偽物情報
詰め所の入り口から声を掛けて、衛兵に対応してもらう。その衛兵は最初面倒くさそうに僕の前に立ったが、僕の服装を見てその顔を引き締めた。
思った通り。僕が用件を言う前に、既に背中でハンドサインを出している。そのサインを受けた奥の衛兵は、『さて、お茶でも飲みに……』などと言いながら席を立つ。仲間への伝達だろう。
その警戒は正しいし、素早い判断も見事だ。けれども、大事になっては困る。
僕が袂に手を入れると、さりげなく衛兵は腰の短刀に手を添えた。そんな警戒をしてもらって申し訳ないが、僕の出したのはただの手紙だ。ただの、町長からの紹介状。
貼り付けたような笑顔のまま、片手でその手紙を衛兵は受け取る。
そして、それを恐る恐る開くと、ようやくそこで緊張が解けたようだった。
「ストゥルソン殿の……」
「はい。申し訳ありませんが、資料を拝見させてください」
「……わかりました。お持ちしますので、こちらでお待ちください」
身体の力を抜き、衛兵は僕に入り口横の椅子を示す。そして簡単に背を向け資料を探しに向かう。その姿を見て、ありがたいのだが少し不思議に思えた。
少し待てば、紐で綴じられた何枚かの報告書を持って先程の衛兵が戻ってくる。それも、お茶を飲みに行ったはずの衛兵と談笑しながら。
そして、軽い動作でひょいと報告書が僕に渡される。
「はい、どうぞ。今のところ報告を受けた馬車襲撃事件の報告書です。読み終えたら、誰かに渡していただければ結構ですので」
そして会釈をして下がろうとした。その衛兵を、僕は止めようとした。
紹介状を見せただけで、監視も無しに報告書の閲覧許可を出す。あまりにも不用心すぎないか。そう思い、その訳を……と思ったが、察した僕は口に出す前に言葉を止めた。
先程までは明らかに疑われていた僕が、オラヴの紹介状を見せた途端に客扱いになった。そしてその報告書を見たときに、衛兵は表情を緩めた。その二つだけで、オラヴがこの街でどんな存在かわかるだろう。
本当に、軽々しく使ってはいけない名前だ。気安く一筆頼んでしまったが、それを使って何か失敗をすれば、それがそのままオラヴへの迷惑となる。
この資料も無駄には出来ない。そう再確認した僕は、椅子に腰掛け報告書を捲った。
「やっぱりどれも同じ場所で被害に遭ってる。商人の馬車を襲って積み荷を奪って……、商人には被害者無し、か。殺した方が楽だろうに」
読んでいくと、四件起きている襲撃の内、死者はいない。積み荷を全て奪っているのに、移動するための馬と商人は誰一人欠けることなく生還している。嫌な話ではあるが、売れる年齢の年若い弟子達まで、欠けることなく。
何故だろうか? 発覚を遅らせるために商人は殺した方がいいだろうし、馬だって売ることも使うことも出来る。事件が発覚してしまえば、その道を使う商人だって減ってしまうだろう。
そしてわざわざ、名乗っている。一件に至っては、『その鉈で狐の首を落とし、竜を貫く光を放つ、〈狐砕き〉のカラスとは俺のことよ』と口上まで入れて。
……これ、意訳ではなく、そのまま言ったのか……、ちょっと恥ずかしい。
発生地点はどれも同じ場所。変えていないのが不自然なほど、全て同じような場所で繰り返している。
そして手口も同じ。黒い外套を身に纏った小男が馬車の前に立ち塞がり、仕方なく止まった商人に向けて僕の名を名乗る。そして命か品物のどちらかを置いていくことを迫り、馬車の馬と荷台を斧で切り離して……、そこは斧なのか。そしてそこからは、商人は皆逃げてしまうのでわかっていない。置いて行かれた荷台から商品を回収し売り払っているのだろう。
……荷台ごと強奪している……ということは、近くに本拠地がある? その戦利品を仕分けしているところがあるはずだ。というか、いつも同じ場所で起こっているということは、間違いなくその近くに基地があるだろう。前線基地か本拠地かはわからないが。
発生場所に、犯人の風体、手口。これだけわかっているのだ。解決しようと思えばいくらでもオラヴなら出来ただろう。本当に、法に従って悪人を見逃しているのか。レイトンの絶望が、あの日の表情を通して僕に伝わった気がする。
ヘレナをオラヴに引き渡そうとしたとき、『正義の限界』をレイトンは嘲笑った。あの満面の笑みは楽しんでいたんじゃない。諦観の笑みだ。
