親探し
目が覚めた僕は、先ほどの異変について思案する。
本当に、火が目の前に現れたのだ。自然現象のようではなかった。そもそも、そんな自然現象は思い当たらない。
ならば、何者かが起こしたのだろうか。たぶんそうだろう。そしてその何者かは、おそらく自分なのだろう。僕と犬、それと小さな虫以外、近くに生物らしいものはいなかった。
火の玉の直前、自分は何をしたのだろうか。思い当たることと言えば、『気』を使い、懸命に戦おうとした。そしてそれも適わずに、脳内で口汚く罵った。
またしても実験が必要だ。
僕は、自衛のために知らなければならない。小さな火の玉だが、実際に犬を追い払っている。僕はこの小さな蟷螂の斧を使えなければならない。これからも、野生動物とは遭遇しないではいられないのだから。
直前の状況を整理する。
犬に襲われ、気で抵抗するもそれは無意味なもので、犬は僕を食べようとした。それが我慢できなかった僕は、せめて脳内で犬が死ぬ姿を想像した。
想像するだけでは火の玉は出ないだろう。それならその前にもなにか起きてなければおかしい。では、なにか違うことは? それは、一つしかないだろう。『気』だ。
僕は、体の周りを覆うどろりとした物質を確認する。犬を見るために、僕は気を広げていた。そしてこの気は、僕の思い通りに動かせる。リンゴを落としたり砕いたり、そして小さな衝撃を起こしたりした。
当然、こんな物質は知らない。本当は得体のしれないもの。でも、これに頼るしかなかったから、使ってきた。不思議なものだ。
もしかして、この『気』が先ほどの火を起こしたのだろうか。
僕は、少し離れた地面の上に火の玉を想像する。何も起きない。
そして気を広げて同じ場所を覆い、もう一度想像する。しかし、これでも何も起きない。
見当外れか。いや、これぐらいしか思い浮かばないのだ。もう少し試してみる。
そして何度目か、気を濃くした場所へ火の玉を想像したとき、それは起こった。
火、あのときと同じ。
一瞬燃え上がった後、何も残さず消えた。そして、広げた気は、まるで燃料として使われたかのように、一瞬その空間から無くなった。
予想が当たったらしい。あの火の玉は、僕が、気を変化させて起こしたのだ。
コツがわかれば簡単だ。何度か試してみる。それからそう時間もかからず、僕は火の玉を自由に作ることができるようになった。
……まるで、これは魔法だ。僕は嘆息する。これは昔話の魔法使いが、杖を構えて呪文を唱えて使う魔法だ。
ならば、火以外も出せるのか。そう思い、僕は試してみる。また気絶しないよう、慎重に。
結論。僕は、この物質を『気』ではなく『魔力』と呼ぶことにした。
火以外も使えたのだ。水の滴も出せた。小さな石も出せた。そして、それらはすぐに蒸発するように消えてしまった。これは、たしかに魔法だ。ならば、その元は魔力だろう、そう決めた。
一つ疑問は晴れた。そして、魔力を気と呼んで使っていたときから薄々わかっていたことを確認する。
ここは、地球ではないのだ。
地球では、こんな力を使える人はいなかった。実際にはいたのかもしれないが、確認できていない以上、たぶんいなかったと思う。そして、この世界では魔法が使えた。だから、ここはきっと僕の知らない世界なのだ。
だからどうと言うことでもないのだが、なぜか笑い声が出た。視界の端に映る小さな手足を見て、笑みがこぼれる。なぜだかわからないが、たぶん僕は嬉しいのだ。
機嫌が良くなったところで、現状の問題に戻る。服をどうするか、である。犬の襲撃で中断された思考を元に戻す。
葉っぱの腰蓑は当然却下だ。ならば、服を手に入れる。作ることはできない。
それならば、そうだ。持ってきてはどうだろうか。悩み、僕はそのアイデアに至った。
本来は親が用意してくれるのだろう服がないのなら、有るところから持ってくれば良いのだ。要は、盗むのだ。
父親らしき者が僕を捨てたとき、真夜中のようだった。そして僕は朝日に当たって目が覚めた。そう何時間もたっていないと思う。だから、近くに村があるのだ。そこなら、服はある。そして、生きていくのに必要な食料も、それ以外も。
