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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
姫様の休日

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つかの間の逃避行

 


 後ろを確認しながら、入り組んだ路地を走るハイロたち。

 ひとつ、反省をしなければ。

 適当に屋根を駆けのぼり、逃げるハイロたちを見ながらそう思う。


 今思えば、ハイロが喧嘩をした時点でメルティの変化に気が付くべきだったのだ。

 僕は、ハイロが相手にそれなりに大きな怪我を負わせ、それを見たメルティが忌避感から『帰りたい』というような意思表示をすることを期待して喧嘩を放置した。

 しかし、それは無かった。殆ど変化を見せず、メルティは次の場所へ急ぐと言った。


 初めは、それは育った環境のせいかと思った。

 何と言っても王女様だ。赤子に火箸を握らせれば躊躇なく握るように、目の前で暴力など見たことがなく、どういう反応が正しいかわからなかった。ソーニャが『流血』という言葉に反応したことから、メルティは護衛の騎士が実際に働き傷つく現場など見たことがなかった。そのせいで、狙われていることの実感が限りなく薄かったと、そう思った。

 だが、そうではない。彼女は確かに暴力に反応していたのだ。それも、喜びなどではなく忌避の反応を。


 エリノアがクリスに処理されたとき。

 現場を見ていた彼女は叫び声を上げていた。暴力への忌避感は確かにあったのだ。


 にもかかわらず、今はない。では次に浮かぶのは、どうしてそんな変化をしたか、だ。


 嫌な言い方な気もするが、恋患いという可能性もあった。ハイロならば守ってくれると、そう信頼しきっていたというのもあったかもしれない。けれど、それも違うと思う。ハイロが現れる前に、メルティは僕を焚き付けてまで一番街を出ることを強行しようとした。その時はハイロ無しで、明確に一番街(比較的安全な場所)から出たがっていたのだ。



 ここまでの様子から見て、外出を楽しんでいたというのは本当だろう。それも嘘だったのなら、僕の頼りない目を見事に欺いていた。本当に自信を無くすほどだ。

 また、エリノアの襲撃未遂以降、元気がなかったというのもきっと本当だ。ずっと付き従ってきたソーニャの目、それを信頼すればだが。しかしその元気がなかった原因。それは、本当に護衛の騎士のせいだろうか?




 路地の中。物陰に身を潜めた二人は、ごく小さな声で話し始める。ハイロもそれなりだが、メルティの方は息切れが酷い。隠れている意味も薄くなってしまっている。

「ここ……までくれば……」

「ハイ……ロ……さま……、少し、休ませては……」 

「大丈夫、です。まだ多分、追い付かれていないから」

 ハイロがちらりと周囲を窺う。まるで、貧民街の中にいた時のように。きっと、追手からリコと二人で隠れていた時と同じように。

 結果、僕が普通に屋根の上から見ていることに気が付かず、ハイロの警戒は解かれた。二人は小休止に入ったらしい。ともに大きく息を吐いて、地面に腰を落ち着けた。

 ハイロは鼻の下をグシグシと掻いて、それから言い辛そうにメルティに切り出す。

「……ごめん、あいつも普段話が分からない奴じゃないんだけど、今仕事中だからさ」

「だとしてもー、私はまだ帰りたくないと言ってるのに……」

 ぷくーっと頬を膨らませ、メルティは不満の声を漏らした。 

「まったく、ソーニャまで私を帰らせようなんて。ひどい話ですわ」

「うん、まあ、そうだけど……」

 消え入るような言葉。ハイロもそれなりに後悔はしているのだろうか。無言で頭を掻きむしっていた。


「それでー、これから私たちはどうすればいいのかしらー?」

「えっと、あいつが五番街をどれだけ知っているかはわからないけど、じっとしてると危ないから、適当に隠れる場所を探そう。ほとぼりが冷めたら、また通りに戻ればいいし」

 考えながら、そうハイロは言葉を続けていく。そう、そのまま頑張ってほしい。そのために、ハイロの言葉を一顧だにせず切り捨てた。メルティの逃走幇助を嗾け、止めなかったのだから。



 そろそろ一息つけただろう。

 路地の表側で、さも誰かが走ってきたかのように置かれたガラクタを揺らす。メルティは気にしていないようだったが、染みついた性だろう、ハイロの方は敏感に反応してそちらを見た。

 そして頭を下げて、メルティの手を取る。

「メルティ様、こっちに……」

「も、もうですの?」

 身をかがめたまま、二人はまた走り出す。その逃走を助けるハイロの脳内地図。それが正しいことを祈る。




「……たしか、こっちに…………!?」

「どこまで……、走りますの……」

 それからも、適度に追い立てながら二人を走らせる。そしてようやく、ハイロは僕が思ったように動いてくれた。そろそろ二人とも疲れで抵抗する余力もなくなってきたのだろう。ハイロは走りながら大声でメルティに意図を話した。

