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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
副都イライン

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働かせてください

 


 普通の街中で暮らすのは、この街に来たときは考えていた。

 そのときはどうしたら良いかわからずに、取りあえず自活してそうな子供を尾けてきた。その結果、このスラムで暮らすことになったのだ。


 無知故に、このスラムで暮らすことになった。無知なだけならなんとかなる。調べたり、人に聞けば良い。しかしこの街に来たとき、相談出来る人なんかいなかった。

 その相談相手は、今ならいるのだ。



 数日後、グスタフさんに聞いてみた。


「というわけで、どうにか街中で暮らしたいんですが」

「唐突に考えが変わったな……!?」

 普段無表情のグスタフさんが驚く顔を見るのは面白い。


 コホン、と気を取り直し、グスタフさんは諭すように言う。

「まあ、しばらくは無理だな」

「どうしてでしょう?」

「年齢の問題だ」

 グスタフさんは、僕を見下ろしながら口を尖らせた。

「お前、何歳だ? いや、わからないか。今まで何回冬を越した記憶がある?」


 ええと、と僕は指折り数えてみた。

「五歳ですね」

「五回冬を越したってことか……。じゃあ、覚えてないのを含めて、今七歳か八歳くらい……」

 グスタフさんは、口に手を当てて考える。しかし、一つ勘違いしているようだ。


「いえ、五歳です。全部覚えてますので」

「はは、そんなわけあるかよ」

 グスタフさんは一旦笑い飛ばすも、僕の表情を見て真剣な顔になる。

「……嘘じゃなさそうだな」

「ええ、生まれてからすぐ捨てられて、その一部始終から全部覚えています」


「変わった奴だとは思ってたが、まさかそれほどとはな」

 グスタフさんは呆れたような声色でそうぼやいた。



「まあ、それはさておき、年齢の話だったな」

「ええ、年齢の問題でしばらく街に住むのは無理だとか」


 ああ、と一呼吸開けてグスタフさんは説明してくれる。


「街中で住みたいと言ったが、普通の人間が住むのは簡単なんだ。住居があれば良いからな。街にある貸し物件を借りるか、空き屋を買い取ればそれで済む。金さえ出せば俺が用意してやってもいい。だがお前の場合、幼いせいで所有が認められるかどうかが厳しいんだ」

「小さい子供にそんなもの持たせられないということですか」

「そうだな。場合によっては、行政側に没収されちまうことも考えられる」


 まだ幼い。それが一番の問題か。

 そればかりは仕方が無い。時間が解決してくれるのを待つしか無いだろう。



「補足として、街中に住んでいる子供は当然ながら成人した親がいる。その親の持つ物件に住んでいるから、市民として認められている」

「やはり、親がいないと厳しいですか。小さい子供は、親だけが頼りなんですよね」

 その言葉を聞いて、グスタフさんは小声で呟いた。

「貧民街に暮らしていて、それだけ稼いでいる奴がよく言うよ」

「はは、運が良かったんです」


 実際、魔法が使えなかったら生まれてすぐに野良犬に食われて死んでいたのだ。親がいない、ただそれだけでこの世界は僕らに辛く当たってくる。



「でもそれじゃあ、やっぱり僕も成人するまで待たなくちゃいけないってことですね」

 落胆が隠せない。思わず溜め息が出る。

「ま、正規の方法ではそうだろう」

 しかしグスタフさんは、含みのある言い方で頷いた。

「正規の方法では? 不正規の方法があるってことですか?」

「不正規というより、抜け道というのが正しいな」

「やっぱり、何かあるんじゃないですか」

 笑顔で僕がそう言うと、グスタフさんは一瞬得意げな顔をした。



「先程の、子供は物件を所有出来ないというのは、別に何の取り決めもないんだ」

「まあ、そうだとは思いますけど」

 しかし、子供に大きな買い物などさせられないと、店や行政が考えそうなのもわかる。

「これは、信用の問題と言い換えてもいい。子供には、『物件やそれに見合った大きな金銭を扱う能力が無い』と思われていると言えばいいか」

「実際、無いものだとは思いますが」


「例外だってあるだろ」

「例外、ですか?」


 子供が大きな金額、例えば金貨を扱う例……。なにかあるか?


