矢を透かして
「連絡先は協力者……ですか?」
「ああ。その男は少なくとも、尋問の上極刑に処されるだろう」
男のいる屋根の先を見つめ、呟くようにソーニャは言った。
しかし、協力者。そんなものがいるのであれば……。
「でしたら、護衛など外注することはなかったのでは?」
護衛に見えない者を、ということで探索者の僕に指名が来た。けれど、そんな見た目など今まさに行っている変装である程度どうにでもなる。部外者の僕よりも、その協力者の方がよほど信用できるのではないだろうか。
そう思ったからの問いだったが、実際はそうでもないのか。これ以上問われないようにという感じで、ソーニャは目を逸らした。
話題を変えるように、一息入れてからソーニャは僕を見る。その顔に、僅かに笑みを浮かべて。
「それよりも、よくやってくれた。私たちだけではきっと、対処できずに頭を撃ち抜かれていた」
「ご謙遜を」
そんなに手に余る相手ではなかった。少し腕に覚えがあれば、問題なく対処できていただろう。デンアのように気配を消すわけでもなく、レイトンのように不可思議な動きをするわけでもない。息を潜めてはいたが、ただ普通に現れた敵が普通に襲ってきただけだ。
今回の敵。あまり恐れるものではないのかもしれない。
苦笑を浮かべながら、ソーニャは店の中に目を向けた。
そこには、緩んだ顔でメルティと話すハイロがいる。しばらくは気が付かなかったようだが、それでも長時間見つめられていれば気が付くらしい。察するのが遅いというか、ソーニャも普通に声を掛ければいいというか。いや……これは恐らく、ソーニャたち従者であればこれで察するのが当然だからだろう。主の話を遮ってはならないとか、そういうこともあるかもしれないが。
後ろ髪を引かれるように何度も振り返りながら、ハイロはどたどたとこちらに駆け寄ってきた。
「何だよ……です?」
「次に行く商店というのがどこだか教えてもらいたい」
「あ、はい。ええと……あちらの角を曲がったところでしょう」
ハイロは、一度周囲を見回した後、道の奥にある曲がり角のさらに向こう側を指さした。
「四宝堂という商店でして、元は玉を使った硯を作っていた職人が、その技術で宝飾品を作ってるという場所です」
「……了解した」
ハイロの説明を聞いて、ソーニャは端的にそう応える。それから店の奥に戻れというように指し示し、意図を汲んだハイロを一顧だにすることなく顔を背けた。……なんというか、ハイロに先ほどから冷たい気がする。
それから僕の方を向いて、口を開く。
「では、カラス殿。その店までの斥候をお願いしたい」
「……わかりました」
僕は素直に頷く。確かに、まさに今襲撃を受けたのだ。念を入れるのは当然だろう。むしろ、本当ならばこれで急ぎ帰るくらいのことが起きたと思うが、そうしないのであれば仕方がない。
だが、頷いて見たものの、少し抵抗がある。
先ほどの襲撃犯を見れば、襲撃者は一般の人間に溶け込んでいる。一般の人間が突然襲撃犯になるといった方が正しいかもしれない。そして、ここイラインの五番街はそれなりに人が通る。そのため、不審人物の判別が難しいのだ。それなのに行われる斥候。それに意味などあるのだろうか?
むしろ、護衛対象から離れてしまうというデメリットもある。流石に謙遜だとは思うが、先ほどの襲撃犯を凌げないというのであれば、僕をメルティから離すのは悪手な気もする。
しかしまあ、雇い主様のご要望だ。ある程度は応えなければなるまい。
一瞬の躊躇を隠すように、僕は透明化する。それからメルティが不用意な行動をしないように、店の出入り口に障壁を張る。普通の客も遮断してしまうが、不可視だし数秒だから問題はあるまい。
建物の上を駆け上がり、そして跳び回り不審な人物を探していった。
まず、通り道で誰かを気にして歩いている風な者。何人かはいるが、武器を持っていなかったり明白な待ち合わせ相手がいたりなど恐らく違うという者ばかりだ。潜んでいる者もいない。屋根の上からの奇襲はもう無いのだろうか。
先ほど磔にした男を見れば、まだ屋根の上に横たわっていた。増援などが来ればすぐに助けられているだろうに、未だそこでぐったりしているということは、仲間が来る予定はないのだろう。もし来ても、把握しているから問題ないが。
以上、時間にしてわずか数秒。
店の前に再度降り立ち、透明化と障壁を解除する。
「異常はありません。とりあえず、続けざまの襲撃はないかと」
数秒の間にも気になったのだろうか、障壁をコンコンと叩いていたソーニャは、姿を現した僕に驚いたように振り返った。