「たしか、この先に借りた後荷物とかがあんまり置かれていない倉庫が……、あったような……」

「……そこに、何故……」

「隠れるにはもってこいの場所なんです、そこに隠れて待とう……!」


 駆け込む先、トタンのような簡素な屋根に覆われた倉庫を僕は確認する。

 それなりに大きな建物で、建材を一時保管するような場所らしい。

 だが、中には誰もいない。ハイロの見立ては失敗か。次へ行こう。


 急ぎ、建物の反対側に降り立つ。そこから姿を見せずに、だが今にも現れそうなように僕は叫んだ。

「ソーニャ様! こちら! 声がしました!!」

「げぇ……!?」

 僕の声に反応して、ハイロが止まった気配がする。勿論、ソーニャは追い付いてきていない。ただの演技だ。そして狙い通り、ハイロは進路を変えた。


 それからハイロはまた走り出し、少しばかり声の音量を落としてメルティに変更を伝える。

「こっちは駄目だ! 向こうから……!」

「まだ、ですか……しつこいですわー!」

 悪態をつきながら逃げるメルティ。こちらは抵抗の気力をなくしてくれるといいな。


 またも始める、上からの監視。所々休みながらではあるが、ハイロが違う場所を目指して走っていることはわかる。次は当たりだといいけど。




 息を切らしながら、次の建物にハイロは駆けこもうとする。

「こっちにも、最近資材を運び込まなくなった……ところが……」

「もう、限界……」

 その先の建物。先ほどと同じように、簡素な倉庫だ。なるほど、人が隠れるとしたらもってこいの場所。荷物を出し入れした形跡もなく、というかそもそも資材など中には殆どない。

 今度は当たりらしい。回りくどい特定の仕方だったが、ハイロの義賊願望は満たせただろうか。

 僕は、中に待機中の集団に気が付かれぬよう、ハイロたちまで消音に巻き込んだうえで前に降り立った。



「そこまでで」

「……くっ……!!」

 僕の顔を見て、二人は止まる。最後の楽しみの演出はこれくらいでいいだろうか。それに、護衛からの逃亡。言葉だけでは帰らないであろうメルティを、強引に帰らせる口実も出来た。

「失礼ながら、拘束させていただきます」

 しかし流石に、いきなり体を縛ることは出来ない。靴を地面に縫い留めるよう、足を固めて動作を止める。忍法影縫いとやらが実際にあったらこんな感じだろうか。

「メルティ様、一刻も早くお戻りを」

「嫌ですわー!」

「もはや日も沈みました。これから遊びに行くとしても、もはやメルティ様のご趣味に合うところはございませんかと」

「でもー、ハイロ様なら!」

 笑顔で縋るように、メルティはハイロを見る。ハイロは僕の言葉に、今気が付いたかのように目を開いていて横を向いた。

「ハイロ、どこへ案内するつもりです? これからですと、食堂を除けばあとは若い女性を案内するにはあまり向いていない店しか……」

「いや、でも、……なぁ……?」

 勢いだけで行動するのは、僕ら貧民街出身者共通の悪いところだ。今回はそれを利用させてもらったので文句を言える立場ではないけれど、そこで口籠るのも駄目だろう。


「というわけで、これから遊びに出るとしても、楽しめず、ただ危険なだけです」

「危険危険と、実際私たちは何も危ない目になどあってはいないではないですか! それに!」

 メルティが、ハイロに飛びつくように抱きつく。足元が若干離れているので、腕にしなだれかかっているような状態だが、少しハイロの表情が緩んだ。

「ハイロ様がいれば、平気です! 貴方は知らないでしょうが、さっきだってハイロ様は私を守って戦ってくださいました!」

「そ、そうだぜ、カラス。あれくらいだったら、お前がいれば……、俺だけでもなんとかなったし……!」

「ええ、そうですね。あれだけだったら」

 ソーニャへの気遣いだけだったら、やはり先ほど襲わせてもよかったかもしれない。少しだけそう思った。だが、ハイロでも五人相手はきつい。その前に助けに入ればいいとはいえ、抵抗があったのも事実だ。その辺りは考えなくてもいいだろう。

「なんだよ、まるで見てたような……」

「あれ、ハイロ、僕の特技を忘れたとでも?」

 知ってたような口ぶりの僕の言葉が癇に障ったのか、ハイロが眉を顰める。しかし、僕の特技を本当に忘れていたのであれば、僕も少し残念だ。

「姿を隠すのは、得意なんです」

 体を明滅させるように透明化する。ばつが悪くなったように、ハイロは黙った。

「言ったじゃないですか、護衛対象から離れるわけにはいかない、と」

「……そうだったな」

 明らかにハイロは意気消沈した。楽しかったデート、実は紐付きだったと知れたら、まあ嫌な気もわかる気がする。

 

