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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
抗争

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果たし合いの約定

 



 その男は、動作音が無かった。衣擦れの音や足音。呼吸の音に至るまで恐らく意図的に消している。人が周りにそこそこいる中で、一人だけそうなのは逆に不自然だ。

「そういった近づかれ方するの、ちょっと嫌なこと思い出すんですよ」

 明らかな指向性をもって僕に歩み寄る人影。掲示板などには目もくれず、僕にまっすぐ向かってくる人影に向かって牽制の一言を発する。いつもならば普通に応対するが、今の状況では必要な警戒だろう。


 その人影は、僕の少し後ろで立ち止まる。そして悩んだ様子を見せた後、ようやく気配を発した。

「……すいません、最近癖にしているものでして」

 明るい、そして喉が鍛えられてよく通る声の少年。聞き覚えがあった。


 振り返り、その顔をきちんと確認する。細いが筋肉の圧力が垣間見える体つき、赤い髪の毛に、背中の武器は魔剣だろう。以前この場で会ったことがある。

「えっと、バーン・テシオさんでしたっけ。何か御用ですか?」

「突然申し訳ありません。少々お時間よろしいでしょうか」

 レシッドが魔剣を譲り渡した相手、月野流の門人、バーン・テシオが真面目な顔でそこに立っていた。




 探索ギルドの受付前、待合室の端に置かれているソファー。以前も使ったその場所で、僕らは向かい合って座る。

 何の用事だろうか。もう一度僕のほうから尋ねようとしたそのとき、バーンのほうが口を開いた。

「私と、立ち合っていただきたい」

「立ち合う、ですか。理由がありません」

 唐突なその言葉に僕は戸惑う。

 以前のレヴィンたちと同じような言葉。それが何故だかはわからない。ともかく、どんな理由であれ面倒ごとはなるべく避けたい。断る方向でいこう。

 そう思い言葉を頭の中で整理し始めた僕に向けて、淡々とバーンは言葉を重ねる。

「一手指南、ということでどうでしょう」

「……それは……」


 練習試合で、ということか。だが、それは多分本意ではないだろう。


 記憶に新しい僕とモノケルの戦い。明らかに衛兵に追われるようになってしまうその行為は、グスタフさんの手で隠蔽されている。

 そのとき僕は一手指南の名目で、月野流の門人と野試合を行っていた。そういうことになっているはずだ。それが今朝聞いたグスタフさんからの報告だった。


 わざわざそれに被せている? ならば、バーンはそうやって使われたことに異議を……。


 僕の推測した内容を察したかのように、言葉は続く。

「先に申し上げておきます。貴方と月野流の門人が手合わせをした。そうした噂が流れていることに関しては不満はありません。クリス師範代が了承した話です。私たちのためにならないものではないでしょう」

 異議は唱えない。クリス師範代とやらが誰だかは知らないが、グスタフさんはその人に話を通したのだろう。

「でしたら」

「けれども、一つ我慢できないことがあるんです」

 僕らが戦う意味などない。そう続けようとした僕に、バーンは拳を膝の上で握りながら言った。

「昨日聞いた話です。街の食堂で、大人たちが話していた噂話」

 淡々と、その聞いた『噂話』をバーンは机を見つめながら口にした。



『月野流と例のカラスが立ち合っていたんだってよ』

『へえ、そりゃあ興味深いね。どっちが勝ったんだ?』

『知らねえ。けど、カラスのほうだろ? 竜を倒した奴に、いくらなんでも勝てるわけがねえ』



 台詞を言い終わったバーンは、悔しそうに拳を握り締める。白くなった拳は、微かに震えていた。

「貴方の強さも聞いています。レシッドさんからも、よく」

 脳裏に酒を飲みながら武勇伝を話すレシッドの赤ら顔が浮かぶ。多分、話すとしたら酒の席だろう。

「……ただの噂話じゃないですか」

「はい。ただの噂話です。しかし、それは町民の認識なのでしょう。『カラス殿は強い』『月野流ではカラス殿には勝てない』というのが」

 ようやくわかった。彼は意地のためにここに来た。


 魔剣が淡く光を放つ。使う気はなさそうだが、無意識に溢れた闘気に反応してしまったのだろう。

「月野流は対魔物を想定した剣術ではありません。鬼……程度ならばなんとかなるかもしれませんが、確かに竜は難しい。勝てるとしたら多分、開祖様くらいです。ですけど、だからこそ」

