整理した推理
「きゃっほーい! ただいま帰りー!」
朝に似合わぬ軽快な動きで、エウリューケが木の扉を引いて開ける。
変な挨拶をするエウリューケ越しに中を見れば、そこにはいつものようにグスタフさんが座っていた。
眠気など全く見せず、落ち着き払って口を開く。
「早かったな」
「そうね、そうね、そうなんだよ実はさあ……!」
「お前も、すまねえな。楽しい旅の途中に呼び出しちまって」
慣れた様子でエウリューケを無視し、僕に向かって謝ったグスタフさんは、そう言って微笑む。
僕の方も、『どれくらいかわからない』と言いつつこんな早く帰ってきて何故だか申し訳ない気もするが、今回は仕方あるまい。お互い、何も負い目を感じることなどないのだ。
「いえ。それで、姉妹が見つかりそうだとか」
「ああ。今のところ報告待ちだが、行動範囲はもうわかってる。本人たちもすぐに見つかるだろうな」
「何よりです」
僕が仮面の男を取り逃してしまった。そのせいで事態が長引いている現状、良い報告はそれだけで嬉しい。
「それで、予定外の早さだ。何があった?」
何かあったのか、と有無を問うのではなく、何があった、と内容を問うている。それは、もう察しがついているからの言葉だろう。
「襲撃というか、……まあ、襲撃ですね。仮面の男から襲撃されました」
「ほう……」
グスタフさんは目を開く。だが本当に、予想をしていたのか驚きは小さいようだった。
「お前なら返り討ちに出来たんじゃねえか?」
「すいません、またも逃げられました。相手は五人組だった……というのは言い訳にはなりませんね」
「そういえば、あたしそのへん見てないー!」
放置されつつあるエウリューケが、グスタフさんの視界の中でビョンビョン跳ねる。少しうざい動きだが、なんかもう慣れてきた。
「追おうとしましたが、すぐに衛兵に囲まれて……」
「そこであたしが活躍したのよねウィッヒッヒ」
「……まあ、はい。エウリューケさんに転移してもらい、今に至る……というわけです」
グスタフさんの顔を伺うように見ると、何かを真剣に考え込んでいるような様子だ。
それから手元にあった水を一口含むと、軽く頷いた。
「つーわけだ。当たりみてえだな」
「報告を待つまでもなさそうだね。といっても確認は必要だけど……もう確定でいいかな」
グスタフさんが奥へとかけた声に、誰かが反応する。
誰かが、というのも違うか。この声は、もう何度も聞いている。
奥から姿を現した金髪の男は僕らを見てニヤッと笑う。
「やあ。カラス君、エウリューケ。ご苦労様」
「いらっしゃってたんですか。気付きませんでした」
完璧な気配の遮断。本当に、肉眼で見なければ背後にいても気付かなそうだ。レイトン・ドルグワント。その隠形は、隠そうと思えばこれ程の練度なのか。
「きみの話の続きを察するに、その襲撃のときになにか聞いたんだろ? それを伝えるために、急いだ」
「はい」
レイトンは話が早くて助かる。グスタフさんのようにちゃんと話を聞いてくれるのもいいが、話をしなくてもいいのもありがたい。
「近く、イラインで何か起こすそうです。『少し被害が出るかもしれないが、すぐに治まる。だからお前は邪魔をするな』と」
「ヒヒヒ、そうか」
僕の言葉に、レイトンとグスタフさんが顔を見合わせる。相談ではなく、確信を持った目で。
それから僕を値踏みするように、レイトンは見た。
「わかった。じゃあ、きみはどうする? これは、きみが黙っていても片付く案件だ」
問いかけの意味はわかっている。僕が打って出るか、それとも石ころ屋に任せるか、だ。そしてその答えはとうに僕の中で出ている。
「もちろん、僕の手で邪魔をします。わざわざ僕に、名指しで『邪魔をするなら殺す』と言ってきた上に、実際に殺しに来ている。あいつのために怖い思いもしましたし、仕返しくらいしなければ」
「ヒヒ、それは彼を殺さなければならないとしても、かな?」
「ええ。ヘレナの時とは違いますから」
ヘレナの時とは違い、滅びた街などない。死人すらいないため、その命は不必要なものだ。
使いどころがない。ならば、躊躇もいらない。
「欲を言えば、正体を知りたいところですが……」
「ん? そんなもの、もう明白だろ?」
僕が漏らした言葉に、本気で怪訝そうな顔でレイトンは返す。
「流石にこれは予想外だ。……けれどまあ、当然でもあるか」
「勝手に納得されても……」
とはいうものの、レイトンにとってはこれは既にわかって当たり前の問題なのだろう。僕の既知の情報を知ったうえで、僕には明白だと言っているのだ。
その僕の肩を、つんつんと突く人差し指がある。目を向ければ、エウリューケが優しく微笑んでいた。
「ウィヒヒヒ、安心するがよいぞ! エウリューケちゃんにもわかってないから!」
「そこは誇るところじゃないね。エウリューケ、きみにも推測くらいは出来るはずだ」
レイトンは僕らにつかつかと歩み寄り、カウンターに指を添える。その指でカウンターをトントンと叩くと、先ほどのグスタフさんと同じように少し頷いた。
「ふむ。……じゃ、きみの参加は反対しておこうか。部外者でなかろうと、事情が分からない者に手を出されちゃうと少し困る」
「あたしは! ねえーあたしー?」
「そうだね、二人とも、だ。これくらい解けなければ、きみも参加する意味がないだろう」
「のー……」
大げさな動作でうなだれるエウリューケのほうを気にせずに、レイトンは僕を真っすぐに見る。
「じゃあ最後に助け舟を出そう。いいよね? グスタフ」
「……好きにしろ」
「ヒヒヒ。まあまあ機嫌直してよ。苛めてるわけじゃない」
それには応えず、グスタフさんは椅子に深く座り直すと、そっぽを向いた。
「それで、以前から今回の件についてまとめてみようか。細かいものは抜きで、仮面の男にかかわるものだけだ」
「は、はあ」
思い出すような仕草もなく、糸を吐き出すようにレイトンは情報をまとめていく。
「まず五年前、初めて『彼』は行動を起こす。ネルグの竜を起こして、イラインへと向かわせた。これが起きた時期が年末年始だった、というのも大きな鍵だ」
「年末年始……。年越しの祭り、ですか?」
「続けるよ」
僕の問いかけを無視して、レイトンは少し笑った。
「そしてこの前の竜騒動。五年間。その間に、何も仮面の男はしていなかったと思ってるかな?」
「…………」
「クラリセンでは、ミーティアに向ける形で竜が誘導された。姉妹が怨恨から行った、というのは煙幕だろうけれどね」
「違う目的があった、と」
「同時に、ここできみへの殺害依頼が出された。……それは、同時に、じゃないというのが真実だろう」
「そりゃ、若干のずれはあると思いますが……」
最後に、本当に可笑しそうにレイトンは顔を歪める。
「以上だよ。本当に、くっだらない理由だよね」
「それで導き出せる答えでしょうか?」
「きみのもっている情報と照らし合わせれば、ね。さて、そこで問題だ」
もう一度、レイトンは僕とエウリューケを見回して瞬きを二回した。
「二人とも参加したければ、仮面の男の正体、それを言い当ててもらおうか。期限はあと一刻、定時報告がある八の鐘が鳴るまでだ。確認したいことがあればグスタフにでも聞くといい。きっと、揃えていると思うからね」
レイトンは歩き出す。店の奥に、自宅のような気楽さで。
「健闘を祈るよ。……ヒヒヒ」
歩いていく闇の先は、何も見えなかった。




