猪芝居
それからも、テーブルの各地で一斉に話し声が響き続ける。
これは幸運にも、というべきだろうか。会議は踊り続けている。
舞踏会は始まらないが。
原因は簡単だ。
誰も彼も、進行などと関係なく好きなことを喋っているのだ。
サーロはエッセンとの戦争を始めるか否か、鼠は食料事情について、牛は戦う場合の戦力について。それ以外の者たちも、種類も話すべき時期もバラバラな話題について好きなところで喋っている。
けして、話し合いという雰囲気ではない。
これではただ単に集まっただけ、しかも誰も同じ方向を向かず、バラバラに。
腕を組んで、黙ってそれを眺めていたアントルに尋ねる。
「いつも、こんな感じでしょうか? 人の話も聞かないで……」
「そうだなぁ……、大体こんなもんよ。どこの氏族もまず自分のとこの問題を解決してえから、人の話を遮って自分の話をしはじめんだ」
もう諦めてる、とアントルは溜め息を吐く。
それは諦めてはいけない事項だろう。会議の体を為していないのだ。これでは、決まるものも決まらない。
都合が悪い方に決まらないのは僕にとってはいいことだが、都合がいい方に決まらないのも困る。
会議というのは、事前の根回しが必要なのだ。
意見や思考が近い人物に『こういう話がしたいから賛同してくれ』と頼み、立場や意見が違う人物には『今回はこれを賛成してくれれば、次には貴方の利益に沿うように考えるから』と、事前に話を合わせておく。そうでなければ。
会議は話し合いの場ではなく、話し合いの結論の発表会、そしてその結論後の調整。そう捉えてもいいくらいだと僕は思う。
今回であれば、サーロは事前に鼠に対して邪魔をしないように釘を刺しておくか、もしくは食料提供を見返りとして抗戦派への賛同を約束しておくべきだった。
それは反戦派のアントルにもいえるが、アントルは黙ったままだ。こちらは踊りに参加しないだけマシかもしれない。
そもそも、議長は誰だろうか。
本来はリーダーシップをとり、意見をまとめ上げるべき誰かは、誰だろう。
それを尋ねると、アントルは蹄の先を隠しながら、うつらうつらと居眠りをしている獅子へと向ける。やはり先程開始の音頭をとった彼だったが……この喧噪の中で、しかも会議中に寝るとは何を考えているのか。
「仕方ねえんだよ、あいつぁ力があるからな。一声出せば、全部決まっちまう。なーんも俺らに決める余地はなくなっちまう」
「それはそれでいいとは思いますが」
強力なリーダーシップによる決定。少なくともこのまま、まとまらずに何も決まらない会議を続けるよりはいいだろう。国の意思決定機関としては、独裁であろうがなんだろうがそのほうが健全だ。
そうだ。あとは、こちらの材料も確認しておかなければ。
「それで、アントルさんとしてはどうするつもりですか? 戦争を止めたいんでしょう?」
「おう。そのためにエッセンで働いてきたからなぁ。そんな俺が森……あいつらの様子や、態度を語れば、それなりに説得力あんだろ」
それが、ミーティアを出ていた理由で、アントルの武器か。エッセンにいたけれども、戦争の気配は微塵も見えなかったと。そう訴えるという。
「つまり、アントルさんの印象を根拠にした説得、ですか」
「お前にも協力してほしいんだがなぁ……」
「話ができる雰囲気でもありませんし、無理でしょうね」
それに、きっとまだその話に有効性はないだろう。アントルが話したところでそれはアントルによる個人的な感想だ。僕がエッセンの政治的な意図に関わりがないように、いや、それ以上にアントルは関わりがない。このままでは、説得力など出るわけがない。
……仕方ない。誰もやらないというのであれば、会議を進行させよう。
まとめるのは勿論、アントルだ。先程のサーロの言葉からすると、アントルも発言力はある。アントルの意見に続いて動くものがいるというのは、そういうことだろう。
「アントルさん、今から僕の言うことを、そのまま発言してもらえますか」
「……どういうことだぁ?」
僕の声の方へ、振り返ろうとするアントルの首をガシッと押さえる。あまりにも変な動作だ。声を出していないとは言え、口をずっと動かしているのもそろそろ訝しがられる頃だが。
「いいから、アントルさんは適当に動作をつけてお願いしますね。悪いようにはしません」
最悪、これが戦争の引き金になるかもしれないが、それはまあ今更というものだ。
「お、おお……」
「まず、大きく咳払いしてから、です」
「そろそろいいかぁ!? みんな聞けぇ!」
アントルの野太い声が響く。会議場の皆は、先程まで一切の参加をしていなかったアントルに一瞬注目を集める。
アントルは一瞬たじろぐも、ここで怯んでは駄目だ。続けて、僕が言うべき言葉を選んでいく。……とりあえずその前に。
「落ち着いて、堂々として下さい。いつもみたいに」
「お、落ち着……」
指示をそのまま口に出そうとしたアントルの口を塞ぐ。今のは僕の言い方も悪かったか。
背後から、ヒソヒソと喋り続ける。
「今のは台詞じゃないです。それよりも、この次から」
それだけ言って、瞬きを繰り返すアントルを解放する。折角注目されている今を逃しては困る。