 僕を睨むようにバーンは見る。敵意は無い。けれど闘志に燃えている。

「人間には、負けません」


 その言葉を証明するために、ここに来たのだ。



「……わかりました」

「それでは」

 目を輝かせて薄く笑いながら、バーンは頷く。

「しかし重ねて言いますが、戦う理由はありません。貴方にあっても、僕には無い」

 バーンが力の証明をしたい。その気持ちはわかった。

 けれども、僕の側には何もない。


「正直に言いますと、僕はそんな噂に興味はないです。どちらが強いかなんてどうでもいいですし、それにこの試合、勝っても僕に利益はない」

 依頼が貼り出された掲示板を見る。たくさんの依頼が並んでいるそこ以外にも、僕らへは依頼が来る。

「でももしも僕が負ければ、僕の信用は若干落ちるでしょう。そうなれば、指名依頼をする人は減る。その上僕がもしも勝てば、第二第三のバーンさんが月野流から現れてもおかしくない」

 そして一応失礼なことではあるので口には出さないが、ここで試合を受けなかった場合。バーンが『あいつは試合から逃げた臆病者だ』と吹聴して回ればそれも僕の不利益となる。

 実は僕、それなりに詰んでいるのだ。



「助け舟を出すなら……」

 言いかけて、内心噴き出す。これはよくレイトンが口にする言葉じゃないか。

 けれどもこの言葉の意図は違う。正直これは僕の、懇願に近い。

「僕が戦う理由を作ることですね。どうしても戦いたくなるような、そんな理由が理想です」

「私に、何か賭けろと……」

「それもいいですね。とにかく、探索者は利益無しには動きません。ましてや動いた結果、不利益になるなんてことになったら最悪です」

 勝っても負けても戦わなくても不利益になる。なるほど、この状況、本当にレヴィンの時と一緒だった。

 だから、僕に利益を作らせる。その代わりに何を差し出せるか? と、そういう意図を込めた言葉。


 だが、そこまで言って気が付く。違うこともあるじゃないか。

 レヴィンたちは奪いに来た。だが、バーンは取り返しに来たのだ。自分たちの名誉と誇りを。



 脳裏に、嫌な顔の大人たちが浮かぶ。正当な訴えを行い、実際に行動したキーチやテトラを笑った顔。

 出来るのに、やらない。それは僕の嫌いなことだったはずだ。



 僕を見返すのは真っすぐな目。

 そうだ。僕は何を考えていたんだろう。

「と、()()()()()はそこまでにしましょう」

 レイトンの真似はやめだ。溜息を吐きながら僕がそう口にすると、バーンは目を丸くする。

 僕の、突然の内心の変化だ。わからなくても仕方がない。


 損得勘定は探索者の常。けれどもそれは、常に優先すべきことではない。

 バーンの訴え、『自分たちの名誉を取り返したい』を理由を付けて何もせずに退けては、本当に僕は逃げただけになってしまう。

 勝ち取らなければ。そうしなければバーンの気持ちも、僕の嫌悪感もきっと治まらない。


「場所と時間はどうしましょうか。今ここで、は流石にやめてほしいですね」

「……受けていただけますか」

「はい」

 僕の内心の嫌悪感が消えないうちは、という但し書きはあるが。

 返答に唾を飲み込みながら頷くと、バーンは重々しく口を開いた。

「……半刻後、月野流道場の前で」

「わかりました」


 立ち去るバーンの後ろ姿。力強い足取り。

 以前見送った時とは違う、魔剣が背に見える。


 それだけで、その後ろ姿は少し輝いて見えた。




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