剣神モノケル
剣の出所、上空を見れば、三階建ての建物の屋根の上からエウリューケの青い髪が覗いていた。
物陰に体を隠すようにちょこんと顔の一部だけ出して、こちらを見ている。
しかし、何のつもりだろうか。明らかに、この剣を投擲したのは彼女だ。
それは何のためだろうか。援護のため? ならば大剣は選ばない。それにきっと、魔術での援護射撃が入るだろう。まさか、僕の邪魔のために? 短い間しか付き合ってはいないが、それでも裏切りそうな感じはしなかったが……。
意図が分からず僕がジッと彼女を見つめると、それに気づいて肩を震わせた。
「レイトンさんからのお届け物ですぜ! あとは知ーらねっ!!」
そう言い残して今度こそ姿を消す。体が完全に隠れて見えなくなり、そのあと転移でもしたのだろうか。気配はなくなった。
考えてばかりいるわけにもいかない。一応敵の眼前なのだ。
無言でモノケルの体が迫る。地面に突き刺さった大剣を飛び越え、僕の目の前に着地する。
刃の無い剣を携えて、だがそれを使うわけにもいかないのかリーチも短い鉄槌打ちが振るわれた。
「……よっ」
その拳を難なく躱して、開いた体の中心、腹部に向けての前蹴り。綺麗に決まり、またモノケルの口から液体が噴射された。
たたらを踏むモノケル。それを見ていた視界の端に、先程突き立てられた大剣が入った。
……ああ、なるほど。
だから大剣を届けたのか。レイトンの意図が一部読み取れた気がする。
納得し、横に飛び退いたモノケルを無視して大剣に歩み寄る。
その柄を掴んで、……高いな。身長の関係で掴み辛いので、刃の部分を摘まんで地面から引き抜く。
もう少し身長が欲しい。
「流石に、僕の体格には合いませんね」
両手を使って柄を持つ。長大なその剣は分厚く、そして重く、闘気で強化しなければ持ち上げることすらままならない。水平に持とうとするだけでも、重心の関係で倒れそうなほどだ。
だが造りはしっかりしている。何か罠があるわけでもない普通の剣だった。
「……普段使わぬ兵器でも充分だと……貴様……」
「そういうわけではありませんよ。もっと単純ですし、それにもっと悪質です」
勘違いをしているようだが、この剣は僕が使うわけではない。
剣を放り、モノケルの足元に落とす。ガシャンと派手な音がした。
「お使いください。仕掛けも何もありません」
「………」
恐る恐る、といった感じでモノケルは手を伸ばす。視線は僕に固定され警戒は怠っていない。
流石というべきだろう。両手剣を軽々と片手で持ち上げ、顔の前で切っ先を上に向ける。片目は僕、もう片目は刀身を見つめ、空いた片手でその刀身を撫でる。
そして刀身を水平に横へ向けて構え、フウと一息吐くと、舐めた。
「何のためにとは問わぬ。……後悔するぞ」
「いいえ。多分、後悔しないように、届けられたものです」
「そうか」
僅かにテンションが上がったようで、心持ち口角が上がっている。その身が霞んだかと思えば、横薙の剣閃。刀身も見えないほどの剣撃を躱す。
……予想以上だ。僕のローブの端が切り取られてはらりと落ちた。
次は縦。
上段に振りかぶられた刃が僕に向けて一直線に迫ってくる。
片手で振り下ろされる雷のような剣撃を避けて横に飛ぶと、その地面に突き刺さった剣を起点に浴びせ蹴りまで飛んできた。
「……!!」
クロスアームブロック。咄嗟に腕を重ねてその直撃を防ぐが、衝撃までは殺しきれない。まともに背中から壁に叩きつけられた。
休ませてもくれない。わずかに跳ねて、立ち上がろうとする僕の頭部のあった位置に突き刺さる刃。
「でぇっ!?」
モノケルの突きを顔を捻って避けるが、その突き立てられた刃はそのまま横薙に振られて建物に大きな傷を残した。
転がり態勢を整える。
じっと僕を見ているモノケルは、もはや次の攻撃に移れるよう準備を整え終わっていた。
想像以上に強い。
攻撃は鋭く速い。恐らく、すべての体術が大剣を持った状態に最適化されているのだろう。ただの蹴りが先程ともまるで違う。これが、モノケルが半身を取り戻した姿か。
サーロと同じような能力は無い、とそう思った。だがその無骨で力強い戦い方はサーロを彷彿とさせる。サーロが今代の獣神ならば、モノケルは〈剣身〉ではなく〈剣神〉とでもいえばいいのか。
強大な敵。それは危機的状況であり、本来歓迎すべき事態ではない。
だが、僕の顔に笑みが浮かんだ。
そう、それが多分、レイトンがここに大剣を届けさせた理由の一つなのだろう。
やはり、相手は強者でなければ。そうでなくてはいけない。
相手が強いからこそ力を出し切れる。僕も、全力で戦えるのだ。
僕の首を刈り取る一撃。それをしゃがんで躱し、足払いをかける。
が、モノケルは振り切った剣に引かれるように宙を舞い、そのまま一回転。アクロバティックな動きで、初めの勢いを全く殺さずに、むしろ加速して僕に叩きつけようとする。
その剣の軌跡は全くブレずに地面と壁を通り、線となって引かれていた。
「流石……!」
感嘆の言葉を吐く暇もない。言葉と空気を切り裂く袈裟斬りを避ければ、背後にあった三階建ての石造りの建物が、斜めに切り裂かれ崩れ落ちた。
褒めてばかりもいられないようだ。その建物の中は監視員により避難勧告でも出たのか、誰もいない。だが、それでも他人を巻き込むのは避けるべきだ。ならば何故剣を渡したかと言われれば立つ瀬もないが、それは二つ目、そして三つ目の意図が絡んでいる。きっと間違ってはいなかった……はずだ。
気炎というのか、モノケルの体が陽炎を帯びたように見える。
けして侮れぬ敵だった。簡単な敵、などではない。
と、そう確認させるのもレイトンの狙いの一つだろう。
僕に強い敵をぶつけるという嫌がらせかもしれないが、そこまでする人とは……いや、クラリセンのときから考えれば、する奴だ。ではこれで四つ目か。
まあ何にせよ、勝たなければ。
侮れぬ敵であれ、何であれ。
数十個の火球を作り出し、浮遊させる。
あっという間に気温が上がる。チリチリと、僕の頬に熱気が伝う。
その火の一団を残し、モノケルの下へ飛び込む。反応が一瞬遅れたのか、腕が上がる速度が緩い。
そして、渾身の掌底。モノケルの腹部に直撃した掌から、硬い衝撃が伝わる。
「くぅ……!」
怯んだモノケルに殺到する火球の雨。
爆発と見紛う激しい音と光。
手応えはあった。




