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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
お伽の国

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許可証発行

 



 睨まれているし、敵意も感じる。だが、身に覚えがないのだ。話さなければわからないだろう。

 ドーベルマンのような細身の筋肉質の肉体を持つ門番。下はズボンを穿いているが、上は左半身を覆う木綿のマントのような布を身に付けている。衛兵のようなものなのに、防具は必要ないのだろうか。

 二人に歩み寄ると、一人が僕に向けてやや緊張した声で叫んだ。


「止まれ! 見たところミーティアの人間ではなく、取引に向かう商人でもないな!」

「……ええ、はい。ここを通りたいんですけど、何か必要でしょうか?」

 通行料とか、許可証とかそういうものが必要なのだろうか。考えてみれば、ここから先は国外だ。あってもおかしくはなかった。

「正当な理由なく我が国へ足を踏み入れることは許されん! 早々に立ち去……待て、そこにいるのは……」

 そして、僕の斜め後ろにいるアントルに気がついたようで背筋を正す。それから、二人ともが槍を構えて体勢を低くした。


「……アントル殿!? 何故そのようなところに!!」

「あー、詳しく説明するのも面倒なんだがよぉ……」


 口を開いたアントルの言葉を無視するように、右の門番の若干籠もったようにも聞こえるが精悍そうな声が響く。当然のように、僕に向けて。

「貴様ぁ!! 速やかにアントル殿を解放し、頭の上に手を当てて伏せろ!」

「……解放……? ……ああ」

 そういえば、僕は着地したのにまだ浮かべたままだった。なるほど、今のアントルは捕獲された様相を呈している。誤解されても仕方がないか。

 だが一応、誤解は解かねば。

「別に捕まえたりしてるわけじゃないです」

 言葉を口から出し、行動で示す。ゆっくりとアントルを降ろすと、アントルは四つ足の姿勢からスクッと立ち上がった。

「ね、アントルさん?」

「おう。こいつぁ、俺の走りを補助してたんだ。んな大事(おおごと)にすんなよ」

 失礼ながら、短い足を横に伸ばしてアントルは膝の屈伸運動をしながらそう答えた。

 だが、門番は納得しないらしい。


「しかし、……いえ、であればこそ、アントル殿が森人にそのような屈辱を与えられて黙っていられません!」

「別に屈辱もなんもねえんだけどなぁ……」

 ポリポリと頬を掻くアントル。アントルと門番たちの温度差が酷い。

「まぁ何にせよ、俺ぁ何ともねえよ。早えとこ、こいつの入国の手続きをしてやってくれや」

「入国……!? こんな怪しい風体の小男を!?」

 槍を構えたまま、門番はジトッとした視線を僕に向ける。詳しく知りはしなかったが、入国は難しいのか、これ。ライプニッツ領にはミーティア人が多くいたというのに。


「おう、昨日知り合ったんだが、さっき世話になってなぁ。いやー、良い体験出来たぜぇ」

「しかし、アントル殿の知り合いというだけでは……しかもこのような時に……!」

「そうそうそれそれ。こんな時だからこそ、必要な奴だと思うんだよ、俺ぁ」


 こんな時? 何か重要な行事でもあるのだろうか?

 何のことかと思っていると、アントルは僕の方を向いて片眉を顰めながら言う。

「いや、大したことじゃねえんだ。ただ、俺らの国(ミーティア)(えれ)ぇ奴らが集まって会議するんだよ」

「そうだったんですか」

 国の要人が集まる。それはたしかに国の一大事だ。それが何処で行われるかは知らないが、入国者に厳しくなって当然か。

「それが三日後でなぁ。前回もたまたま遠出してて、いつの間にか終わってたが……今回はミーティアまで戻ってきたから出れるぜぇ」

「……アントル殿、会合は明日です」

「おぉ!? マジかぁ!? あっぶねー……」


 アントルが半笑いでそう言うと、毒気を抜かれたように門番が槍を下ろす。

 深い溜め息を吐いて、それから門番は「ちょっと待ってろ」とだけ言い、一人を残して建物の中に入っていく。やがて出てきた門番は、出前で使う岡持のような金属製の箱を持ってきた。


「……仕方ない。アントル殿の器の広さに免じて、許可を出す。少し待ってろ」

 門番は渋々といった感じでその箱を地面に下ろすと、二段になっている箱の下の扉を開き、中の太い木の枝を掴み出す。そして懐から火打ち石を取り出し……。


「待ってろ……。すぐ、すぐだからな……」

 カチカチと何度もぶつけ合わせる。だが一向に火花は飛ばず、その枝に火は点かなかった。

「……火なら点けましょうか?」

「いらん!!」

 しゃがみ込んで頑張る門番に、背中越しに声を掛けるがにべもなく断わられる。騎士や門番は火起こしが苦手とかそういうジンクスでもあるのか。

 僕をジッと見つめ続けるもう一人の視線に耐えながら少し待つと、火が点いたらしい。それに、これまた懐から取り出したストローのような茎を口に咥えて息を吹きかける。牙が並ぶその口は、息を吹きかけるのに向いていないんだろう。やがて枝から煙が立ち始めた。

 炎なく燃焼するその煙は煙臭いというよりはお香のような……。

 というか。

「香木ですか、それ」

「黙ってろ!」

 門番はそれを下の扉に戻して上から出る煙を確認している。

 これは、燻しているのか。……何だろう、上の扉に何か入っているのだろうか。


「申し訳ありません。許可証を作るのに少々時間を頂きまして……」

「構ぁねえけど、こういうもんって、朝作っとくもんじゃねえの?」

「いえ、そうなんですけれども……、こいつが『誰も通さないから作る必要は無い』と」

「いやいや、気持ちぁ理解出来るが、流石に作っとけよ」

「申し訳ございません!!」

 許可証を燻していた門番も立ち上がり、すぐさま謝る。こんなに腰が低いということは、やはりアントルは有力者なのだろう。先程の話と合わせて考えれば、このミーティアを代表するほどに。



