やっと迫った動機
「バーンと戦ったとか」
「ええ、はい。すみませんでした」
石ころ屋に入った僕に、溜息を吐きながらグスタフさんは道場でのことを口にした。叱られるとは思っていたが、開口一番とはやはり僕はとんでもないことをしでかしたのかもしれない。
もう一度、深い溜息を吐いてからグスタフさんは椅子に座り直す。それから水筒の水を一口含み、ゆっくりと飲み込んだ。
「謝ることはねえ。今回は何ともなかった。お前が勝とうが負けようが、隠蔽に影響はねえ。だが、一言報告すれば、面倒ごともなかった」
「ええと、はい……」
謝ることはない、と言われても姿勢的には平謝り状態だ。バーンの暴走に僕も加担したのだから当然なのだが。
だが、それだけで終わりらしい。グスタフさんはいつもの商売人の顔に戻った。
「……それで? 何か欲しいもんでもあんのか?」
「あ、はい。欲しい資料がありまして」
詳しい説明をする気はない。もしも僕の予想が当たっていたとして、本来僕はそこに関係は無いはずだから。けれど、このまま放置も出来ない。
ならば、確かめなければ。
「ライプニッツ領でレヴィンが生まれてから行われた施策……その中でも特に技術的なもの。照明や移動手段に関してなどの施策と、そこにレヴィンがどう関わっていたのか。そんな資料を用意していただけませんか」
「奴が……? 何の意味がある?」
そう、わからない。多分グスタフさんには。レイトンにだってわからないだろう。
「僕の戦う理由になりそうなんです。おいくらでしょう?」
僕自身にもうまく言えない。
「……ライプニッツ入りしている工作員に、ついでにまとめさせる。金貨一枚、それと明後日まで待て」
「わかりました」
僕は金貨をそっとカウンターに置く。
この情報を求める意味は、正直僕にもわからない。そして、わかるとしたら僕だけだ。
けれど多分一つ言えるのは。
僕はきっとこの世界を、結構気に入ってるのだ。
商談もすぐに終わった。これ以上邪魔をしてはいけない。そう思った僕は踵を返そうとする。
「……ところでお前、家に帰ってないのは何故だ?」
しかし聞こえてきたグスタフさんの突然の言葉に僕の足は止まり、そして首を傾げた。
「帰ってますよ。荷物をとりに戻りましたので」
「だが、昨日おとといは屋外で寝泊まりしていた、だろ?」
……たしかにその通りだ。帰ってきた後、鍵を受け取ってから一度荷物を取りに行って、それから僕は家に帰らずにいた。だが、それはさしたる理由があるわけではない。
「特に理由はないです。ただ少し、帰りづらかっただけ、といいますか」
「帰りづらい?」
「はい。街を出ていくときに、次に鍵を開けるのは僕の意志で、と決めてましたので」
「……そいつぁ悪かったな」
「いいえ」
僕の言葉に含まれた意味を察したグスタフさんは、ポリポリと頭を掻く。しかし、謝ることはないしそもそも誰も悪くない。悪いとしたら、そんな細かいことにこだわっていた僕、それと呼び戻された原因のレヴィンだ。流石にそこまでいくと難癖になってしまうし、レヴィンのせいでもないのだが。
僕は一度息を吸って吐く。それからまた、グスタフさんの方へ向き直る。
「では、明後日まで結果は出ない、ということで。僕はそれまで待機しています。まだまだ用意しておかなければいけないことがありそうなので」
「……クク、今度は誰の影響だろうな。エウリューケあたりか」
目を伏せて、楽しそうにグスタフさんは笑う。何故ここでエウリューケの名前が出てくるのかわからない。しかしその言葉が真実だったので、僕は恥ずかしくて目を逸らした。
石ころ屋を出て、これからの算段を付ける。
煩わしさは変わらないが、少し楽しくなってきた。
そうだ、石ころ屋は動いている。けれど、僕自身、邪魔にならぬように動いてもいいはずだ。レイトンの言う通り、僕は今回の対レヴィンには参加していても、石ころ屋に参加しているわけではないのだから。
もちろん、邪魔をしてはいけない。けれど、僕が僕自身の準備をする分には、何も問題は無いだろう。
「といっても、何をしようかな」
僕の口からそう言葉が漏れる。準備、必要な準備とはなんだろうか。
レヴィンの魔法については、詳細が分からないということが分かった。だが、今回グスタフさんに依頼した資料を確認して、『僕の予想』が正しければ、それはもう既知のものとなる。
では、他の仲間について調べる?
