表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
副都イライン

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/937

堂々と自分の足で

この話だけ三人称

 


 ある日の早朝、衛兵達は石ころ屋に詰め寄せた。


「ここに、これくらいの黒髪の子供がいるはずだ。出せ」

 その衛兵達は、乱暴に石ころ屋のドアを開くと、居丈高にグスタフに言い放った。

 銀色に輝くその鎧は関節と胴体、それに頭部などの急所を覆い、連結部分は革で出来ている簡素なものだった。槍を持つ者、盾を持つ者、大きな袋を担いだ者など複数人いたが、誰も皆無愛想な顔をしている。


 店主は慌てたように揉み手して迎えた。

「これは、衛兵様方、ここになんの御用事で? 私はしばらく禁制品など扱っておりませんが」

「聞こえなかったのか。子供を出せ、とそう言っている」

 淡々と威圧しながら言い放つ衛兵は槍で地面を打ち鳴らすと、ゆっくりと店の中を見回した。

 そして、グスタフの後ろ、商品を仕舞う倉庫に目を留め、後ろに控えた部下達に手で合図を送った。


「ああ、もういい。店内を捜査させてもらう。よもや、隠し立てなどすまいな?」

「おやめ下さい、ああ、ああ、その子供なら店の裏にいます。旦那様方がいらっしゃったので、隠れやがりました」

 衛兵の代表は鼻を鳴らすと、すぐに部下に裏へ回るように命じる。

「行け。子供ではあるが、何人も襲撃している凶悪犯だ。抵抗しても力ずくで引っ立ててこい」

 その言葉に、何人もの部下が店から走り出す。


「ええと、旦那? それでこの店の捜査は……?」

「する必要が無くなったな。手間を掛けた、店主」

 そう衛兵は言い、銀貨をグスタフに放り投げる。

「ありがとうございます」

 グスタフは、それを恭しく受け取った。




 店の裏では、まだ少年ともいえないような子供が、衛兵に囲まれていた。

「なあ、こんな子供を連れて行くのか?」

「そうみたいだな。まったく、バールさんも変なことをするよなぁ」

 口々に彼らは、これからしなければいけないことへの困惑を吐露する。

 上司のバールに命じられたのは、店の裏にいる子供を捕縛し、留置所に連行することだった。しかし、相手は子供だ。


 彼らはそれでも、成人直前の子供を想像していた。

 何人もの善良な市民を襲撃し、成功させた凶悪犯である。子供といえども、もう大人と変わりない体格や言動の犯人を想像していた。


「みなさんに付いていけば良いんですか? わかりました」

 しかし、現実は違う。目の前にいるのは、紛う事なき子供だ。それも十歳に満たない、まだ分別すらついていないような非力な子供だ。

 この子供が何人もの大人を相手取ることなど不可能だろう。実際に子供をみた衛兵達の意見は、それで一致した。


「何を手間取っている。連れて行け」

 だが、組織において上官の命令は絶対だ。顎で往来を指して行われたその命令に、部下達は従うしかなかった。


「すまないが、規則なんでな」

 そう言いながら、子供を縄で縛り上げる。手首を後ろ手にまとめて拘束し、腰に縄をつけて歩かせる。

 犯罪者が連行される様は、ある種の絵になっている。悪態を吐きながら連行されるその姿や、絶望の表情を浮かべて引っ立てられるその姿は、市民にとって違和感の無いものだ。しかし、笑顔を浮かべて連行される子供、さながらペットの散歩のようなその光景はとてもとても奇妙なものだった。


「僕はどこまで連れて行かれるんでしょうか? 歩いて行くんですか?」

 まさしく散歩の最中のような、子供の暢気な声も奇妙な光景に拍車を掛けた。規則のため、衛兵は話しかけられても最低限しか喋れない。

「皆さん、そんな強そうな鎧着てるってことは、やっぱり強いんですよね。いいなあ。訓練とかって、どんなことしてるんですか? 人と戦ったりとか? ところで、お名前は何て言うんですか?」