 それから少し待ち、箱の上の扉が開かれる。そこにはトレイのような物に入れられた、トランプほどの大きさの薄い木片が大量に入っていた。

 その中の一つを門番が掴み出す。門番は木片の端に通され結ばれた紐をつまみ、それから腕を伸ばしたままなるべく遠ざけるようにして僕へと差し出した

「指定された袋へ入れられた麦か丸黍(まるきび)一袋……は持っていないな。銅貨三枚だ」

「ええと……はい」

 言われたとおりに銅貨を差し出すと、それの代わりに木片が僕の掌に乗せられる。

 燻されて茶色がかった木片は、やはり先程の香木の匂いが……。


「何というか、凄い(にお)いですね」

 先程の門番と同様に、僕も思わず顔を顰める。嫌な種類の臭いというわけではない。だが、たとえて言うなら何かを抽出して作った芳香剤の原液を、希釈しないで使っているような忌避感のある臭気。一番街で、お年を召した方にいた気がする。必要以上に香水を使ったせいで、芳香ではなく異臭と化しているという感じだ。

「問題ない。じきに多少薄れるだろう」

 言いながら、門番どころかアントルまで鼻先に手を当てている。やはり僕以外にも酷い臭いらしい。

「いいか? ミーティアではそれを離さずに持っていろ。そして二週間もすれば臭いは消え去るが、そうなった場合は許可が切れた、ということだ。その場合は、無許可で滞在しているとして捕まりどんな扱いをされるかわからんがな」

「とすると、それ以上滞在する場合はまた国境沿いのどこかで臭いをつけてもらえと?」

 面倒だが、まあいいか。どうせそんなに滞在しないし。適当に見て回ったらピスキスまで行くのだ。

 そう思って軽く尋ねるが、門番は首を振った。

「いいや。そうなるまえにミーティアを出ていけ。アントル殿の知り合いとはいえ、それ以上の滞在は許さん」


 厳しい言葉。その目には嫌悪どころか憎悪まで感じられる。僕は何もしていないのに。

 僅かに感じた、不当な扱いに対する不満。だがそれと同時に少しの好奇心と微かな嗜虐心が湧いてきた。


「ではミーティアには、他の国からの移住者とかいないんですね。無期限の滞在が出来ないんでしたら、いるはずもないですし」

 そこで言葉を切り、続ける。

「それとも、そんなもの必要ないくらい魅力がない国だとか?」

「喧嘩なら買うが、後悔するなよ……?」


 少し空気が悪くなる。悪化させたのは僕だが、始めに悪くしたのは門番の彼だ。退く気はない。ニコリと笑顔を見せると、門番の槍が握り締められる。頭をやや下げ、身を低くして僕にジリジリと近付いてくる。

 門番である以上力はあるのだろうが、その槍が僕の喉に届くよりも僕の腕が槍を叩き折る方が早い。その自信はある。



「申し訳ありません!」

 もう一人の門番が、アントルにそう謝りながら僕と門番の間を横切る。

 そして僕に向けられた槍を掴み、強制的に引きずり下ろした。

「馬鹿! お前はすぐ態度に出しやがって!!」

「……チッ……」

 叱られ、舌打ちをして敵意を露わにしていた門番はまた直立姿勢に戻る。だがその目は、まだ僕を睨んでいた。


 僕も、アントルに咎められる。

「……カラス、今のはお(めぇ)も悪ぃぞ……」

「ええ。すいませんでした。一言多いのが僕の癖でして」

 頭を下げ、それから握手のために手を差し出す。だがその手は握り返される事はなく、ただ鼻を鳴らし門番は横を向いた。


「まあ、良い国だったら長くいたいとは思いますけど、二週間で限界なんですね」

「……一応、そこに誰かミーティアの者、それも族長かそれに類する者が手形を押せば永久に使えるようにはなるが……」

 槍を引きずり下ろした方の、やや温厚そうな方の門番が答えてくれる。だが、そういう条件ならば僕には難しそうだ。それならまあ仕方がないだろう。


「ハッ! 誰がお前みたいな者にそんな助力を……」

「じゃ、カラスのには俺が押しとくぁ」

「アントル殿おぉぉぉぉぉ!?」

 嫌味を言おうとした門番が絶叫する。

 いつの間にか朱肉のようなものを手につけていたアントルが、僕の許可証に手形を押していたのだ。手形というよりは何かの花片のような形だが、彼らにとってはこれで手形なのだろう。


「だってお前らが応対してたらいつまで経っても入れなさそうなんでなぁ」

「しかしアントル殿! これでこいつが何か問題を起こそうものなら貴方にも責任が……」

「俺なら平気(へーき)平気(へーき)

 自信満々にそう言い切るアントル。何か根拠はあるのだろうか。一応、目の前で二人ほど宙吊りにして放置しているのだが。

 あまりの態度に呆気にとられている門番に、アントルは続ける。


「じゃあこれでいいよな? カラス、入ろうぜぇ」

「え、ええ。……ええと、失礼します」

 ひとまず門番二人に頭を下げ、既に門をくぐったアントルの後を追う。

 見送る門番は、挙動不審な様子で僕らをずっと見つめていた。




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