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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
姫様の休日

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お里が知れる

いつもより一時間以上遅れての更新。申し訳ありません。

 


 しかし、やはりソーニャは納得できないらしい。

「カラス殿! メルティ様を……!」

「障壁は張ってあります」

 すでにそういった対処はしてある。近づけるのはメルティから二歩の距離まで。単純な斥力を発生させてある。そのため、メルティに走り寄られたら車に跳ね飛ばされるような状態になるだろう。正直それで事態は片付くのだが、それは言わなくてもいいかな。

「しかし、それだけでは……」

「巨竜の一撃を弾く障壁です。闘気も使えない様子のあの男たちでは、全く問題になりません」

 重ねてソーニャを止める。ソーニャに対して物理的な拘束はかけていないが、それだけでソーニャも足を出さない。

 僕も動かずに、ハイロたちを見守っていた。



「帰れません。お前らみたいのに任せちゃ、危ないのが目に見えてんだよ」

「おいおいおいおい、お前らみたいのってのぁご挨拶だな! 手が震えてんだよクソガキ」

 凄む男たちに、一歩も引かないハイロ。どうしてこういう男たちというのは、こうも同じような動きをするのか。何か、手本みたいのでもいるのだろうか?

「本当は優しい俺らでも、やっぱりな、クソガキには教育が……」

 そして、僕が以前のした衛兵のバール。そいつとやはり同じようなことを言い……。

「必要なんだよ!」

 殴りかかる。ハイロの襟を掴んで、頭部への殴打。なるほど、怖がらせるには良い手だろう。


 バシン、という音が響く。明確な暴力の音。

 しかし……。

「……ってぇ……」

 ハイロは男の拳と自分の頭の間に手を挟み、それを防いでいた。

 防いだとはいえ、痛いだろう。けれど、その手越しに男を睨み付ける目は、一切曇ってはいなかった。

 メルティも心配したように声を上げる。

「ハイロ様ー!?」

「へへ、心配なさらず……。これくらいの奴なら、俺だけでもなんとか……」

 声が震えている。一見すると、怯えているような反応。その反応から、その言葉をただの強がりと思ったのだろう、男たちの口が嘲笑に歪んだ。

「女の子の前だし、格好つけるのもわかるぜ。けどよ、怖いなら逃げて……」

「だから、逃げないっつってんだろ」

 男たちにはわからないのだろうか。ハイロの目は一切変わらない。その目に浮かぶのは、怯えではない。


「強がりはぶッ」

 男の言葉が途中で途切れる。ハイロが震える拳を握り、叩きつけたのだ。

 男の顔がぐしゃりと歪み、足がたたらを踏む。その揺れる体の腹部に、ハイロの足がめり込んだ。





「この通りです。手出ししなくても大丈夫でしょう」

「し、しかし、何が……」

 未だ心配そうにしているソーニャに向けて、解説を加える。一人の男が崩れ落ち、もう一人がそれを驚愕の目で見ているのを確認しながら。

「……ここからは喧嘩が始まるんですけれど、それにはハイロは負けません。メルティ様は、私の障壁で保護しております。手出しする理由が見当たりませんね」

 残った一人の男が、奇声を上げながらハイロに迫る。その、肉体労働で培った筋力を最大限に生かす、大きなテイクバックをとった拳。それを大きく頭を下げてハイロが避けた。

「カラス殿の旧友と言っていたが、カラス殿は心配ではないのか!?」

「旧友だから、心配じゃないんです」

 片眉を顰め、僕を責めるように叫ぶソーニャ。だが、僕としては言葉通りだ。

 その僕の言葉にさらに反論して、男たちを指さした。

「相手はあんな男たちだぞ!? 身長も、腕の太さも、ハイロ殿とは比べ物にならない! この結果は朝日が昇るよりも明らかだ!! メルティ様が無事だとて、目の前でそのようなこと、見せるわけには……!」

「筋肉も、身長も、まあハイロが負けてますけど……」


 見た目はまあ、ハイロの方が弱そうだ。

 貧民街から出た後、普通に成長はしている。今では十代中盤の年相応に見えるだろう。しかし貧民街出身ということで、やはり線は細い。幼少期に筋肉を付けられなかったせいだろう、細い腕に薄い胸。日焼けをしていなければ、外に出ない文学青年といっても納得できる。そんな文学青年など、この世界にはそういないだろうが。

 対して目の前の男たちは、肉体労働者。

 肩ほどにハイロの頭が来るような長身。成人男性としてはやや大きめ程度だろうが、身長はそんなもの。日頃槌を振るう腕には分厚い筋肉が付き、拳は岩のようにごつごつしている。筋肉を誇示する目的ではないだろうが、タンクトップから出ている肌の質から見ても、貧弱には見えるはずがない。無精ひげは……別に関係ないか。


 そして何より二対一。一人手負いだとしても、戦力の差は明らかだ。

 どう見ても、ハイロが勝てる要素はない。


 だがしかし。

「……喧嘩で勝つために必要な能力は、どんなものがあると思いますでしょうか?」

 勿論、袖に刃物を忍ばせていることからしてソーニャも心得はある。釈迦に説法のようなものかもしれないが、今気が付いていないのならば僕の口から言おう。

「それは……複合的で言葉にしづらいが……」

「でしょうね。しかし、こういった路上の喧嘩では、重要な要素があると思うんです」

「要素?」

 ハイロが砂利を蹴り飛ばす。殆ど飛びはしなかったが、それでもパラパラと礫が目に入り、無事な方の男が目を瞑る。そこに、全身でぶちかまし。目を瞑った無防備な体が弾き飛ばされ、背中から落ちた。


