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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
お伽の国

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猪の頼み事

 


 建物に火が移らないようにだろう。壁から少し離された灯明のような照明に、アントルは蹄の先に灯した火を近づける。すぐに油に浸された灯心が燃え上がり、暗くなっていた室内をチロチロと照らした。

 それを同じように合計五つ、大人三人が手を広げたほどの大きさのその家は、それだけでそれなりに明るくなった。


「悪いな、これくらいしか明るくなんねえんだ。俺らは夜目が利っからよ」

「いえ。僕にも充分ですから大丈夫です」

 森の中では月明かりのみ、遺跡の中なら全くの光源無しで活動しているのだ。この程度の暗闇など、何の障害にもならない。

「エッセンの奴にしちゃ、珍しいなぁ」

 アントルは笑う。しみじみといった感じの、元気のない笑い方だった。


「でよ。まず色々と聞きてえことがあるとは思うが、まず俺が頼みたいことからでいいか?」

「受けるかどうかはわかりませんが、それでよければ」

「ああ」

 短く答え、隅に置いてあった大きな石をドスンと置く。その上にまた豪快に座ると、僕にもそれを進めるように部屋の隅にあった他の石を手で薦めた。


 大きさは僕が抱えるほどなので、重さはきっと百キログラムを超えるだろう。念動力でそれを運び、アントルの前に置く。その上に、ちょこんと僕は座った。上は平らに近づけるように削ってあるが、それでも凹凸は残っている。

「頼みってのは簡単なんだが……」

 何度も座る位置を調整している僕に向け、重々しくアントルは口を開く。


「明日の議会に、お前も参加してほしい」

「……それは」


 一瞬言葉の意味を計りかねる。議会とは、国境で言っていた『偉いやつが集まる会議』とやらだろう。

 つまり、ミーティアにおける要人が集まる会議。……場違いにもほどがある。

「申し訳ありませんが、僕では力不足ですね」

「あ、いや、勘違いしてほしくはねえんだが、別に討論に参加してほしいわけじゃねえんだ。むしろ、そっちはややこしいことになるからやめてくれ。お前にしてほしいのは、エッセンの雰囲気の証言だ」

 口早に、そう言い訳のようにアントルは捲し立てる。だが、またもや求められているものがよくわからない。

「エッセンの雰囲気……といっても、よくわかりませんが。文化についてでも話せばいいんですか?」

「その辺りは、今の議題を伝えなきゃいけねえんだけど……、いいか? 人にゃあ話すなよ?」

「機密に値することなら、僕は耳を塞ぎます」

 迷うように目を瞑るアントルに、僕はそう返す。当たり前だ。人に話してはいけないことなど、厄介なことに決まっている。

「いや、別に機密とかでもねえんだけど……、いや、なんだ。お前にも関わってるんだけどよぉ……」

 ポリポリと、アントルは頭を掻く。

 そして、その僕にも関わっているという表現が気になり、僕もアントルが口を開くのを止めなかった。


 悩むようなうなり声も止まり、ポツリと、アントルが言葉を吐き出す。

「ミーティアがエッセンに宣戦布告するかもしんねえ」

「……大問題じゃないですか」

 やはり耳を塞いでおけばよかった。


「決定じゃねえんだ。そもそも、一部のやつらが派手に息巻いてるってだけでな。それにつられて、穏健派にも宣戦布告賛成のやつらが出始めてる」

 つまり、今のミーティアは戦争前夜。なるほど、すぐに出て行くべき状況というわけだ。

 けれども、その話の何処に。

「それの、何がどんな風に僕が関わっていると」

「お前が有名になった功績の一つに、竜殺しがあるだろぉ? あれが、原因なんだ」

「あれ、ですか」


 竜殺し。クラリセンでの竜騒動か。僕が殺したあの竜が、どんな原因になっているというのだろう。竜の素材がこっちにも出回った? 竜の素材を使った軍備に警戒をしている? 考えつくことはそうそうないが、戦争の引き金になるほどだろうか。

 そういえば、まだあの姉妹は見つかっていないが……。


「お前が殺したあの竜が、このミーティアを荒らすために誘き出された……ってのが抗戦派の言い分なんだ。ネルグから、方向的に考えるとこの国を通るからよぉ」

「なんて無茶な……」

 僕は即座に反論する。

 数千キロメートル単位で離れているこの国に、そんな魔物を誘き寄せるなど。その途中にはクラリセンはもちろんライプニッツ領などもあるのに。


 アントルも溜め息を吐き、それに同意した。

「俺もぶっちゃけ変な話だと思うぜぇ。でもよぉ、二十年前のエッセンとムジカルの戦の発端を考えると、なぁ……? ま、とにかく抗戦派は、それを理由にエッセンに宣戦布告することを提案してる。あれ以来、何度かやってる会合は、ずっとそんな話だ」