躊躇はする。窃盗は前世の価値観で犯罪だ。しかし、生きていくには必要そうに思えた。少なくとも、産まれてすぐに両親に捨てられ、野生動物の生きる森に放置された僕は、それぐらいなら許される気がした。
だから、僕は少しだけわがままになろうと思う。前世のことは知らないが、この世界で生きていくために、この世界では、僕は僕のために行動しよう。
それから。数えてないので何週間か、何ヶ月かはわからない、その期間を僕は魔法の練習に費やした。
目標は人に見つからずに動けること、そして見つかったら逃げられるようになること。
それまでの行動速度は鈍かった。魔力を使って芋虫のように移動し、木の実を手に入れて生活する。これでは人里には入れない。
対策として、まず僕は飛べるようになった。といっても、魔力で体を覆い、動かすことには変わりない。しかし、速度が上がった。短い時間だが、子供が走る程度の速度が出せるようになり、ある程度高い位置や逆に地面すれすれを動けるようになった。
それから物を出すのも上達した。火を出し、その火の玉をある程度自由に動かせるようになった。水や風も同様だ。これで、野良犬を追い払うことが簡単にできるようになったのだ。
そしてもう一つ、一番最近得た一番の収穫がある。
透明になることができたのだ。
鏡がないので正確にはわからないが、水溜まりに映る姿、いや映らない姿はたしかに透明だった。
人里で姿を隠して行動するのに有用な透明化は、思いついていたが実用が難しかった。
物を見るということは、光が目に入って初めてできる。物があるということを認識するには、物に当たって反射や屈折した光が目に入らなければいけない。
そこで当初は、体に当たった光をその反対側で再現しようとしていた。体全体が液晶になったように、精細な画面を映し出すのだ。
しかし、それが難しかった。光を持続して作らなければいけない以上、魔力を大量に使う。事実、初めて試したときには成功したと思った瞬間気絶した。実際に成功したかどうかもわからない。
その魔法完成のきっかけは、風を作ることに成功したときだった。
風という物は空気の動きである。初めに風を起こしたときは、空気の玉を作り、それを動かしていた。
それで確かに風は起きる。しかしなにか違和感があった。なにか無駄なことをしてる気がした。
ある日、『そこにある空気を動かすだけで風は起こせるんじゃないか」と思いつき、やってみた。すると、当たり前のように成功した。火の玉を作り動かすところから始めたからか、自然にある物を動かすという発想が浮かばなかったのだ。
考えてみれば、魔力を念動力として使うのはリンゴを落とすときからやっていたことだ。空気の塊をわざわざ作るより、消費する魔力は少なかった。
そして透明化の消費魔力も、同じように減らせると考えた。自分に当たる光を曲げ、そのまま体に当たらないように反対側まで通す。それにより、わざわざ光を発生させる必要が無くなり、持続できるようになった。
光を屈曲させる角度の問題で、至近距離からは景色が歪んで見破られてしまうが、そこは近づかれなければ問題ない。ついでに、光に干渉する際にその情報を感じ取れば、視覚の代わりにもなる。眼球を使う訳ではないが、外の景色も問題なく見えた。
そうして、透明化魔法は成功したのだった。
そろそろ人里に出てみようかと、僕は磨り潰した芋虫を飲み込みながら考える。
人から隠れる術も、逃げる術も手に入れた。人里で生活できるかもしれない。
勿論、不安もある。子供の僕が魔法を使えるのだ。誰か他にも魔法が使える者がいると考えて良い。捕まって保護されるならばよし。でも、どんな目に遭うかわからない。なんといっても、簡単に子供が捨てられるような社会なのだ。
捨てられた理由すらわかっていない。もしかすると、僕の姿が見えた瞬間に敵性判定されてしまうかもしれない。
しかし、今後のことも考えると早いほうが良い。僕は何も知らないのだ。この世界の言葉も、文化も、風土も、なにもかも。
情報が無ければ、何も判断できない。
だから、僕は決めた。
衣服を手に入れる。親を、探しにいくのだ。