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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
副都イライン

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血液の中

 


 思い浮かんだ可能性、それはマラリアだった。


 リコと僕に共通して虫刺されがあった。マラリアは蚊を媒介にして広がる病だ。

 そして、何故気がつかなかったのだろうか。三日ごとの周期的な発熱は、マラリアの特徴的な症状だった。


 もちろん、全く違う病の可能性だってある。僕の知らない病気かもしれない。

 ここは前にいたのとは違う世界だ。

 そもそも、マラリアなんてこの世界には存在しないかも知れない。


 しかし人間の形は、前の世界もこの世界も変わりない。

 魔力が使えて、闘気を帯びている。そのせいで少々頑強ではあるが、構造は一緒だ。

 木や花だって、見たことが無いものがあっても、明らかにそうは見えない物はなかった。

 魔物もいる。だが今まで食べてきた鳥は、前の世界の鳥とほぼ同じだった。魚も芋虫も、みんなみんな同じだ。

 それこそ、蚊だって同じ形だった。


 それなら、同じような病気があってもおかしくは無い。

 同じような病原体が、同じような症状を起こしてもおかしくない。


 だからここからは、これはマラリアだと思って治療をすることにする。

 そう決めた。

 駄目だったら、それはそのときだ。




 マラリア病原体は原虫だ。

 蚊を介し、人体に侵入する。そして肝臓で増殖し、赤血球を破壊していくのだ。


 僕は、自分の内に意識を向ける。

 右腹部には肝臓があり、その肉の内部には太い血管が通る。魔力を使えば、その様がハッキリとわかった。

 血管の中に通る血液、その中を詳細に感知すれば、血漿と血球に分離出来る。


 そこまで見て、ズキッと頭に痛みが走る。

 一度に入る情報量が多すぎるのだ。

 まるで、一度に何人もの人に話しかけられているような、さらにそれを全て無視出来ないような状況にいるかのようで、頭がフル回転しているのが自分でもわかる。


 しかし、これを判別しなければならない。

 狙う形は扁平で、とても小さい。円盤形で中央がへこんでいる。赤血球を見つけなければならないのだ。

 目の奥がジンジンする。思わず目を閉じて、目頭を押さえた。



「あの……?」

 リコの戸惑う声が聞こえる。それを手で制し、続ける。

「ちょっと待ってて下さい。すぐに済みますから」



 念動力で僅かに血流を変え、流速を変えて、粒が見えるまで感覚の範囲を狭める。

 何回もあれこれやっているうちにコツが掴めてきたのか、小さい構造物が判別出来るようになってきた。

 目を凝らすように、血球を一つ一つ確認していく。


 小さいこれは、多分血小板……。

 不定型で、何か動いているようなこれは白血球、大きいし……単球かな。


 そうしていくつも見て、ようやく確信出来た一つがあった。

 これが、赤血球だ。

 これで、赤血球が同定出来た。



「ちょっと失礼しますね」

 リコの胸に手を当てる。微弱な闘気が誰にでもあるというのが問題で、体内へ魔力を直接通すには触れるかせめて手をかざすぐらいに接近しなければ厳しいらしい。

「なっ……!?」

 肋骨の浮いた薄い胸に手を当て、拍動を確認する。血液の浄化をするためには、血液が必ず通る心臓を確認するのがきっと一番効率が良いだろう。


 心臓内に魔力を満たし、そこを通る赤血球をピックアッ


「……っ!!」


 先程に輪を掛けて情報が多い!

