またしても
竜騒動の終焉から何日か経って、僕がこの街から再び旅にでも出ようかと思っていた頃。
森で果実を齧る僕の下に、一羽の鵲が舞い降りた。
石ころ屋で使われているものではない。以前はよく見ていた、探索ギルドで使われているものだ。
その足、巻いてから括り付けられている手紙を手に取る。足元が軽くなった鵲は、懐かしむように目を細め、僕を見つめながら首を傾げた。
……前は、一目散に逃げるように飛び立ってしまったのに。会わなかったうちに馴れたとか、そういうこともあるのだろうか? 生き物というのは、やはりよくわからない。
まあ、そんなことよりも手紙の内容だ。
開いて読んでみるに、また指名依頼らしい。だが内容はわからず、ただギルドまで来るように、とのことだ。書き方からして、以前のクラリセンのような緊急性のあるものではないようだが、それでも簡単な要件すら書いていない。ということは、また何か特殊な依頼なのだろう。
いい機会だし、これが終わったらまたどこか出かけるとしようかな。
そう思った僕は、綺麗な外套に袖を通し、果実の芯を噛み砕きながら、ギルドへ行く準備を整えていった。
また、護衛の時のような面倒な依頼でないといいけど。
「とりあえず、奥の部屋にどうぞ」
「……ありがとうございます」
見慣れた黒髪の男性職員に令状を見せると、奥へと案内される。前にこんな展開があった気がする。嫌な予感がする。前の時はオルガさんに案内されたが、人は違えど今回も同じようなものだろう。
だが、どっちだ? クラリセンの時のような感じではない。だが、あの時もこんな感じで案内された気がする。そしてもう一つ、面倒な護衛依頼の時にもこんなようなことが……。
中の様子によって、これからのことが変わるだろう。扉を開け、ゆっくりと中を窺い見る。
誰もいない会議室。その静けさに、僕はこれからのことを想像して少し溜息を吐いた。
静かな会議室は、受付の方の声が中にまで響いてくる。まあ、この会議室が人で溢れていれば、それもそれなりに不味い事態だったのだ。最悪の自体でなかっただけよしとしよう。
そんなことを考えながら、職員を待つ。やがて入ってきた先ほどの男性職員の顔に、少しだけ疲れが見えた気がした。
「……お待たせいたしました」
「いえ」
社交辞令、短い言葉の応酬。それが終わるとすぐに、職員は椅子を引き、そこに腰かけた。
パラりパラリと捲られる手元の資料、その書式にはやはり見覚えがあった。
「ええと、はい。もう予想は出来ているかと存じますが、指名依頼でございます」
「……しかも、護衛の、でしょうか?」
職員の次の言葉を予想し、僕は尋ねる。その言葉に意外そうな顔も見せず、職員は僅かに頷いた。
「はい。以前カラス様も受けられておられましたが、護衛依頼です。ただ、今回は前回とは些か種類が異なりまして……」
「種類?」
よくわからない言い方に、話を遮りながら僕は疑問を口に出した。種類、それはどういうことだろう。
「そうですね。前回はここイラインから王都までの道中警護でしたが、今回はこのイラインの街中で完結いたします。どうも、街中での遊行中の警護をお願いしたいらしく」
「は、はあ……」
僕は曖昧に頷いた。
どうしよう。明らかに僕には向いていない依頼だ。ルルたちの時には、僕の適性審査という目的があった。けれども今回は違う。普通の指名依頼だ。それならば、立ち姿で脅かすことは出来ず、脅威を事前に退けることが出来ない僕に適性はない。これは、レシッドやオトフシの領分だ。
「……いくつかお伺いしたいことがあるんですが……」
「なんなりと」
「まず、何故僕なんですか?」
それも、快諾できない理由の一つだろう。明らかに向いていない僕を指名している。それはつまり、レシッドたちのような本来請け負ってもいいだろう者たちには出せない依頼だということ。もしかしてまた、僕らが全て片付けたはずの割に合わない案件か。
「……他言無用でお願いいたします」
僕が尋ねると、神妙な顔で職員はそう言って、一度扉の方を確認した。
「誰も聞き耳など立ててはおりませんよ」
僕には何の気配も感じられない。それでも誰かがいるというのならば、相当な手練れだ。
「一応、警戒は必要ですので。それで、ですね。カラス様への指名理由に関しては、相手方の要望でして……、カラス様がこういった依頼に向いていないことを承知の上でお頼み申しております」
「向いてない……というのは確かにその通りなんですが」
意味が分からない。何故わざわざそんなことをするのだろうか。
職員は、一段と声を潜ませる。
「先ほど申した通り、今回のご令嬢は遊行を所望しておりまして、傍らに立つ人間がいかにもな護衛ではまずい、とのことです」
「それでわざわざ……」
要は、今回は護衛に見えない護衛を欲していると。というか、ご令嬢ということは女性か。
「まだ何も聞いていない今言うのもなんですが、狙われている身で少し暢気すぎはしませんか?」
護衛が必要。それも、普段から傍らに侍らせるような者以外に外注をしている。つまりそれだけの脅威があるということ。なのに、遊行に出るとは、豪胆なのか暢気なのか。それとも、何か事情でもあるのか。
職員は深く頷く。その仕草に、少し頭が痛くなってきた気がする。
「はい。それはもう。それで、受けていただけますか?」
「……受けなかったら罰則があるんですよね? 受ける以外に選択肢はありませんよ」
「それは申し訳ありません。規則ですので」
少しも申し訳なさそうに見えない風に、職員は笑顔でそう言った。
では、具体的な条件だ。そちらを先に、と言いたいところではあるが、慣例なので仕方あるまい。護衛依頼とはそういうものらしいし。
「いつからいつまででしょうか?」
「この後、すぐからです。そして明日の夜明けまで、と」
「……また妙な時間設定ですね」
一日もない時間。何かをするには短いし、終了時間は早すぎる。
「報酬は金貨二枚半。護衛対象は……これから参りますので、本人様と合わせてご紹介します。それともう一つ」
「何でしょう?」
「一人、家令が付いておられます。こちらの方が依頼主ではありますが護衛対象ではありません」
「はあ……」
どこかのお嬢様に、そのお付きの爺や、といったところだろうか。その言い方では、その家令のポケットマネーで依頼が出されていそうだが……。
「条件は以上になります。……それではお呼びいたしますので、しばしお待ちくださ……」
受付に面していない奥の扉。その扉の外から誰がが入ってくる気配がする。その事態に職員の口が止まり、目が扉の方を向いた。
「おはようございますー、もうお話は終わりましたかー?」
ガチャリと扉が開かれる。まず見えたのは、開いた取っ手を持っている白い手袋。
奥を見れば、そこには護衛対象らしき十代半ばの少女と、凛々しい顔立ちでスーツを着こなす、家令らしき人物が立っていた。




