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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
魚の国

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山のついで

 


 見る間に蛇の粘膜が迫る。下顎は岩を削りながら、生臭い風を僕のほうに吹かせながら、食らいつきに来る。

 懐かしい。あの時の蛇が大きく育ったらこうなったのだろうか。迫りくる光景を見ながら僕はそんなふうに感慨深げに頷く。

 だが、悠長にはしていられない。毒があるかもしれない、僕にも防げない力があるかもしれない。


 ならばこそ、安全策を取る。竜と同じく巨大な蛇。もはや東洋の龍と同じようなその姿、竜を相手にするのと変わらないだろう。

 全力での回避。足元の岩を砕きながら右へ跳ぶ。僕を呑み込めたと思ったのだろうか、蛇は口を勢いよく閉じて、また周囲の空気を揺らした。

 しかし、期待していた感触がなかったのだろう、すぐに空中にいる僕のほうを見ると、鋭い眼光で僕を睨む。

 着地した僕に振るわれたのは、側頭部、そのうねる筋肉を使った体当たり。


「……本当に、サイズしか変わらない……」

 頭の大きさや太さに比して、長い。島中央の岩山、直径数キロメートルはあるそこに巻き付いて、崩せるほどのサイズ。大きくはあるのだろう。そして大きいとは強いということとイコールで考えて構わない、とそう思う。


 だが、足りない。腕も足もなく、ただ体当たりか呑み込むか締め付けるか、その程度しか選択肢が無い以上、それ以上にはいけないのだ。


 本当に、知恵というのは大きな武器だ。最近とみにそう思う。

 サーロが犬程度の知能しかなかったのなら、圧倒的な身体能力も生かせなかっただろう。偽カラスは何の力も後ろ盾もなく、ただのハッタリと悪知恵だけで大儲けしていたのだ。宿の夫婦も、何の力もなく簡単な仕掛けで多くの旅人を殺害していた。

 力は必要だ。権力も武力も財力も。だがそれは、知恵があってこそ重要となるのだ。



 体当たり、その迫るぬめぬめとした皮に、両手を添えて受け止める。踏ん張った地面、とっさに闘気で強化した地面ごと、島自体に亀裂が入る。その重量や力、それはきっと恐るべきものだ。


 ならばもう、暴れさせるわけにはいかないだろう。

 生態系のことなど考えなくてもいい。それはそうだが、この島まで崩されては困る。


 あの時と同じ、闘気に強化された大蛇の体。その強化の度合いは、あの時とは比べ物にならないほど上だ。あの時の僕であれば、風の刃も火球も通らずに、ただ煙のように消されてしまうだろう。


 だが、今の僕の魔力ならば通る。体のサイズのせいで大蛇にとっては細かい傷だが、傷つけることは出来る。



「おかえしです」

 断頭するような巨大な風の刃。それを叩きつけられた側頭部に通す。

 スパリと、鋭利な傷口が開いていく。鱗から筋肉、そして骨まで割りながらも進むその刃は、向こう側の森までも割って蒸発するように消えていった。


 一瞬遅れて血が噴き出る。水道管が破裂したように飛び散るその水は、岩場では吸い切れないようで血溜まりを作り出す。切断面など全く見えない。


 落ちる首。ごろりと転がったその首は、口を開けたままだらりと舌を投げだして、中空を見つめていた。



 そしてすぐに、地響きが起こる。ズンズンと響く音。柔らかい土を踏み固めるような音が辺り一体に響きわたる。

「……?」

 何の音だろうと僕は森の方を向いて、苦笑した。

 そこに広がっていた光景。……正直、これは予想していなかった。


 バタンバタンと痙攣する蛇の体。そののたうち回る巨体が、森をやたらめったら荒らしていたのだ。



「わー……」

 どうしよう、と落ちた首を見る。

 そしてそこにも、奇妙な光景があった。


 落ちた首と暴れる体の接合部が触れあう。すると、粘つく血のような塊が首と体の間に伸びる。

 まるでゴムのようにその糸が伸ばされ、また暴れた体が頭部に触れる。するとまた、血のような塊が絡めとられ、接合部を繋ぐ糸が増えた。


 納豆をかき混ぜ、糸を増やすようなその作業が、目の前で繰り返される。

 その作業もすぐに終わる。粘る血の糸に引きずられた頭部が、振り上げられた体に接着すると、その動きはすぐに治まり、……。


「ギョホホホホホホ!!!」


 激しい動きが緩くなり、その首をゆらゆらと揺らしながら。蛇は僕のほうを見て、笑った。



「知恵、あったんですね」

 『笑う』というのは意外と高等な情動だと聞いたことがある。笑うことが出来るのは、前世ではたしか人と猿だけだった。だが、目の前の大蛇は口の端を吊り上げ、目を歪ませ、確かに笑っている。