 グスタフさんはおもむろに口を開く。

「……貴族や金持ちのご子息だよ」

「ああ」

 僕はポンと手を叩く。

 関わったこと無いから思い至らなかったが、そうなのかもしれない。



 脳裏には、わがままなお坊ちゃまが高そうな服を着て歩き、使用人を侍らせて買い物している姿が想像された。

「じいや、アレが欲しい」

「はいはい、坊ちゃま。この家でございますね。ああ、たったの金貨二千枚、これはお安い!」



 ……ちょっと、イラッとした。


「あいつらは、親の信用と金を使って、高価な買い物が出来る」

 つまり、

「信用さえあれば、僕も家が持てるってことですね」

「そうだ。身分や肩書き、それさえあれば、行政側に没収されることも無くなる」


「それさえあれば、って……僕はどっちも持ってませんが、そこまで言うなら何か考えでもあるんでしょうか?」

「これもちょっと難しいんだがな」

 グスタフさんは片目を瞑り、唇を横に伸ばしたなんとも言えない表情をした。

「職業に就けばいい」

「就職ですか」

 貴族に生まれるよりは楽そうだが、それだけでいいのか。


「ああ。身分や肩書きと言えばたいそうな響きだが、実際には働いていればどっちも手に入るもんだ。『私は商売人です』『私は衛兵です』ってな」

「貴族とか関係ないじゃないですか」

 さっきの話は何だったんだ。

「あれは極端な例だし、親の身分を使ってるって話だ、お前の場合、親はいないから自分の信用が必要になる」

「だから、僕に働けと」

「そうだな。お前は賢い、力もある、普通に働く力はあるだろう」

 そこまで言われると嬉しいやら恥ずかしいやらだが。

「だが、そこで最後の問題が引っかかる」

「問題。まさか、そこで年齢ですか」

「ああ」


 店の中には僕と店主しかいない。他には、窓からの日差しが商品を暖かく照らすだけだった。

 グスタフさんは、どこから取り出したのか小瓶をぐっと煽り、水を飲む。喉が渇いたのか。


「大体の奴が、どうやって仕事に就いているか知ってるか?」

 無言で首を振る。

 それがわかっているのならば、スラムに来ることは無かったかもしれない。


「まず、成人するまでは親の手伝いだ。金持ちや貴族どもは学校に行かせたり、家庭教師をつけての勉強をさせることが殆どだが、一般的な庶民の場合は、成人まで親を手伝うしかない」

「みんな家業を手伝うということですか」

「まあ、大半の奴はそうなるな。そして、成人したらそのまま家業を継ぐんだ」

 だが、とグスタフさんは続ける。

「家業を継がない奴らは、成人したら何処かで弟子入りする。何処に行くかは、本人の希望や店の都合に拠るな」

「僕はその道に入るしかないんですね」

「話を急ぐな」

 グビッと、もう一口水を飲み込む。

「職人や商売人はその道筋になるが、成人を待たなくても済む職業だってある。屋号にこだわらずに済み、継承される技能よりも個人の技術の方が重視される職業。衛兵や騎士団、探索者なんかがそうだ」


「そちらなら、僕でも就職出来ると」

「そうだ。それが、一番の早道だろう」

 では、それを目指せば良いのか。戦闘がありそうなものばかりということは気になるが。


「そういった職業の多くは、成人前から、大体十三歳くらいからこれも下っ端として採用されることがある」

「それでも遠いですね……」

 まだ八年もかかるのか。

「最後の例外は、探索者だ」

「探索者ですか?」

「ああ。これは、例外的に十歳程度からギルドに所属出来る。これも例によって取り決めはないが、この街のギルドだったらそんなもんだ」


「それでも五年くらいですか……」

「それも少し誤魔化せると思うぞ」

「え?」



 その会話の途中、ドタバタと誰かが走り込んできた。

 バタン、と乱暴にドアが開かれる。


「爺さん! 助けてくれ!」

 駆け込んできたハイロは、グスタフさんを見ると、荒い呼吸を整えもせずそう叫んだ。

「リコが、病気になっちまったんだ!」

 返答も聞かずに、そう叫ぶ。

「とりあえず、ここまで連れてこい」

 そう淡々と言ったグスタフさんは、いつもの無表情に戻っていた。




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