牙を研がせる
「『勝手な戦い』……だと……? 貴様は! 本当に!」
サーロがいきり立つ。先程までの冷静さは何処へやらいってしまったようで、割れた切り株に拳を打ち付けて吠えていた。
涎を飛ばしながら、アントルへと向かって怒鳴り声を吐き捨てる。
「貴様は! 忘れてしまったというのか!! あの日森人が何をしたか! パイア様が森人に、何をされたか!!」
「覚えてんに決まってんだろうがぁ!!!」
二人の怒鳴り声に、会議場が震える。枯れ枝のゴミや埃がパラパラと天井から剥がれ落ち、獅子は身体に落ちたそれを面倒くさそうに払い落とした。
「ならば、何故!? 何故そんなことが言える!!」
「うっせぇ馬鹿! んなこたぁ自分で考えろボケ!!」
罵りあいは続く。その度に空気が震え、気の弱い反戦派の面々は萎縮していった。
正直、聞くに堪えない。だがそれでも、これは二人の本音だ。話を聞いていても、恐らくこの二人はお互いに本音を話したことがないのだろう。たまにはそんな事があってもいいかもしれない。
ここが国の方針を決める重要な場である、ということを除けば。
まあ何にせよ、この議論はアントルの負けだ。
『戦いをするかしないか』という議論において、理路整然と言い負かすことを諦めた上で、情による説得に走った。それはもはや、相手の言い分への反論が出来なくなったということに他ならない。
今は二人とも言い争っているから議論は止まっているが、また再開しても結果は同じだろう。
サーロはけして諦めない。そして、アントルはそれに対抗する声を持たない。
三百年間も風化せずに残ったサーロの恨み。それは、サーロの穴のある意見ですら効力を持たせ、この国を縛り付けていたのだ。
結論は出た。ミーティアの方針は『開戦』。このまま進めば必ずそうなるだろう。
ミーティアで暮らす人々が決めたのだ。それは仕方ない。
だが、それは僕の意見に反する。
アントルは、わずかの間ではあるだろうが嫌いな森人たちの国で暮らした。そして、森人の僕に一切の悪意を向けることなく助けを求めてきたのだ。
一族の子供たちのために自らの心を押し曲げて、嫌悪の対象に協力を求めてきたのだ。
その努力は無駄にさせるわけにはいかない。
そして、努力した者は報われなければならないのだ。三百年間諦めなかった、サーロも含めて。
「……よろしいですか?」
透明化を解き、姿を現わす。思った通り、まずはみんな驚いて固まってくれた。
そしてやはり、騒ぎは起こる。
「森人!? 誰か! 侵入者がいんぞ!!」
「警備はどうなってんよ!? 銅犬さんの担当じゃんかさ!!?」
当然の反応だろう。ここにいるべきではない僕がここにいるのだから。
もちろん、その中には騒動解決のために動こうとする者もいた。
「くぅっ!? 貴様! 森人!!ドゥミ様を!!」
だが横にいるドゥミの身を案じたようで、飛びかかろうとしていたサーロの動きが止まる。別に襲おうという意図はないのに、誤解されても困る。まあ、誤解されてもおかしくない動きをしているとは思うが。
「すいません。勝手に参加させていただいておりました。エッセン出身のカラスと申します」
「無法なる乱入! その罪は重いぞ」
「ソバージュ様の許可は頂いています」
「乱入に加えて、さらに身どもらに、汚らわしい嘘を吐きかけるか森人!!」
先程までの、どこかメルヘンチックな姿はそこにはなく、もうサーロは迫力ある猛獣となっていた。うなり声に、血管の浮いた歯茎、隆起する筋肉。ただ単に雰囲気の問題だとは思うが、凄まじい変わり様だ。
あれだけ言い争っていても、やはりアントルは仲間だった、ということだろう。
「聞きした通りざんす。わっちが許しいした」
「ドゥミ様! 何故!!」
「妖精さんの頼み事でおざりんすもの」
ケラケラとドゥミは笑う。何だろう、小悪魔的な笑い方といえばいいだろうか。男性を手玉にとってからかうようなそんな態度。きっと人間だったら美人だろうな、と関係ない場面なのに、僕はそんな風に思ってしまった。
何を言っても柳に風。そんな風に思ったのだろう。サーロはすぐさま僕へと標的を変える。
「……貴様、貴様か。アントルに入れ知恵をしたのは。先程のような、ふざけた答弁をさせたのは!!」
「いえ。私はたしかに入れ知恵をしていましたけれど、それは先程の休憩前までですね。ミーティア開戦については、私は一切関知していません。全てアントルさんの考えです」
仮に僕がそこまで口出しするのであれば、もっと言い返している。竜が不発に終わってもう数ヶ月も経つのに次の行動が無い理由だとか、このミーティアを奪った場合の利益だとか、他にも色々とサーロに反論することが出来る。
