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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
姫様の休日

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お静かに

 


 一つ、二つ、と数えていけば、剣呑な気配は五つ。どれも隠れてはいるが、気配を断つことが出来ていない。つまり、狩人など、そういったことに慣れている者ではない。

 それに、ろくな武装すらないだろう。誰も彼も、持っているのは仕事道具だ。この五番街で持ち歩いていても……いや、多分持ち歩いているのは不自然だが、それでも理由付け出来るもの。

 金槌や小刀、そんな程度だ。つまりこいつらは……。


「ソーニャさ……」

 一応雇い主に報告しようとする。鍛冶職人が二手に分かれてこちらを見ている。明らかな害意をもって、ハイロを見ていると。

 しかし、それは思い留まった。

 僕も理由ははっきりとはわからない。けれども、メルティとハイロの仕草を見守り、先ほどまでの無表情をやめた雇い主(ソーニャ)が、少し楽しそうに見えた気がする。先ほどまでは隠れて溜息を吐くぐらいだったのに、今はハイロに腹を立てて悪態をついている。その横顔を見て、何故か僕の口は報告をやめた。


 一歩ソーニャから離れる。メルティたちを見ているソーニャは、気が付いていない。


 僕は静かに頷いた。

 ならば、そのまま気が付かないでもらおう。メルティにもハイロにもソーニャにも。


 こういった荒事は、僕の仕事だ。





 ここまで見ていて、メルティとハイロの周囲への警戒心の無さは異常だ。二人だけの世界に入っているといえば聞こえはいいが、お互いしか見えていないのだろう。

 連絡用の鳩も気にせず、僕の手に持っていた矢に言及することも無かった。メルティは、周囲の些事など気にも留めていないのだ。それはハイロも同様だ。一応僕の方を見ていた節はあるが、それでも今ここにいるはずのない僕を探そうとはしないと思う。


 そして、今は夕闇。少しばかり視界も悪くなってきており、闘気も使えず魔力で強化もしていないだろう二人は、至近距離か灯りの下にあるものしかハッキリと見ることは出来ないだろう。


 そしてソーニャは、職業柄か目立たない位置に佇んでいる。初めにはしゃいでいた時は通行人の前に躍り出たりしていたが、それでも慣れてからは、そういった派手な行動をすることはなくなっている。僕の位置取りのせいもあるだろうが、この暗がりの中、わざと探そうとしなければハイロたちはソーニャの位置を捕捉出来まい。


 以上、少しだけ透明化を外してもいいという言い訳はそれくらいだ。

 それに、ソーニャが近くにいること。バレても構わない。そろそろ僕がバラすのだから。



 ソーニャが振り返らぬよう、音を出さぬように跳ぶ。

 一応隠れてくれている職人は、ソーニャからは見えない位置にいる。二つに分かれたうちの、人数が多い方の一団。その前に降り立てば、少しだけ驚いた様子で顔を見合わせていた。


「誰だ? このガキ?」

「おい、タッカー、こいつじゃねえよな?」

 そんな会話が、僕を無視して始まる。タッカーと呼ばれた先ほどハイロに顔を踏み潰された男は、苦笑しながら首を振った。

「さっき言ったろ、あそこで乳繰り合ってるガキだ。こいつ、誰かの連れか?」

「いや、知らねえ」

 まず僕に、誰だと尋ねればいいのに。その方が楽だった。まあ、一番いいのは僕の顔を知っている人がここにいることだったけれど。それは求めすぎか。

 一人、僕に歩み寄ってくる。面倒くさそうに顔を歪めながら。

「なあ、坊主。俺たちゃ少し用事があんだよ。関係ねえお前……」


「……その用事を、邪魔しに来ました」

 あまり時間はかけられない。ソーニャが僕を探し始めたらそれも少しだけ厄介だ。任務放棄と取られて……、その通りか。今はメルティの警戒よりもハイロの優先をしているのだから。


 だが、危険が及ぶ可能性を排除する。それも僕の仕事だろう。ハイロを囲みリンチした後、こいつらの手がメルティに伸びないはずがない。

「ハマン、という方をご存知ですか?」

「ああ? 親方がどうしたって……」

 関係者か。ならば話は早い。禍根が残らないよう、損得を考えてくれるといいけど。

 僕は帽子を脱ぎ、素顔を出す。

「では、……見えるかな? この顔、よく覚えておいてください。貴方たちを片付けたのは、僕ですので」

 ニコリと笑う。だが目の前の男たちは、額に血管を浮かべた。



 気絶させるのは簡単だった。顎に一撃ずつ入れていけば、ほぼ無抵抗のまま全員が気絶する。

 特に問題はない。身を潜めていた男たちだ。倒れ伏そうが、気に留める通行人はいない。

「……さてと」

 総勢五名。そして、今気絶させた男たちは三名。もう二名が少し離れているから、三人を移動させなければいけないだろうか。僕は今意識を奪った男たちの首元をまとめて掴み、透明化しつつ二人組の下へ降り立った。

 ドサリと足元に投げた三人。その顔を見て、残された二人は異常事態を悟ったらしい。一瞬顔を見合わせた後、投げ入れた犯人を捜して辺りをきょろきょろと見回す。

「何だ!? 誰だ舐めた真似を……!!」

 不安に思ったのだろう。仲間を気絶させた犯人を捜して叫び、路地の中に注目を集めた。予想外に嬉しいアシストが入った。やはりそれくらいしてもらわなければ。


 仕上げに、倒れている男のうち一人を強引に引き起こし、意識のない体にたたらを踏ませる。

「な……!?」

 それから無事な二人組のうち、一人の小刀を抜き放ち、引きずり起こした体の胸の辺りに小さな傷をつけた。殺す気はないし、そもそも小さな傷だ。まったく大事には至らない。けれど、小刀には血が付着し、傷つけられた男の汗臭いが白いタンクトップには赤い筋が走る。これくらいでいいだろう。

