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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
お伽の国

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英雄の力



「カラス!」

 アントルの声が響く。その声を僕が認識する前に、勝手に手が動く。

 左手で拳をいなしながら、身を屈めて回避する。正直危なかった。


「ふむ。やはり、素晴らしい反応だ。忌々しいほどに」

「……それはどうも」

 僕とサーロ、双方の手がそれぞれ届くクロスレンジ。僕がサーロの拳に手を添えて、手首を抑えているだけ少し有利か。だが、体勢は僕が下だ。これは少し不味い。


 左手で腕を引きながら、サーロの腹部へと打撃を加えようとする。鬼であろうと、当たれば胴体を弾けさせる威力を込めたつもりだ。当たれば。しかしその拳は当たらなかった。


 僕が左手に力を入れた瞬間、サーロが短く息を吐く。そしてその引こうとした腕が、力強く振り下ろされた。

 ズシン、という衝撃。踏ん張ろうとした足元の地面がへこみ、その勢いのまま地面に杭を打つように足が刺さる。

「くっ……!」

 思わず両手でサーロの片腕を押さえる。頭上の腕を防ぎながら、潰されないように懸命に抵抗した。


 それも狙いだったらしい。

 サーロの、空いている左手が握り締められ、振りかぶられる。地面に固定された僕の、その頭。そこに当たる軌道だった。

「に、いっ!!」

 危ない! 打ちつけられている腕を力尽くで払いのけ、頭部に迫る拳を、顔を背けて避ける。

 横に大きく跳び、距離を取る。着地した僕の耳に、後方から何かが崩れる音が響いた。

 だが、振り向けない。視界からサーロを外したが最後、強烈な打撃を食らう図が僕の脳裏に鮮明に浮かんだ。


「サーロ様! 流石にそこまでで……」

 銅犬の兵士から、サーロを止める声が上がる。その声で、一瞬緊迫感が緩んだその隙に、気になっていた後ろをチラリと見る。

 

 絶句した。

 村の外れにあった小さな建物。その建物が、崩れ去っていたのだ。それも、そこに至るまでの地面が線上に抉られているというおまけ付きで。



「反応もよく、そしてすばしっこい。貴様が中堅などと、……信じられぬな」

 サーロは拳を突き出しているその格好のまま、淡々と声に出して僕を褒める。鋭い目が僕を射止める。

 僕も信じられない。ただの拳圧で、この男は遙か後方の建物を大破させたのだ。

「……仮に僕がそうでないとしても……」

「問答をする気は無い」

 今度は反応出来た。サーロの振り下ろし気味の拳を避ける。その衝撃で、僕の体を埋めることが出来そうな程のクレーターが地面に出現した。


 今度は打ち上げるような拳。だが、わかっていれば反応は容易い。

 その拳を、身をよじり避けながら、逆に僕からの腹部へのショートアッパー。


 当たる。しかし僕の拳に伝わる衝撃は弱い。思っていたとおりの反応ではない。

「ぐっ、ぅ……」

 一応のダメージはあるようで、サーロも口から涎を飛ばして身を引く。が、次の瞬間また僕の頭部に向けて拳が飛んでくる。


 ……僕の攻撃が通じない? 打撃が通じていないとかそういうことだろうか。

 いや、ならば身を引くことすらしないだろう。通じていないのではなく、軽減しているという程度が妥当だ。

 軽減している……魔法? いや、身体の輪郭までも揺らめかせながら立ち上る闘気は、それを否定するのに充分な材料だ。



 再度距離を取る。だが、今度はサーロは待たないらしい。

 突進、僕との距離が急激に縮まる。あくまでもクロスレンジで戦いたいらしい……が、僕は嫌だ。

 背後に回り込むように跳ぶ。しかしその後ろに、逆に回り込まれてサーロがいた。


 まずい! 今度は避けられない。

 横から僕の脇腹に、拳が突き刺さった。挟んだ右の前腕が、強化されているにもかかわらず悲鳴を上げた。



 久しぶりに感じた強い痛み。僕の顔が歪んだのが自分でもわかる。

 慌てて下がり、治療しようとするが、……やはり駄目だ。

 僕が後方に跳んだのに合せるように、サーロも跳ぶ。距離は一切変わらず、未だ拳が届く距離だ。


 牽制の打撃。サーロの頭部に、慌てて拳をあわせるも、やはり軽い衝撃しか伝わらない。

 そして迫るカウンターパンチ。受け止めた僕の左掌から熱を感じた。


 

 僕がサーロの腕を押さえ、見下ろすようにサーロが立つ。

 始まりの格好に似ている構図。だが、それまでの衝撃で周囲の状況は一変していた。


 衝撃で、ひび割れだらけになった地面。生えていた丈の長い草は消し飛び、残っているのも地面から抜けてしまった根の部分などの残骸のみ。村の周囲に施された柵は中の建物ごと崩れ、もはや草原と村の境目は無い。

 観衆の立っている地面には、不自然なほどハッキリとした境界線が引かれている。明らかに人為的に保護されている。そちらはドゥミがやってくれているのだろう。無言でこちらを見つめている狐の姿に、そんな気がした。