「それで、一応アントルさんは穏健派? だと」

「おお。今の安定している国を、戦で荒らすのは耐えらんねえ。それに……」

 言い淀み、首を振る。これは何か事情があるときの黙り方だろう。二,三瞬きをして、アントルは一度唾を飲み込む。

「いや、なんでもねぇ。個人的な理由だ」

 そして、悲しそうな溜め息を吐いてそっぽを向く。その先には、夕食の時使っていた建物があった。

「まあつまり、お前にゃあエッセンが軍備を整えているなんて雰囲気がないことを証言してほしいんだ。やっぱ、現地の奴の言葉の方がいいだろ」


 なるほど。僕に頼みたいことはわかった。

 戦争をさせないため、僕に証言させようという動機もわかった。


 だが、ここまで話を聞こうとも僕の答えは決まっている。

「しかし……ならばなおさら、お断りします。僕が何か言ったところで、いえ、何を言っても火に油を注ぐ結果となるでしょう」

 仮にエッセンがこの国に攻め入る気なら、警戒させまいと『戦う気はない』と否定するだろうし、身に覚えが一切なくとも同じことを言うだろう。

 もちろん、もしも攻め入る気があるならば、挑発するためにわざと戦う気満々に見せるかもしれない。だが、それは僕の役割ではない。


 そしてそもそも、要職についているわけでもない一介の市民である僕の言葉は、国政と一切の関わりを持たない。僕がなんと言おうと事実とは全くの無関係なのだ。

 それなのに、一歩間違えれば戦争の引き金となりうる証言をするなど、本当に僕の仕事ではない。



「やっぱ、駄目かぁ……」

「当然ですよ。そもそも、僕に頼もうと思うことが間違いだと思います。何で、宿屋でたまたま知り合った僕にそんなこと頼んでるんですか」

 僕が関わっていたことはわかったが、何故僕にやらせるのか、の返答がなかった。

 まさか、たまたまミーティアを目指していたからだとでも言うのだろうか。誰でもよかった、というには話題がやや大きすぎる。


 アントルは地面から何度も両足を持ち上げ、バタバタと落ち着きなく動かす。腕を組んで、首を傾げながら唸っていた。

「それは、よぉ……」

 それだけ言って、少し唸り、そして顔を上げる。

「……お前が、素直に謝ったから、だな」

「謝ったから……というと、初対面のあれですか」

 僕がアントルをじろじろ見ていたことを咎められたときにした、ちょっとした会話だが。

「……ちょうどいいや。お前も後で聞かせてくれとか言ってたしなぁ。少し失礼なことをいうが、いいか?」

「程度によります」

「なら、大丈夫だ」

 アントルは大きく頷くと、もう一度石に座り直した。


「『森人』や『宿り木持ち』、って言葉の意味についてだ」

「ああ、少し気になっていたんですが」

 先程、夕食の最中にも呟いていた。使われた場面から想像するに、『森人』は僕ら。『宿り木持ち』はミーティア人を指しているんだろう。

「……三百年前に、ミーティアとエッセンで大きな戦があったのは知ってんだろ」

「ええと、ネルグの周辺をエッセンとムジカルが奪った戦いですか」



 大体三百年前のことだと聞いた気がするが。

 当時ネルグの西に隣接していたエッセンが、突如ミーティアに宣戦布告、瞬く間にネルグの南側を奪い取った。本来ライプニッツ領からイラインまで、大きな土地を持っていたはずのミーティアは敗北、大きく領土を失う。

 やがてその奪った領土を狙い侵攻してきたムジカルとエッセンが衝突、そして、現在のようにネルグの南西側から南にかけてがエッセン、南東がムジカルの領土になった、と大ざっぱにいえばそんな戦だったと思う。


「そこまでいやあ、簡単だろう? 森を奪われた俺らは、森を奪ったお前等のことを森人って言ってんだ。浅ましく森を欲しがる奴らって侮蔑を篭めてな」

「……はあ、そうですか」

 侮蔑を篭めて、とはいうが、そんなに屈辱的な感じもしない。きっとミーティア人にとっては侮辱しているつもりなのだろうが、意味を知っても僕は何とも思えない。


 そんな僕の雰囲気を感じ取ったのか、肩を竦めてアントルは鼻から息を吐く。

「な? ここまで言っても、俺らを馬鹿にする視線はねえ。敢えて言うけども、森人どもならあそこで謝るこたぁしねえ。唾を吐くか、良い奴でも無視するだけが精々だ。話しかけてくるなんてとてもとても」

「それは、見た目の問題ですかね?」

 つまり僕が差別感情を表に出さなかったから、ということだろうか。むしろ、やはりミーティア人の見た目はエッセンの人間にとっても奇妙なものなのか。

 ……冷静に考えると、動物が二足歩行で歩いているなんて不自然極まりないもんなぁ……。



「とまあ、そんなわけで俺ぁお前に任せてみてぇと思ったのよ。頼みを聞いてくれそうかも、とも思ってな。結局、断わられたわけだが……」

 腰を折り、背中を伸ばす。そしてアントルは話を切ろうとする。

「……ま、しゃあねえわな」

「で、宿り木持ち、というのは?」

 だが、終わらせない。もう一つ聞いていない。アントルはそう思われることを恐れ、そして子供をそう呼んだ。

 その言葉の意味も、どうせなら教えてもらいたい。


 だが、自分で話すと言ったのに、その言葉の意味を尋ねるとアントルは唇を結んだ。

 その表情は、その言葉を口に出してはいけないと思っているような、そしてとても悲しそうな表情に見えた。




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― 新着の感想 ―
地図とか地理のまとめって何処かで出てたりしますか?
宣戦布告はハーグ開戦条約て決められているから行われることであって、それ以前は決まってなかったことなんですよね。 なので、そんな条約が存在しない世界には、宣戦布告という概念があるかすら怪しいと思います。…
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