 仕上げに、その胸に傷をつけた男を派手に路地から突き飛ばす。意識が無いため受け身を取れないその体は、路地の脇に積まれた材木の端材とともに通行人の前に崩れ落ちた。



「うおぉ!!?」

 良いリアクションだ。たまたまそこにいただけで参加していただき申し訳ないが、仕事帰りらしい壮年の男性が驚き声を上げる。先ほどの暴漢たちの叫びと合わせて、ついに往来の視線が路地に集まった。

 初めに叫んだ男性は、倒れている男を気遣い、起こそうとして気が付いてくれた。

「大丈……うわっ!? 血!?」

 驚きの声を上げる。そうすれば、次に起こるであろう展開は予想がつくだろう。

「衛兵! 誰か衛兵を呼べ!!」

 薄闇で視界の悪い中、誰かの怒号が響く。流石職人街の職人。大きな声には定評がある。何人かが騒げば、あっという間に流血事件の出来上がりだ。

「ち、違、俺らじゃ……!」

「黙れ動くんじゃねえぞ! 喧嘩にしてもやりすぎだ、光モン(刃物)まで使いやがって!!」

「俺らはただ……!!」

「うるせえそれ以上口を開くんじゃねえ!! 」


 暴漢たちは取り囲まれ、戸惑い委縮している。落ち着いてみれば反論は出来るのだろうが、この混乱の中ではほぼ無意味だ。

 流血した男性が往来で倒れ、血が付いた凶器を手にした男が仲間らしき男と二人で路地の中にいた。そして、その足元にはもう二人が倒れており、事件発覚の前に叫び声を聞いた者も多分いる。

 見た目は完全に、チンピラ同士の喧嘩の結果だ。

 流血しているのは一人だけ。それも本当はごく浅い傷だが、意識を失っていることと合わせれば、一見すれば深手を負っているようにも見えるだろう。



 とりあえず、騒ぎにソーニャたちが反応する前にソーニャの下へ戻らなければ。

 騒ぎが始まってからごくわずか。だが、僕の不在に気が付くには充分な時間だ。衛兵たちを呼びに走る男たちの大声を尻目に、僕はソーニャの後ろに舞い戻った。




 流石にメルティたちも、そんな騒動には反応する。

 タバコを吸う手を止めて、ハイロが何事かを確認しようと腰を上げていた。

 それを見ていたソーニャは、僕が後ろにいなかったことに気づいた直後らしい。僕が姿を見せると、安心したように息を吐いた。

 それから真面目な顔で現状を確認しようと、僕に向けて口を開く。

「カラス殿、何が起きたのか……」

「何でもありません。鍛冶職人同士の喧嘩です。今見てきましたが、流血沙汰も起きていますのでじきに衛兵もやってくるかと」

「……そうか」

 僕の報告に、苦虫を噛み潰したような顔でソーニャが応える。流血、という単語の辺りでそれが顕著になった。なるほど。メルティの反応は、だから、ということもあるかもしれない。


 さて、ハイロの事情はもう片付いた。

 暴漢たちは今日は家に帰れないだろう。そして、これ以上の事情の追及もあるまい。ハイロを襲おうとしていたことは無かったことにされ、これ以上のハイロへの干渉も最小限に抑えられる、と思う。

 念のためあとでグスタフさんに頼んでこようとも思うが、その必要もないつもりだ。

 そのために僕がわざわざ顔を見せた。ハマンが、そして事によれば()()()()()、その意味を正しく汲んでくれることを祈る。


 まあ、それ以外にもハイロには大変な爆弾があるだろうが、それは全部片付いてからでいいだろう。

 勤め人であることも忘れ、目の前の御馳走に飛びついた罰だ。

 何より、もう避けられないだろうし。



 ハイロの事情も片付き、夕闇が街を覆っている。暴漢たちが来たのもそれを示す通り、人を襲うには絶好の時間だ。急がなければ。頃あいだ。ハイロの夢の時間はもう終わりでいいだろう。

 早くしなければ、革命勢力の襲撃が起きてもおかしくない。


 僕は、努めて明るくソーニャに話しかける。

「さて、ソーニャ様。行きましょうか」

 唐突な僕の誘いに、戸惑ったソーニャは瞬きを繰り返した。

「どこへ?」

「姿を見せて、二人のところへ。そしてそれから、もう一つ」

 メルティの方を見る。事件が近くで起きたというのに、やはりまだ煙草に夢中らしい。そしてそろそろ慣れたのか。咳き込まなくなってきていた。……悪い友人に影響されてしまったようだ。

 ソーニャに目を戻せば、僕の言葉の意味をまだ図れていない。それを無視して、僕は続けた。


「まだ依頼完了までには時間がありますが、一番街の寝床まで、メルティ様をお連れしましょう」

「何故だ? 知っての通り、依頼完了は明日の夜明けのはずだ」

「ええ。けれど、帰る必要があると私は進言します。メルティ様をお助けするために」

「助ける?」

 質問ばかり。だが、気づいていないのであれば仕方がないだろう。僕は言い聞かせるように、ゆっくりと言葉を紡いだ。

 守らなければいけない。今一番の脅威から、護衛対象を守るために。



「はい。メルティ様から、メルティ様の命をお助けするために」


 誰からであろうと、護衛対象の命を守るのが僕の仕事だ。





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