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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
抗争

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起爆剤

 


「あたしはずーっと思い悩んでいたんだよ」

 今までの言動に似つかわしくないその言葉に、僕の中で違和感が酷い。そんな僕の内心など露知らず、エウリューケはテンション低めに続けた。

「治療するたびに思ってた。何で、治療師は祝詞が必要なんだろう。なんで一部の人間だけ、なんの言葉も準備もいらずに治療出来るんだろうって。治療院の中で、あたし独りが思い悩んでいたんだ」

「そんなの、みんな考えて……」

「考えないんだよ。疑問にすら思わないんだ。ただの魔力の大小で全部決まってると思いこんで、工夫すらしないですよあいつら」

 しみじみと吐き出す息に憎悪まで込めて、エウリューケはそう吐き捨てる。


「いろーんなところ回ってきたあたしだし、同僚なんて掃いて捨てるほどいた。でもその殆どはなーんにも考えずに聖典をなぞるだけ。心底! うんざりだったよ!!」

 握りしめた拳を切り株に叩きつけながら、叫んだ。そして一転、力を抜くとまた足をバタバタと振る。

「まあ、もう関係ないからどーでもいいけどね。あんな奴ら、口と鼻に丸めた紙突っ込んで窒息すればいいんだ」

「どうでもよさそうには見えませんが……」

「そんなある日、ある戦場でね、あたしはこの、充填魔術を見たんだ」

 僕の言葉を無視して、右腕の入れ墨を愛おしそうにエウリューケは撫でる。研究の成果、というだけではないらしい。その入れ墨に魔術を充填しているのか。


「治療師団として参加した戦場。そこで、あたしたちを護衛するために、一人の魔術師がこれを使っていた。こう、ね?」

 何かをばらまくように、大きく手を振り上げる。どこかで見たことがあるその動作を、思い出そうとしたがその必要はなかった。

「紙をばらまいて、その一枚一枚に込められた魔術の印を目印に、魔力波でそれを操作する。その魔術を見て、これだ! って思ったわけですよ」

「オトフシさん、ですね」


 そうか、以前も不思議に思った詠唱の無い魔術。オトフシも同じように充填魔術の使い手だったか。


「そんな名前だったかなっ? ま、もう思い出せないんだけど、それからあたしゃ名前を隠して魔術ギルドに入ったわけ。充填法術とでもいうべきそれを実現するために……あとは、説明しなくてもわかるっしょ?」

「……先程の感じから察するに、その充填魔術を受け入れられずに破門された、と」

「そうそう、そんなんそんなん! あいつら本当に頭かったいからねー!」

 嘆くようにそう口に出したエウリューケの顔が、少女でなく苦難を経た女性の顔に変わったように見える。ふざけた言動も奇怪な服装も、何故かこの場に馴染んでいく気がした。




「……そんなことがあったからね。だから君に、会ってみたかったんだよぅ!」

「あまり話が見えませんが」

 今の話の流れから、どうしてそんな話になるのだろうか。不快感はなく、僕は純粋にそう思った。


 ぽつぽつと、思い出しながら若干楽しそうにエウリューケは語る。

「あれはあーしが一等治療師に上がってしばらく経った頃かな。治療院に一人の患者が入ってきたんだけどねー? それが、なんてーかな、歯抜けでね」

 口を大きく開けて、その前歯を示す。歯並びの良い歯に虫歯は無いようだ。

 思わずエウリューケの口の中を確認してしまったが、言いたいことはそうではないだろう。

「虫歯か何かですか?」

「ううん、たしか、喧嘩だったっけ。殴られたときに歯が飛んだとか」

 拳を前歯に当てて、エウリューケは顔を顰める。

「それが、どうもかわいそうでさ……、治しちゃったんだよねぇ」

「法術で、ですか。あれ? でも……」


 殴られて歯を飛ばした患者。それを、僕も見たことがある。

 だが彼は今、入れ歯を入れているはずだ。治療師の治療を受けてなお、それを癒やされることはなかった。

 その原因は下らないものだったが、治療師であれば反応は変わらないだろう。


「聖典に、歯を治す法術は無かったはずじゃ……?」

「よく知ってるじゃないか褒めて撫でてあげよう、こっちおいでー」

 揃えた膝を叩き、僕を手招きしているエウリューケをやんわりと無視していると、つまらなそうにまた足を崩した。


「そうなんだよ。だから、あたしがそれを開発して試してみたんだ。結構上手くいったんだよ?魚の骨を歯に変えるんだ。そうして、他にも同じような患者をガンガン治していった」

「それで上手くできるんですか?」

「大体はいけるよん。たまーに、前歯から奥歯が生えてきちゃったりするけど」

 僕はそれを想像して、小さく噴き出した。まるで馬かなにかのような口内が思い浮かぶ。

「で、案の定それに文句を言われた。聖典に無いから治しちゃだめだって」


 思い出してイライラしてきたのか、エウリューケは後頭部を掻きむしる。

 埃かフケかがキラキラと空中に舞った、


「最近聞いた話では、君は曲がった脚を治したんだってね」

「曲がった脚……、あ、ええ、はい」

 旅に出る前に治した大工のことだ。たしかに、あれも治療師が敢えて放置していたものだったか。

「気をつけ給えな。そんなことを何度もしていれば、治療ギルドも君に牙を向く。あたしと同じように、異端者として、ね」

「……忠告ありがとうございます」

 経験者からの忠告が身に沁みる。そもそも治療ギルドに所属してもいない僕に牙を剥くなど、過激派もいるということだろうか。


 そう、エウリューケの言葉に身を引き締めると、エウリューケは逆に表情を緩めた。

「まっさかー! 忠告なんかじゃないですわよ! むしろ、どんどんやれ、あいつらのしかめっ面はとてもとても面白いものですからよ」

「は、はあ……」

「あいつらと喧嘩するときには、是非是非あたしを呼んでね! ウィッヒッヒー! 腕が鳴るねえ!」

 バッと腕を広げて、エウリューケは叫ぶ。

 会いたかったというのは、そういうことか。



 それから少し話をして、テンションの戻ったエウリューケに連れられ、転移をする。

 よほど楽しかったのだろうか。そこはもうライプニッツ領ではなく、僕らは王領に入っていた。






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