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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
抗争

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優しい妨害

3/6 コピペミス修正しました。(少し抜けてましたすいません)

 

「それまで!」

 クリス師範代の声が響く。

 バーンは膝から崩れ落ちる。体には当たっていないのに。その木剣の柄を握る手は緩み、またもう一つ、カランと音がした。

 その姿を視界に収めながらクリス師範代の方を向くと、師範代は渋い顔で頷いて応えた。


 もう一度、バーンを上から見下ろす。その露骨な様は、わざとだ。

「噂は正しかった、と、これで納得いただけたでしょうか」

「…………!!」

 唾を飲んだ音がした。その言葉に反応する、ならばまだ希望は残っている。

 少しだけ顔を上げたバーンは俯きながらも、力強い視線で床を睨んでいた。


「……今一度、機会を……!」

「お断りします」

 こちらを見ずに、それでも力のこもった懇願を口に出したバーンの言葉を断る。即答だった。

「貴方たちの流儀で試合を行い、勝敗は決した。文句のつけようもないでしょう。これ以上は、本当に付き合う気はありません」

 なるべく笑顔でそう答える。ただの噂だけで自分たちの流派の強さを否定されたくない、それも正論だが、結果が出た以上それで終わりだ。

 結果は出た。カラス対月野流は、カラスの勝ち。

「それにこれ以上は……、師範代も望んではいないでしょう」

 クリス師範代は僕の視線に無言で応えるが、その表情からは少しだけ余裕がなくなっている気がした。


「……どうしても、と望むのであれば……」

「もう勝負ありでやす」

 僕の言葉の続きを予想したのだろう、クリス師範代は僕の言葉を遮る。

 だが僕はそれを無視して、バーンに続けた。

「ここからは武術家としてではなく、探索者として、でしたらお相手出来ますけれど」

 探索者として。バーンもその言葉の意図を察したのだろう。期待と焦りが同時に顔に現れた。


 簡単に言えば、利益をよこせ。

 そしてその言葉と一緒に、ある意味を含んでいる。



「『助け舟を出すのであれば』」

 ここからはもはや僕の意地の時間ではない。彼の気は、これで済んだはずだった。これで勝負がついたことを認めるのであれば、それで話は終わりだった。実際に戦って実際に出た勝敗なのだから、非の打ちどころもない。