「よくわかりませんが、早くこの足を何とかしてくださいまし! とにかく、私はハイロ様と二人で……」

「ですので、それもここまでです。ハイロ、隠れようとしていた建物はここであってますね?」

「あ、ああ」

 僕が問いかけると、ハイロはぎこちなく頷いた。わかってはいたことだが、やはりまだ周りが見えていないのだろう。ハイロも、そういったことには本来敏感なはずだ。

「中に人がいるの、ご存知ですか?」

「え!?」

 驚いたハイロが壁に歩み寄ろうとしたのに合わせ、足の固定を解く。それから壁に耳を押し付けたハイロは、中の音を聞いて唾を飲んだ。

「……本当だ」

 何故? とでも言いたげにハイロはこちらを見る。

「五番街に詳しいハイロが、隠れ家として選んだ倉庫です。人から隠れるには、もってこいじゃないですか」

 胸を張って、称えるようにそう口に出す。本心だし、ハイロを泳がせた理由もここにあった。

「本当はあとでただ聞けばよかったんですけど、ちょうどよかったんでそんな場所を探してもらいました。大人数で、人目を避けなければいけない集団。それでいて、中の人は武器を携えています」

「……こんな所に……!」

 メルティはその素性に気が付いたようで、声を上げた。

 もちろんメルティに踏み入らせるわけにはいかない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「まったくの無関係の人たちかもしれませんが、報告に聞く人数と装備の質からして間違いはないでしょう。メルティ様を狙っている輩です。中には数十人いらっしゃいます。それでもハイロ、貴方は何とかできますか?」

「…………」

 無理だとは言えないだろう。女の子の前だ、意地のために。だが、出来ると即答も出来まい。

 僕が相手取るといったら、ハイロの顔を潰すことにもなるだろうから、それも言い辛いが。

「ちなみに僕も相手をする気はありません。とりあえずメルティ様を安全な場所までお連れし、ソーニャ様を通じて衛兵に通報しましょう」

 ソーニャからの通報でも、知った経緯とか色々と不都合はあるとは思う。だが、協力者とやらもいるらしいし、その辺りは何とかなるだろう。

 そして、一応これでハイロも納得してくれると嬉しい。

「ですがやはりその場合も、メルティ様が安全な場所に移動するのが不可欠です。メルティ様の安全のため、ご協力いただけませんか?」

「……そう、だな。……メルティさん、……」

 行こう、という言葉までは口に出来ないようだが、それでもハイロの態度も決まった。本人以外は、もはや帰る方向で満場一致だ。

「ハイロ様までー!」

 頭を抱えるように、メルティは叫ぶ。意図的なんだろうか、先ほどまでよりも、暢気な声がやたら大きくなっていた。

 それからキッと僕を睨むように表情を引き締めると、メルティは胸を張って口を開く。

「ではー、リドニックお……」

「申し訳ありませんが、それ以上は口に出しませんよう」

 だが、開いたその口から発する音を止める。不敬だが、いや、僕も勘違いをしていたが、そもそもこれはもはや不敬ではない。多分。

「ソーニャ様に叱られてしまいますし、その名をここで出すのは危険でしょう」

 

 続く言葉は簡単だ。

 リドニック王国、またその王女としての言葉。王族として申し渡す、という感じの王族令だろう。この王家の名を出して申し渡された言葉は、限度はあるが法律に等しい。そういった権力を使うような()王女様ではないと思っていたが、別の思惑があればその限りではないらしい。

 

 その思惑は、もう潰れていると伝えておかなければ。

「そもそも、ここで話している言葉は中には聞こえておりません。今、メルティ様のお言葉が止められたように」

 僕の言葉は実証済みだ。不満そうに、メルティは口を閉じた。

 そのメルティに、言い聞かせるように僕が口を開く。

「メルティ様も、これくらいにしていただけませんか。懺悔の機会なら、まだいつでもございましょう」

「……何のことですの?」

「自ら危険に飛び込むのはお止めください、と申しております。今ここで、革命軍の前に身を晒そうなどと」

 とぼけたような言葉に表情はあっていない。そして僕の言葉に、少しだけ歪みが増えた。


「カラス……」

「ハイロもついてきて構わないと思います。ソーニャ様が不許可を出さない限りは、ですが」

 黙ったメルティを無視して、僕に事情を深く尋ねようとしたハイロにそう呼びかけた。


 メルティにも声をかける。

「早く、行きましょうか。ソーニャ様もお待ちです」

 これで動かなければ、痺れ薬を吸わせたうえで、強制的に歩かせよう。

 そう思ったが、僕の言葉は正解だったのだろう。

 沈んだ顔で、メルティは静かに歩き始めた。





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