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餌の説得

 


「よろしくお願いします」

 僕は努めて明るくそう挨拶をする。商人の護衛として集まってもらった四人組のパーティは、三人の男性と一人の女性の集まりで、普段から共に依頼をこなしているらしい。

 戦闘においては男性たちは闘気を使えないが、槍を使った前衛を三人で担い敵を足止めし、そして魔術師の女性の攻撃に引き継ぐ。そういう風にいつも回しているそうだ。


 リーダーのノイと名乗る男性と握手を交わし、そして今日の意図を話す。

「今回の護衛依頼について、職員からはどんな説明を受けたんですか?」

「えーと、急だけど半日だけ護衛依頼を受けてほしい。報酬を増額し、危険な箇所までは貴方が随行するから、と」

 記憶の端から引っ張り出すように、額を叩きながらノイはそう言う。伝えなければいけないことは伝わっている。ならばいいだろう。


 問題は、横で不満そうにしている小太りの商人だろうか。



 僕を指差し、不満げにノイ達に確認する。

「い、いいのかね? そもそも何故こんな子供が今回参加するのだ!?」

「申し訳ありませんが、ご協力お願い致します。この方が参加するというのを条件に、今回貴方の護衛依頼も受理されたわけでして……」

 そうギルド職員が取りなすが、困り眉のその商人は僕を見て頬を拭うように文句を口にする。小声で一応僕には聞こえないようにはしているつもりらしいが、ばっちり聞こえている。

「……子守が条件なんて聞いていないぞ? 先生方の迷惑にならなければいいが……」

「問題はあるまい。どちらかといえば、今回我らが子守される側だ」

 商人の呟きに、探索者の一人が反応する。ノイ達のパーティの中で一番背が高く、そして細い男だった。先程自己紹介を受けてはいたが、顔と名前がまだ若干一致しない。たしか名前はパーシャルといったか。

 パーシャルに対し目を剥くと、今度は商人はギルド職員に食ってかかった。


「何と! そんな弱気な探索者が……大丈夫かね!? 私の積荷と命の安全は、ちゃんと保証してくれるのかね!?」

「重ねて申し上げますが、問題ありません」

 真正面から見つめられた上でそうキッパリと言われ、流石にバツが悪くなってきたのだろうか。商人はその髭をしごきながら忙しなく足を動かす。

 その様子を見て、ギルド職員は溜め息を吐いた。

「もしどうしてもご不安な様子でしたら、やはりおやめになった方がよろしいかと」

「……そうしたいのはやまやまなのだが……」

「はい。もしも彼らによる護衛がご不満でしたら、依頼料を増額してください。正直に申し上げまして、貴方様からお預かりした依頼料では今回の四人に出せる報酬は銀貨一枚程度です。そんな安値では、誰一人受けていただけませんよ。本来はここにいる四人すら雇えません。カラス様にいたっては、十倍以上出してもまだ足りないくらいです」

 職員はそう言い切る。鼻からフンスと息を吐き出し『言ってやったぞ』という表情を作る。

 ……最近顕著だったが、そこまで高額でなくとも僕は受けるだろうに。だが、その言葉は職員の愚痴の成分も入っていたのだろう。指摘する気はなかった。


 そして、商人はその金額よりも、もっと別なところに注目したらしい。わかってはいたから極力名前を伏せて、先程の挨拶でも商人にはわかりづらいように自己紹介をしたというのに。

「カラス……ですって!?」

 跳び後退ろうとしたが、身体が重くて跳べなかった。そんな感じの動作だった。よろけるように商人は下がり、そして丸い目を僕に向ける。怖がるというよりも、不審に思っている感じだ。

 だが、もっと怖がると思っていた。やはりこの見た目では、侮られるのも仕方がないのか。


 僕は手を軽く上げて改めて挨拶をした。

「ええと、はい、カラスと申します」

「こんな子供が、そんな馬鹿な……!」

「……もういいでしょう。それだけわかれば、ご納得いただけるのではないでしょうか」

「し、しかし!」

 まだ何事か言い募ろうとする商人。来てくれたのはありがたいが、そこまで拒むならば説得も面倒くさくなってきた。

「あの、本当に断わっていただいてもいいんですよ? ここまで来ていただいた手間賃はお出し出来ますので……」

 そして職員に違う人を探してもらおう。襲撃させるための餌として、使える人を。


「そ、そうですな……凶悪な賊が出る街道を進むのに、申し訳ありませんが貴方がたでは……」

 もはやノイ達を先生と呼ぶこともやめたらしい。商人は僕の言葉を受けて、消極的な態度を露わにする。仕方がない。では違う人を探してもらおう。



 僕は背嚢から銀貨を取り出そうと探り始める。

 その様子を見て、ホッとしたように商人は表情を緩めた。頼れぬ護衛に任せて街道を進むのが、余程嫌と見える。


 そんな商人に対して、僕の口は自然と言葉を紡いだ。本当に、一言多いのが僕の癖らしい。

「しかし、不思議ですよね」

「はい?」

 商人は、含み笑いをしながら聞き返す。その含み笑いが、少し不快だった。


「街道に現れる黒い外套の小男は怖がるのに、目の前にいる黒い外套の少年は怖がらないんですから」


 僕は顔を上げ、笑顔でそう口に出す。

 僕がその『カラス』だとわかったはずなのに。『カラスは狐を殺し、竜に穴を開けた』と知っているはずなのに。

 商人はその言葉に顔を引きつらせ、職員とパーシャルは噴き出していた。


 僕は銀貨を一枚差し出す。手間賃としては高額だが、まあ仕方あるまい。銅貨をジャラジャラと渡すのは好きではないのだ。

「はい、どうぞ。ありがとうございました、また別の人に頼みますので帰って大丈夫です」

 だが、その硬貨を商人は受け取らない。迷うようにその手を泳がせ、口を引き締めていた。

「どうしました?」

「……わかりました、参りましたよ」

 そして商人は額の汗を拭うように髪の毛を掻き上げ、そして口元だけ笑みを作った。

「申し訳ありませんでした。皆様、私の荷物をよろしくお願いします」

 頭を下げる。ころころと転がりそうなその体型でお辞儀をすると、ユーモラスさが混じるのは何故なのだろうか。

 そう余計なことを僕が考えていると、突然職員が手を打ち鳴らす。その音に、その場にいる皆の視線が集まった。


「では、話がまとまったところで、皆様どうかご無事で。そしてカラス様、良い報告を期待しております」

 そのまとめの言葉に、皆がそれぞれ返事を返す。

 ようやく出発出来る。歩き出した馬車の荷物の端に座って、僕はようやく一息つけたと思った。





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