 しかし、バーンは否定した。もう一度機会を、と。先ほど師範代が『こういった申し出はもうさせない』という言葉を発したのを聞いたのにもかかわらず。

 ならばもう、付き合う気はない。僕は、ギルドで口にした言葉を少し変えて繰り返す。

「僕が戦う理由を作ることですね。石ころ屋に向けた理由ももうなくなりました。僕の個人的な理由も」


 と、そこまで言ったが、その辺り(探索者)は理解できているだろう。いや、していなければならない。

 僕に会いに来た時の歩法。あの気配の殺し方は、武術家や騎士のそれではない。



 一瞬だが、道場内に静寂が訪れる。ここでバーンが応えなければ、クリス師範代の当初の予定通りになるのだろうが、彼は師の意を汲み取れるだろうか。

 淡々と、僕は言葉を重ねていく。

「ここまで、貴方が行ったことは正しかった。武術家としては、ですけど」

「それは、どういう……」

「でも、手段としては間違いです。だから、ここで貴方は苦い思いをしている」

 レイトンの真似。遠回しなヒントはどういう匙加減で出していいのかわからない。そしてこれは、探索者の()()としてのアドバイスに近い。


「月野流は強い。僕もそれは認めます。正直不思議な技に驚きました」

 摩訶不思議な力の流れ、打ち合わせたところから武器を破壊する技は、多分今の僕には真似できない。そしてそれは、僕に必要のない技術でもある。

「けれど、貴方のしようとしていることへの相性は悪い。だから、クリス師範代はこんな遠回りなことをした」

 クリス師範代に目を向けると、目を逸らすようにして唇を結んだ。多分、あっている。


 バーンに手を差し伸べながら、僕は微笑む。

()()()()()()()()()()、クリス師範代が僕の戦い方を制限した理由。それさえわかれば、次に何をすればいいのかわかるでしょう。急ぐな、ってことです」

「……正直、カラス殿が言っている意味がわかりません……」

 僕の手を握り返しながら、バーンはそう答えた。わからない、ならばそれでもいいだろう。




 引きずり起こすようにバーンを立たせて、それから少し離れる。

 念動力で新たな木剣、それも闘気で強化出来る金属の線が入った木剣を勝手に引き寄せて、バーンの下へと浮かべて届けた。


 ここからは、僕の利益のための時間だ。

 利益は、誰がどう作ろうと変わらぬ価値を持つ。利益など、いくらでも作り出せるのだ。



「では最後に、貴方ではなくクリス師範代のためにもう一度立ち合うとしましょうか」

「……カラスさん」

 クリス師範代は、咎める口調で僕の名を呼ぶ。彼は弟子に対して、優しかったのだ。そのせいで、こんな遠回りなことになった。

 顔だけ向けて、一方的に許可を取る。

「闘気や魔法の使用、何でもありで、よろしいですね?」

「許せるはずが……」

「お願いします……!!」

 断ろうとする師範代の言葉を、バーンが頭を下げて遮る。師に逆らう行為。それは道場などではご法度だろうに。僕と同じく、彼は社会生活には向いていなさそうだ。


 下げられたバーンの後頭部をしばらく見つめ、それから、クリス師範代は溜息を一つ吐いた。

 目をギュウっと瞑り、見たくない、といった顔で、彼はついに折れた。

「……。……しかたありやせん。『勝負の結果に対する意趣遺恨なきこと』という道場法度、忘れないように」

「はい!」

「……カラスさん、どうか、お手柔らかに……」

 嬉しそうなバーンの弾む声。それとは対照に、クリス師範代は肩を落として壁際まで下がった。



 闘気の使用が許されたからだろう。

「スゥゥゥゥ、フゥゥゥゥゥ……」

 息を整えながら、構えているバーン。その構えは先ほどよりも力強く、そして目元には笑みが浮かんでいる。勇ましいことだが、大丈夫だろうか。対戦相手なのに、少しこれからが心配になってきた。


 先ほどと同じように、始めの声は無い。

 そして、同じ動き。飛び込むような、だが先ほどとは段違いの鋭い突進が僕に向けて迫ってくる。


 その突進に向けて滑り込み、剣を躱しながらバーンの顎に手を添える。

 そう、今はこれは剣術の試合ではないのだ。


 やや上に持ち上げながら顎を跳ね上げ、そしてそのまま下向きに落とす。


「っぅごっ!!」

 背中から叩きつけられたバーンの息が強制的に吐き出され、変な声が出た。

 まだ、まだ『それまで』の声がかかっていない。


 跳ねるように体勢を整えつつ立ち上がるバーンの目の前に人差し指を突き出し、魔力を込める。

 そして、ゴウ、と音を立てて打ち出された火球。側転するようにそれを躱したバーン。


 着地地点に、上から念動力で圧力をかける。


「が、はっ……!!」


 石畳に罅が入るほどの圧力。それを一身に受け、バーンの倒れた体が小さくなったような錯覚を見せた後。


「……それまで……!」

 クリス師範代の止めの声が入ると当時に、バーンは意識を失った。






 道場端に毛布を敷く。その上に、倒れたバーンを乗せてからクリス師範代に向き直る。

 落ち込んだ様子のクリス師範代は、僕の顔を見ても怒りを見せなかった。

「すいやせん。私は、お礼を言うべきなんでしょうか……」

 アヒル口は横に伸ばされ、眉はキュッと寄っている。そのクリス師範代に向けて、僕も言っておかなければ。

「いいえ。ここは、バーンさんが目を覚ました後、怒鳴って追い払うべきでしょう」


 当初頼まれた、『壁になる』という言葉はこれで果たせたと思う。これは、越えられない壁だが。


「……バーンの探索者志望、いつから気がついてやした?」

「いつから、というのはわかりませんが、予感はしていました。レシッドさんとのこととか、その辺りからも、そうなっておかしくはないと思いますし」


 クリス師範代の思惑は、それだ。


 バーンが探索者になることを遅らせる。そのために、僕を使おうとしていた。

「彼は、僕に会いに来た時に気配を殺してきていました。あれは、探索者が遺跡の中で使うものでしょう」

「最近、自主鍛錬していやした」

 悲しそうにクリス師範代は答える。そう、あの剣術の鈍り具合はそれが原因だろう。とてもではないが、色付き相当の使う剣術とは思えなかった。

 そして、稽古試合にもかかわらず、秘されているはずの奥義を使った。それは、探索者の『なんでもあり』という思考に近づいているからだろう。


「……探索者になるんでやしたら、月野流大目録は最低限必要でやす。相手は魔物が多くなりやすからな」

 水天流ならばもう少し低くてもいい。強いか弱いかではなく、向き不向きの問題だが。

「でもたしか、バーンさんは中目録。まだ少々足りないご様子でしたね」

 クリス師範代は頷く。彼はただ、バーンにもう一度鍛えてほしかっただけなのだ。


「僕の戦い方を絞れば、勝っても負けても探索者にならない理由を作れる。勝てば、『こんな剣術も使えない探索者になる意味があるか?』といえるし負けても『鍛え直せ』という理由になる」

「『こんな弱くても出来るんなら、自分でも』と言われたら少し困りやした……」

 ハハ、とクリス師範代は力なく笑う。


「……ま、今回は『あれに勝てなければやっていけない』とでも言えばいいでしょう。そうすれば、きっとバーンさんはまだ伸びる」

 自らの流派を馬鹿にされて怒ったのは本当だろう。ならば、向上心もきっとある。

「へえ、そうなってくれればいいんでやすが……」

 深く息を吐き出し、クリス師範代は笑う。そのとき、寝ているバーンの瞼がピクリと動いた。



 と、こんな無駄話に夢中になっている場合ではなかった。

 僕はクリス師範代に気が付かれないようにさりげなく、バーンの頭部に指を添える。


 わざわざ、不自然な様子を見せないようにして気絶させたのだ。

 僕の利益を確定させておかなければ。




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