最初の仕事
自分の分の食事代をテーブルに置き、僕は立ち上がる。その僕を、慌てた様子でリコは制した。
「いや、無茶だって! 十里以上離れた沖に浮かぶ島だよ? そこにどうやって行くってのさ。船だって簡単には借りれないし、そもそも一人で漕いでいくとしたらどれだけ……」
そこまで言って、リコは口を閉ざす。気が付いたようで、目を細めた。
「僕は飛んでいけますので。文字通り、空を」
「いや、でも、水が出る島って山頭たちしか知らないし、もし行っても教えてくれるとは……」
「それならそれで。手当たり次第に壊していきます」
手当たり次第に壊してみて、それらしいものが出るものを探せばいい。
見分けもつく。先ほどの話では耐性がつけられない毒という感じだったが、しかしそれは魔力使いを除いての話だ。闘気を扱うことが出来、魔法使いでもある僕には致命的な毒ではない。
「でも、壊していくっていっても……、魔法の出力ってそんなにあるの? 火薬をいっぱい使ってやる作業らしいよ?」
「それもまあ大丈夫でしょう。穴をあける程度であれば、多分そう時間はかかりません」
リコは僕を止める理由を言い募っていくが、どれも僕を止める理由足りえない。リコの反論が止まったことを確認したのち、黙ったリコに今度は僕が問いかける。
「で、その調和水はどれくらい採ってくればいいんでしょうか? 他にも出来れば求められる品質やなにか、聞いておきたいんですが」
「……本当に、行く気なんだね……」
「ええ。……そうそう、これは善意からの行動なのでお代は結構です」
もしもそれを気にして止めているのであれば、それは考えなくともいい。なのでそう付け足して、重ねて僕は聞く。
「で、どの程度ですか?」
止める理由を失ったリコは、重々しく口を開いた。
「樽一つ分、ですか」
「うん。それと、そんなに急ぐ必要はないけど、採取したら出来るだけ早くその容器の中にこれを入れておいてほしい」
リコはそう言いながら、野球ボール大の石を差し出す。軽石のように穴が無数に空いている白い石だ。だが、少し重い。
その石は見覚えがある。昔たしか採取したことがあった。
「温浄石ですか。しかも大き目な」
「うん。知ってるなら話が早いんだけど、一応瘴気が紛れて悪くなっちゃ困るからね」
温浄石は、ネルグ近くの岩山で採れる鉱石だ。
鉱石といっても岩山の中に埋もれる形で入っている石で、その大きさは人の頭大からビー玉大まで様々だ。そして、それは空いている穴が小さく細かいほど価値が高いとされる。
効果は簡単だ。それを入れておいた液体……主に飲み水が瘴気に汚染されるのを防ぐ。
瘴気とは言うものの、使ってみた感じおそらく細菌の増殖を防ぐものだろう。同時に塵も吸い取っているようで、前に泥水に入れてみたところ、目の大きな砂利を残して透き通った水となった。もちろん、その時に使った石は茶色く変色してしまい、もう使えなくなってしまったが。
ピンポン玉サイズくらいまでであれば、結構数も出ているため銅貨数枚で事足りる。しかし頭部大だとそうもいかない。銀貨数枚程度まで金額が跳ね上がる。
一般家庭で使うことなどほぼなく、飲食店や貴族の館で使うことが主らしい。それも頷ける話だ。銀貨を出して水汲みのわずらわしさを減らすよりも、庶民は毎日水を汲んだほうがいい。
今回のような野球ボールほどの大きさであれば、そこそこ値段も張るはずだ。僕は相場に詳しいわけでもないが、品質も上等なこの石は、今回使って元が取れるようなものなのだろうか。
「あとは、塵とか濁りとかが出来るだけ無いこと。悪くなってくると黄色っぽくなるらしいから、それも避けて、透明なものでね」
「……わかりました」
簡単な説明は続いた。説明が多いのは当然だ。本来、プロがやっている採取を僕がやるのだから。
そういった採取が本職である……、とそうだ。よく考えてみたら、僕も本職じゃないか。
「……最終的な判断は俺がどこかで見てもらうから、とにかく採ってきてくれれば構わない。それよりも、君が死なないこと。どうか、怪我をしないで戻ってきてね」
「心配してくれてありがたいですけれど、そこまで言わなくても大丈夫ですよ」
そうだ、僕も本職だ。依頼を受けて、素材を聖領から持ってくる。探索者とはそういう職業だったはずだ。危険があるなど百も承知。危険を冒し、装備を消費し、そして時には命を犠牲にしてでも依頼に応える。僕はそういう職業だった。
無意識に口元が綻ぶ。
そうだ。そして、僕の初仕事は、薬草採取などではない。
求められている品質の説明も終わり、僕の行動の時となる。
「わかりました。では、その入れる樽は持ってるんですか?」
「いや、ここで樽ごと買う気だったから」
「でしたら、その入手をお願いします。僕は一応、山頭のほうへ行ってきますので」
「う、うん」
意気揚々と店を出る。落ち合うのは、先ほど僕が蛇を目撃した時にいた場所だ。
海上への探索。いつもと違うことはそれだけだ。ならば、僕は上手くやる。
それに、懐かしい友の、リコの最初の仕事を失敗させるわけにはいかない。
久しぶりの仕事に、腕が鳴る。
「そんなの教えられるわけねえだろ」
「そこをなんとか、なりませんか」
意気揚々と山頭の事務所を訪ねたところ、やはりむべもなく断られてしまった。
そういえば、僕が自分で考えた通り、これは街にとって重要なことだった。そんな部外者に与えられるような情報などないはずだ。
対応してくれた山頭は、ねじり鉢巻きを頭に巻いてタンクトップを着た、いかにも職人というような風貌だった。
「採掘するのに時間がかかるのであれば、僕がやったほうが早いと思います」
僕の言葉に溜息を吐いて、山頭は渋い顔をした。
「お前みたいな子供にんなこと出来っかよ。いや、お前じゃなくても任せるわけにはいかねえんだよ」
窓の外を見つめて、目を細める。
「もう知れ渡ってるからいうけどよ、今この街を危険にさらしてんのは俺らの責任だ。それを、お前。いきなり現れた余所者に解決させるわけにはいかねえだろ」
言い終わるなり、山頭は僕の肩を掴んで後ろを向かせる。そしてそのままターンさせられ、事務所の外へと押し出された。
「だから、帰った帰った! 俺らがなんとかすっから、ガキは適当に今日の夕飯の心配でもしとけ!」
僕が振り返った時には、もう扉は閉められていた。ぴしゃりと閉められた建物の中に、男の足音が消えていく。
その音を聞きながら、僕は少し苦笑した。
部外者に情報提供できないのはわかる。だが、それ以外はどうだろうか。
責任感が強いのは良いことだと思うが、それ故に解決策を取れないのであればそれは悪しきことだろう。
その、なんとかするまでに、人が食べられでもしたら彼らは考えを改めるのだろうか。
……何にせよ、これで方策は決まった。
調和水の採取が禁じられていないということは先ほどの山頭に確認済みだ。
最善の策が取れないのであれば、次善の策を取ればいいだけ。簡単な話だ。
僕も初心に帰って、頑張ろう。




