確認一つ目
慌てたように、だが静かにソーニャは続けた。
「い、いや、私たちを探しているというのは少し語弊がある。探しているかもしれない、という段階だ。今のところは女官が誤魔化してくれているだろう。体調不良で臥せっているということになっているはず」
……語弊があるも何も、メルティ側の行動は既に起こしてしまっているわけで……。
騎士にバレないように出てきて、騎士にバレないように戻りたい。それは即ち、脱走というものだろう。
一応の光明はある。本当に、一応の、だが。
「つまりまだ表沙汰にはなっていない、と」
光明はそれだけだ。このまま騎士に見つからずに行動し、見つからずに返せばいい。それが出来れば、何の問題も無いのだ。
しかしそれでも、次に起こりうる危機は簡単に浮かぶ。何かの拍子にメルティの脱走が知れれば、次に始まるのは騎士たちによる捜索だ。そしてそれに見つかってしまえば、この状況は危ない。
「ですが、誤魔化しきれなくなった暁には私は誘拐犯ですか」
本来いるべき場所に貴人がおらず、探してみれば貧民街出身者の僕が帯同して街にいた。疑うには充分な理由だ。
「……そうならないようにギルドを通し依頼した。ギルドは、カラス殿にはこちらから依頼したと明言するだろう。それに、私たちもそう証言することを約束しよう」
「ギルドの方は、まあ信用しますが……」
そうすると、一番最初に考えた懸念が頭をよぎる。
今の流れなら自然だろうか。ソーニャだけでも、確認しておこう。
「すいません。今のところ貴方がたを全面的に信用することは出来ません。……少しだけ、貴方たちに魔法を使ってもよろしいでしょうか。傷一つつけませんので」
「何をする気だ……?」
「少しだけ、貴方たちに魔法が使われた形跡がないか調べさせてもらいたいんです」
「……わけがわからないな」
僅かに身を引き、暗に拒否を示すソーニャ。この反応は、どちらだろうか。
「イライン到着直後、メルティ様が襲撃された事件。先程ソーニャ様は仰いました。『何処の誰からともわからない情報をもとに』と」
「ああ」
「その、『何処の誰かわからない者』は手当たり次第に、周囲の人間に魔法をかけていきました。周囲の人間を、意のままに動かすために」
メルティをこのイラインへ呼び寄せる案は、多分ルチアのものだろう。けれどもその案を滞りなく進めるためには、レヴィンの魔法はうってつけだ。本人は使っていることに気が付かなかったのかもしれないが、ルチアの方は有効活用していたかもしれない。
「その魔法が、貴方たちに掛けられていないことを確認するために、ご協力をお願いしたい」
「何故そんなことをカラス殿は知っているのか……?」
怪訝な目で僕を見る。それはそうだろう。彼女らが潔白であれば、今襲撃犯に関する新事実を無関係だと思っていた者から聞いているのだ。だがその目。演技ではないのだろうか?
「貴方たちがその魔法にかかっているのであれば話す必要はないでしょうし、かかっていないのであれば無関係です。なおさら、お話しする意味が無いでしょう」
ソーニャたちに話せなかったことがあるように、こちらにもそういうものはある。……まあ、彼女らを無為に巻き込んだと言いたくないだけというのもあるが。
詳しく、と催促自体はしようと思ったのだろう。しかし、その言葉を飲み込んでから、代わりにソーニャは質問を投げかけてくる。
「……その魔法がもしもかけられていたら?」
「失礼ながら、メルティ様やソーニャ様が、私を陥れようと今回の件を企てた恐れがあります。そこに至ってなお、信用出来ない依頼主に付き従う意味はありません」
その場合、もはやメルティたちは依頼主たりえない。僕は自らの身を守るため、メルティたちの処理をして、この場を立ち去るだろう。
そこまで言って、僕は言葉を切った。
無茶なお願いだということも重々承知している。
そして、心当たりがあるのであれば、ここでの反応もそれなりのものとなるだろう。
じっとソーニャの唇を見つめる。
そして、やがてその唇は言葉を吐き出した。
「……いいだろう。この場で済むことなのだな?」
「はい。一瞬で終わりますとも」
メルティの方もいいかという意味で『貴方たち』と言ったが、その辺りにはソーニャは言及しない。一応主については許可できないか。
「……では」
一歩近寄り、ソーニャの額に人差し指を当てる。行うのは、脳の形態探査。レヴィンの《魅了》が作用した脳なのか否か。体に触れないと出来ないのがもどかしい。
「出来れば、闘気も抑えておいてくれるとありがたいです」
「……難しいな」
だが、言う通りに抑えてくれた。すんなりと魔力がソーニャの頭の中に入ってゆく。そして、その形に関する情報も、しっかりと伝わってきた。
結果は白。
「……失礼しました。無用な疑いをかけて申し訳ありません」
指を離し、頭を下げる。そのくらいの礼儀はあるつもりだ。つまり、現在ソーニャはレヴィンの支配下にはなく、レヴィンとの件で僕を陥れようとしている、ということはない。
僅かに咳払いをして、ソーニャは鷹揚に頷く。
「いや、憂いがなくなったようならそれでいい。それよりも、騎士たちへの対応の件も、……よろしく頼んだ」
「……はい」
僕の答えに満足したように、ソーニャはきびきびとした動きでメルティの下へ歩き出す。
その後ろ姿は、ギルドで見た時の自信にあふれた姿だった。
もはや僕に断る道理はない。いや、誘拐犯となる恐れも普通に残っているので、断ろうと思えば断れるくらいだとは思うが、その一番大きな理由は少しだけ薄くなった。
メルティの頭を確認していない以上、メルティが意図的に……という恐れも残ってはいるが、僕を雇うことを決めたのはソーニャなのだ。その恐れも薄い。
そもそも、今僕はどうするべきなのだろうか。
衛兵を通じて、メルティの居場所を国に報告する。……だめだ、どこで僕の立場が『善意の通報者』からすり替わってしまうかわかったもんじゃない。
探索ギルドに異議申し立てに行く。……その間、メルティの下を離れて? いや、一応彼女は狙われているのだ。本当に襲撃すらされている。一応、離れるわけにはいくまい。
……やはり、一番穏便なのは、つつがなくこの依頼を終えることだ。
一番時間がかかり、そして危険な気もするが。
それからしばらくして、ハイロで遊ぶのに飽きた姫様の鶴の一声により、一行は店を出ることとなった。
金貨三枚以上の宝飾品の山をひとつひとつ外してゆくハイロ。その開き直ったような笑い声を聞きながら、僕は考える。
……そもそも、何故メルティは騎士に守られているのだろうか?
一切の影なく笑っている彼女の姿に、僕の疑問は一つ増えることとなるのだった。




