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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
姫様の休日

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買い物に付き合って

 



 目の前に現れた護衛対象者らしき女性は、装飾の少ない簡素なドレスを身に纏っている。それでも、両手を覆う白い手袋から、気品が感じ取れた。

「では、行きましょうー」

 ほんわかとした雰囲気で喋る女性。その、護衛対象者らしい女性は、僕に話しかけているはずなのに半ば無視した感じで受付への扉を開こうとする。開こうとするといっても、お付きの家令……こちらも女性か……に、顎で指示を出しただけだが。


 慌てた様子で職員は立ち上がり、急ぎ彼女らの前に進み出た。

「お、お待ちください。まだ顔合わせも終わっておらず、今後の予定も……!」

「道々でよろしいではありませんか」

 笑顔でそう答える。護衛対象の彼女は、なんというか、色々と緩い感じだ。


 反対に、お付きの方は重々しく口を開いた。

「……姫様、そういうわけには参りません」

「まあ、何か問題でもー?」

「カラス殿は未だ事情が呑み込めていないご様子。このままですと、無用な混乱を招く恐れがございます」

 鋭い目で、家令の女性が僕を見る。メガネがあれば、クイと持ち上げていそうな雰囲気に、何か冷たいものを感じた。

 いや、それより何より、……何だって?

「……姫様、ですか?」


 姫。それは軽々しくつけることは出来ない称号のはずだ。

 資産家や、貴族たち。大事にされているその娘であっても、呼ぶとしたらお嬢様、が相応しい。

 冗談めかして言ったような雰囲気ではない。

 ならば、姫。それはどこのだろうか。


 僕の呟きに、姫様と呼ばれた女性は微笑みで応える。

「はい。それではー、出かける前に自己紹介をしたほうがよろしいかしら?」

「ええと、お願いします……、じゃなかった」

 普通に返答をしそうになり、慌てて取り消す。それから、居住まいを正し、跪いて右手を胸に当てる。非公式の場では、これで良かっただろうか。

「探索者のカラスと申します。よろしければ、卑小のこの身にお名前を」

「ふふふ……懐かしいわー。最近そんな丁寧な礼を見ていませんもの。……と、いけませんね。礼には礼で応えませんと……」

 それから姫様はスカートの両端を両手で少しだけ摘み上げ、僅かに頭を下げる。

「メルティ・アレクペロフと申します。こちらは、従者のソーニャ」

 メルティが横目で見る視線に、ソーニャと呼ばれた従者が深々と頭を下げた。


「アレクペロフ様……というと、……」

「それ以上の詮索はしないほうが御身のためかと」

 その家名から推察される情報。それを口にしようとするとソーニャに止められた。ならば、当たりなのだろう。

 僕はもう一度深々と頭を下げて、これからのことに思いを巡らせる。


 頭上から注がれている視線。その視線の主、メルティ・アレクペロフ。

 アレクペロフ家といえば、僕にとっては記憶に新しい名前だ。


 何せそれは、レヴィンが騒動を起こすためにこの街へと呼び寄せた、亡国の姫君の名前だったのだから。



 すると、少しまずいか。レヴィンに掛けられたかもしれない《魅了》の魔法。それが今どのような状態になっているのか。もしかすると、僕を指名したのはその影響かもしれない。