「でまあ、結果は知っての通り。サーロ様の勝ちで決まりでしょう。ミーティアはエッセンに宣戦布告。じきに開戦し、ネルグの所有権を争う戦いが始まる」
「……それで貴様は、その結果が気に入らないとでもいうのか!? これはミーティアの国の問題だ。別の国の人間が、森人が口を挟む道理はない!!」
「いいえ。別にその辺に異論はありません」
「くだらん嘘を! ならば何故、貴様はこの場に姿を現わした!!? 先程までの珍妙な術を使い、隠れたままエッセンへと帰ればよかっただろう、卑劣な森人が!」
もはや、ドゥミが横にいることなど関係ないようで、サーロの足に力が込められているのがわかる。飛びかかってくる前兆だろう。
「……どうせなら、エッセンに勝ちたいとは思いませんか?」
「は? 何だと!?」
挑発の意味もこめて、僕はそうサーロに問いかける。
「どうせ戦うんです。それならば、エッセンに勝ちたいとは思いませんか? このままだと、負けますよ」
「何を馬鹿なことを。下らん」
「それならば、私の言葉など無視して会議を進めてください。ですが、貴方はきっとそうしない。 貴方にとってエッセンに負けるのは、何よりも耐えがたい屈辱なんでしょうし」
サーロは何も考えられない猪武者ではない。ここまでの話しぶりを見るに、エッセンが絡まなければ理性的な人物とみた。
ならば、次にどう反応するのか。それも一つの分岐点だ。それによって、僕の対応も変えなければ。
僕の言葉を笑って流すか、それとも逆上して排除にかかるか。理性的に、道理に乗っ取り僕を排除するという可能性もあるが、それならばそれでもいい。これからの予測がしやすくて助かる。
「……言ってみろ。それを遺言としてやる」
乗ってきた。ならば。
「エッセンの戦力はご存じですか? 敵がどれほどのものか、数は、強さは」
「知らぬ。それに、関係なかろう。身どもらの兵に、貴様ら森人に劣る者は誰一人おらぬ。兵一人が、森人千人に匹敵するのでな」
「本当にそうでしょうか」
ニィと笑い顔を見せる。アントルも反戦派の者も、抗戦派の者すらも僕が次に何を言うのか待っている。
僕は、ゆっくりと口を開く。
「僕で、確かめてみてはどうでしょうか?」
そして口にした言葉に、皆の頭の上に盛大にクエスチョンマークが浮かんだのが感じられた。
「……意味がわからぬな」
冷たくなった空気を切り裂くように、喉を鳴らしながらサーロが僕を睨んだ。
「貴様と戦え、そういうことか? 爪も牙も持たぬ貴様を嬲り殺しにして、何を確かめろというのだ。身どもらは、貴様らのような恥知らずではない」
「いえいえ。僕からさせていただくのは、提案です。僕はこう見えても、エッセンの者を強い者から順に並べたときに、半分よりは上にいるでしょう。そんな僕を使って、威力偵察などはどうでしょうか? ミーティアの、いえ、銅犬の兵が、エッセンの人間に対して一騎当千の働きをするかどうか。確かめてみましょう」
「そんなことをして、身どもらに何の得がある……!」
「効率的に人員を振り分けるため、でしょうか。エッセンの集まっている兵に対して、どれほどの兵を当てればよいか、いい判断材料になると思うのですが」
「…………もうよい!」
ガン、と割れた切り株の片方が蹴り飛ばされる。十二人が囲んで使えるその大きな割れた切り株の半分が、僕の頭上から降ってきた。横にはドゥミもいるのに。
「ふざけた話は終いだ。聞くに堪えん話だった」
「まあ、僕の提案を受け入れない、それもいいでしょう」
僕はその切り株を片手で受け止めて、そのままひっくり返す。念動力で上手く元の場所に収めながら続けた。
「もっとも、森人一人も殺せないようだったら、ミーティアが勝つなんて到底無理な話なんですが」
「貴様、まだ下らぬ問答を続けるか」
「三百年前、貴方たちは住んでいた森林を守れなかった。今度は何を失うんでしょうか」
「森人! 今の言葉は訂正しろぉ! 俺らは森を失ったんじゃねえ、この豊かな平原を守ったんだ!!」
僕の言葉に、今まで黙っていた猿がキィキィと反応する。挑発に反応するのだ、誇りはあるのだろう。
「……アントル、貴様がこの国に連れてきた森人は、ただの愚か者だったようだな」
「かもしんねえな。でもよぉ、ここで引き下がるってのは……逃げるみてえで嫌じゃねえ?」
「……逃げる?」
アントルの言葉に、ぴくりとサーロの耳が震える。意外なところでアントルは良い仕事をしてくれたらしい。
「身どもらが、森人ごときから逃げるなどあり得ぬ。……いいだろう、森人。表に出ろ。銅犬の兵の強大さを思い知らせてやる」
「感謝します」
ここまでこぎつけてしまえば、あとは簡単だ。