まあ、今その辺は良い。邪魔をしないのであれば、それでいい。
場所はわかった。その手口も、犯人の姿も。ならばもう、討伐するだけだ。
「ありがとうございました」
衛兵に向けて、資料を差し出す。微笑みながら、衛兵はそれを受け取った。
「もういいんですか?」
「はい。知りたい情報は知れたので」
僕がそう答えると、それ以上の詮索はない。「そうですか」と一言だけ言って、中に戻っていく。
信用されている。僕ではない、オラヴが。オラヴの名前だけで、限りなく怪しい僕が詮索もされずに資料を見ることが出来る。きっとレイトンが嘲笑った『馬鹿正直』も、それだけ人に信用される美徳なのだろう。
僕には、真似は出来そうにないが。
クラリセンの探索ギルドに入る。昼に近いこの時間である。もう人は少なく、職員すら昼休みに出ている様子で、どの窓口にも他の開いている窓口に誘導する看板が立てられている。
イラインとはやはり違う。チラリと依頼の張り出されている掲示板を見れば、そこは建物の修理や木材の調達など、本当に探索者がやるような仕事ではないものが多い。それだけ復興に一丸となっているということなのかもしれないが、イラインとの違いが可笑しかった。
開いている窓口に歩み寄る。他の業務と兼用になっているため、何処を選んでも良いのだがやはり知っている顔がいい。クラリセン掃討の時見た職員がいる窓口に足が向いた。
前に立つと、資料を眺めていた職員も気がついたかのように顔を上げる。そして僕の姿を確認すると、慌てたように頭を下げた。
「これは、ようこそ。今日は何か……!?」
「お久しぶりです。少々お聞きしたいことがありまして」
「はい、なんなりと」
資料を端に寄せると、立ち上がって手を机に揃える。そんなにかしこまらなくてもいいのに。
「こちらのギルドに、商人の護衛依頼は来ていませんか? ライプニッツ領方面と、この街を結ぶ街道を通るもので。あ、あとすぐにでも出発出来るものがいいです」
「! ああ、はい、少々お待ちください」
それだけ答えると、職員は足下から百科事典ほどの厚さの書類を担ぎ上げ、机に叩きつけるように置く。そしてそれを捲り始めると、僕の行った条件に当てはまる依頼を探し始めた。
商人の護衛依頼は、通常探索者に出されることは滅多に無い。それが出された時点で、それはオルガさんの嘆いていた『受けたがらない依頼』に該当することが多いのだ。
そして、『荷物がカラスと名乗る探索者に強奪される恐れがある』という条件が付け加えられたとき、それは確実に該当することになる。少し面映ゆいが、参道師も受けたがらなくなる……と思う。
なのでその依頼が探索ギルドに出され、そして誰も受けていないというのではないかと思い尋ねてみたが、やはりあるらしい。僕が旅に出る前に片付いた『山積した依頼』。それに類するものが、今職員が捲っている百科事典だろう。
……どこのギルドにもあるものだとは思ってはいたが、イラインと比べてクラリセンでの量は格別だ。五百枚以上あるんじゃないか、それ。
やがて職員は一枚選び出すと、その紙を外して僕に差し出した。
「ございました。小さな商会なのですが、例の事件の後その道を運べないので依頼を、と」
「はい。じゃ、これちょうど良いので使わせてもらいます」
「ありがとうございます! 執行部が出るか出ないかという問題になりかけていましたが、本人様に解決していただけるのであればそれに越したことはございません。受けていただけるんですね!?」
「あ、いえ、解決はしますけど、僕は受けません」
依頼を受けたら依頼完了まで好きには動けない。僕は海の方面に行きたいのだ。そちらの街道の先ではない。
僕が断わると、喜びかけた職員の目が垂れたように下がり、そして残念そうに何度も瞬きをした。
「その代わりと言ってはなんですが、今このギルドに仕事受けてなくて真面目な探索者はいませんか?」
「ええと、先程依頼を終えた方々が……」
「じゃあ、その人達に依頼をお願いします。報酬は僕が上乗せしますし、僕も付いてはいきますので」
僕の言葉に、職員の困惑の色が濃くなる。だが、色付きの言葉はそれなりに重いらしい。迅速にその処理は行われ、一時間後にこの街を出ることになった。