入れなければ。それは、僕の責任だ。


 やはり踏ん切りはつかないらしい。その間も、メルティは地面を見つめ、ただ深い息を繰り返していた。

 嗾けるように、僕は言葉を重ねる。

「死ぬよりは生きて誇りを、と考えても駄目でしょうか」

 とは言ったものの、死は甘い誘惑だ。僕と多分レヴィンだけが言えること。一瞬の苦しみさえ乗り越えてしまえば、あとは多分、楽になれる。僕が死ぬ前のことなどほとんど覚えていないが、多分だいぶマシな人生を送っている気がする。

「……私のような者であれば、死んだ方が」

 まだ言うか。

 では、少し強制的ではあるが、次の手段だ。僕は一歩メルティに歩み寄る。

「そこまで言うのであれば、仕方ありません。私が手を下しましょう。苦しみもなく、一瞬で」


 ここまで説得を繰り返してきたが、僕は本当に生きてほしいわけではない。かといって、死んでほしいわけでもない。正直、どうでもいいのだ。

 僕はメルティの額に指をあてる。突然のその動作に、誰も反応出来ずにいた。


 明日の朝までは生かす。そのために。

 この次にする演出も、上手いこと成功すればいいけど。



「では……」

 指先に魔力を込める。まずは、気づかれないように探査。やはり、彼女もレヴィンに《魅了》されていた。本当に、奴はこのつまらない災厄を、どこまで広めたのだろうか。

 そして次に本命だ。一瞬の後、次の魔法を使用する。攻撃魔法ではない。


 傷つけるようなものではない。

 ただきっと、すごく怖いだろう。


「キャアアアアアアアアア!!!!!?」

 一瞬で、整えられていた顔が崩れ去る。

 悲鳴に、下がろうと地を蹴り足掻く足。酷い醜態だ。死ぬ直前というのはこうでなければ。これを見れば、ハイロの百年の恋も冷めようというもの。一目ぼれだしちょっと違うか。


 それを証明するように、二つの怒号が響く。

 片方の、女性が袖から取り出した刃物が僕の首筋に押し当てられ、それから……。

「何してんだお前!!」

 有無を言わさず殴られる。ハイロの拳が僕の頬を綺麗に捉え、帽子が落ちる。危なく刃物で肌が切れるところだった。

「……声ぐらいかけましょうよ」

「だ、てめ……!」

 逸らし軽減しているとはいえ、拳の方を傷つけないために僕の頬に少しだけダメージが入っている。その頬をさすりながら、僕は攻撃をした二人への視線を切った。


「とまあ、死ぬのだって怖いでしょう? それに、メルティ様を心配してこんなに怒る人たちもいるんです。その辺りも少しだけ考えてみてはどうでしょうか」 

 その恐怖は死への恐怖ではないし、死ねと思っている者の方が多いだろう。それを説明する気はないが。

 ソーニャはもう意図に気が付いたようで、僕の方を黙って見ている。怒りは消えていないようで少し息が荒くなっているが、その辺りは放っておこう。別に僕は危害を加えたわけではない。それに、黙っていられるようになった。それはきっと成長だ。……そう思いたい。


 未だ恐怖で震えているメルティを見下ろし、僕は息を吐く。

「じゃあ、これで僕らは失礼します。それと一応、先ほどの話のために、僕に神器を預けて頂けると助かるのですが」

 メルティは震える唇に力をこめ、唾をごくりと飲み込んだ。

「神器……を……?」

「ええ。どうなるにせよ、神器は革命軍に渡すべきでしょう。その手配を致します」

「…………。信用、できません」

「でしょうね」

 僕が神器を奪って逃走する。確かにその可能性は残るだろう。僕としてはそんな気はさらさらないが、そう思ってしまうのも仕方がない。レヴィンの支配下であるということも考えれば、さらに。

 

「であれば、別にそのままでいいです。国の宝というべきものを、一個人で勝手に譲渡して問題になっても困りますし」

 適当に付けた理由だが、別に間違ってはいないだろう。ソーニャも言っていたことだし。

 僕には関係ないけど。そうしたら、ちょっと後に()()してもらえばいいや。



「行きましょう」

 未だ不満げにしているハイロに声をかけ、僕は身を翻す。これ以上はハイロを帰してからでなければ。

 ハイロは頬を膨らませるように、僕に抗議の意を示した。

「意味わかんねえんだけど」

「明日グスタフさんにでも聞けばいいでしょう。今わかってないのは、ハイロだけです」

「俺が? なんでグスタフさんのところに行くんだよ?」

 本気で不思議そうにハイロは言う。

「別に、必要ないと思ったら行かなくてもいいと思いますよ。多分行っても何もなりませんし」


 今日の大立ち回りに、そもそも無理やりメルティについてきている。その意味を考えるいい機会だろう。

 まあ、わからないならそのままの方が良いか。明日職場で問題にならなければ、わからないままでいられるのだろうし。グスタフさんに泣きつかないという選択肢を取れる方が、僕にとっても好感が持てる。

 そして、仮に泣きついても石ころ屋でも対処は出来ない。いや多分、グスタフさんはしない。


「では、メルティ様にソーニャ様。またお会いしましょう」

 僕は手に持った『荷物』をさりげなく透明化させ、二人に挨拶をする。

 いまだ悩んでいる様子の二人。次に会うときに、彼女らなりに色々と考えていることだろう。その『次』がすぐに来るか少し後かは僕とエウリューケの都合によるが、そう時間はかかるまい。

 


 館の前でハイロとは別れる。明日会う予感を少し残して。


 さて、僕はもう少しだけすることがある。今日は少しだけ、夜更かしだ。



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― 新着の感想 ―
どこまでもお花畑で甘ったれな姫さまですねぇ。正直、石を投げられて罵られるべきだと思ってしまいます。本当の飢えも寒さも知らない現代人に当時の人々の辛さは分かりませんが、これだから公開処刑が娯楽になったん…
[一言] 十二国記の祥瓊と同じですね。 その後どうするのか自ら考えて動かない限りどうにもならない気もしますが……果たして。
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