 まるで興味ない小説を強制的に速読させられているような、そんな情報の羅列が僕の脳内を襲う。

 眼は全く関係ないはずなのに、眼が酷く疲れている気がする。

 何故か鼻血が出そうだ……。


 それでもなんとか、いくつか赤血球を確認する。

 その中の一つの赤血球に、それはいた。


 赤血球の中に寄生するかのように、単細胞生物が蠢いている。


 予想が当たったらしい。これがおそらく原虫だ。

 しかし、単細胞生物って、こんな姿なんだ……。

「……うわぁ……」

「ねえ、何!? 何なのさっきから!?」

 リコが慌てるように騒いでいる。不安にさせるのはまずいか。

「ああ、すいません。原因を発見したんですが、見た目が悪くてですね……」

「……!!」

 顔の血の気が引いていく。息を飲んで、固まった。やはり、自分の体内に何か異物があるというのは気持ち悪いものだろう。

「あ、大丈夫です。すぐに退治しますので」

 病原体が見つかったのだ。あと一息だ。



 病原体と同じ物をピックアップしていく。

 心臓内にいるもの、心臓内に入ってくるもの、どちらもそれは膨大な数だった。

 考えてみれば、赤血球は血液1μLあたり500万個もあるのだ。リコの小さな心臓が50mlほどの容積しかないにしても、赤血球は膨大な数となる。


 挫けそうになるが、そうも言っていられない。

 ここまで来たのだ。諦めたくはない。



 魔法は今のところ万能だ。

 思ったことが全て出来ていた。物理法則に反することだって起こしているのだ。

 病ごときに、負けてなるものか。



 一度息を吐き、集中する。

 要は、このマラリア原虫たちを殺してしまえば良いのだ。


 僕の魔法は、想像した物質を何でも作り出すことが出来ていた。

 小石でも、氷でも、水でも、炎でも。

 それならばきっと。

 現実には存在しないものだって、きっと作り出すことが出来るはずだ。




 上大静脈から心臓へ接続する箇所にフィルターを作る。

 微生物に反応してその細胞膜を破る、そういう機能を持たせて。

 作り出した瞬間、力が抜ける。

 魔力が大量に使われた。

 視界に白い靄がかかるように、力が抜けていく。まずい、意識を失う兆候だ。


 まだ、意識を失うわけにはいかない。

 空いている左手で、頬をはたく。痛みに目が冴える。まだ、やれる。



 魔力を絞り出すように、フィルターを完成させる。

 血球は破壊しないように。それでいて、微生物を破壊していくように。

 目が霞む。今度は気のせいではない。


 こうしているだけでも、魔力ががんがん使われていく。

 フィルターが原虫を殺す度に、なのかそれともフィルターが出現しているだけでなのかもわからない。

 けれど、この魔力の供給を絶てば、すぐさまこのフィルターは消えてしまうだろう。

「リコ、治療中ですが、少し時間がかかりますのでジッとしてて下さい」

 リコは静かに頷いた。


 フィルターの維持のために、全精力を注ぐ。

 今度はリコではなく、僕の血の気が引いていった。

 人の血液は、大体一分間で一巡していたと思う。念のため、二分間ほど使うべきだろう。


「……ハイロ、頼みがあるんですが」

 自分の声なのに、どこかで誰かが喋っているかのように感じる。離人感が酷い。

「お、おう」

 ハイロは突然の名指しに動揺したのか、体を揺らして眼を瞬いた。

「1から120まで、声に出して数えてくれませんか」

 フィルターを維持しながら声を出す。それだけで辛かった。

 ハイロは少し躊躇ってから、静かに数え始める。

 よかった、素直に聞いてくれた。



「30、31、32、33、……」

 数える声がゆっくりに聞こえる。きっとこれでも、普通に数えているんだろう。

「60、61、……」

 一分過ぎた。もう良いかもしれない。

 そうした考えを、必死に否定する。ここでやめるというその考えは、甘い誘惑だ。


 無心になろうと必死で努める。

 ハイロの声が、遠くに聞こえる。



「118、119、120! 終わったぞ!」

 最後の方は叫ぶように数えていたハイロが、終了の宣告をする。

 僕は急いでフィルターを解いた。

 目の前が少し明るくなった気がする。


「ありがとうございました」

 お礼を言いつつ、最後の魔力を振り絞る。

 リコの体内から適当な赤血球を選び、確認する。



 まだ根治はしていない。肝臓は、まだ見てもいないのだ。


 しかし、限界は来る。

 僕はその中に一個の原虫もいないことを確認すると、そのまま意識を失った。





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― 新着の感想 ―
[良い点] フィルターとか作って大丈夫なの!? って思ったけれどそう言えば魔法ってしばらくしたら蒸気みたいに消えるんでしたね。 魔法でしか出来ない便利?な治療法ですね。
[良い点] 面白いです。 [気になる点] こういう病原体とかその対処法とかって自分で調べてそれを応用してるんですかね?だとしたら小説家ってスゲーな~って思います。 [一言] ここからも楽しく読ませても…
[一言] 貧民が数を数えてるw誰が教えたンよ❗️
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