反撃開始
「……レヴィンは、僕にやらせてください」
声が落ち込む。明るい声が、無意識には出せなかった。僕の言葉にグスタフさんは無表情で頷く。そしてそれから一瞬待って、ようやく言葉を吐いた。
「構わねえよ」
事情を聞かないのはありがたい。上手く話せる自信がないのだ。
「では……」
ここから先、どうすれば、と問おうと僕が話し出そうとすると、店内がにわかに騒がしくなる。突然現れたその女性。短い付き合いのはずだが、もう長く付き合っている気もする。それはその存在感故にだろう、少し煩い。
「じっちゃん連れてきたぜー!!」
相変わらず着膨れをしたエウリューケ。その背後には、レイトン。いつもここに揃っていたメンバーだ。
「ってあれ!? もう話は済んだっぽいぜこれ!」
エウリューケは、僕とグスタフさんを交互に見て、あんぐりと口を開ける。くるくると変わる表情自体は、この雰囲気への救いに少しはなるか。
歩み出たレイトンは、僕の表情を見て一瞬眉を微かに上げて、それからフフ、と笑った。
「キミにしては珍しいね。まだ考える時間はあったのに」
多分その言葉には、いつも僕が締め切り寸前まで考えないことを示唆する意味が込められているのだろう。言外の意味を察し、返答をする。
「……そこは僕の個人的事情です。急ぐ必要はありませんでしたけど、看過出来ませんでした」
そう、これは本来僕が関わらなければいけない事態ではない。
だが、僕は彼に引導を渡さなければいけない。義務ではない。責任も無い。けれど遠い異国の地で、同郷の人間が犯す罪に、心を痛めるのは仕方のないことだと思う。
追及されるか。そう思ったが、そうはならなかった。
「まあ、その辺りはどうでもいいさ」
気持ちいいくらい簡単にレイトンはそう言い切り、そしてグスタフさんの方を向く。
「で、正解は出たのかな?」
「……ああ。俺やお前が注目していない資料を見て、な」
「へえ!」
嬉しそうに、レイトンは笑う。その笑みには本当に悪意も何も見えない。
「じゃあ、確定でいいね。それでグスタフ、『ルチア』の素性は?」
「それもわかってる」
もう一通、グスタフさんは紙の束を取り出す。三枚ほどの薄い束だが、レヴィンの情報と同じような達筆で、そしてさらに細かい字でびっしりと埋められていた。
片目を瞑り、面倒くさそうにグスタフさんは読み上げる。
「ルクレツィア・ハイブレス。宮廷貴族の娘で、レヴィンの婚約者候補の一人だ」
「また、近いところにいたね」
レイトンが突っ込むが、不満げにそれを見返したグスタフさんの視線に、肩を竦めて応えていた。
だが、グスタフさんは目を閉じて、謝罪の言葉を口にする、
「すまねえな。婚約者候補、って言ったろ。公式でこいつらが会ったのは幼少期の舞踏会で一回だけ。それも、他の女どもと合同でだ。そのせいで特定が遅れた」
「どういう方なんでしょうか?」
その言い訳を聞きたいわけではない。僕が話の続きを促すと、グスタフさんはすぐに資料に目を戻した。
「一言でいえば、才媛、ってとこだな。ハイブレス家は代々魔術師を多く輩出しているんだが、例に漏れずルチアも魔術師だ。現在十三歳だが、三年前に隠された魔術を四つ発見している」
「ああ!! そいつかぁ!」
突然エウリューケが叫ぶ。それからパン、と威勢よく手を叩いた。
「覚えてるよ思い出したよ! 英雄譚の記述から新しい魔術を考えたって奴! あたしゃもう魔術ギルドから追放されてたけど、噂にゃ聞いてるよ。稀代の魔女って話!」
「ま、研究分野では優秀らしい。実用分野では凡俗らしいけどな」
魔術の研究や理論は得意でも、使うのが苦手。そういうことか。
「そして、それよりもルチアには厄介なところがある」
そこまでほとんど表情を変えなかったグスタフさんが、いきなり深刻そうな顔になる。厄介なところ? なんだろうか。
レイトンやエウリューケは知っているのかと思い表情を窺うが、どちらも続きを促していた。
それを確認して、ゆっくりとグスタフさんは読み上げるように口に出す。
「……ハイブレス家は神器持ちだ」
「神器……!? ですか!?」
思わず聞き返す。神器。それと領地と民を持てば、王となれるほどの品。それを所有する家。どれほどの名家なのだろうか。
「古い家だからな。勇者の時代より以前から細々と続いてきている小さな古い家。神器の力に縋り、かろうじて体制を維持しているような」
グスタフさんは、すごいのかすごくないのかよくわからない解説を加える。小さいけれど、その神器の力でかろうじて? 宮廷貴族ということは完璧に雇われもののはずだが、つまりその神器を使い地位を維持していると。
「ということは、戦闘に使うようなものでもない?」
平時からそれで維持できるのであれば、それは平時に使うものだ。予備戦力として維持するということもあるかもしれないが、それならばなおさら……。
「……何故、徴発されたりしないんでしょうか?」
「何故か、ハイブレス家の人間にしか使えねえそうだ。コツがあるのか、それとも使う人間を特定しているのか、そこまではわからんがな」
「きっと性悪女だからね! 本当は使い方隠してんだよそれ!!」
ガルル、とエウリューケが吠える。先ほどの話では会ったことなどないだろうに、何故か敵意が見えた。
「効果は?」
落ち着いて、レイトンがそう尋ねる。楽しそうに笑いながら。
「予知、らしい。詳しくはわからんが、未来の情報が映る鏡だそうだ」
「へえ」