 スラムから十二番街を通り、五番街の端を経由して、その南に位置する六番街に入る。総行程三キロメートルほどの行程だが、子供の質問は止まない。

「悪い人で有名な人って、どんな人がいるんでしょうか? 捕まえたことあります? 一番街って、どうすれば入れるんですか?」

 子供の絶え間ない質問攻めに、衛兵達の気力は削られていった。




「へー、ここが目的地ですか-。お疲れ様でしたー」

 状況をわかっていないような能天気な声で、子供は叫んだ。


 留置所は、大人三人分ほどの高い塀に囲まれた石造りの建物だった。塀はとっかかりのないように作られ、登るのは難しい。

 その塀の隙間に門があり、そこを子供を連れた衛兵達はくぐり抜けた。


「あれ? そんな子供? どうした?」

 中にいる受付係は、仲間の衛兵達が連れてきた子供に驚きを隠せない。

「バールさんの命令だよ」

「ああ、はいはい」

 その一言で、受付係はそれ以上詮索しなくなった。そして、鍵束の中からひとつ鍵を取り出すと、衛兵に投げ渡した。

「地下の奥から二番目の部屋。お気の毒だね」

「本当だよ。まったく、バールさんも何考えて……」


 受付係の軽口に応えようとした衛兵が、突然口を噤む。受付係が、突然神妙な表情で入り口の方を見ていたのだ。

 そこからのそのそと、バールが入ってくるのが見えたのだ。



「武装を確認した後、留置しておけ。私は後で行く」

 そう言うと、バールはそのまま奥の部屋に入っていく。そこは元は会議室のはずだったが、今ではバールの私室と化していた。

「はい、わかりました」

 一転して真面目な顔をした衛兵が敬礼をする。

 子供はそれを、微笑んで見ていた。




 持ち物検査はすぐに終わった。

 そもそも子供の持ち物など、無かったのだ。

 子供は何処で手に入れたのかわからない青染めの服を着て、革の長靴を履いている。それだけだった。

 素直に持ち物検査に応じた子供は、しきりに辺りを見回していた。

 見慣れない部屋の中が物珍しいと衛兵は判断して放っておいたが、持ち物検査が終わった今野放しにしておく訳にはいかない。


「さて、ここから下に付いてきてもらう。そこの部屋に入ってジッとしていること。いいね?」

 そう諭すように言うと、腰紐を引っ張らない程度に緩く持ち、子供を促した。子供は、それに大人しく続いた。


 コツン、コツンと石畳に足音が響く。

 ジメッとした地下の留置所は、特に反抗的な者が入れられる部屋が並んでいる。反抗的な態度を素直(・・)にする道具が揃えられていたりもするのだ。

 長い廊下の奥、上から灯りが差し込んでくるものの、その量は少なく薄暗い。

 密閉されているのに近いその空間では、叫んでも誰も聞こえなさそうだった。


「ちょっと予定と違うかな……?」

 小さく呟かれた子供の声は、衛兵には微かな一人言にしか聞こえなかった。そしてとくに重要そうなことでもなさそうだったので、衛兵は無視して歩みを止めなかった。



「はい、ここだよ」

 子供が案内された部屋は、言われたとおり、奥から二番目の部屋だった。

 壁には何か飛び散ったような染みがついており、およそ清潔とは言い難い。

 そう子供が感じたのと同じことを衛兵も感じてその顔を顰めた。


「ごめんね。君みたいな子供を連れてくるような部屋じゃないんだけど……。きっとすぐ出られるから頑張って。余裕があれば、何か持ってくるよ」

 別れ際、衛兵はそう子供に優しい言葉を掛ける。

 子供はその顔を真顔でじっと見つめる。そしてニィっと口の端を上げると、明るく言った。

「あなたは、違うみたいですね?」


 衛兵には、その言葉の意味がわからなかった。


 そして扉が閉められる。ガチャン、と大きな音を立てて。


 動く物のなくなったその部屋で、子供は座り込む。

 その目は光が宿っており、戸惑いもない。

 思慮を続ける。順調に、これからの算段を付けていった。





 子供は、人の気配を察知して扉の方を見た。にわかにガヤガヤと扉の外が騒がしくなる。

 そして、乱暴に扉が開かれた。



 開かれた扉から、脂ぎった中年の男性がのそのそと入ってくる。

「ほう、元気そうじゃねえか」

「おかげさまで」

 子供はそう軽口を返すと、中年男性の後ろを見た。そこには、バールもいた。

「さて、言われたとおりに捕まえてはみたが、こんな子供でいいのか?」

「いいんだよ。たしかに、俺を馬鹿にしやがったクソガキだ」

 ハマンは、その手をさすりながら肯定する。この子供に与えられた屈辱は忘れていない。そして、この子供のせいで何人もの職人達が怪我をさせられているのだ。

 自分の部下の職人達をけしかけたことなどすっかり棚上げして、ハマンは義憤に燃えていた。