「複合的、というのも本当なんです。力が強ければ、それは有利でしょう。すばしっこいのであれば、逃げながらどうにでもなったりします」

 落ちた男の顔めがけ、一切の手加減なく落とされるハイロの靴。ストンピング、それは凶器など持っていなくとも、凶器攻撃と同じようなものだ。

 ぐしゃりと歪んだ顔。闘気による保護もなく、無防備な顔面は、誰しもが守りたい急所だ。

「てめっ……」 

 もう一人、先ほど鳩尾に蹴りを受けた男も飛び掛かる。相棒がぐったりと倒れたことで激高しているのか、単調な攻撃だった。……それはもともとか。

 もう一度、ハイロは全身で飛び込む。けれど今度は腰のあたりを押さえるタックルだ。そのまま雪崩れ込むように押し倒し、馬乗りになった。


「武術など学んでいてもいいですね。実戦では往々にして綺麗に技が使えないものですけれど。……でも……」

 馬乗りになったハイロが、ガンガンと男の顔を殴る。拳が血に塗れるのも気にせず、鼻を潰し、唇を切りながら。手加減が無い。

 やがて、小さな悲鳴もなくなり、男の動きが止まる。それを確認してから、ハイロが立ち上がる。

 派手でも華麗でもない。終了の合図すらない、喧嘩の終了だ。

 ハイロは息を整え、男たちを見下ろしていた。


 その様子を見つめ、ソーニャは息を飲んだ。

「力、武術。そんなものよりも。『容赦がない』。喧嘩では、それが一番重要だと思うんです」

「ハイロ殿は……どういう……」

「言ったじゃないですか。私の旧友です」


 僕の旧友。その言葉から推察が出来ると思う。

「ハイロは、僕と同じく貧民街の出身です。盗み、ひったくり、時には物を奪い取らなければ生きてこられなかった」

「そんな……」

「今負けた彼らが安穏として育ってきた、なんて言う気はありませんが……、それでも、荒事への躊躇の無さは、命がかかっていたハイロの方が上でしょうね」

 拳の血に今頃気が付いたらしい。ハイロは先ほどのした男の服で拳を拭っていた。




「ハイロ様、お疲れ様です」

 メルティがハイロに歩み寄ろうとする。……いけない、障壁を切らなければ。

 とことこと歩み寄ってきたメルティに、ハイロの顔が崩れた。

「いえ、メルティ様にはお見苦しいおところをお見せしまして……」

 デレデレとしたその顔。足元には、顔を血だらけにした男たちが倒れているとは到底思えない。

 だが、一応やはりその辺りの懸念はちゃんと出来る。

「……それよりも、早くここから立ち去りましょう。バレるとちょっとまずいかも……」

「ふふふー、そうですねー。では、先ほど仰っていたお店に行きましょうー」

 ハイロの言葉に若干ずれた調子でメルティが応える。そうではないだろうに。

 歩き出したメルティを追うように、ハイロも小走りで走り出す。一応、止める言葉を吐きながら。


「とまあ、大丈夫だったので私たちも行きましょう」

「あ、ああ……」

 少しだけ失敗したらしい。ハイロの喧嘩を見せるという僕の目論見は見事に外れた。見せるところまではいったが、肝心の反応がメルティからは得られなかった。

 やはり、こういう小細工は僕は苦手らしい。



 ……残念に思うのと同時に、酷い違和感を覚えた。

 目の前で男たちが争い、二人血だらけになって倒れた。それなのに、メルティの反応は不自然なほど薄い。

 思えば、護衛をわざわざ付けたにもかかわらず、安穏としてショッピングを楽しんでいたときからそうだ。襲撃自体を知らないとはいえ、狙われているのは予想できるはず。

 いや、そもそもおかしなことがある。

 

 革命が起きた国から逃亡してきた。それも、現在進行形で革命軍に狙われている王族。なのに。

 何故、気軽にショッピングなど出来るのだろうか?



 僕の疑問はいい。そこで思考を強制的に切った。今はメルティたちを追わなければいけない。疑問は、追々解決していこう。


 禍根を残さぬよう、歩きながら男たちの治療をする。瀕死とはいえ、単純な傷だ。すぐに治せる。

 しかし、また予想外のことが起きた。


「……つ……」

 初めに伸された男の方が、鼻を押さえる。意識があるらしい。瀕死ですらなかったようだ。

「すみません」

「ぶっ……!」

 その頭部をもう一度蹴り飛ばし、確実に気絶させる。怪我はさせてないからいいだろう。

「カラス殿?」

「ああ、申し訳ないです。すぐに行きます」

 僕が立ち止まったのを見かねて、ソーニャが振り返り僕の名前を呼んだ。それに応えて、僕も振り返らずに歩き出す。


 少し嬉しかった。

 ハイロがのしたはずの男。容赦のないハイロの攻撃だったなら、彼は瀕死で意識など戻るべくもなかっただろう。

 だが、実際は怪我はひどいが命に別状はなかった。


 貧民街出身は容赦がない、と僕は言った。

 けれど、今のハイロには少し当てはまらない。


 容赦をするようになったのは、喧嘩に弱くなったのと同義だ。そこは歓迎すべきではないだろう。けれども。

 そんな荒事から、旧友はもう離れているのだ。

 それが少し、嬉しかった。




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