それだけで納得した様子でレイトンは引き下がる。
いや、何故そんなに落ち着き払っていられるのか。
「予知って、大変じゃないですか。こちらの行動が全部読まれているということですよね?」
そう言葉に出しながら納得する。あの、帰り道の村への襲撃はその力か。全く予測出来ない移動だったはずなのに、ピンポイントで襲撃を受けた件の謎が解けた。
そして、それを考えてもやはり危機感は募る。こちらの手がすべて読まれてしまうということは、全てに効果的な手を打たれてしまうということだ。
しかし、レイトンは僕の言葉に、僅かな反応を返すだけに留まった。
「ん? 大したことないよ。それに頼ってくれるのならば儲けもの、くらいの感覚でいいんじゃないかな」
「儲けもの、ですか!?」
「うん。相手がこちらの手を読んで行動するというのならば、それはつまりこちらの手で相手を操作出来るってことだ。その神器が<聖仙の葉>のような『予知の結果、起こす行動まで読んでいる』というものでなければ問題は無い。もしもそうだったらお手上げだけれど、相手の行動が予知どまりならば、ね」
「つまり、読まれる前提で行動する、と?」
「それだけじゃないよ。神器といえども、その神器は使える時間があるんじゃないかな?」
レイトンは、グスタフさんの方を向いてそう口にする。グスタフさんは、ゆっくりと頷いた。
「ああ。一応、そういうことになってるな。以前の戦争でも使われたみてえだが、一日に一度、って制限があったらしい」
「〈聖仙の葉〉の場合は、十七年に一回だっけ? 王族の予言にのみ使われるとか」
よく知らないが、そんな神器もあるのか。予知の結果起こす行動まで、ということは自己成就予言……だっけ? それとも決定論か、ああいった感じなのかな?
「とまあ、厄介だけれど気にしすぎることはない。キミの言う通り、ここからは、読まれる前提で手を考えればいい」
「簡単に言いますね……」
それが出来てしまうのが、グスタフさんとレイトンの怖いところなのだが。
話が落ち着き、気を取り直したかのようにレイトンは一度肩を竦めてから下ろす。
「で、他には何か掴んでないのかな? これだけならば、ぼくを呼ぶ必要はないはずだ」
「面白いことが分かったんでな。本当はカラスやエウリューケは帰らせる気だったが、レヴィンの行動が読めた今は聞かせてもいいだろう」
「……ええと……?」
含み笑いをしながらそんな言葉を吐くグスタフさんに僕は反応出来ず、首を傾げる。
「前提が違うと、おかしな行動をとってしまう情報ってことさ。……で、何?」
「この前、北の小国で革命が起きたのは知ってるな?」
どこかで……いや、たしか酒場で聞いたことがある気がする。
他の二人は知っていたようで、この場にいた全員は無言で肯定した。
「その国の姫がミールマンの方に亡命して来ていたんだが、四日後、ミールマンから護送されてくる。何故かミールマンの警備体制じゃ不安ということでな。そして、この街での警備をする経路を調べた奴がいる。間抜けにも、この街でな」
「ヒヒヒ、そういうことか」
納得したように、レイトンは笑った。
「で、悪いんだがレヴィンの処理はカラスにやらせる」
「ヒヒ、構わないさ。じゃあ、カラス君。今後はどうする?」
「え」
いきなり僕に回ってきた。いや、たしかにさっきレヴィンは僕がやると言ったけれども。
「敵の首魁をキミが討つ。ならば、その手段はキミが考えるべきだ」
僕は唇を結んだ。不満なわけではない。
……一応筋は通っている……が、どうしようか。先ほどの話では、要人が一人来て、その要人の警備ルートが漏れているという話だが。
亡国の姫。革命が起きた上、警備体制に不満があるということは、恨まれている……のかな? 誰かに狙われるほど。ならば、成敗すれば、正義のヒーローだ。
僕の思考を遮るよう、矢継ぎ早に、レイトンは重ねて言う。
「まず、予測されるレヴィンの動きは?」
「……レヴィンによる、その姫君の襲撃……。警備について調べているということは、薄いところを突いてくるので、そこを……、あ、今の無しで!!」
大きくバツ印を胸の前に出し、自らの言葉を強引に止める。
とにかく何か言葉に出さなければと口にしながら気が付いた。それは違う。
「そこまで口に出す前に正解が出れば満点なんだけど、ま、仕方ないね」
ヒヒヒ、と嘲るようにレイトンは笑った。
「そう、これは罠。一見して連中に先んじて襲撃計画を掴んだようにも見えるけれども、逆。これは掴まされた情報だ。グスタフが支配しているこの街で、わざわざ情報屋を使う馬鹿はいないだろう」
「だから、あいつの目的に気が付かなければ話す気が無かった情報なんですね……」
勘違いをするところだった。そうだ、あいつの目的は目立つことだ。それを知っていてなお勘違いをするところだったが、ここは反省しておこう。
「じゃあ、そこまで気が付いたところでもう一度聞こうか。レヴィンのとる行動と対策は?」
レイトンの、楽しげだが暗い笑み。
その表情を真っすぐに見ながら、僕は今の予想を語っていった。
四日後。
やはりというか、予定通り、姫様の馬車はイラインへ入ってきた。
朝その報告を受けた僕らも、予定通りの配置につく。
僕とエウリューケはレヴィン及び襲撃者の対処。レイトンはルチアを担当し、襲撃の前後で居場所を特定、始末する。
そうして始まった僕らの行動。その動きに対応し、奴らもすぐに動き始めた。




