それじゃあこれで
今回の首実検は必要ない。レヴィンと同じ姿かたちを持ち、そして何より魔法使いだった。
レヴィンの顔を知っている僕が殺したのだ。不安要素は無い。
その胴体と首を燃やす。
テトラのような魔術が使えれば便利なのだろうが、それは出来ない。呪文を唱え、条件反射的にその現象を思い浮かべる。魔術にはそれを行うだけの反復練習が必要だ。そのためあいにく、呪文を使う魔術は僕は使えない。
だから、モノケルの時と同じように火球を使う。
白熱するほどに温度を上げた火球。掌大の溶鉱炉という感じのその火の玉は、触れるだけでまるで炭化のプロセスを飛ばすように物体を灰に変える。温度は関係なく、僕がそう思っているからかもしれないけど。
火球を押し当てれば、そこから灰に変わっていく死体。
苦悶の表情ではなく、驚き目を見開いた状態で転がっている首。それがだんだんと崩れてゆく。
胴体も、まるで線香が崩れていくように、端から灰になっていった。
石畳に滲みつつあった血だまりは洗浄し、出来る限り薄くする。もはや肉眼では判別できないくらいに。 そうやって煙も立てず、衣服も何も、一切の証拠さえ残さない。
灰の山を風で散らして隠す。
いたずらを隠す手段を考えている時のような感じで、なんだか少し楽しかった。
「以上、レヴィンの始末は僕が。エリノアの排除はクリスさんが、ルチアの始末は……」
「ぼくがちゃんとやってきたよ。死体を見ても、誰も身元はわからないはずさ」
それから石ころ屋で、グスタフさんへと報告をする。
といっても、僕が実行したのはレヴィンの始末のみ。あとは任せてしまったため、僕もこの場で結果報告を聞いているも同然なのだが。
そして姉妹に関しては、襲撃事件前に襲撃を受けたために、報告はもうしてあった。
つまり、これで報告も終わりだ。だが、一応気になることは残っている。
「……と、これで今回の騒動は一応決着しました。あとは事後処理ですが……」
馬車の襲撃事件は起こっている。その犯人の背景を探り、色々と出てくれば不味いことになる気がするが、その辺りの対策などはさっぱり聞いていない。
「それはこっちでやる。今日は、何一つ事件の起こらなかった平和な日だったからな」
グスタフさんの皮肉っぽいその台詞に、レイトンもエウリューケも少し笑っていた。
「しかし、……貴族の人間が二人消えたわけですけれど、どうするんです?」
その事後処理について、僕には疑問が残っていた。それが貧民街の者や探索者ならば、消えました、というだけでいいだろう。悲しいことに、僕も含めて彼らの命は軽い。けれど、今回の相手は貴族だ。『息子が姿を消した』『ああそうですか』では済まない。
割と深刻な事態なのではないか。そう思ったが、グスタフさんは日常会話のように軽く答えてくれた。
「奴らはこの街に入っていない。門番はそんな奴の顔を見てねえし、街中での目撃証言も無い。あったのは似ている一般人のものだけだった。それだけだな。何にも特別なことはしねえ。奴らももともと神出鬼没だしな」
「……ライプニッツ家の調査能力とかはどんな感じなんでしょう? その程度で誤魔化しきれる相手だと?」
重ねて尋ねる。だがその問いには、代わりにレイトンが答えた。
「関係ないね。この街で何か情報を手に入れようとすれば、必ずグスタフの耳に入る。そいつらに情報は入らない。そして仮にこの事件の全容に辿り着いたとしたら、そこには子供が襲撃事件を企てていたという厄介な事実が待っている。もはや取り戻せない息子、それも末子の復讐と、恥の隠蔽。天秤にかけて、普通の貴族なら恥の隠蔽を取るはずさ」
なるほど。オルガさんの言っていた『貴族であれば私情に走るべきではない』というやつだろうか。そして、息子の意趣返しに来たサーベラス男爵を嗤っていた。
しかし。前例がある、つまりそれは起こり得るということ。
「……しかし、それでもライプニッツ卿が復讐のために兵を動かすような事態になったら……」
犯罪者の討伐のため、この街の機能に頼るのではなく自らの戦力を頼みにする。そうなる恐れもあるのではないだろうか。
「こちらもちょっとした工作を掛けて、イラインまで巻き込んだ戦に変える。そうなればエッセン国まで戦火は拡大し楽しい事態になるだろう。特に問題は無いね」
本当に楽しそうにレイトンは言い切る。戦争が起こる。そう言っているのに。
大きな溜息を吐いて、グスタフさんも同調した。
「そこまで物騒なことは言わねえが、そういうこった。勿論避けるべき事態ではあるが、奴らもそこまで予測出来るからその選択肢は取らない。そしてその選択肢を取るほど馬鹿なら、もはや敵じゃねえ」
「ま、そこまでいかない嫌がらせくらいはあるかもね。石ころ屋を標的に取るんじゃなくて、あくまでぼくら個人を狙うような、そして、非公式なものが」
「……その程度なら、まあ」
僕個人が狙われるのであれば対処できる。……といっても、強敵なら逃げの一手だが。
「そんなわけで、この後についてはきみが考えることじゃないよ。これで、本当に竜については解決した。きみを狙い暗殺者を放つ人間はいるかもしれないけど、それは変わらない。以上、またしばらく普通の生活に戻るんだね」
「……そうします」
確かに、それならこれで僕の出来ることは終わりだ。また一般の庶民に戻り、日常を営むとしよう。……もう一度旅にでも出ようかなぁ……。
「……解散!? 解散かや!??」
話がまとまったような雰囲気。そこでエウリューケが叫ぶ。
そう言えばずっと黙ったままだったが、エウリューケにしては珍しいことな気がする。もっと落ち着きのない感じがいつもだったはずだが。
「そうだね。じゃ、これでいいよね? グスタフ」
「ああ。今日のところはこんなもんでいいだろ」
「やりぃ! じゃあ、一番エウリューケちゃん! 直帰します!!!」
ビシッと頭の前で手をそろえて敬礼をする。そんなに早く帰りたいのだろうか。
だが、そんな感じのエウリューケが姿を消す前に、グスタフさんが一声かける。
「……待て」
「……あいよぉ……!!」
その声にびくりと背中を固めると、エウリューケは油が切れた機械のような動きで、グスタフさんを見た。
「人形遊びはほどほどにな」
「……! 心配ないさね! これはあたしの超重要科目だからね! 遊びじゃないのさ! じゃあね!!!」
そしてエウリューケは、グスタフさんの言葉に表情を緩めると、すぐに姿を消した。……人形遊び? 何の話だろうか。
僕がその言葉の意味を考えて少し動きを止めると、レイトンはその思考に水を差すように言った。
「気にすることないよ。ちょっと考え事をしているみたいだったけど、彼女の個人的な用事だろう」
考え事をしている。
僕はその言葉に少し失礼な返しを想像し、言わないように口を噤んだ。