「えーと、なぁ、皆一斉に話してっから、まとまるもんもまとまらねぇよ! 一個ずつ、片付けてこうぜぇ」
一瞬静まりかえった場。そこで、低いが透き通った声で、ゆっくりとアントルに向けてサーロが口を開く。
「アントル。貴様、今更何を言い出す」
「いいから協力しろよぉ。お前にもいい話なんだよ」
アントルの腕を持ち上げて、強引に振り下ろす。実際にアントルの手は切り株と衝突してはいないが、大きな音を鳴らした。
「一個ずつっても……」
「ちょっとちょっと、勝手に話を進めないでくんないかなぁ!? どうせ、あれでしょ!? 照猪さんの勝手な……」
アントルの発言中に口を開いた鼠の口を強引に押さえつけ……ようとしたが、いらなかったらしい。その口に念動力が作用する前に、サーロの豪腕が振るわれる。
「てぎゅっ!!」
そのまま何メートルか後ろ向きに飛び、壁材の木の枝を少し折りながら崩れ落ちる。……やりすぎじゃないか。
「……黙っていろ。それで、アントル? どういう話だ?」
「今のは後にするとして……、じゃない、まあいいや。一個ずつっても、順序があらぁな。今この会議が招集された理由は、皆覚えてんだろ?」
「決まっている。エッセンとの戦争についてだ」
悪びれもせずに、サーロは口の端を吊り上げる。歯並びの良い牙が、綺麗に見えた。
「そう、それ。それからまず片付けていこうや。それに反対の奴ぁいるかぁ!?」
アントルが会議場を見回すが、誰一人声を上げない。うんうんと頷いているサーロと眠りこけている獅子はもとより、誰も。恐らく今の鼠が良い演出になっているのだろう。
ちなみに、顎の骨折と折れた歯は治療しておいた。お礼にもならないと思うが、それぐらいはしてあげたい。目を覚まさないが、脳震盪などはなさそうで何よりだ。
「……なんのまあ、アントルさん、月の欠片でも拾いしいしたかえ?」
「う、いや、まあ、そいつぁ後で……へへ……」
突然狐が口を開き、アントルに尋ねる。だが僕がその言葉の意味がよくわからないで一瞬詰まると、アントルが答えてしまった。……意味が繋がっているのならば良いが、あとで聞いてみなくてはなるまい。
もう一度、小さく咳払いしてからアントルに口を開かせる。
「いねえようだから、それでいいなぁ。じゃあ、まずサーロの意見に賛成派と反対派を分けようぜ」
「ちょっと待てよ!? なんでオメエさんが仕切ってんだよぉ! サーロさんが決めるべきだろう!?」
「黙っていろ、ダルム。それで、どう決める気だ?」
サーロが窘めると、喚いていた猿が即座に口を閉じて押さえる。見た目は成人男性ほどの大きさだが、その格好だけ見ると『言わ猿』という風情だ。
「決めるも何も、そこぁ意思表示で良いだろ。今から、賛成派、反対派、中立派を決めっからよ。挙手してくれりゃあいい。いいか? 俺が言うから、黙って手だけ挙げろよぉ?」
要らぬ言葉だとは思うが、先程までの騒動を考えると必要だろう。
アントルがサーロの方を見ると、何を思ったのかサーロは頷いて応える。そして他の者は、そのサーロを見て表情を引き締めた。
「じゃ、まずぁ、宣戦布告に賛成な奴」
ぽつぽつと手や翼や前足が上に向く。挙げているのは、サーロと先程ダルムと呼ばれていた猿、そして鳥。その他に牛が挙げた。
この場にいる代表者十一名のうち、挙げたのは四名。やや多いか。
「次、反対な奴」
アントルがそう言うと、挙げたのはまずアントル自身。そして馬と羊が前足を掲げた。
「……あとの奴ぁ……」
そう言いながら周囲を見回せば、ぼーっと何処かを見ている兎。まだのびている鼠と席が離れている狐、そして今起きたように欠伸をする獅子が不参加だった。
なんだ、わりと皆の意見は割れていた。これで少しは楽になるか。
「んじゃあ、今の立場は全員わかったなぁ? と、ここでジブレッツ様」
「なんぞ?」
「いったん、休憩を貰いてえ。一刻ぐらいでいいからよ」
「いいけどもー、反対の人は、いる?」
寝ていたジブレッツが見回すが、誰も反対の声を上げない。それもそうか。アントルもさっき『一声出せば全部決まる』と言っていたし、その分発言力も大きいのだろう。
だが、一度ジブレッツに会釈をしてからサーロが発言する。
「どういうつもりだ」
「どうもこうもねえよ。これじゃ、話がまとまんねえのはお前もわかんだろ?」
「それをまとめるのがこの場だろう……!?」
「だからよぉ、一旦中断して、賛成派と反対派の中で意見をまとめようぜぇ。まずは『する』か『しない』か。休憩後の会議でそいつを決めてから続く話をする……てぇのはどうよ?」
「……なるほど、この休憩中に、それぞれまとめろと。いいだろう」
落ち着いたように、サーロはストンと腰を下ろす。始まってからずっと立ちっぱなしだったのは彼だけだ。
「賛成の根拠をちゃんと統一させてこいよ。じゃ、一旦解散ってことで」
アントルの言葉を皮切りに、皆が席を立つ。
それから、休憩所として使われている建物に先程反対派として手を挙げたアントルと馬と羊が集まった。
……さて、これからのことを考えなければ。