「さて、クソガキ君。悪いことをしたら、まずは反省しなくちゃなぁ?」

 ハマンは子供の前にどかりと座り込むと、子供を睨んだ。

「僕、何も悪いことなんてしてませんが」

 しかし、子供はそう笑顔で言い放つ。その言葉に苛ついたハマンは、子供の頭を張り飛ばした。

 子供は無言で床に崩れ落ちる。しかし、ハマンは、それを見て笑っていた。


「ハハッ、いい様だな? 大人を馬鹿にするとこんな目に遭うんだよ」

 子供は後ろ手に縛られたまま、器用に起き上がる。そして、変わらずハマンを見た。

 そして鼻で笑い飛ばす。

「無抵抗の子供を縛り上げて、安全圏から手を出して、ようやくこの程度ですか」

「あ?」

 ハマンが目を細める。そして、もう一発今度は鼻に拳を突き入れる。

 妙に固いその感触を一瞬不思議に思うも、嫌いな子供を痛めつける興奮で、それどころではなかった。



 しかし、拳を受けてなお子供は笑う。

「アハハ、大人を馬鹿にすると、ですか」

「……何が言いたい」

 また、今度は逆の頭を張り飛ばそうとした。ハマンの掌に鋭い痛みが走る。

 子供は、微動だにしなかった。



「大人って、何なんでしょう?」

 ゆっくりと子供は立ち上がる。

「図体が大きければ、大人ですか? 子供より強ければ大人ですか?」

 いつの間にか、その手の縛めは解かれていた。


「少なくとも」

 子供はまっすぐにハマンを見た。

「子供の模範になれない人を、僕は大人と呼びたくないですね」


 異様な雰囲気に、ハマンも立ち上がる。バールも無言で身構えていた。

「お前、いつのまに……!」

 驚き固まるハマンを、子供はうんざりするように見つめる。その顔にはもう、笑顔はなかった。


「おやすみなさい」

 一瞬でハマンの前に移動した子供は、掌底をハマンの鳩尾に押し当てる。そして次の瞬間、ハマンが崩れ落ちた。

 白目をむいて、泡を吹いている。


「貴様!」

 今まで空気のようだったバールが、ようやく制圧のために動き出す。

 壁の槍を手に取り、流れるような動きでそれを子供の肩口に打ち込む。子供はそれを簡単に避けると、いなして地面に押し当て叩き折った。

「……!」

 その膂力にバールは驚いたが、それでも衛兵の端くれだ。すぐにもう一つ槍を手に取る。

 しかし、それを構えたところで異変に気がついた。


 穂先が、スッパリと断ち切られて地面に落ちたのだ。



「武器を使っても無駄ですよ?」

 子供はそういうと、ゆっくりとバールに手をかざす。その手が体に触れる、間一髪のところでバールは後ろに跳んだ。

 そしてそのまま、廊下を駆けていった。




「容疑者が暴れ出した! 至急! 至急! 武装集合!」

 そう叫びながらバールは逃げる。

 その展開も、子供とグスタフの計画通りだった。




「発見! 制圧待て!」

 すぐさま武装兵が集結する。子供が悠々と外を目指し歩いていくと、階段前の広場で囲まれた。

 槍を構えた三十人以上の武装兵を見回し、子供は笑顔で告げる。

「貴方たちの大部分に恨みは無いんですが、乱暴に押し通らせてもらいますね」

 その言葉を聞いて、武装兵達は首を傾げる。

 非力そうな子供が、武装した大人に囲まれているのだ。もっと怖がっても良いはずだ。


 いや、そもそも、何故自分たちはこんな子供を囲んでいるのだろう。

 こんな子供なら、武器など無くても、こんな大人数でなくても制圧出来るはずだ。


 そう考えた武装兵に困惑の波が広がる。

 しかし、バールは叫んだ。


「怪我をさせても構わん! 捕縛せよ!」


 上官の指示に逆らうわけにはいかない。躊躇いつつも、武装兵達は子供に飛びかかる。


 武装兵達の、今日の記憶はそこまでだった。




「ひ、ひぃ……!?」

 バールが腰を抜かして呻く。

 三十余はいた武装兵達が、こんな子供に一掃されたのだ。

 倒れている兵達を見れば、死屍累々の有様である。

 死人はいないようだ。しかし、鎧はへこみ、床や壁は割れ、とてもこの光景が現実の物だとは信じたくなかった。


「あなたは残しておきます。ああ、それとこの人」

 子供はいつの間にか引きずっていた人間を、バールの前に放り投げる。


 ドサリと音を立てて転がったのは、ハマンだった。


「付き合う友達は、選んだ方がいいですよ?」

 そう言って、子供は堂々と外へ出ていった。




 バールは、しばらくの間動けなかった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 主人公が甘ちゃん過ぎてごみ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