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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
抗争

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閑話:窮地の少女

三人称ですが、閑話ではありません。

2/15 主人公不在かつ三人称なので、やはり閑話表記へとサブタイ変更しました。この次の話ともども、読まなくても話はつながります。


 


 姿を一時的に周囲から隠すことが出来る『認識阻害』の魔術。それはそれなりに高度なものである。

 姿を隠すにはどうすればいいか? それ自体は簡単だ。見えなければいい。発する音が聞こえなければいい。その結論に至るのは至極簡単なことだ。


 だが、そこに至る感覚を身に着けるのは容易ではない。

 当然、実際に自らが透明になった姿を想像するのは難しい。実際に『透明になった姿』という姿が存在しないからだ。そして、音も出る。自らが動けば周囲の空気も動く。踏んだ地面の音がする。衣服が擦れる音がする。


 故に、認識阻害の魔術を身に着けるのには、その矛盾を解決しなければいけない。

 後者は、ゆっくりと慎重に動くことや衣服の工夫を凝らすことで解決できないわけではない。

 だが、前者は難しい。仮に自らを透明か、もしくは限りなく僅かにしか光を遮らないようにする薬などがあれば、前者の姿を形作るのは出来るだろう。しかし、そのような薬など存在しない。


 その矛盾を解決するために、魔術師が使う認識阻害は工夫が凝らされている。


 自らの体を変えるのではない。自らの発する情報を変化させるのだ。

 即ち自らの周囲を覆う力場を介し、可視光線を赤外線、紫外線として処理させる。可聴域から大きく外れた音に変換し、他者の耳には聞こえない音に変える。

 受け取った者が情報を正確に受け取ることが出来ないように、認識を歪める。

 熟達した者であれば、更にそこに匂いや周囲の環境に対応した要素まで加えて行うが、原理はそう変わらない。


 エウリューケ・ライノラットの普段使う認識阻害も、そのような原理によってなされる業だった。



 実際には可視光線や可聴域などという概念が発見されているわけでもない。更に、とある探索者はそれ以上の結果を生み出すために、それよりも原始的かつ単純で簡単な方法を幼少期から無意識に使っていた。

 自らの発する何かではなく、他者の認識を歪める。故に、『認識阻害』。非効率なその方法が刷新されるには、まだ相当な時間がかかるだろう。




 エウリューケは認識阻害の魔術を用い、さらに空間転移も加えて誰に悟られることもなく街を移動する。

 今日の目的は、破壊工作。エウリューケの得意とする工作のひとつだった。


 その破壊の標的となっている家屋、その壁に向かい、周囲には認識されなくなっているエウリューケが独り言を呟く。

「てってれー! もうちょい、もうちょいですぜー!」

 舌をぺろりと出しながら、額に汗を浮かべながら、目にもとまらぬ速さで手を動かし続けていた。


 ネルグ産の蝶の鱗粉を調合した特製の染料。それを用い、特定の絵柄を複雑に組み合わせて壁に文様を描いてゆく。

 強い光を当ててよく見ればその銀色の鱗粉が見えるが、逆に言えばそうしなければほとんど見えることはない。そしてその銀の粉はわずかながら魔力を通し、滞留させることが出来る。

 精密に描かれたその模様に魔力を通せば、簡単な作用を起こす。

 単純な円や四角形などを千を超える数で組み合わせたそれは、エウリューケの研究成果の一つである魔法陣だ。



 今回使われた魔法陣の効果は《発火式》。特に何の方向性も持たず、指先ほどの火が熾るだけのものである。それを、建材や当日の風向き、立地などを考慮して建物が全焼するように配置する。それも、エウリューケ以外に出来る者は少ない。

 この技術の最高到達点が『神器』と呼ばれる道具ではあるが、それを現在知る者もいなかった。


 その魔術も魔法陣の技術も、その最高到達点に至る階梯に足をかけている。

 治療ギルドも魔術ギルドも、彼女の価値を理解することはなかった。彼女を破門しなければ、何万人もの人間が救われ、何万人もの人間が何も知らずに死んでいただろうに。




 両手を広げたほどの大きさの魔法陣を描きあげて、うっとりとエウリューケはそれを見つめた。

 自らが描いた魔法陣は、いつ見ても芸術品だ。実際には肉眼ではほとんど見えないのだが、それでもエウリューケにとっては渾身の作品である。肉眼ではなく、心で見ている。彼女はそう自負していた。


「あとふったつー!」

 足取り軽く、エウリューケはその場を離れていく。その顔には、ただ笑みが浮かんでいた。被害も、それにより起こる不幸の連鎖も何も考えない。

 手綱を握れば有効に使える、罪悪感なく好奇心によって動く魔物。グスタフのエウリューケ評に合致した姿が、そこにはあった。





「最後だねー、うっひゃー!! 手が、かったるい!!」

 五つ目。これで、グスタフより知らされた標的の建物は最後。イラインの北側にあったその建物の前に転移したエウリューケは、その粗末な建物を見てそう言った。

「ここの造りからするとー、こっちからのほうがよさげだわさ」

 とてとてと、見当をつけた壁に駆け寄り腕を捲る。ここに魔法陣を設置し、そして安全圏から魔力波を用いて五つの魔法陣を同時に起動させる。

 それで今回の仕事は終わりだ。あとは各地に散っている監視員と、あの武闘派の二人が何とかしてくれるだろう。そう思ってエウリューケの腕も若干軽くなった。


 その背後から、風が吹いた気がした。



 エウリューケは、正面切っての戦闘が得意ではないと自負している。だが、それでも察知できるほどの違和感にエウリューケは背後、その上空を見る。

 そこには、見間違えかとも思うほどの小さな影。それがぐんぐんと大きくなり、そしてそれが人間だとわかった時には、反射的にその体は大きく右に跳んでいた。


「疾っ!!」

 掛け声とともに、エウリューケの立っていた地面、そしてその先の建物に剣が食い込む。

 地面に裂け目が出来たかと思えば、その裂け目を作り出した本人は身の丈そのものの大剣を引き抜いて、エウリューケを見た。


 やや重たい瞼の奥から見える眼光は鋭く、だが空虚な輝きを帯びている。

 一拍待ってその男は口を開き、感情を感じられないほどの無表情に言葉を乗せた。

「雑魚か。……だが、ルチアの予想も正解らしい」

 その姿を見たエウリューケは、ビシッと効果音でも付きそうなほど機敏な動きでその男を指さした。

「ああああんたかいな! あのモノケルってやつぁ!!」

「答える義務はない」


 モノケルは腰だめに大剣を構える。

 自らの胴を両断するその軌跡を想像し、さらにその後の自らの姿も想像し、エウリューケの顔はサッと青くなった。

 武闘派ではない自分が、戦闘でかなう相手ではない。


「じっちゃんのドバカ!! あたしにこんな役やらせんなドあほ!!」

 それでも戦うために準備をする。焦りながらも彼我の戦力を必死に計算する。



「がんばれあたし! 生き残れるか? 生き残らなけりゃ文句も言えねー!!」


 悲痛な叫びを聞き取れたのは、至近距離にいたモノケルただ一人だった。




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