それもグスタフさんたちが調査中だろう。『ミーティア人姉妹』と『ルチア』、それらについては当たっているはずだ。
喫茶店での接見時、レヴィンは『こちらに五人』と言い切った。レヴィンとモノケル、それに姉妹とルチアで計五人だ。ならば、それで全部だろうか。
いや、違う。
そこまで考えて、もう一つ気が付いた。
あの時、砲弾は予期せぬ方向から飛んできたのだ。流石に、奴らの仲間がいる方向からならば警戒していた。あんな、反応出来ないほどの予想外にはならない。
とすると、もう一人以上、正体不明の者がいる?
あの砲弾が遠隔操作で撃たれでもしていない限り、そういうことになる。
それに関しては取り越し苦労の可能性もある。本当に遠隔操作だったり、僕の油断だったり。……後者は流石に納得できないが。
しかし、その人物に関してはどうしたものか。石ころ屋の警戒網に引っかかるのならばいいが、それを頼るにはさすがに情報が少なすぎる。
レヴィンと関わりのある者。今のところ、それくらいしか手掛かりがない。名前も性別も何もわからない以上、手出しのしようがないか。
結局のところ、相手のアクション待ち。待つのは慣れているが、こうも続くと少し嫌になる。
いや、もう一つ選択肢がある。
待ち構えるという選択肢だ。
「相手の目的の邪魔をする準備、ってところかな」
道を適当に歩きながら、そう口に出して思考を整理する。人々が行きかう往来だ。独り言の一つや二つ、注目されるものではない。
待ち構えるのに必要なもの。
「まず必要なものは、……相手の狙い?」
餌と言ってもいいか。相手が何をしたいかによって、妨害に関しては決まるだろう。
だが、レヴィンたちの狙いとは何だろうか。行動はわかっている。だが真意は読めない。今回は、小さな騒動を起こす。前回は、クラリセンに竜を呼んだ。その前は、ネルグから開拓村に向けて竜を。
足元の石を蹴る。小さいその石は、くるくると回転しながら道の外れに落ちていった。
「レイトンは『くだらない理由』と言っていた。グスタフさんは、『お前らには理解できない』とも」
まず思いつくものとしては、誰かを狙った。
狙っている相手をめがけて魔物を呼ぶ。ヘレナと殆ど同じだが、行動としては納得できる。
しかし、その場合は誰を狙って? クラリセンでは僕かもしれない。けれど、他二つは違う。
今回起こすものには、わざわざ僕に『関わるな』と言ってきている。そして、開拓村への時には僕とレヴィンはまだ会ったことがなかった。
それに、レヴィンは『今回も邪魔されては困る』と言っていた。ならば、全て同じ目的のはずだ。つまり、標的は僕ではない。
「街や建造物を狙ったものでもない。開拓村もクラリセンも離れているし……」
そもそも、その場合は竜など不要だ。あいつならば、魔法で何とでもなる。デンアやシウム、オラヴ、僕やレイトン。その時その場にいた者に妨害を受けなければ、だが。
一つ息を吐いて、空を見上げる。
レイトンがよく言う『助け舟』が今はほしい。行動をしたいのに、能力が伴わないのは少し悔しい。
いや、今までの傾向からみるに、きっとレイトンからのヒントは既に出されている。
それに、グスタフさんも言って……。
「そうだ、『既に半分達成されている』とも……」
たしか、グスタフさんはそう言っていた。ならば何か変化があったはずだ。あいつに関わる何かが。
「竜を呼んで、それが何もせず倒されているのに、達成されている」
それも、半分。竜が何かを起こすのが目的ではない? 逆に言えば、竜でなくてもかまわなかった。
「レヴィンは王都近くで仕事をしていたけれど、『思っていたのと違っていた』。……それも関係している……かな?」
それが効果なかったから、今回の騒動を起こそうとしている。そうレイトンは言っていた。
ならば、目的は同じのはず。
だったら……。
「……それか……?」
脳裏に浮かんだのは、本当に嫌で、くだらない理由。
思えば、狐の剥製をめぐる決闘の時から、ヒントはあった。けれど、その想像通りだとしたら。
「凄く嫌な奴だよなぁ……」
はた迷惑、そんな言葉しか僕には出てこなかった。




