リコの知っていること
顧客の情報を漏らした。商人としては重大な失敗だ。ましてや、グスタフさんが扱う薬など、何に使うかわかったものではないのに。仮にリコが『グスタフさんに毒薬を売った』と吹聴して回り、実際にそれと同じ毒で人が死ねばお互いに迷惑がかかるのだ。
個人情報という概念があまりないこの世界であっても、問題になるだろう。
その失敗に気づき、青い顔をしたリコが誤魔化そうと笑顔を作る。商人であれば、表情ももっと制御しなければ。……今はプライベートだし、そもそも僕がいうことではないか。
「そういえば、リコさんのとこの店ってどんなものを扱ってるんですか? ここには衣服の買い付けに来たそうですが……」
「う、うん、そうだね!」
僕から話題を振ると、リコはそれにすがるように頷いた。
「うちはねぇ、衣料品の他に……っていうか、布製品全般を扱ってるんだ。服とか絨毯とか、他にも色々」
その言葉に内心首をかしげる。布製品全般を扱ってる店、ならば、何故グスタフさんはリコに調和水の個人輸入など頼んだのだろうか。
「じゃ、調和水は、どうして」
言いかけて、気が付いた。別に誰でもよかったのだ。アウラへいく商人ならば誰でも。きっとただ単に頼みやすかったのだろう。
「……いえ。じゃあ、買う服の相談とかリコさんにしても良さそうですね」
「うんうん、何でも言ってよ。きっと役に立つよ?」
「まあ、その時になったらお願いします」
普段着る服にバリエーションが無いのは、別に困ってることでも何でもない。お洒落など考えるだけ無駄だろうし、実用性と両立するのは出来なくはないがやや面倒だろう。僕には必要ないが、社交辞令で僕はそう答えた。
「いや、まさに今必要じゃないか。強そうに見える服を選ばなきゃ」
「強そうに見えるって……。そんな弱そうですか、僕」
わかってはいたことだが、旧友にまではっきり言われるとだんだん悲しくなってくるな、コレ。
「あ、いや、そうじゃなくて! ほら、さっきのあれ、君でしょ!?」
眉を寄せた僕を、リコは慌ててフォローする。だが、『あれ』? 何の話だろうか。
「あれ、というのは……」
「えっと、ほら、さっき君が調和水を採りに行っていたときに、水平線の先が白くなってドーンってなんか光が飛んでったあれだよ!」
「あれですか」
察するに、《山徹し》のことだろう。水平線の先ではあるが、この街でも見えていたのか。
「すごいじゃんか、あんな魔法まで撃てるとは思わなかったよ! 俺!」
「そうですか? クラリセンでも使ったんですけど……、知りませんでしたか?」
「うん、全然」
……? 何だろうか、違和感がある。
リコの言葉がおかしいのではない。何というか、この旅に出てから何度か感じた違和感の一端を、また感じ取ったみたいな。リコが、僕が高火力の砲撃を使えることを知らなかったということからだろうか。
何故だろう。
一瞬黙り、僕は考える。何となく、変な感じだ。
あ。
そうだ。リコが知らなかったことがおかしいのだ。いや、リコが知らないことがおかしいというよりも、リコの持っている情報がおかしいのだ。当然あるべきものが、抜け落ちている。
僕の顔を見て、不思議そうに首を傾げたリコに向けて口を開く。
「……いくつか確認したいことがあるんですけど、いいですか?」
「いいけど、答えられることならね」
「大丈夫です」
大丈夫、難しい質問などは無い。ただリコが、知っていることを知りたいのだ。これは確かめなければ。そうすれば、レイトンの言っていた言葉の意味が、きっとわかる。そんな気がした。
「クラリセンで竜が出たのは知っていますよね?」
「うん。魔物をほとんど討伐したくらいで出てきて、そのまま討たれたって……」
「その竜の死因、ご存知ですか?」
まずは、すり合わせ。僕の問いに一瞬天井を見て、リコは少し頷く。
「たしか、射殺だって聞いたけど」
「射殺、ですか」
僕はそう繰り返した。そうだ、たしかサーロもそんなことを言っていた。ならば、ミーティアと同じような噂を聞いたのか。
「では、その竜を殺したのが、先ほどの魔法だということは?」
「え? そうなの!?」
やはりこれは知らなかったか。では、もう次の質問の答えは決まっている。なので飛ばして、その次の質問だ。
「竜を殺したのが誰かは、ご存知ですか?」
何を馬鹿なことを、というふうにリコは半分笑いながら口を開く。だが、声を出す前に僕の意図に気が付いたようで、ただ息だけ吐き出して口に拳を当てて悩み始めた。
「今の話からすると、君だよね。でも、多分君が聞きたいのはそういうことじゃなくて、俺が聞いた話でしょ? そうすると……」
目を閉じて、首を傾げる。明らかに知らない反応だが、違うことを知っている。
「俺が聞いたのは、魔法使いに殺された、って感じかな」
「それ以外に、その魔法使いを示すようなことは、ありましたか?」
「うんと……綺麗な金色の髪の毛の男とか、理知的な少年とかそんな感じ……かなぁ? ここに来る途中の、ライプニッツ領の酒場で吟遊詩人から聞いた話だけど。聴いた歌だと、そんな感じだったはず……」
「……そうですか」
なるほど、大体わかった。僕は目を閉じ、脳内で情報を精査する。
「ええと、それだけ?」
その暗闇の中からリコの声が響いた。その戸惑いが混じる声に何故か少し可笑しくなって、僕は目を開く。
「はい。役に立ちました。ありがとうございます」
「役に立ったならいいけど、なんでまた?」
そんなことを? とリコは口に出す。だが、それには答えない。それこそ、リコには知らなくていいことだ。僕は首を振って笑顔を作った。
「ちょっと気になっただけです。最近ちょっと、噂に疎かったもので」
「そ、そう?」
納得いっていないが追及をすることはないようで、リコはそれきり何も聞いてこなかった。
ライプニッツ領の吟遊詩人から、『理知的で髪の綺麗な魔法使いが竜を射殺した』と聞いた。
僕が殺したという事実が抜け落ちている。僕がそれに当てはまってるかどうかは置いておいて、もし歌うのならば僕の名前が入るだろう。加えてその歌では、それは誰かは知らないが、誰かを連想するようになっている。
『射殺』という言葉もややおかしいか。僕は、魔法を使って竜を殺した。
射殺とは、飛び道具を使って殺した場合に使うと思う。
で、あるならば。
魔法で半壊した竜を見て、『射殺』という単語が浮かぶだろうか?
