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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
魚の国

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役立つ毒水

 


「うー……、本当にどうにかしてほしい」

 僕の目の前で、リコが唸っている。今はあの島を壊す蛇を見た後の、遅い昼食の時間だ。

 リコは頼んだ魚のスープに手を付けず、テーブルの木目を見つめて頭を抱えていた。


 蛇騒動はすぐに治まった。いや、あれ自体は騒動ではなかったというべきか。

 大きな魔物が水平線の向こうから姿を現し、人々を脅かす。それ自体は最近よくあることらしい。だが、その『よくある』ということ自体が問題なのだ。街からほど近い海上に、個人では太刀打ちできないような魔物が現れる。それは、この街の機能を軽く麻痺させるのに十分な理由だった。


 漁をするのに遠出は出来なくなり、そして魔物が確認されるたびに海上と海中に戦陣が敷かれる。

 先ほど、轟音の後現れた海兵……といっていいのかわからないが、衛兵たちの行動は見事だった。笛の音がけたたましく響き、船が出されて列を成す。海中にも、結構な数の武装した兵たちが、幾何学模様を作るように並んで備える。

 その練度の高さからも、魔物が現れる頻度がよくわかる光景だった。


 又聞きとなってしまうが、リコに聞いた話では最近少なくとも二日に一度は魔物の姿が見えるそうだ。もっとも、兵たちの活躍もあってか魔物は街まで近づいてくることは少なく、それに一度は撃退しているらしい。



「まあでも、商談は上手くいったんでしょう?」

「それはそうなんだけどさ……」

 そして、リコの関わっていた商談はそれとは関係なく終わったらしい。この国ならではの水中で動きやすい衣服。海中にいた人たちが着ていた半纏のような服を、イラインまで持ち帰るというその商談は、普通に終わったという。

 半纏のようなとはいうが、その材質は布というよりもゴムのような素材で水を吸わず、ドライスーツのようなものだった。肌にぴったりと張り付くようなデザインではないというのが不思議だが、この国の人たちはあれを羽織るだけでいいらしい。正直、動きづらいとは思うが着たことがないのでよくわからない。

 商談は普通に終わり、今は休憩時間だ。僕が適当な食堂を探しているところ、頭を掻いて悩みながら歩くリコを発見して、一緒に食事をとることになった。今はそんなところだ。



 では何に困っているのかとそう尋ねたところ、魔物と関係があるのは、リコの個人的な話らしい。

 即ち、商店を介さない個人的な商談。リコが個人的に仕入れようとした商品が手に入らないというのが、悩みの種らしかった。


「俺にとって、初めて個人で請けた仕事なんだよ。それに、成功させなくちゃ困る」

「初めての仕事が大事だというのはわかりますが……」

 言いながら思い返す。僕が探索者として初めて請けた仕事。……適当な薬草採取だった気がする。それも、ネルグの入口で取れるような簡単なやつ。

 いや、僕のことはどうでもいい。今はリコのことだ。

「で、その調和水ってのは他の土地では採れないんですか?」

「アウラの特産品なんだよ。アウラの浮島の山頂から採れる濃いやつじゃなくちゃ」



 リコが求めている品物は調和水。僕も初めて聞いたものだが、アウラでしか採れないらしい。

 特定の浮島で産出する湧き水で、とろりとして甘い。

 はじめ聞いたときは、その甘いというところに注目してしまい一瞬調味料かと思った。だが、それは違うそうだ。

 甘いというと飲めるという印象があるが、実際はその逆。人体にとってはかなりの害となり、毒といってもいい。


 その水は、闘気を失活させる効果があるというのだ。失活というよりは、摂取した者が闘気を活性化出来なくなるといったほうが正しいか。その効果は、魔力を持つ者以外を対象に凶悪な作用を果たす。


 魔力を持つ者以外はすべての者が活性化できるか否かによらず闘気を帯びている。そしてその闘気は例外なく、その者の通常の活動を補助しているのだ。

 よって、その粘稠性のある液体を一口含めば、普段無意識に補助している支えがなくなり、すぐさま体に力が入らなくなる。心拍は弱まり、横隔膜は麻痺し、四肢末端の静脈は鬱血する。代謝により減弱はするそうだが、その状態が長く続けば、間違いなく死が訪れる。


 強い闘気を扱えるように鍛える以外は、耐性をつけることもできない毒水。

 真っ当な商人が初めて扱うにしては、すごく物騒な品だった。 



 その調和水が手に入らないのと、魔物が現れるようになったのは関係があるそうだ。


 アウラは聖領だ。ネルグと同じく魔物が住み着く肥沃の地。この場合は海だが。その聖領で、人間が魔物の脅威に対抗できている理由。それが調和水だった。

 調和水は、浮島で産出しそのまま付近の海水と混ざる。そして浮島は当然ながら海面に浮いている。

 すると、そこは魔物にとっても近寄りがたい海域となる。注いだ調和水の効果で、希釈されるまではその辺り一帯の海面が死の海となるのだ。魔物が泳ごうとしただけで死に至るような、そんな海に。

 同じように、意識を混濁させて魔力を失わせる水も流れているようで、魔力を持つ魔物も同様だ。


 その二つの水の効果で、魔物の動きが制限されている。死の海域で形作られる結界。そのおかげで人間たちは、山より大きな大蛇や空を覆う巨鳥に対抗できているというわけだ。


 その分、それらの水を産出する浮島が街に近づいてきたら、それだけで街が壊滅する危険もあるはずだが、その辺りは仕方がない。魔物と毒水、どちらが怖いかという話だ。

 山頭(さんどう)という、海流に乗せて浮島を操作する職業もあるそうだ。彼らには浮島を操作するノウハウもあるそうだし大きな問題はないだろう。……と思ったのだが。



 今回の問題は、その山頭の失態でもあるのだ。

 魔物の動きが活発になっている原因。それも、調和水のせいらしい。


 簡単にいえば、調和水を産出する浮島の誘導と距離の調整を失敗した。そのせいで、調和水の効果がうまく働かずに魔物が街の近くまで姿を現すようになってしまった。

 ……失敗など許されない、この街にとって死活問題だろうに。




「この街でも問題だから、近くにある枯れた浮島を掘って絞り出す計画もあるそうだけどね……。それも結構な時間かかるとか。……商隊は明後日にこの街出るから、それじゃ間に合わないし……」

 ようやくスープを啜りながら、リコは呟く。そのトマトと葡萄酒で煮込まれた魚スープは、割と美味しいけど、少し薄味だった。それに冷めてしまったスープは、あまり美味しくないと思う。

「あれ? それ、掘れば出るんですか?」

「そういう話だよ。量はあんまり期待できないけど、ね」

 まあ、枯れてしまったというからにはそれは仕方がないだろう。


 だが、それはすごく重要なことだった。


「じゃあ、簡単じゃないですか。なんだ、早く言ってくださいよ」

「簡単って……。言うだけならたしかに簡単だけど、さ……」

 落ち込むリコは、眉をひそめて僕を見る。だが、僕は笑顔でそれを見返した。


 僕の笑顔を、困惑するような表情を浮かべてリコは見つめる。

「ちょっと行ってきますね。どこに行けば、その島の場所を教えてもらえます?」

 だって、簡単じゃないか。

 僕は、山に穴をあけるのは得意なのだ。






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[一言] 貫通しちゃダメよ?(笑)
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