 確かめるには、触れなければ。しかし、元王族に気軽に触れるわけにはいかない。

 もう少し、近寄った時でなければ……。


 僕の胸中を知らないだろう、ギルド職員の声が響く。

「で、では、とりあえず今後の予定を把握しておきたいのですが……」

「そうでしたわー。では、カラス様、頭をお上げあそばせー?」

「いえ」

「カラス殿、今回に限り、そういった儀礼は不要です」

 王族への礼に則り、一度は断る。だが、ソーニャのキッパリとした声に、僕はしぶしぶ顔を上げた。

 ソーニャの方を見れば、やはり感情の入っていない顔で僕を見ている。

「今回、姫様は市井を市井の者の目線で見て回りたいと所望しています。そのような儀礼は邪魔になるだけなので不要です」

 もう一度、解説を加えてそう口にする。背中まである銀の髪が、ギラリと光った気がした。


 追随して、メルティもパカリと口を開ける。

「そうですー。なので、私を家名で呼ぶことも駄目なのです」

「……では、メルティ様、と」

「うー、様も固いのですけれど……まあ、よしとしましょう。そうしてくださいな」

 今は国を追われているとはいえ、元王族。その名前を気安く呼ぶのは憚られるが、本人がそう言うのならば仕方あるまい。


「我らは、今日は一番街にある繁華街を中心に見て回る予定です。それ以上の説明は不要でしょう」

 前半は僕に向けて、後半はギルド職員へ向けて放たれた強い言葉。簡潔だし、たしかに本来はそれだけで構わない。騎士とは違い、探索者が請け負う護衛は、事情も敵も何も知らずに行われるのが当然らしいのだから。

「……承知しました。では、これよりよろしくお願いします」

 もう一度頭を下げる。満足げな視線が二つ、心配そうな視線が一つ感じ取れる。


 前回は、騎士との合同任務だった。

 今回は僕一人。堅苦しい、形式上のものは必要ない。だが自由に出来る反面、責任は重大だ。


 敵の戦力は? 予想される襲撃地点は? そもそも護衛対象は味方なのだろうか?

 ほとんど全て何もわからない不安な身辺警護は、こうして始まったのだった。






「こちらは、天然石でしょうか?」

 街中、僕は静かにメルティの後をついてゆく。あちこちの店を覗き、その商品についてメルティが尋ね、それにソーニャが答える。それを後ろから静かに見守っていた。

 無論、警戒は怠らない。ルルの警護をしていた髭のように出来ているかはわからないが、それでも不審者への警戒は続けている。

 だが、人の多い街中ということもあり、武器を持つ者も多い。疑おうと思えば不審な人物など多すぎる。ウインドウショッピングの楽しそうな声が、はるか遠くから聞こえている気がした。


「……様は……」

 一番街であるため、貴人に帯同する護衛の人間も多い。その人間たちが、もし襲撃犯だったら。そう考えていると気は休まらない。今、目の前にいる小剣を肩に差している剣士が飛び掛かってきたら、メルティを庇いながら横に跳んで……、それから路地の方を確認しつつ……。

「カラス様!」

「え、ああ、はい。何でしょうか?」


 周囲の人間を注視していた僕に、声がかかる。誰から、と問うまでもなく目の前の護衛対象なのだが。

「まったくもうー! まあいいですわ。こちら、どちらが似合うか意見をお聞きしたいのですがー」

 文句を言いつつ、それでも腹は立てていないようでメルティは二つの腕輪を僕に見せる。護衛対象の動向を把握するのは当然だが、言動まで把握しなければいけないか……、やはり慣れていないと辛いものだ。


 差し出された腕輪は、どちらも蔦が絡んでいるような細かい細工のものだ。だが、そこに填まっている石の色が若干異なり、青色と緑色の違いがある。

 ……正直、どちらも似たようなものでどっちでもいいのだが。


 それでも、一応答えなければいけないだろうか。

「……お似合いなのは、こちらの青色でしょうか?」

「ええー? そうですか? 私はこちらの緑色の方がいいと思うのですが……」

 僕が青色を選ぶと、メルティは緑色の方を手首に着けて試していた。自分で決まっているのならば聞かなければいいのに。

「そうですね。こちらのほうがお似合いですよ」

 ソーニャはそれでも褒める。その言葉に、嬉しそうにメルティは顔を綻ばせた。



 それからもしばらく、メルティは装飾品を見て回る。その間に、二回時計鐘が鳴ったが、その足は疲れを知らないように商品の前以外では止まらない。

 途中幾度も投げかけられた質問は、どれも僕にはどうでもいいもので、曖昧に返しているうちに投げかけられることもなくなった。楽でいいが、仕草から少しだけ不機嫌なのが透けて見えた。

 あまりの退屈さに、襲撃があってほしいと、頭の隅をちらりとよぎったのは秘密にしておきたい。


 その、止まらなかった足もはたと路上で止まる。


「……一番街はこれくらいでよろしいかしら」

 振り返り、冷めた目で見つめられる。

「カラス様、どこか、いい感じの場所知りませんか?」

「……ええと、ですね……」


 漠然と投げかけられた質問。その曖昧な問いに、僕は答えに窮するのだった。




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