 僕へのダメージも少し。右腕の感覚が無い。詳しく探ればハッキリするだろうが、恐らく骨に罅が入っている。これから腫れてくるだろう。その前に治療しておきたい。

 一方、サーロへのダメージは極小。軽い打ち身のようなものは多分あるとは思うが、見た目には一切変化が無い。動きも変わらず、僕を上から押さえつけている腕の力もそのままだ。


「……問答をする気は無い、とは言ったが……貴様、何者だ? 三百年前にも、ここまでの者を見たことがない」

「何者と問われましても。本当に、ただの探索者ですよ。某かの流派への所属もせず、組織に所属等もせず、ただ日々を無為に生きている一般庶民です」

「……なるほど。一般庶民が、身どもにここまで食い下がるか」


 また拳が握り締められる。先程と同じ手は食らわない。

 また地面へと縫い止められる前に……と右の手刀を叩きつけようとするが……。


 僕の左手に加わる力が増す。そしてそこを支点にそのままサーロの身体がふわりと浮かび上がり、その左の足が、僕へと伸びた。


 僕の手刀は空を切り、サーロの足が躱した僕の頬を擦る。

 液体が伝わる感覚。視界の端に、滴り落ちる血液が見えた。


「なるほど。で、あるならば、やはり貴様はここで殺しておかなければ。貴様が生きている限り、エッセンへと攻め込むことは出来ぬ」

 言葉の通りに、場に満ちる戦意。無数の拳が飛んでくる。


 嵐のような連撃。その衝撃で、周囲に土埃が巻き起こる。

 全てを躱すことは出来ない。当たりそうなものを叩き落とし、急所へのものを躱していく。

 拳の残像も残らないほどの、速く鋭く重い打撃。

 僕の腕が徐々に腫れ上がってきた。


 僕からの反撃は、今まで通りだ。

 当たってはいるものの、全てが軽い。まるでダメージが無い。そして全ての打撃に対して飛んでくるカウンター。僕の被害と、それと周囲の被害が増えていくばかりだ。



「ほん、とうに、打たれ強い……みたいですね……!」

 拳を交錯させながらの僕の()()()()()に気が緩んだのか、サーロも応える。

「貴様の拳が脆弱なのだ!」


 強い踏み込みに、今までよりも振りかぶられた拳。フィニッシュブローというものだろうか。

 大きな打撃、当たれば今まで通りに捌くことは出来ない。一瞬で、僕の汗が引く。


 だが、大きな打撃。それは隙も大きいということだ。


 来るのがわかっていれば、避けるのは容易い。

 一瞬だが、闘気の密度を増してからのダッキング。それで上手いこと、懐に飛び込む。

 今度は僕がフィニッシュブローを当てる番だ。


 飛び込んだ勢いをそのまま全て拳へと乗せる。サーロは今から防ぐことは出来まい。

 打たれ強いといえど、限界はあるだろう。無防備なその腹筋にめり込ませようと、拳を突き出す。


 だがその拳には、奇妙な感触が伝わってきた。


 まるで、空気の抜けた風船を突いたかのような、ぐにゃりとした感覚。僕の拳はたしかに硬い物を突いたはずなのに。

 サーロの姿が奇妙に揺れる。一瞬ではあるが、身をよじるように下がり、そしてまた戻った。


 ……なるほど。

 謎が解ける。打撃が通じない理由。それは、至極単純なものだった。だが、その精度が抜群に優れていたのだ。だからこそ、僕の打撃は通らず、そしてタネに気がつかなかった。

 思えば、セルヴォーが殴り飛ばされたときから、ヒントはあったのだ。


 タネがわかれば、あとは対策を考えるだけだが……。さて、どうするか。

 すぐさま放たれた前蹴りを足場に後方へ跳びながら、僕の頬は吊り上がっていた。




 忌々しそうに舌を鳴らし、サーロは僕を睨み付ける。

「何故笑う」

「……勝機を見つけたから、でしょうか」

「戯れ言を」


 挑発するような僕の言葉を聞いて、サーロは再び僕の前に跳躍する。

 やはり、凄まじい速度だ。そして先程のジョルトブロー(飛び込みながらの一撃)、今度は僕が受ける番らしい。その速度を維持したまま、踏み込んだサーロの全力らしい拳が僕に迫る。


 だが、僕が受ける道理は無い。

 後方に倒れ込みながら、倒立するように大地に両手をつける。そしてそのまま、腕の力だけで回転、打ち終わったサーロの胴を両脚で挟みながら、横向きに引きずり倒す。


「く……!」

 起き上がるまで待つわけにはいかない。仰向けに倒れたサーロの鳩尾に膝を入れ、上にのしかかる。

 サーロの両手が空いているが、構わない。もう終局だ。


 その拳が固められる前に、僕の拳を固める。

「き、さま……」

「では、目が覚めたらまたお話ししましょう」


 拳を振り下ろす。

 顔面に入れたその右拳に伝わる、骨が砕ける感触。そして僕の右腕がへし折れる痛み。

 その二つの感覚が、僕に勝利を伝える。



 立ち上がり、沈黙したサーロを見下ろす。

 そこから視線を上にずらせば、サーロの最後の拳、その拳圧の軌跡が、地平線まで続いていた。





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