「……ありがとう。では、メルティ様に移動していただこう」
納得したように頷き店の中へと歩き出す。ハイロはまだデレデレしていた。
「まあー、この蒼玉の耳飾り、素敵じゃないかしら。どう? ソーニャ」
「そうですね。金の髪によく映えております」
先ほどよりも明るいメルティの声。目尻は下がり、両の口角が均等に上がっている。やはり、こういった装飾品のある店の方が女性には嬉しいらしい。ハイロは良い仕事をした。最初に案内した店を考えれば、二歩下がって三歩進んだ感じだが。
テンションの上がったメルティに、また話しかけられても多分困る。なので、僕は努めて彼女らから一歩離れた。こういったときの相手のために、ハイロが同行しているといっても過言ではないのだ。
だがしかし、少し思惑は外れた。
「……ああいうとこって、混ざれねえよな……」
ハイロが僕の横に立つ。やはり、キャピキャピした雰囲気が苦手なのは男性に共通のものらしい。一歩引いてしまうのも無理はないと思った。
けれど、そう逃げられても困る。今のままならば別にいいが、僕に矛先が向くのは避けなければ。
「ですけれど、自分で言ったんですから案内してもらわなければ困ります」
「いや、だってお前あれ……」
「困ります」
笑顔で背中を押し、どうにかメルティたちの下へ送り出す。生贄のようではあるが、自分で案内すると言い出したのだ。特に不満はあるまい。僕は店の外へと向き直り、後ろから感じる恨みがましい視線を無視するように外の警戒に務めているふりをした。
今のところ、敵影はない。本来ならば、すぐさま逃げ帰るべき事態なのに、こうして遊びに出るとはよほどの事情があるのだろうか。……いや、無いな。根拠も無く、なんとなくだがそんな気がする。
警戒を続けながらも、先ほどの襲撃でわかったことを考える。
僕は先ほど防いだ矢を思い出しながら、考えを整理していった。
先ほどの矢は、普通の矢だった。何の工夫も無い、普通の矢。
通常、暗殺者は僅かなチャンスに賭けるために手数を出来るだけ少なくしようとする。一発の矢で、小剣の一刺しで仕事を片付けようとする。そのために使う道具には、様々な工夫が凝らされているのが常だ。
しかし、今回使われたのは普通の矢。僅かでも隠密性を高めるために黒く塗るでもなく、静穏性を高めるために特殊な矢羽を使っているようなものでもない。手作業だが大量に生産された中の一本という感じだった。
こういった普通の矢を使うのは、兵士や狩人のような存在が主だろう。他にもいるだろうが、今思い浮かぶのはその辺りか。
彼らが矢に特別な工夫を凝らさない理由は簡単だ。大量に使うから、一本あたりに手間をかけていられない。そういう理由だ。
兵士たちは大量の矢を使い、敵を威嚇したり誘導したり包囲殲滅したりする。狩人たちは、折れていなければ獲物から回収できるため大量の矢を放っても問題はない。一本で済むのであればそれが一番いいのだろうが、一本で何とかしようと考えるよりは何本も撃ちこんだほうが確実というのもある。
もちろん他にも理由はある。兵士たちには夜襲などの例外もあるだろうし、狩人たちの矢は長年積み重ねられた生きるための技術の結晶であるため、もともと品質がいい。音は小さく真っすぐに飛ぶ。だがとにかく、どちらも一本一本の矢にそんなに手間をかけない傾向にあるのだ。
ならば、先ほどの襲撃者は兵士か。亡命中の、元王女。狙うとしたら順当なところだろう。
しかし、僕の中でそれは否定的だ。これも根拠はない。ただの勘ではある。
だが僕は襲撃を受けた時、『追い込み漁だ』と思った。即ち『狩り』だと、そう思ったのだ。
敵は狩人。
では何故兵士でもない狩人が、メルティを狙ってきたのか? それもいくつか考え付くが、それよりは直接聞いた方が早そうだ。
後ろの方の声質が変わる。確認してみれば、しどろもどろながらもハイロがようやく輪に入れたらしい。女性向けのネックレスを、ハイロに合わせて見たりしてメルティが遊んでいた。
楽しんでいるメルティから身を引くと、ソーニャはそこでしばし様子を見る。それから、ハイロに任せてもいいと判断したのだろう。僕の下へ静かに歩いてきた。
声を潜ませて、話しかけてくる。
「少し、いいだろうか」
「ええ。今のところ大丈夫です」
僕はもう一度周囲を確認したのち、そう答えた。神妙な顔で、ソーニャが口を開く。
「一応は、事情をカラス殿にも説明せねばなるまい」
二人並び立つ。目を合わせず、だが僕は横目で一度ちらりとソーニャを見てから、視線を外へ戻した。
思ったよりも早く、事情が聞けそうで良かった。僕は内心、そう呟いた。