ふと僕が黙った。その流れを切るように、リコがまた話題を変える。
「でも、いいよなぁ。そんな強かったんなら、君も騎士とかなれるんじゃないかな」
「あんまりその気はないですね」
騎士に向いていないことは、この前の護衛任務で確認済みだ。どうしても、僕はキーチのようにはなれないだろう。それはもはや、僕の中では確定事項だ。
「じゃあ、成人しても君はそのまま探索者を続けるの?」
「……どうでしょうか」
先のことなどわからない。僕はそう呟いて、スープを一口飲みこんだ。
僕の話はいいだろう。そう勝手に決めて、僕もリコに聞き返す。
「それじゃ、将来的にはリコさんも自分の商店を持つんですか?」
「そう……なるのかなぁ……? まだ何にも決めてないよ。今のところは、仕事に慣れるだけで精一杯だし」
決めてない、とそうリコは言い切る。
だが、その顔のどこかに決意が見えた。きっと言葉には出来ない夢があるのだろう。それは完全な僕の想像だが。
リコは困ったように頭を掻く。
「本当、まだ慣れないんだよなぁ……」
「そんなに大変なんですか? よく知りませんけど」
「うん、グスタフさんとかならすらすら出来ちゃうんだろうけどね」
そして、僕の言葉に応えて前のめりになった。テーブルに寄り掛かるように僕に顔を寄せ、その瞳は真正面から僕をとらえる。
「だってね、まずは扱う商品を覚えなくちゃいけないんだけど、それにもいろんな要素があって。例えば、季節によっても服の形も素材も変わるし、それもやっぱり種族や文化でも好みは全然違うんだ」
突如、リコは服のポケットから紐で綴じられた手帳を取り出す。茶色かったのだろうその厚い紙の表紙は手垢やインクで所々汚れ、使い込まれて擦りきれてさえいた。
「えっと……」
「ほら、この辺りに書いてあるのは春のイライン辺りで採れる染料なんだ。墨色から紫系統が多いじゃない?」
「そ、そうです……か……?」
若干掠れた文字が隙間なく並んでいる辺りが指で示され、早口で尋ねられるが言葉に詰まる。たしかに、見たことある染料の名前が並んでいるが色まですぐに浮かぶかと言われれば……。
「でも、それがイラインにいるイプレス出身者に売れる傾向からすればちょっと違くて、少し明るめの紺とかが好かれるんだ。だからこの時はミールマンの方で採れる染料を輸入しなくちゃいけないし、でもそうすると一反当たりの布単価が上がっちゃうから代用として……」
僕が答えあぐねている間に、リコの話は進んでいく。書き込みは多分リコの文字なので、本当に勉強をしているんだろう。だから話したいのはわかるが、これは……。
「やっぱり探索者とかは簡素な服が売れるんだけど、年配の人になると薄い服を何枚にも重ねて着ちゃうんだよね。俺はそれすごくもったいないと思うんだ。だってね、あの人たちってば機能を分けて重ねてくんじゃなくて、効果を重ねてるんだよ。防寒のための起毛の服を何枚も着て、防刃のは一番上に一枚とか、ね。駄目になった上の奴から脱いでいくためにとか、裂いて使うからとかそういうのもわかるんだけど、もっと効果的な着方があるんだと俺は言いたいよ」
「あの、それは……」
「その点、騎士の人たちとかは……鎧にお金をかけるから服の方はそれなりだよね。でも、やっぱり要所要所にはこだわりがあって……」
どうしよう、口を挟めるところがない。それほど詳しく、手帳を捲りながら解説していってくれる。レシッドから酒場の紹介を聞いていたときのことを思い出すが、あれは一応雑談混じりだったし全然違う。
「……もう充分詳しいじゃないですか」
「これでも全然足りないよ。だってね、流行に合わせてっていう感じもあるんだけど、その伝搬具合も一番街と五番街じゃ全然違うし、発信がやっぱり一番街のほうだから……」
懸命に話を切ろうとするが、全て火に油を注ぐようにリコの燃料となってしまう。
リコの講義が続いていく。僕的に面白くはあるのだが、ずっと聞いていると疲れてくる。一ページを一息に解説し、仕事で得た余談まで加えながら続いていく。
……麺が冷めてもなお終わらない。
隣のテーブルに座っている客など、頼んでから料理が来て、美味しそうに食べ終わって、お腹を抱えて帰っていった。それでもなお、リコは止まらない。
「あの、リコさん? 明日も早いんじゃ?」
だから酒を飲まないと、さっきそう言っていたはずだが。
「そうだよ。それで、やっぱり絨毯の柄はムジカルの動物柄が入ってきてるから、あれ見てるのは楽しいんだけど……」
押してはいけないスイッチを押してしまったようで、少し僕は後悔した。
結局その講義は、夜中、料理店が閉まるまで続いていた。