 ならばそれなりに知恵はあったのだろう。見くびるなんて、悪いことをした。


 それよりも、問題は先ほどの血の塊だ。

 切り離された胴体の痙攣。あれは断末魔などではなかった。切断面を接合させるために暴れていたのだ。……本人……本蛇? が狙っていたのかどうかはわからないが。

 そして、驚くべきはその生命力。鬼が貫通した手を癒したのと同じように、レイトンが頬の掠り傷を治したのと同じように。頭部を切断しても、元通りに治してしまう。


 〈鉄食み〉スヴェンが、首を落としても大丈夫と言っていたのは誇張だと思っていた。だが、そうともいえなくなってしまった。実際に目の前で、首を落としても死なない生物を見てしまったのだ。

 ……これも、見識が広がったと喜んでおけばいいのだろうか。




 喜んでいる暇もない。

 胴体の一部が僕に向けて叩きつけられる。それを後ろに跳んで躱すと、その胴体は僕のいた地面にぶち当たり、島を割り、僕の着地するはずだった地面を崩してしまった。

「の……!?」

 そして、そこに横薙ぎに叩きつけられる胴体。知恵はある。知恵はあるが、やはり攻撃手段は体当たりと牙しかないようだ。だが、その巨体故に、その単純な攻撃はすさまじい威力となる。


 宙に浮いた僕の体を弾き飛ばすザラザラとした鱗の壁。ローブが擦切られ、高速で景色が流れていく。

 何度か海面に当たりながら、島が遠ざかっていくのを確認する。

「……まじですか…………」

 一応追従させていた樽につかまり水面から顔を出した時には、島は水平線の向こうにあった。





 海面を蹴り、跳ねるように飛びながら蛇の島まで引き返す。

 怪我はない。だが、少し腹が立っていた。

 蛇は、追撃してこなかった。それはつまり、僕を脅威足りえると思わなかったのだ。 

 首を落とした僕が、脅威ではない。食べるのには面倒だが排除するまでもない相手だからこそ、僕を逃がした。

 油断して弾き飛ばされたのは僕だ。だが、動物相手にそこまでされるのは少しばかり腹が立った。


 だからこその、リベンジだ。


 すぐに引き返してくるとは思わなかったのだろうか。舌すら出さず、とぐろを巻くように島に居座っていた蛇は僕を見て、ゆらゆらと首をもたげた。

 尻尾の先が、島の向こう側でばちゃばちゃと海面を叩いているのは威嚇だろう。それで、僕がひるむと思っているのか。


「恥ずかしながら、戻ってきました」

 笑顔で魔物相手に話しかける。傍から見れば何をしているのか首をかしげる光景だろうが、僕には意味のあることだ。

 宙を舞い、蛇の眼前に浮いている僕に、蛇はまた食いついてきた。

 もう食らわない。そして、もう避けない。真っ向から跳ね返してやろう。


 念動力で、強制的に蛇の口を閉じる。そしてその頭を地面にたたきつけた。


 衝撃で海面が荒れる。 

「ギョギョッ!!」

 蛇が声を発する。『シューシュー』という感じの蛇の鳴き声は聞いたことがあるが、大きいとこんな鳴き声なのだろうか。苦しむ声を聴きながら、僕はそんなことを考えていた。


 苦し紛れの一撃だろう。

 横からまた、巨体の薙ぎ払いがくる。それも障壁で押しとどめると、僕は地面に降り立つ。

 叩きつけたまま、横倒しのままの蛇が僕を睨む。血走った口内と牙を見せつけるように暴れていた。


「どうせなら、派手にしますか」

 その頭を蹴り飛ばす。足に伝わる感触から、きっと蹴り上げた分だけでも何トンもあるだろう。

 蹴り上げられた頭部が森のほうへ飛んでいく。白い腹を見せながら、地面に置かれた体を引き剥がしながら、上空へと跳ね上がる。


 大蛇、巨大な蛇、龍と見紛うといっても、やはり蛇だ。

 だって、やっぱり、遠くから見れば僕の手よりも小さい。



 直線状に、岩山を置く。どうせなら派手にやりたい。

 空中で姿勢を整えた蛇の顔がこちらを向く。その額に照準を合わせて、僕は振りかぶる。


 手の先、形作るのは矢。

 青白い光が視界の端を染める。


「こんな雑魚に使うべきではないと思いますけど、仕事なので」


 今日来た理由、岩山を崩す。

 そのついでに、一匹の蛇を殺すだけだ。


「《山徹し》!!」


 腕を振り、矢を射出する。

 使った魔力は半分ほど。だが、十分だ。



 僕の放った矢は轟音とともに、蛇の頭を消し飛ばし。

 岩山の頂上をえぐり取るように、ぽっかりと穴を開けていた。





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― 新着の感想 ―
なんでこの人は強いのに油断していつも苦戦するんだろ? もう少しこう圧勝してスカッとした話を読みたい
[気になる点] > 体当たり、その迫るぬめぬめとした皮に、両手を添えて受け止める。 とありますが、蛇の表皮は乾燥しています。ミミズならともかく爬虫類がぬめぬめしているのは誤った認識です。
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